17.加工機能搭載の唐辛子
前回の終わり方から『次回からはスパイス探しのため異世界編突入か⁉』と期待された方がいたらごめんなさい。私はまだまだ日本にいなければならないようです。
いやね、スパイスの件は言い出しっぺな訳だし、言い出したからには自分でスパイスを探そうと思ったのよ。勿論最優先はスパイス探しだけど、元々ユミールという異世界に興味はあったし、あわよくば少しだけでも観光出来ないかなーと思ったりもした。
しかし、カレーに使えるスパイスを探すためにマティアスさんの国に行ってみたい、と伝えた時のマティアスさんの反応と言ったら、一瞬の隙も与えない程の即答で「それはダメです」と。
もうね、言葉の強さと言い、表情の強張り方と言い、とてもじゃないけど許可をくれそうなものではなかった。
理由を聞いてみれば、「多少街を歩く程度なら問題ありませんが、一歩でも街の外に出ればいつどこで魔物に襲われてもおかしくありません。スパイスとは植物のことなんですよね? 探すとなると街の外に出なければならないでしょう。その先で魔物に襲われたらどうするのです? 失礼ですが、貴女に魔物を退治出来るだけの力があるとは思えません」とのことで、ぐぅの音も出ないド正論だった。
「私が同行すれば貴女を守ることも出来ますが……。私としてはそもそも危険な場所に行ってほしくないのです」
キリっとした眉根を下げ、如何にも心配していますと言った表情でそう言われてしまえば、私は大人しく「分かりました」と言うしかない。
よく考えなくても、私みたいに運動能力も人並みな一般人が魔物蔓延る世界に行くなんて無謀だよね……。
という訳で自分の足でスパイスを探すことが出来なくなってしまったが、マティアスさんが協力してくれるらしく、特徴等を教えてもらえれば探してみるとの事。
結果マティアスさんの手を煩わせることになってしまい、マティアスさんへのお礼になっているか甚だ疑問だけど……。「材料があればカレーが作れる」と知ったマティアスさんがカレー作りに積極的なため、今更やめましょうとは言えない。
「カレーに使うスパイスは色々と種類があるんですが、最低限この4つがあれば作ることが出来ます」
私はキッチンから持ってきた4つの小瓶をマティアスさんに差し出す。
小瓶の中身はそれぞれ、チリペッパー、ターメリック、コリアンダー、クミンシードだ。
「植物なので、料理に使う時は一度乾燥させて粉末状に加工する必要があるんですが、そういうことが出来そうな道具ってありますか?」
「そうですね……。薬師は薬を作る際に薬草を粉末にするので、その時使用している魔道具で代用可能かと」
魔道具は戦闘時や野営時に活躍するものから、日常生活に不可欠な道具もたくさんあるらしい。武器であり、アウトドアグッズであり、家電という万能感溢れる魔道具はこんな所でも活躍する。ユミールにある便利道具は大抵魔道具だと思った方がいいのかもしれない。
最悪道具を一から作る所から考えなくてはならないかなと思っていたけど、既に代用できる道具があるなら良かった。
「……薬師の話で思い出したんですが、これとこれ……、あとこれも、薬師のところで似たような物を見たような気が……」
透明な瓶に入ったスパイスを指さし、首を傾げる。
マティアスさんが指さしたのは、ターメリック・コリアンダー・クミンシードだ。
ターメリックはウコンという植物の根茎を乾燥させて粉末状にしたものだ。ウコンは、二日酔いに効く栄養剤の商品名にもなっているし知っている人は多いだろう。ターメリックはウコンと同様二日酔いや、あとは生活習慣病予防にも効くと言われている。
コリアンダーはパクチーと言った方が分かりやすいだろうか。コリアンダーとパクチーの違いは英語かタイ語かの違いだけで、元は同じ植物だ。日本では香辛料として種子や葉を乾燥させてパウダー状にしたものをコリアンダー、葉を生のまま野菜として使用する場合はパクチーと区別して呼ぶことが多い。コリアンダーは消化器官に働きかける作用があり、胃もたれや下痢の緩和に効くらしい。
クミンシードに関しても、食欲増進や消化促進、胃痛や腹痛などにも効果があると言われている。確か古代エジプトだか古代ローマだかの医学書にも掲載されているとかいないとか。
マティアスさんが示したスパイスは、確かに今あげた通り、体に良い効果が見込めるけど……。これって薬師が使ったりするものなんだろうか?
今回のスパイスの件に限らず、食材の中には栄養価が高くて体に良い効能があると言われるものが多く存在するが、私個人の考えとして、食材から得られる効果というのは、食べ続けなければ分からないものだと思っている。薬みたいに即効性がある訳ではなく、じわじわと体の内面から効いていくというか。継続は力なりというか。
漢方薬的な役割で使われているのか、それとも実は似たような植物であっても、成分が全く違ったりするんだろうか?
となると、味や香りも違ったりするかもな……。
「生憎私は薬学に精通していないので、同じものかの判断はできませんが……」
「それじゃあ良かったらこれを持って行ってください。現物があれば分かりやすいでしょうし。薬師の方が使っているものと同じなら、探す手間が省けて良いんですけどね……」
何はともあれ、草木を掻き分けて探さなければと思っていた所に思わぬ収穫。このままマティアスさんには小瓶ごと渡して、実際に見比べてきてもらおう。本当に同じものだったら良いんだけど。
「あと……、この赤い粉末ですが……」
そう言ってマティアスさんは真っ赤なチリペッパーを指さす。……なんだか、表情が若干険しい?
「これはチリペッパーと言って、赤唐辛子を粉末状にしたものです。辛みのあるスパイスですよ」
私は携帯で唐辛子の画像を検索し、マティアスさんに見せた。
「……この粉末は、目や鼻に入ると激痛がしませんか?」
「え? えーっと、私は体験したことないですけど、かなり痛いって聞いたことがあります。辛みが強いものですから……」
マティアスさんの質問にこちらも疑問を返しつつ答えると、彼は納得したように一つ頷いた。
「これは恐らく、こちらで“レッドデビル”と言われている魔物と同じものでしょうね」
「……ん? ま、魔物?」
つい聞き間違いかと思って聞き直すものの、マティアスさんは神妙に頷くだけだ。
「姿はこの絵と全く同じです。大きさは手で掴めるくらいなので、魔物としては小柄です。危険度もそれほど高くありませんが、少々面倒な攻撃をする魔物でして……。周囲に状態異常効果のある赤い粉をまき散らすんです。それが目や鼻に入ると一時的に戦闘不能に陥ってしまいますので、レッドデビルとの戦闘時はゴーグルや当て布で目と鼻を覆って戦うのが鉄則ですね」
「……まさか、その攻撃の時にまき散らしてる赤い粉っていうのは……」
「……恐らくこのチリペッパーと呼ばれるものと同じようなものかと」
知ってましたか。
異世界には自分で粉末加工してくれる唐辛子が存在するそうです。
チリペッパーが見つかったことに喜べばいいのか、チリペッパー=魔物だということに嘆けばいいのか。
私はとりあえず、ハハハと引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。