23.ようこそ我が国へ
「お、おぉ……っ! 私、今、空を飛んでる……!」
眼下に広がる雪景色を見て、思わず心の声が口から零れ落ちる。後ろから吐息を零すような笑い声が聞こえて振り返ると、マティアスさんが小さな笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
「貴女は時折無垢な少女のようになりますね。以前私が魔法をお見せした時も、今のように輝いた顔をしていました」
「……いやぁ、お恥ずかしい。魔法って私の世界にはないですし、やっぱりそういうのを見るとテンション上がっちゃうんですよね」
「リリ!」
アハハ、とちょっぴり気恥ずかしくなりながら答えると、私の肩に座っていた精霊さんが声を上げながら自分を指さす。
「あ、勿論精霊さんを見た時もビックリしたよ」
私がそう答えると、精霊さんは満足そうに「リリリ」と笑った。
精霊さんは詳しい生態がわからない不思議生物だ。そして、それに負けてないのが現在私達を運んでいるヴァイスハイトだ。
マティアスさんが子供の頃にたまたま見つけたドラゴンの卵から生まれたのがヴァイスハイトで、二人はそれ以来の付き合いらしい。幼少期を共に過ごし、マティアスさんが竜騎士になると決めた時、ヴァイスハイトと一騎打ちをして実力を認めてもらい、無事正式に契約を結べたのだとか。
その時点でお互い仲が良かったんだろうし、一騎打ちする必要はあったんだろうか?と疑問に思ったが、どうやらドラゴンと契約を結ぶ為には必要な儀式なんだとか。どれだけドラゴンと人間の仲が良かろうと、絆が深かろうと、一騎打ちという儀式は必須。感情論では動かない、完全実力主義者ってことなんだろうか?
そして、前述の通りドラゴンは卵から生まれるのだけど、今まで親ドラゴンが卵を産んでいる姿が確認されたことはない。ドラゴンの卵はある日突然ひっそりとどこかに現れ、たった一匹で生まれてくる。
外敵から身を守り、生きる術を教えるはずの親がいない状態でどうやって生きていくのかと言うと、ドラゴンは生まれたばかりの時点で既に知性があるし、外敵から身を守るだけの力があるので、全て自分一匹で事足りるんだとか。赤ちゃん時代から一匹で暮らすのが当たり前らしいよ。……人生ならぬドラゴン生って、めちゃくちゃハードだね。
で、一番不思議なのが、ドラゴンの肉体についてなんだけど、今私が座っているごつごつしていて、ちょっぴりひんやりとしているヴァイスハイトのこの体は、魔素というエネルギーの集合体で出来ているらしい。
魔素とは魔法を使う時に使用されるエネルギーの一種で、つまりドラゴンとは魔力の塊のような存在だということ。……そりゃあ強いのも納得って感じ。
そしてそういう特殊な体を持つヴァイスハイトは、食事によるエネルギー補給を必要としておらず、今まで食事を取ったことがなかったと。
家に来た時は必ず何かしら飲み食いしているヴァイスハイトの姿を思い出すと、食べるの大好き食いしん坊にしか見えないんだけどなぁ……。
まぁとどのつまり、ドラゴンは強い!スゴイ!賢い!不思議!ってこと。
そんな不思議生命体ドラゴンさんは、自分の強さに絶対的な自信とプライドを持っているので、容易に人を乗せたりしないらしい。特にヴァイスハイトはその傾向が強いらしく、今までマティアスさん以外の人間を乗せたことがないんだとか。私のことを簡単に乗せてくれたのは、桃やジュースの賄賂のお陰なのか。
……あれ、でもそういえば、一番最初に会った時、背中に乗せてくれたよね? あの時は賄賂も何もなかったんだけど……。
私って実はヴァイスハイトに結構好かれてるんだろうか?
ちょっぴり嬉しくなった私は、飛行を続けるヴァイスハイトの背中をそっと撫でた。
「あれが≪地上≫に繋がっている穴です」
マティアスさんが指で示す方向を見ると、頭上に真っ暗な穴がぽっかりと開いているのが見えた。
「穴を通り抜ける際は少し揺れるので、気を付けてください」
「了解です!」
ヴァイスハイトの背中の乗り心地は最高で、殆ど揺れや風を感じなかったんだけど、あの穴を通る時は別らしい。肩に乗りっぱなしだった精霊さんは飛ばされないように胸元へIN。精霊さんは胸元からひょっこり顔を出して、楽しそうに笑っているので大丈夫そうだ。
というか、人の心配よりまず自分の心配をした方がいいかもしれない。私自身が落ちてしまわないよう手綱をぎゅっと握り締め、太ももに力を入れていると、後ろに座っていたマティアスさんの片腕がお腹に回った。
「そのまま手綱をしっかり握っていてくださいね」
「は、はい」
マティアスさんから感じる熱に一瞬動揺したが、今は余計なことを考えている場合じゃない。動揺を逃がすように手綱を握る力を強め、揺れに備える。
――ヴォン
穴を通った瞬間、風を切る音とは違う不思議な音が聞こえた気がした。が、それに疑問を持つ前に、前方から吹いてくる風の強さに体が吹き飛ばされそうになる。大きな縦揺れと横揺れを全身で感じ取り、思わずぎゅっと目を瞑って風と衝撃に耐える。
――ヴォン
突然体を襲っていた風と揺れが収まる。≪精霊の落とし穴≫を飛んでいた時のように穏やかな飛行だ。
「さぁ、着きましたよ」
後ろから聞こえてくるマティアスさんの声に、私は瞑っていた目をゆっくりと開いた。
眼下に広がるのは、緑豊かな大きな森。それほど遠くない場所には巨大な外壁で覆われた城と、その上空を滑空する数匹のドラゴン。ヴァイスハイト以外のドラゴンを見るのは勿論初めてだ。
城を挟んだ向こう側には建物がいくつものブロックに分かれて集合して建っている。あれが王都なんだろうか。上空からだと敷地の広さが目に見えて分かりやすく、とても一日二日で回り切れる広さではないことが分かる。
そして、街全体と城を包み込むようにして半透明の薄い膜が覆っているのが見えた。魔物の侵入を防ぐための特殊な外壁あたりだろうか。魔法のシールド的なものっぽい。
「……ようこそ、我が国へ。歓迎しますよ、“精霊さん”」
きょろきょろとマティアスさんの腕の中で眼下や周囲を見回してると、笑みを含んだ声でそんなことを言われたので、私は精霊さんになりきってにっこりと微笑みだけを返して見せた。




