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32.ラディ―スに現れた精霊の長 -市民視点-

「……おいおい、またどっかのお貴族サマが問題起こしてんのか……?」

「あぁ。相手はアンドロシュ家だってよ」

「アンドロシュ家? ……あぁ、ちょっと前に騎士の一人と無理やり婚姻結ぼうとして、バッサリ断られて領地に引っ込んだっていうあの? 年頃的にあの娘がそうなのか?」

「だろうな。ったく大人しくしてりゃいいものを……。振られたくらいじゃあのお嬢様の性格は矯正されなかったらしいぜ」


 本人の耳に入らないよう小声で話しているが、様子を伺う人達の間ではどこもかしこも似たような会話が行われている為、周囲は非常にざわついている。


 俺達の視線の先では、厄介ごとを持ってきたお貴族サマと、厄介ごとに巻き込まれた憐れな市民が二人いる。


 街中であんなにスピードを出して馬車を走らせるだけでも非常識だと言うのに、自分達が轢きそうになった少年に謝罪もせず。それどころか、少年の方が悪いのだと叱責し始めたお貴族サマに、周囲の目は大変冷ややかだ。


 しかし、ここで下手に横入りしようものなら、自分の身も安全ではない。野次馬達は皆そう思っているんだろう。悪態をつきながらも、少年と少年を助けた男に手を差し伸べる者はいない。


 見捨ててしまうことに罪悪感を覚えながらも、せめて最後まで状況を見守ろうと騒ぎの中心を見つめていると、ふと先ほどまで煩かった騒めきが収まっていることに気付いた。


 どうしたのかと思い後ろを振り返って――俺は一瞬息が出来なくなった。



 真っ先に目を奪われたのは、混じり気のない黒。

 太陽の光さえも吸収する、純然たる黒髪。

 そして、黒曜石の様に美しく輝く瞳もまた同じように混じり気のない真っ黒だ。


 魂が抜かれそうな程美しい髪と目を持っているのは、これまた容姿端麗な女性だった。

 ここら辺では見かけない珍しい顔立ちをしているが、美しい黒髪と黒目がとても似合う、神秘的な雰囲気を漂わせる女性だ。


 彼女は、光沢のある不思議なドレスを身に纏っていた。ドレスの青色と、彼女の白い肌のコントラストが美しく、思わず肌を凝視してしまったが、すぐに視線を逸らす。女性が肌を出していれば見てしまうのが男の性だと思うが、彼女にそんな目を向けることはなんだかとても恐れ多いことの様に感じたのだ。

 俺は美人に目がない男だと自負していたが、神々しさを兼ね備えた美人には怯んでしまうのだと、この時初めて自分の性格を自覚した。俺は女好きじゃなくて、ただのヘタレだったんだな……。


 野次馬達は彼女の姿を見て、俺と同じように呆然としてしまった為静かになったのだろう。


 女性は野次馬達に凝視されながらも、全く気にした様子は見せず、静かに騒ぎの中心へと向かっていく。


 近づいてきた女性の気配を感じたのか、貴族のお嬢サマが振り返った。


「ちょっと! ワタクシの邪魔を……する……つも、り……」


 お嬢サマの声が段々と小さくなっていき、語尾は殆ど消えかかっている。


 俺にはお嬢サマの気持ちなんかひとっつも分かりっこないと思っていたけど、この時初めてお嬢サマの気持ちが分かった。そうだよな、流石の貴族サマでも、突然あんな美人が目の前に現れたら怯むよな。


 しかし、流石はお貴族サマと言うべきか。お嬢サマは果敢にも何かを言おうとして口を開いた――が、一歩早く女性の方が先に口を開いた。


「リリリリ」


 彼女の口から零れたのは、美しい鈴の音色。

 え、と驚いていると、俺の隣にいた年配のばあさんが突然膝をついて拝み始めた。


「お、おぉ……、なんということじゃ。あの方は精霊様……。あの容姿、鈴の声、間違いなく精霊様じゃぁ……!」

「せ、精霊……⁉ わ、私初めて見たわ……!」

「俺は一度見たことあるが、もっと小さいサイズだったぜ? あんなに大きな精霊がいるのか……?」

「ばっか、あの方は精霊の中でも特別! 精霊の長様だってことだろ!」

「あ! 肩に小さな精霊様が乗っているわ!」

「なるほど、あんなにお美しいのだもの。確かに同じ人間だと言われるより精霊様だと言われた方が納得だわ……」


 ばあさんの言葉を皮切りに、野次馬達が口々に喋りだし、満場一致であの女性は精霊の長だと認められた。確かに、自分達と同じ人間だと言うより、未知の生物である精霊だと言われた方がよほど納得出来る。


