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30.王都ラディース

「……スゴイ。ファンタジー世界が目の前に……」


 フードで顔を隠れているのをいいことに、私は目の前に広がる光景に目を輝かせる。


 建物は竜騎士団の本部と同じようにハーフティンバー様式で建てられたものが多い。梁や煉瓦の色はそれぞれ違うが、区画ごとに色の系統が整えられているので、一つの作品のような統一感がある。広い大通りは石畳で出来ており、建物と相まって情緒あふれる景観となっている。


 そんな街中を歩くのは、カラフルな髪色の人間に、獣耳や尻尾を持った獣人たちだ。


 以前マティアスさんが髪や目の色は魔力に関係していると言っていたが、この世界の人達には珍しい髪色をしている人が多い。団長さんの赤色や副団長さんの水色、レオ君のオレンジなどなど。

 彼らの髪色は私からすればとても珍しいものだったけど、この世界では極々普通の色合いのようで、街中には赤・青・黄色と色とりどりの髪色を持つ人たちで溢れかえっている。


 そして、そう。獣人。


 出会ったばかりのマティアスさんに世界のことを聞いた時。あの時は世界観の説明を聞いている時だったので特に詳しくは聞かなかったんだけど。


 この世界には、獣人がいるのです!

 もふもふな尻尾やピンと立った耳、肌に鱗がある人間!

 そう、獣人が‼︎


 一口に獣人と言っても種族は多種多様なようで、今視界に入っただけでも犬っぽい耳を持った人や、猫のような細長い尻尾を持った人、肌に鱗があるトカゲっぽい人など見た目は様々だ。


「ま、マティアスさん! あの方たちが獣人ですね⁉」


 マティアスさんの服を引っ張り、声を潜めて聞く。私の目線の先を見たマティアスさんが、コクリと一つ頷いた。


「そうですね。犬人族、猫人族、竜人族の方だと思います。……あぁ、そういえば貴女の世界には獣人がいないんでしたね」


 それならばとマティアスさんが簡単に獣人について説明する。


 まず驚いたのが、獣人とは“人間”という括りに入る種族だと言うこと。名称に“人”と入ってはいても、ファンタジー作品の中では不遇な扱いを受けることもある獣人だが、ここでは完全に対等な存在として認識されているらしい。

 この世界では、獣人とは言葉での意思疎通が取れるのだから、多少耳の形や尻尾の有無が違うというだけで同じ人間である。というのが一般的な考え方だそうだ。


 カテゴリーとして、“人間”という大きな枠の中に、“人族・犬人族・猫人族・竜人族”などの細かい分類がある。つまり、この世界で「人間」と言うと、犬人族達のことも含まれるということらしい。


 なんだかカルチャーショックというかなんというか。


 人と獣人が上手く共存出来ている世界だと言うことは大変喜ばしいことだし、動物好きな身としては獣人という存在は大変心躍る種族である。

 しかし、ケモ耳が生えている人を「自分と同じ人間だ」と認識するには、私がこれまで培ってきた常識が邪魔をして少し難しいかもしれない。これまで現実的な存在ではなかった獣人は、私にとっては特別な存在だからだ。

 なので、今もつい初めて見た獣人に過剰反応してしまったけど……、これはあまり良くないことなのかもしれない。


 この世界の人達にしてみれば、獣人とは「特徴・個性のある人間」という扱いなのだ。「あの人獣人だ!」と過剰反応することは、私の世界で言えば「あの人外国人だ!」等と言うようなものだ。……言われた方はあまり気分が良くないだろう。人によっては差別だと憤慨する人もいるかもしれない。


 これまで食材や料理の概念について世界の差異を感じることはあったけど、人種に対する考えも私達とは違う。何が良くて何がダメなのか。よくよく考えて動かなくちゃなぁ。


 ……ひとまず、獣人相手には心の中だけで興奮するに留めておこう。




 あまり街行く人達のことを気にしないように、と心の中で唱えた私は、周囲の街並みを見回した。


 私達が歩いているのは一番大きな通りらしく、人通りも店舗数も多い。道の両サイドには看板のあるお店が多く、この辺りに民家はないようだ。


 お店の看板を見てみると、私には分からないマークが記されている。ガラスの大きな窓から店内を覗き込んでみると、どうやら武器屋のようだった。と言うことは看板のマークは武器屋の印なんだろうか? そう思いながら他の店舗の看板を見てみると、殆どのお店に同じマークが記されていた。


「……この辺りのお店って全部武器屋さんなんですか? 看板に同じマークが描かれてますけど……」

「いえ、確かに武器屋は多いですが、防具や雑貨類を取り扱っているお店もありますよ。あのマークは商業ギルドに属していることを表していて、ギルドから認可を取った正規の店であるという印です」

「へぇー……ギルドの印……」


 日本でも営業許可証を飾っているお店があるので、それと同じようなものなんだろうか。


 ギルドマークが記されているということは正規の店だということで信頼に繋がる。それを外から分かるようにしなければならないという規制があるらしいので、看板にマークが描かれているのも分かる。


 ……でもなんでギルドのマークしか描かないんだろう?普通武器屋だったら剣、防具屋だったら盾など分かりやすい看板を付けたりしない?建物自体に分かりやすい特徴はないし、ぱっと見なんのお店か分からないと思うんだけど……。実際、初めてここに来た私はどこに何のお店があるのかさっぱり分からない。


 これも文化の違いなのかなぁ……。そう思いながら、私はあれ何これ何とマティアスさんに聞きながら大通りを進む。


 そして、大きな通りを半分以上過ぎた所で私は気付いた。


「やっぱり飲食店って殆どないんですね……」

「そうですね……。以前はもう少し多かったんですが、食糧難に遭ってからというもの、次々と店が閉店してしまいました。今までと同じ価格で食料を手に入れることが出来ないですし、食材の高騰に合わせて料理の値段を上げると当然客足も遠のいてしまいますから……」


 ぽつぽつと閉店した店があるので、恐らくそこは昔飲食店だったんだろう。これだけ人気の多い通りなら出店でもありそうなものだけど、食べ物の匂いは全くしない。辛うじて飲み物販売の出店を一つ見かけただけだった。


 街並みは綺麗だし人気が多くて栄えているように見えるけど、ふとした時に食糧難だという事実が見え隠れする。


 街を歩く人達の中に痩せ型の人が多い気がするのは、きっと気のせいではない。


「……早く問題が解決するといいですね」

「貴女が新たな知恵を授けてくださったのです。決して無駄にはしませんよ」


 マティアスさんは強い言葉でそう言い切った。


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