15.不思議なことには大抵精霊さんが絡んでいる
精霊さんへのお叱りタイムも終わると、ヴァイスハイトと並んでジュースを飲んでいる精霊さんを見て、マティアスさんが呟く。
「あの精霊と随分仲が良いんですね。もしかして貴女を私の元まで連れてきたという精霊は彼女ですか?」
「そうです。数日前、突然家にやってきて、それ以来頻繁に遊びに来るようになったんですよ」
突然家にやってきた理由が、私とマティアスさんをくっつけるためだとは言わない。というか、言えない。どんな顔すればいいかわからないからね。
「そうですか。精霊はこちらに頻繁に……」
マティアスさんはそう言うと、ふと笑みを零す。
「ここに来たのは精霊に呼ばれたからですが……。叶うならもう一度お会いしたいと思っていました。先ほど叱られてしまった精霊には申し訳ないですが、私としてはきっかけを作ってくれて感謝しています」
「え?」
会いたかったって……なんでだ?
「あぁ、そうだ。貴女にも説明しておきますね」
マティアスさんはそっとティーカップをテーブルに置く。
「あちらに戻ってから私は行方不明だった時の状況を報告する必要があったのですが、貴女の存在はごく一部の人間にしか伝えていません」
「え? それじゃあなんて説明したんですか?」
「私は≪地上≫に突然出来た穴から転落してここまで来たのですが、“落ちた先は≪精霊の落とし穴≫に繋がっており、そこに住む精霊に助けてもらった”ということになっています」
おっと、また精霊扱いか。最初に会った時、マティアスさんから精霊と間違えられたんだよなぁと頭の片隅で思い出す。
「私という人間の存在を秘匿する理由があるんですね? ……あぁ、もしかして食料関係ですか?」
食糧難に陥っているという国の状況。
そこに現れた、食料が潤沢な異世界の存在。
マティアスさんが以前朝食を見た時に言った『朝からこれだけの量を食べられるのは、それこそ金にものを言わせて食料を占領する貴族くらいのものですよ』というセリフ。
それらを考えれば、マティアスさんが事実を隠した理由は、私を守るためだと気付いた。
「……えぇ、その通りです。我が国の事情が事情ですので、貴女が巻き込まれないようにと。現在あの穴を通ることが出来るのは、私とヴァイスだけなので心配はないと思いますが……」
確かに、食糧難に関しては、私にはどうすることも出来ない。
国で起きている食糧難ともなると、話の規模が大きすぎる。私個人で可能な限り食料を提供したところで、所詮雀の涙。状況が好転するとは思えない。
この家に訪れるマティアスさん達にご飯をご馳走することとは訳が違うのだ。
ただ、これはあくまでこちらの世界に住む私の意見である。
ユミールに住む世界の人からすれば、近くに食料を得るチャンスがあれば、手を伸ばしたくなるのが普通だと思う。
買い取るか、奪い取るかはその人次第だろうけど、どちらにせよユミールとこの世界を繋ぐ窓口に住んでいる私は、食料調達に利用するには持ってこいな人材だと思うんだけど。
そう考えると、マティアスさんが私を巻き込むまいとしている事が、信じられない程の奇跡に思える。
国の問題より個人の感情を取ったのか。それとも他に何か理由があって、この世界の人間から手は借りないと決断したのか。
どのような理由があるかは分からないが、国の問題に私を巻き込まないようにしているのは間違いない。
守られるという状況に、なんだかむず痒い気持ちが湧き上がる。
その一方で、守ろうとしてくれている人に少しでも何かを返せたら思ってしまう。
言葉での感謝の気持ちは勿論、それ以外のなにかを。
そんなことをつらつら考えていたが、そう言えば先ほどのマティアスさんの言葉に、もう一つ気になることがあったことを思い出す。
『現在あの穴を通ることが出来るのは、私とヴァイスだけなので』
私はそっと精霊さんへ視線を送った。
視線を受けた精霊さんは大げさな程ビクッと体を揺らし、すぃーっと顔を背ける。……あからさま過ぎるよ、精霊さん。
どうやらその≪地上≫と≪精霊の落とし穴≫を繋ぐ穴の存在にも、精霊さんが絡んでいるらしい。
多分、マティアスさんとヴァイスハイトだけが通れるようにしたのも精霊さんなのだろう。
知らず知らずのうちに色んなことをやらかしている精霊さん。穴を作ったことが良い事か悪い事かはさておき、通ることのできる人間に制限をかけたのは正解だと思う。
何せ穴の先は極寒の地に繋がっているのだ。なにも知らない一般人が誤って転落した場合、間違いなく無事では済まない。
マティアスさんは例外中の例外だ。飲まず食わずで五日間歩ける人は一般人とは言わない。
そして、マティアスさんが懸念するような、こちらの世界を利用しようと企む悪人もブロック出来るのだから、是非ともセコムは続けていただきたいものだ。
ただ、マティアスさんには謝っておかないと。
「マティアスさん、すみません……。穴を通れる人に制限があるの、どうも精霊さんが何かしたみたいです」
「え? 精霊が?」
「どうやってやったのかはわかりませんが……」
マティアスさんは精霊さんを見て、あからさまにこちらを見ようとしていない精霊さんの様子から察するものがあったらしい。なるほど、と一つ頷く。
「私としては、誰かが誤って転落してしまうことを防ぐためと、魔物や悪いことを企む人が入って来られないようにするために、穴を通れる人は限定されたままであってほしいんですが……。それだとマティアスさん達側で何か不都合が生じたりしますか?」
「………………いいえ。理由と原因の調査は進めていましたが、穴を通れる人を増やすことが目的ではありませんので、問題ありませんよ」
なんか妙に間があった気がするが、気のせいだろうか。
竜騎士団の団長が私に会ってみたいと言う理由で、「穴を通る人を増やすことが出来ないのか」と魔術師に確認していたこと。
生粋の女好きである団長には絶対会わせないとマティアスさんが決意を固めていたことなど知らない私は、微妙な間にただただ首を傾げるのだった。




