表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

34.ファクナー家

 マティアスさんが竜騎士であり、兄であるレオ君の上司だと知ったテオ君は、あっさりと私達に対する警戒心を解いた。


「ぼくのお家、こっち!」


 テオ君は右手にマティアスさん、左手に私の手を握り、張り切った様子で道案内をする。

 最初は物凄く大人しい子だったけど、あれは私達が見知らぬ大人であったこと。そして私達の会話の内容が分からず、言葉を出すタイミングが分からなかったせいだと気付いた。

 今のテオ君は、元気溌剌な子供のそれだ。こうして見ると、確かにレオ君と似ている気がする。


「あれ? でもレオ君って耳も尻尾もない人族でしたよね?」

「あぁ。恐らく人族と兎人族のハーフなんでしょう」


 マティアスさん曰く。人族と兎人族など異なる種族の者同士で結婚し、子供が出来た場合、その子供には両親どちらかの特性が引き継がれるらしい。ご両親の内どちらが人族でどちらが兎人族なのかは分からないが、レオ君は人族の血を濃く受け継ぎ、テオ君は兎人族の血を濃く受け継いだ、ということのようだ。


 一見普通の人に見えるレオ君には、つまり半分兎人族の血が入っていると言うことで。

 例えば、レオ君が将来人族の子と結婚した場合、生まれてくるのは人族の姿を持った子……かと思いきや、レオ君には兎人族の血も入っているので、兎人族の特徴を持った子が生まれる可能性もある、らしい。


 見た目は人族同士の夫婦の間に、兎人族の子供。

 ……うぅん、ちょっと混乱するけど、日本で言う隔世遺伝みたいなものだろうか。


 まぁ要するに、色んな種族が入り混じるこの世界では、余程の“純血至上主義”でもない限り、生まれてくる子供の種族は分からないってことらしい。


 異世界には不思議が溢れている。


「ね、ね、おねーちゃん」


 私達の会話に区切りがついたことに気付いたらしいテオ君が、くいくいと腕を引きながら私を見上げる。


「なぁに?」

「それ、大事? ぼく、もらっちゃだめ?」


 テオ君は私が持っていたイラストを指さし、首を傾げる。あぁ、なんだか視線を感じるなと思ったら、この絵が気になっていたのか。

 紙を買ったのはマティアスさんなんだけど、マティアスさんは静かに一つ頷いただけだったので、テオ君にあげても良いってことなんだろう。

 私としては落書きレベルのこの絵を人にあげるというのは少々心苦しいというか、気恥ずかしいものがあるんだけど、テオ君があまりにも輝いた目で見上げてくるものだから、私はすぐに白旗を上げた。


「いいよ。はい、どうぞ」

「わぁ! ありがとう! ぼく、すっごく大切にする!」


 渡した絵を両手で掲げ、テオ君はぴょんぴょんと飛び跳ねる。その拍子にずるりと転びそうになったテオ君をマティアスさんが支え、そのままテオ君はマティアスさんに抱えられた。そうですね、テオ君絵に夢中なので、このまま歩かせていると危ないですもんね。


 マティアスさんは同じ職場で働くレオ君の家を知っているそうなので、テオ君の案内がなくても問題ない。


 暫く歩くと一件の家の前に辿り着いた。大通りからかなり近い場所にあるここがテオ君達のお家らしい。

 扉には「ファクナー」と書かれた木製の板が飾られていた。


 マティアスさんがドアノッカーを叩くと、中から「はーい」という間延びした女性の声が返ってきた。


「ファクナーさん。竜騎士団のガウェインです」

「……え、えぇっ⁉」


 マティアスさんが名乗ると、家の中からドタンバタンという激しい物音が聞こえてきた。「い、痛っ!」という声も聞こえてきたんだけど……、だ、大丈夫だろうか……。


 不安に思っていると、勢いよく玄関の扉が開かれた。

 現れたのは、レオ君と同じオレンジの髪に、大きなうさ耳とまん丸な尻尾を持つ女性だった。


「が、ガウェインさん一体どうし……、って、え? て、テオ⁉ あなたがどうしてガウェインさんと一緒に……?」

「ママ! 見て、ぼくこれ貰ったの! スゴイでしょ!」


 マティスさんの腕の中から身を乗り出し、テオ君は私が描いたイラストを掲げる。


「え? え?」


 テオ君ママは混乱している!


