25.噂の二人 –とある竜騎士視点-
ブックマーク1000件突破ありがとうございます!感謝の気持ちを込めて、本日(8/7)二度目の投稿です。
マティアス・ガウェイン隊長は、とても有名な方だ。
『14歳という史上最年少の若さで竜騎士団に入団。
同年、実父である侯爵を摘発し、生家を没落させた』
この二行だけでガウェイン隊長の経歴の凄さが伝わると思う。ガウェイン隊長は貴族の生まれでありながら貴族を嫌悪しており、14歳という若さで竜騎士団に入団したのは、生家を摘発するための力が必要だったからではないかと噂されているが、真意は定かでない。
生家の侯爵家を没落に導いたことから、一部の貴族からは嫌忌されているが、圧倒的な戦力で魔物を屠る姿を見ている我々龍騎士団の面々からすれば、ガウェイン隊長は憧憬の人である。
俺は何度か隊長が戦闘している所を見たことがあるが、剣の一振りで魔物の首が落ちるのだ。ガウェイン隊長の手にかかれば、相手が死を認識する前に戦闘が終わることなどざらにある。
強さに誇りを持つ竜騎士として、自分より強い男に嫉妬することはあるが、ガウェイン隊長の場合は余りにも規格外過ぎて最早嫉妬心すら芽生えない。隊長は魔法があまり得意ではないらしいが、これで魔法まで堪能だと最早生物兵器の域に達してしまうので、ある意味バランスが取れていると言えるだろう。
あまり表情筋が動かず、冷静な姿勢を崩さない隊長は一見すると冷たそうにも見えるのだが、数少ない言葉や行動の節々から、部下や仲間を大切に思っていることが分かる。そんな隊長は勿論、竜騎士団の面々からはとても慕われている。
そのため、ガウェイン隊長が一時期行方不明になった時は、上から下まで大騒ぎだった。
特にガウェイン隊長が所属する第一部隊の竜騎士達は、連日連夜ガウェイン隊長を探し、隊長が落ちたとされる穴の調査に没頭した。俺は別部隊の所属なので直接捜索に加わることはなかったが、仕事の合間に目撃情報がないか聞き込みをしたりしていた。無事発見されたと聞いた時は安堵したものだ。
そして、行方不明になっていた間どうしていたのかというと、伝承にしか現れない≪精霊の落とし穴≫に辿り着き、そこに住んでいた精霊の長に助けて貰ったとのこと。
それを聞いた時、俺は一体何処の物語の主人公だと言いたくなった。実家を摘発し、実力のみで竜騎士団の中を駆け上がっていくという過程だけでも波乱の人生だというのに、そんな奇跡的な出来事に遭遇するなんてどんな確率だ。
あまりにも突拍子のない報告に、一部の人間はガウェイン隊長を糾弾したらしいが、隊長が精霊の長から譲り受けたという品物は詳細不明な素材で出来ており、我々には到底理解出来ない高度な技術を用いて作られたものだと正式な発表があってからはその声も収まっていった。
一部の貴族の中には、珍しい品物欲しさ故に、ガウェイン隊長に詰めかけた者もいたらしいが、「そんなに珍しい物が欲しいのでしたら、どうぞご自分で精霊を説得なさってください。……少しでも相手の機嫌を損ねた場合、どのような報復をされるかはわかりませんがね」と言った瞬間、しどろもどろになりながら足早に退散していったらしい。この国の貴族の唯一といっていい長所は、危機察知能力が高いところである。
さて、そんな昨今何かと話題なガウェイン隊長が、また新しい話題を持ってきた。
それは「カレー」という名前の料理のことだ。なんでも、カレーとはクソ不味い事で有名な薬に使われている薬草を使って作る料理だが、とても美味しいので是非国に普及してみないかと。
……≪精霊の落とし穴≫の件をすんなり信じた俺も、流石にこれは少々勘ぐってしまった。
隊長を疑いたくはないが、あの薬の不味さを知っている身としては、どうしても薬に使われている薬草を使って美味い料理が出来るとは思えなかったのだ。
