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02.第一村人発見

 我が家の裏口が大変なことになってから一週間。


 理由も原因も分からない奇妙な出来事に遭遇した私は、今回の件を調べるために、とある実験を行った。



 まず私が気になったのが、裏口と繋がっている場所は一体どこなのか、ということ。


 それを調べるには裏口の向こう側へ赴く必要があったが、一度あちらにいってしまって無事に自宅へ戻られるという保証がないため、まずはその安全確認を行わなければならない。そのための実験だ。


 実験に使用したのは鈴木のおじいちゃんに貰った桃と、防水・防塵・耐衝撃・耐低温性に優れたビデオカメラの二つのみ。お手軽ですね。


 ちなみに鈴木のおじいちゃんとは、一番ご近所に住む御年八十歳のご老人だ。この事象に遭遇した当日、鈴木のおじいちゃんの所に伺ってみたが、特に変わった様子はなかった。

 近所を散歩してみたがやはり特別変わった個所はなく、異変が起きているのは我が家の裏口だけらしい。



 さて、実験についてだが、その内容はいたってシンプル。


 ビデオカメラと桃を雪の積もった場所に置いて扉を閉める。

 そして翌日に確認し、次は二日期間を開け、今度は四日期間を開けて確認する。それだけだ。


 ビデオカメラに関しては、あちら側の様子を確認するため。

 そして、“裏口の扉を閉めた場合、あちら側からこちら側はどう見えるのか”を調べることを目的に設置したのだが、映像を確認したところなんとも摩訶不思議な光景が記録されていた。


 ビデオカメラが捉えたのは、雪の上に立つ一枚の扉。


 そう、扉“しか”映っていないのだ。


 一軒家という形を成しておらず、国民的アニメに登場する猫型ロボットのドアのように、扉が一枚ドドンと自立して立っている。……一体我が家の裏口はいつから未来道具になってしまったのだろう。色はピンクじゃないけど。


 家そのものが見えないのはどういう仕組みなのかわからないけど、とりあえず家とあちら側を繋ぐ最も重要な扉さえあればいいということなのだろうか。

 まぁ開閉しても扉は消えないし、あちら側に行っても家に通じる道が閉ざされるということはなさそうなので良しとしよう。



 そして桃は近辺に危険な生物がいないかを調べるために設置したものだ。


 もし近くに生き物がいたら、桃の芳醇な香りに釣られて近づいた所を、ビデオカメラが捉えるかも……と期待していると、置いた翌日には早速何かに齧られたのか、桃の上部が少しだけ削れていた。


 しかも日を追うごとに齧った後が大きくなっていったことから、どうやら毎日少しずつ桃を食べて腹を満たしている生き物がいるらしい。


 残念ながら、この雪世界は度々天候が変化するため、その正体をビデオカメラがハッキリと捉えることは出来なかったが、降りしきる雪越しにうっすらと見えたシルエットから察するに、相手はとても小さな生き物。恐らく小鳥か何かだろう。


 周辺の雪は荒れていないし、小鳥が悠長に餌を食べているということは、少なくともこの付近に肉食動物のような危険な生き物はいなさそうだ。




 さて、以上の結果から、私があちら側に行って戻れなくなるということはなく、付近に危険生物もいないことが分かった。

 

 開け閉めしても扉は消えないし、扉さえ見失わなければ問題ない。


 と、いうことで。

 私は今日、裏口の向こう側へ探索に行こうと思う。





「防寒よし、命綱よし、携帯……は繋がるかわからないけど一応持って行ってみよう。あとは双眼鏡もよし、と」


 頭の先から爪の先まで厚着した私は、裏口のドアノブと手首を括り付けた紐を片手に雪の中へと足を踏み入れた。


 命綱は万が一のことを考えた対策だ。遠くまで行くつもりはないので迷うことはないだろうけど、扉を見失ってしまえば帰れなくなってしまうのだから念には念を、だ。500mの荷造り用の紐を二つ繋げているので1000m分の距離は歩ける。風が吹けば飛ぶような荷造り用の紐が命綱だなんてなんだか頼りない気もしないでもないが、細くとも扉とさえ繋がっていられればいいのだから良いのだ。


