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26.竜騎士団最年少

 カレーを食べ終え、食後のお茶を飲みながらそろそろ食堂を出ようかとなった時。今まで殆ど人の出入りがなかった食堂の扉が開かれた。


「あ! 隊長、見つけたっス!」


 振り返ってみると、他の竜騎士さん達と同じような服装の少年がマティアスさんを見て溌剌とした笑みを浮かべていた。


 少年は十代後半の年頃に見え、今まで見てきた竜騎士の誰よりも若そうだ。ぴょんぴょんと外に跳ねるオレンジ色の髪が眩しい。ついでに笑顔も眩しい。これが若さか。


「どうした、レオ」

「団長が探してた……っス…………よ……」


 子犬のように無邪気な笑みを浮かべながら駆け寄ってきた少年は、私の姿を見た瞬間、足と声を止めた。多分、マティアスさんの陰に隠れて今まで私のことが見えてなかったんだと思う。姿を見た後に一瞬固まられるのはもう慣れっこだ。今までほぼ全員同じ反応しているからねぇ!


 しかし、若さ故か、彼の気質なのか。

 レオと呼ばれた少年は、私から一定の距離を取って近づいてこない竜騎士さん達(ブルーノさんは除く)と違い、瞬く間に私との間にあった距離を縮めた。


「ほ、ホントに精霊様がいたっス! あ、あの! 隊長助けてくれた精霊様っスよね⁉」


 私とマティアスさんの顔を見ながら、レオ君が叫ぶ。興奮気味なのか、白い肌が少し赤く染まっていた。


「あぁ、そうだが……」


 レオ君の勢いに驚いたのか、マティアスさんが怪訝そうに答える。


 するとレオ君は途端表情を引き締め、私に向かって90度のお辞儀をした。分度器で測りたくなる程綺麗な直角だ。


「隊長助けてくれて、ありがとうございました!」


 食堂中に響き渡る声でレオ君が言う。


「隊長がスゲー人でスゲー強いのも分かってっし、俺みたいなのに心配されなくても大丈夫だって分かってるんスけど、あ、あの時はヴァイスにも異変が出てて……、ど、んどん翼がなくなっていく、し……お、俺達……、も、う、ダメなのかもしれないって……」


 話しながら感極まっていったのか、段々と声色に水気を帯び始める。お辞儀したままの状態でしゃべり続けているので表情は分からないけど、多分泣きそうになっているのを必死に我慢しているんだろうなと容易に想像が出来た。


 ちらりと隣に座るマティアスさんを見ると、表情は変わっていないけど随分と優しい目でレオ君のことを見ていた。


 なるほど、レオ君は行方不明になったマティアスさんの安否を泣いて心配するほど慕っているし、マティアスさんもそんなレオ君を可愛がっていると。マティアスさんの職場での人間関係はとても良好なようで何よりだ。


「あ、ありがどぅございまじだぁ……」


 もう完全に泣き始めてしまったレオ君に、私は頭を上げて貰いたくて、目の前にあるオレンジ色の髪をそっと撫でた。


 驚いたのかレオ君は勢いよく頭を上げてくれたんだけど、その顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃだ。


 こんなに全身でマティアスさんの無事を喜ぶ辺り、レオ君がどれだけ感情豊かでまっすぐな少年かが伺える。年的には高校生くらいのレオ君は思春期真っただ中な難しいお年頃だろうに、涙を隠さずに感情を露わにしているのだ。

 人の死がとても身近なこの世界では、その時に感じた感情を大切にして表現することが必要なのかもしれない。人はいつ死ぬか分からない。死んでしまう時、または置いていかれてしまった時、「ああ言っておけばよかった」「ああしておけばよかった」と後悔しないように。


 これもまた身近に危険がある異世界と平和な現代世界で育った者の違いなのかもしれない。……いや、単純にレオ君がめちゃくちゃいい子なだけかもしれないけど。


 とりあえず、レオ君がいい子だというのは分かった。こんなに泣いちゃってまぁ、可愛いったらありゃしない。


 私はワンピースのポケットからハンカチを取り出し、レオ君の顔を拭った。


「え、えぇ⁉ あ、の、ちょっと……!」


 途端レオ君が挙動不審になり始めたけど、私の手は止まらない。だって泣いてる子は放っておけないじゃんかよぉ……。


 レオ君は泣いたせいで目が真っ赤になっていたんだけど、それと同じくらい顔も赤くなっていっている。泣いてる時って頭に血が上るもんね……。ちなみに私は泣くと頭が痛くなるタイプの人間だ。