あの薬は二日酔いに効くものなので、俺も良く世話になっているが、本当にもう尋常じゃなく不味い薬だ。雑草のような青臭さと、肥溜めみたいな悪臭を伴った液体は、やたら粘着性が高いせいでいつまでも口の中に残り続ける。正直、薬の不味さが二日酔いの気持ち悪さを超えたため、二日酔いの症状が治まったと錯覚してるんじゃないかと思えるレベルだ。
そんな薬の原材料を料理に使うなんて正気の沙汰じゃねぇ……と、話を聞いただけの段階では思っていた。
しかし、レシピを元に料理長が実際にカレーを試作した時、俺はたまたまその場にいたので少し味見させてもらったんだけど……。食べた瞬間、ガウェイン隊長に膝をついて謝りたくなった。
「本当にあの薬と同じ薬草が入ってるのか? え? この美味い料理に?」
俺はそう言いながら、味見の域を超える量を食べてしまい、結果料理長にはぶん殴られた。
一体この料理のレシピは誰に教わったんだと料理長が詰め寄った所、その奇跡の料理を教えてくれたのはなんとガウェイン隊長が≪精霊の落とし穴≫に落ちた時に助けてくれた精霊の長だった。命を助けてくれただけでなく、貴重な知識まで与えてくれた精霊の長には頭が上がらない。
そうそう。最近では小さくてカラフルな髪色の精霊が、隊長を迎えに来たって話もあったな。精霊の長の部下的な存在なのか、なんなのか。とにかく最近の隊長はやたら精霊関連の話題に事欠かない。
そのせいか、誰が言い出したか分からないが、最近ガウェイン隊長には『精霊の愛し子』という異名が付けられた。
気まぐれで悪戯好きとされる精霊からこれだけの恩恵を受けていることから、相当精霊に気に入られたんだろうと憶測が飛び交い、結果『愛し子』の称号を得たのだ。
実際、ガウェイン隊長は竜騎士団の中でもトップクラスな男前なので、精霊レベルの美女じゃないとつり合いが取れないのかもしれないと考えると、『愛し子』の称号も似合っている気がする。
……いや、俺は精霊を見たことがないし、噂の精霊の長ってのが美女なのかは知らないが。しかし、なんとなく精霊というと、すごい神秘的な美しさってのを持ってそうな気がしないか?
そして、本日。
俺はこのなんの根拠もない自分の憶測が当たっていたことを知った。
騎士団本部内を闊歩する隊長の、一歩後ろを歩く女性。
人間にはあり得ない漆黒の髪と瞳を持ち、我々竜騎士団の色である青の服を着た彼女は、神秘的な空気を纏う紛うことなき絶世の美女だった。
見た瞬間に分かった。「この方が噂の精霊の長だ」と。
動揺の余りその方は誰かと聞いてしまったが、予想通り、隊長は彼女を精霊の長だと紹介した。
背丈は隊長より頭一つ分程小さく、隊長と並ぶと小柄さが際立つ。精霊だから言葉が話せないのか、声を聴くことは出来なかったが、柔らかな印象を抱かせる微笑が精霊様の気性の穏やかさを表していた。
一目見ただけで同じ人間ではないと分かる美貌は、並大抵の男なら怯んでしまうだろう。事実、俺は真正面から精霊様の目を見ることが出来なかった。精霊様の視線が隊長に向いた瞬間に盗み見てみたけど、あんな黒曜石のように美しい瞳に見つめられたら魂が抜かれてしまいそうだ。
しかし、隊長はそんな精霊様の隣に堂々と立っていたし、視線も交わしていた。流石はガウェイン隊長……!とここでもまた俺の中での隊長株が上がった。
受け答えは隊長が担い、精霊様は隣で微笑み続ける。隊長はそんな精霊様に時折視線をやっていたんだけど……、その目は今まで見たことがないくらいに優しく、そして甘ったるかった。
俺は隊長があんな顔の出来る人だったなんて知らなかったし、多分第一部隊の奴らも知らないと思う。というか、そもそも隊長が女性と一緒に歩いている所自体、初めて見たのだ。周囲にいた竜騎士達の間に衝撃が走り、二人の様子は瞬く間に本部内の竜騎士達へと拡散されていく。普段迅速な報連相が徹底されていることがこんな所でも活かされていた。
並び立って歩いて行く二人の背中を見送り、俺は確信する。
近い内に隊長の異名は『精霊の愛し子』から、『精霊の恋人』に変わるだろうな、と。