「……事情は私の方から話しましょう」

「え? え? ……あ、と、とりあえず中へどうぞ……?」


 頭に大量の疑問符を浮かべたテオ君ママに促され、私達はファクナー家にお邪魔することになった。


 外から見ても大きな家だと思っていたが、中もやっぱり広かった。異世界基準でこの広さは一般的なものらしいけど。海外のお家は広いイメージがあるが、それと似たようなものだろうか。

 室内は木の温かみと緑を基調とした色合いで統一されており、所々に花や観葉植物が飾られている。家主のこだわりが見えるオシャレな内装だ。


 テオ君ママは私達に飲み物を出してくれた。お礼を言って受け取り、飲んでみるとほんの少し酸味がある飲み物だった。レモン水みたいなものだろうか。外は暑かったので、冷えた飲み物が殊更美味しく感じる。


「え、えーっとそれでガウェインさん、どうしてテオと一緒に……? ま、まさかテオが何か問題を……?」

「あぁ、いえ。彼が問題を起こしたというか、問題に巻き込まれたというか……」


 一先ずテオ君ママは混乱しているようなので、自己紹介などは後にしてマティアスさんに状況説明を委ねる。

 息子の上司が、もう一人の別の息子を連れて突然お宅訪問したらそりゃビックリするよね……。


 そして、マティアスさんから一連の出来事を聞いたテオ君ママは、顔を真っ青にした。頭に生えているうさ耳がピルピルと震えている。


「ば、馬車に轢かれそうになった……っ⁉ て、テオに怪我は……っ」

「轢かれる前に助けたので問題ありません。確認しましたが、どこも怪我はしていませんでした」

「あ、あぁ……そうでしたか……。な、なんとお礼を申し上げればよいか……」

「あ! ぼく、お兄ちゃんに馬車から助けてもらったんだった! お兄ちゃん、ありがとう!」


 頭を下げてお礼を言う親の姿を見て、テオ君は助けて貰ったことを思い出したのか、テオ君ママの隣で同じように頭を下げた。


 キャラの濃い女の子が出てきたし、私が描いた絵に夢中になっていたため、助けてもらった事をすっかり忘れていたようだ。


 子供って、目の前のことに夢中になってしまって他の事を忘れてしまうこと、よくあるもんね。私は頭の中で、テオ君の隣に精霊さんとレオ君の姿を思い浮かべた。……他の事に夢中になっちゃって本題を忘れちゃう子、私の周りに結構たくさんいたわぁ。


「……それで、彼を轢きそうになった馬車についてですが、アンドロシュ家の物で……」


 マティアスさんがどうやらエリーザちゃんの件を説明するみたいなので、私はちょいちょいとテオ君を手招きする。エリーゼちゃんがテオ君になんと言っていたのか、テオ君が気付いてしまわないように私はテオ君の注意を引いておくことにしよう。

 馬車に轢かれかけたという事実があるので、今後外を歩く時は細心の注意を払って貰いたいとは思うけど、貴族のご令嬢に罵声を浴びせられたと言うことは理解してほしくない。


「なぁに?」


 トコトコと寄ってきたテオ君を隣に座らせ、私はマティアスさんから羽ペンを借りる。テオ君に渡していた紙を一度預かり、空いていたスペースに別の絵を描き始めた。

 今回はちゃんとしたテーブルがあるし、落ち着いて描けるので安定感が違う。私はさらさらとペンを滑らせ、テオ君、テオ君ママ、レオ君のイラストを描いてみた。テオ君パパは会ったことがないので描けないんだよ、ごめんね……。


「う、わぁ! すごいすごい!! ねぇママ、見て!」


 テオ君がイラストを持ってテオ君ママに駆け寄る。


 私が絵を描いている内にマティアスさんとテオ君ママの話は区切りがついたらしい。テオ君ママは少し目を赤くしていたが、駆け寄ってきたテオ君に優しい笑顔を返した。


「どうしたの?」

「これ! おねえちゃんが描いてくれたの! 見て、ぼくたちそっくり!」


 ズイッと差し出された紙を見たテオ君ママは、大きな目を何度も瞬かせる。


「あらぁ……、凄いわ。本当に私達そっくりね」

「スゴイよね! ぼく、こんなの初めて見た!」

「お母さんも初めて見たわ……。まさか自分の姿を描いてもらえるなんて……。それにとっても可愛いわ」


 テオ君ママは頬に手を当てながら、テオ君と似た表情を浮かべて絵を眺め続けている。その瞳には薄っすら感動の涙が滲んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