 顔を拭き終え、すっかり涙が止まったレオ君にうんと一つ満足げな頷きを返し、最後にもう一度頭を撫でた。

 やっぱりこのオレンジ色って自然の色なんだね。全然痛んでないし、ふわふわしている。


「ぅ……あぅ……」


 声にならない声を上げたレオ君は、そのまま両手で顔を覆って項垂れてしまった。


 なんだ、そんなに私に顔を拭かれたのが嫌だったのか。

 ……いや、初対面の良く分からない大人の女性にそんなことされたら、私だったら嫌だわ。どうしよう、これってセクハラ? お巡りさん、犯人は私です。


 そんなことを考えていると、突然腰の辺りを掴まれ、ぐっと体を引き寄せられた。相手は勿論、私の隣に座っているマティアスさんだ。

 私とマティアスさんはずっと座ったままなので、急に体勢を崩される形になり、思わず倒れこみそうになるが、その辺りは流石マティアスさん。私が無様に倒れる前にさっと手を添え、自分の体に凭れ掛からせた。


 突然どうしたんだと見上げると、マティアスさんは苦笑を浮かべていた。


「それ位にしてやってください。レオが羞恥の余り逃げ出しそうだ……。レオ、団長が俺を探しているという話ではなかったか?」


 あ、そうだ。そもそもレオ君はマティアスさんを探しに来たっぽいことを言ってたんだった。


 私と同じようにたった今用件を思い出したらしく、レオ君がハッ!と表情を変える。その顔や反応の仕方が精霊さんにそっくりで、私は少し笑ってしまった。


 あ、ちなみに喋ってないからいないと思われたかもしれないけど、精霊さんはずっと私の肩に座っている。カレーを作っているのを見ていた時も、試食中も、今もずっと精霊さんは私達の傍にいる。


 何故精霊さんの姿に誰も反応しないのかというと、それは精霊さんが姿を隠す魔法を使っているからだ。視覚からは消えるけど触覚では分かるので、私は肩の重さで精霊さんが近くにいるかいないかの判断をしている。つまり精霊さんは只今「触れる透明人間状態」という訳だ。

 こんなことが出来ると知ったのは、私の髪色を変えてくれた時だ。精霊さんもミズガルド行きに同行することになった時、精霊は少し目立つかもしれないとマティアスさんがぽつりと呟いた瞬間、私達の前で消えて見せたのだ。そしてパッと再度目の前に現れた精霊さんは「これでどうだ!」とそれはもう誇らしげな表情を浮かべていた。当然、精霊さんの同行はあっさり許可されたのだった。


「そ、そうだったっス! 団長から隊長を探してこいって言われてたんス!」

「何かあったのか?」

「それが、隊長が精霊様を連れてきたって噂になってたもんスから、団長が俺も会いたいって……」

「……はぁ。あの人は全く……」


 マティアスさんは、頭が痛いと言わんばかりに首を振る。レオ君はちょっぴり苦笑い気味だ。ここで言う精霊様って、私のことだよね……? え、なんで竜騎士団の団長なんて凄い人が私に会いたがってるの……?


 マティアスさんは暫く私をじっと見つめたが、やがて大きなため息をついた。何かを諦めたようだった。


「団長には事後報告で済ませようと思っていたんだが……。仕方ないか。……精霊様、申し訳ありませんが少々お付き合いいただいても?」


 えぇ……。団長ってお偉いさまでしょ? そんな人に私が会っても大丈夫なんだろうか。この世界のマナーも何も知らないんだけど……。


 顔に「不安です!」と書いてあったのか、マティアスさんは私を安心させるような柔らかい笑みを浮かべる。


「大丈夫です。少々性格に難がありますが、悪い人間ではありません」

「隊長、それフォローになってないっス……」


 少々性格に難があるって、それ本当に大丈夫なんでしょうか。レオ君が小さくツッコミを入れるが、マティアスさんはにっこり笑顔を浮かべたままだ。


 どうやら団長との会合は避けられない事態らしい。


 私は諦めてコクリと頷き、マティアスさんに連れられて団長室へと向かった。


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