 白の中でも目立つようにと、紐の色はあえての赤。真っ赤な命綱を握り締め、私はザクザクと音を立てながら雪の中を進み始めた。


 今日は雪も大分小降りで視界も悪くないので、中々の探索日和だ。雪はずっと積もっているので、足場はかなり悪いけど、それはもう諦めるしかない。


 通りやすいように時々足で雪を退かしてみたが、雪の下はコンクリートではなく土の地面だった。


 雪を踏みしめながらしばらく歩いてみたが、周辺には何も見つからない。建物も、植物も、生き物の気配も。


「全然文明らしきものが感じられないなぁ……。ここってもしかして未開の土地?」


 双眼鏡をのぞき込み周囲を見回してみるが、やはり何も見えない。


 んーと首を捻っていると、ふと小さな物音が聞こえた気がした。


「ん? ……鈴の音?」


 耳を澄まさなければ良く聞き取れない小さな音。リリリリリという音は鈴の音っぽいけど、違うような気もする。


 未だ緩やかに振り続ける雪の中で、音のする方から何かが近づいてきたのを感じ、双眼鏡で確認すると飛行する物体を発見した。


 空を飛んでこちらに向かってくるのは……鳥? 虫?


「いや、あれ、は……、よ、妖精??」


 パタパタと羽を使ってこちらに飛んできたその姿を唖然と見つめる。


 長い髪を風に靡かせ、白目部分が殆どない黒い虹彩ばかりの大きな瞳で私を見つめている生き物。半透明の羽で私の眼前を飛び回るそれは、私の掌サイズの小ささだ。


 先ほどの鈴のような音はこの子の声だったらしい。近づいてきたことでよく聞こえるようになった鈴の音を鳴らしながら、妖精さん(仮)はキラキラとした光の粒を散らしながら私の周囲を飛んでいる。


 残念ながら何を言っているかわからないが、表情からして何かを喜んでいるっぽい?


 相手は未知の生物であるが、とりあえず第一村人がこちらに敵意を持って襲ってくるような人でなくてよかった。敵意どころかむしろ友好的な感じさえする。


「えっと、あなたは……よ、妖精さんでいいのかな?」


 戸惑いながら聞いてみると、妖精さん(仮)はふりふりと小さな頭を横に振る。一か八かで聞いてみたのだけど、どうやら言葉は通じているらしい。


  しかし、妖精ではないのか。一般的に妖精と言われてイメージ出来る姿そのものなんだけど。


「妖精じゃない……。じゃあ精霊とか?」


 妖精さん(仮)は嬉しそうに首を縦に振る。


 なるほど、彼女は妖精さん(仮)ではなく、精霊さん(真)だったらしい。


 ……妖精と精霊の厳密な違いってなんだろうね。とりあえず本人が妖精ではなく精霊だというので、そういうものかと納得しておく。


「精霊さんはここに住んでるの?」


 その質問に精霊さんは一度頷いてから、首を横に振る。そしてもう一度頷いた。


「んー……、そうだけど、そうじゃないってこと? ここ以外にも住処があるってことかな?」


 大正解!


 そんな声が聞こえてきそうな程、精霊さんは満面の笑みを浮かべて飛び上がった。


 しかしまさか第一村人が人間ではなく精霊だとは。

 この子はこちらの言葉を理解しているし、それに応じた反応を返してくれるが、向こうの言葉は分からない。この場所が一体なんなのか、この子に聞いても答えを理解できそうにない。