「な、なによ貴方! せ、精霊だからってワタクシに楯突こうというの……⁉」


 俺達の声は騒ぎの中心に届く程大きなものだったらしく、女性が精霊の長だと知ったお嬢サマが慌てながらも必死に言い返す。気が動転しているようだが、決して折れようとしない辺りは、良くも悪くも貴族らしい姿だ。


 少年と男性を拘束しようとしていた護衛らしき男は、完全に長様に目を奪われており、動きが止まっている。


 その隙に、長様は少年と男性を背に匿うようにして間に立つ。長様は終始にこやかな笑みを浮かべている。俺は今まで精霊を見たことなかったんだが、悪戯好きな精霊というものは、小憎らしい顔をしているものだとばかり思っていた。……やはり長ともなると他とは違う特別な存在なんだろうか。


「リリリ」


 長様は一つ声を上げると、お嬢サマに向かって静かに首を横に振る。長様は二人の市民を庇うようにして立っているし、その仕草から、言葉が分からずとも長様がお嬢サマを止めようとしているのは明らかだった。


「う、煩いわね! 精霊だか何だか知らないけど、このエリーザ様に逆らうなんて許さないわよ!」

「リリリ」

「だ、だから! 何言ってるか分からないのよ! う、煩いの!」

「リリリ」

「だ、だからっ……」

「リリリ」

「…………」


 お嬢サマは顔を真っ赤にして憤慨するも、長様は笑みを浮かべて鈴の声を流しながら、静かに首を振り続けるのみ。暖簾に腕押し、糠に釘。お嬢サマの言葉は軽やかに流されているようにしか見えない。


「お、お嬢様……。そ、そろそろ王城の方へ向かいませんと……」


 そこで大量の汗を流しながら、御者が口を挟む。


 あの御者、自分が運転を誤ったのが原因だと言うのに、さも少年が飛び出してきたような言い方をしていたからな。自分が罰せられることを恐れてあんなことを言ったんだろうが、まさか精霊の長様が出てくるとは思わなかったんだろう。


 精霊に何が出来て、何が出来ないのか、詳細は未だに判明していない。

 未知の力を持つ精霊は、だからこそ敬われ、そして恐れられている。


 あの精霊の長様に嘘を見抜ける力があったとしても俺は驚かないし、御者も同じことを考えているんだろう。嘘が暴かれ、精霊やお嬢サマに罰せられることを恐れているため、早々にこの場から立ち去りたいのだ。


「……そ、そうね。お父様がお待ちですもの。別に精霊に怯んだ訳ではありませんわ。ワタクシは急いでいますの! 貴方達に付き合っている場合ではありませんわ!」


 お嬢サマは長様相手に完全に怯んでいるのだが、この場を去るタイミングが見当たらなかったのだろう。御者の言葉はお嬢サマにとって天の助けであったらしい。


 傍から見れば完全に負け犬の遠吠えなのだが、お嬢サマはあくまでも自分が急いでいるからだと主張しながら、そそくさと馬車へと戻っていった。

 顔色が優れない御者は精霊の長様達に向かって深々と頭を下げ、護衛の男を引き連れて馬車へと戻る。……あの護衛の男、ずっと長様に見惚れたままで、なんの仕事もしなかったな。


 先ほどとは違い、馬車はゆっくりと進んでいく。

 それを見送り、ひとまず騒動が穏便に収まったことに周囲の人間達も安堵する。



 馬車の姿が見えなくなった所で長様達を見ると、長様と救われた少年達の姿は既に消えていた。


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