「誰か言葉を話せる人がいたらいいんだけどなぁ……」


 そう呟くと、喜びの舞を踊っていた精霊さんは「あっ!」と言わんばかりに動きを止めて手を叩いた。何かを思い出したような仕草だ。


 精霊さんはそのままふよふよと飛行し始めてどこかへ向かおうとしている。その姿を何となく見つめていると、後ろを振り返った精霊さんが私の方へ手招きをしている。


「……ついてこいってことかな?」


 まだ命綱分の距離は歩いていない。

 ひとまず命綱が続く限り、精霊さんについて行ってみることにした。





 雪に足を取られつつ、精霊さんの後を歩くこと約二十分。


 そろそろ命綱の長さが足りなくなってくる頃だ。どこまで着いていけばいいんだろう、と少し不安になり始めた時、数メートル先を飛んでいた精霊さんが飛行を止めた。


 その場に留まりながら飛び続けている精霊さんは、私の方を振り返るとその場でくるくる旋回し始める。


「ん? あれって……え、ちょ、ちょっと待って」


 精霊さんが止まった場所の下を見て、たらりとこめかみに汗がつたう。


 見間違いかと思って、改めて精霊さんの足元を見てみる。


 よく見る。よーく見てみる。



「ひ、人が埋まってるー!!!!」



 見開きすぎて目が乾燥し始めた所で、漸く見間違いではないことに気付いた私は、叫び声をあげながら慌ててそちらへと走った。


 もしかして精霊さんは、私が「誰か言葉を話せる人がいたらいいんだけど」といったから人間がいる所まで連れてきてくれたのだろうか。

 ……出来れば元気な人間相手がよかったなぁ!!


 しかも、無情なことに精霊さんはそのままどこかへ飛び去って行ってしまった。


 雪原の中で取り残されてしまった私は、途方に暮れつつも倒れている人を放ってはおけない。


 倒れていたのは男性で、顔は横を向いているので雪で窒息する心配はなく、薄く開いた唇から零れる震えた吐息が生きていることを証明してくれた。


 よかった、一瞬死んでいるのかと思ってしまった。


 取り敢えず生きていると分かったので、少し冷静さを取り戻す。そうすると今度は、男性の格好の奇妙さに意識が向く。


 男性は、両腕に鉄に似た素材で出来ている籠手と肘当てを付けており、足には同じ素材で出来た硬そうな膝当て。白銀と金が目立つ肩当てはなにやら細かい装飾が施されていて、全身まるでRPGの世界からそのまま飛び出してきたかのような格好をしていた。

 しかも背中には私の背丈より少し小さいくらいの大剣を背負っている。鞘に収まった状態なので刃物がむき出しになっているわけではないが、平和な日本で生まれ育った身としては、ちょっとビビってしまう。


 しかしこのまま見過ごす訳にはいかないので、私は念の為男性から少し離れた所から恐る恐る声をかけてみる。


「あ、あのー……、だ、大丈夫ですかー……?」

「……、う、ぐっ……」


 私の声かけに男性は薄っすらと目を開いた。


「あ、なた、は……」

「私、ここの……き、近所?に住んでいる者です」

「……この、辺りに、住んでいる……?」


 男性の表情に疑問の色が浮かんだ。そうですよね、こんな何にもない場所に住んでいるなんて、疑問に思いますよね。


「……そう、か。あなた、は……」

「あ、ちょっと! 起きてください!」


 男性は小さな笑みを浮かべたかと思うと、再び意識を失った。慌てて男性との間にあった距離を詰めて男性を揺さぶってみるが、今度は目を覚ましてくれない。

 息はある。今は気絶しているだけだが、正直このままだといつ死んでしまってもおかしくない気がする。


 幸い、短くとも会話を交わしてみた感じ、いきなり背中の大剣を振りかざしてくるような危険人物ではなさそうだ。服装も何となく騎士っぽいし、明らかに無力そうな女相手に無体は働かないと思う。


 とにかく彼を救助しよう。この辺りに体を休ませられるような場所は全く見当たらないので、私の家まで何とか連れて帰らねば。


 そう思い、倒れていた男性の腕を自分の肩に回し、何とか持ち上げようとしたのだが。


「うっわ! おっも!!」


 ほんの僅かに地面から上半身部分が持ち上がっただけで、うっかり勢いそのまま男性を落としそうになったので慌ててゆっくりと地面に戻す。この重さ、とてもじゃないが一人で運べる気がしない。相手は背も高くガタイの良い男性、しかも装備品は金属製の鎧と大剣。運動不足の祟った女一人に運べる重さではなかった。


「ど、どうしよう、車でも持ってくる? いや、この雪道を走れる気がしない……、あ、そもそも車で裏口通れないんだから、こっちに車を持ってくるのは無理だよね……」


 装備品一式外せば何とか自力で運べるだろうか。足は地面を引きずらせることになるだろうが、背中におぶさるようにして抱えれば……。


 私は試しに大剣を外してみようと手を伸ばした。


 その時――私と男性の頭上に影が下りた。

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