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14.善いこと悪いこと

 マティアスさんが私を守るために貴族へさえも歯向かう覚悟をしているなんてことを知るはずもない私は、極々平和な普通の毎日を享受していた。


「あ、精霊さん、いらっしゃいー」


 果たして精霊さんと頻繁に顔を合わせるこの現状が普通と呼べるのか、そんな疑問が頭を掠めるが。


 私の中では最早精霊さんの存在に違和感を覚えなくなっており、彼女がいることが日常だと感じるようにさえなっている。


 私がそう感じるほど、精霊さんは頻繁に我が家に来ているってことなんだけど。


 この精霊さん、かなりの食いしん坊というか、グルメ?のようで、この家に来ると食べ物が貰えることに気付いてからと言うもの、圧倒的に訪問回数が増えた気がする。


 多分、味を占めたんだと思う。


 まぁ、精霊さんが食べる量なんて微々たるものだし、小さな両手と口ではむはむと頬張る姿は癒されるから、私としても特に問題はないんだけど。



 ただ、唯一困ったことがある。


 それは精霊さんに搭載されている恋愛スイッチのことだ。



 最初に家にやって来た時、精霊さんは恋のキューピッドを目指していることを知ったが、あれ以来精霊さんは何かにつけて私の目の前でマティアスさんジェスチャーをして見せるようになった。


 どうやらマティアスさんの存在を忘れるなと主張したいらしい。


 しかし、私があまり乗り気でないことに気付いたのか、精霊さんはまず私に恋愛に対する関心を持たせようと思ったらしい。


 その一環として、精霊さん監視の元、恋愛ドラマを強制的に見させられたことがあった。


 私はそのドラマに興味がなかったので席を立とうとすると頭をぽかぽか叩いて止められ、それならとチャンネルを変えるためにリモコンを手に取れば必死に奪い返そうとしてくる。


 結局諦めて一時間。

 私は興味もない恋愛ドラマを見る羽目になった。


 ちなみに精霊さんは終始私の反応を伺っていたが、キスシーンの時は恥ずかしそうに両手で顔を覆っていた。

 お約束というかなんというか、指の隙間からしっかり見てたけど。



 精霊さんは可愛いし、悪戯もしない良い子だ。

 精霊さんのことは好きだし、彼女とのやり取りに癒されることも多いが、この時折入る恋愛スイッチには当惑するしかない。


 これだけゴリ押しされると、寧ろ敬遠したくなってくるんだけど。


 途中、私は食べ物を与えて精霊さんの気を逸らすという技を覚えたのだが、残念なことにこれは持続時間が短い。


 精霊さんは食べ物大好きなので、大抵大人しくなってくれるんだけど、精霊さんは一度に食べられる量が少ない。

 なのですぐお腹いっぱいになってしまい、そうなると食べ物では釣られなくなってしまう。


 他に何か精霊さんの気を紛らわせる方法があるといいんだけど。



 そんなことを考えていたのが悪かったのか。

 はたまた一向に反応が芳しくない私に痺れを切らしたのか。


 精霊さんの気持ちは分からないが、どうやら彼女はアプローチの仕方を変えることにしたらしい。



 その結果。



「……お久しぶりです、マティアスさん」


 私は約二週間ぶりにマティアスさんと再会することになったのだ。






 我が家の裏口の前。

 精霊さんの後ろに立っていたマティアスさんは、どこか困惑しているように見えた。


 勿論ヴァイスハイトも一緒に来たらしく、私と目が合うと「グギャァ」と一つ鳴き声を零した。彼なりの挨拶だと察した私は「ヴァイスハイトも久しぶり」と言葉を返す。


「えーっと……それでマティアスさん、どうされたんですか?」


 犯人。

 そして犯行動機は凡そ想像がついているが、一応確認してみる。


「それが、突然そちらの精霊が私の元に現れ、頻りに何かを訴えかけられたのでついて来てみればここへ……」


 被害者からの証言が出た所で、私は誇らしげにしている精霊さんのほっぺを指先でむにゅっと摘まんだ。


 扉を勝手に繋げた罪に続き、マティアスさん誘拐罪だ。


 初犯は許したけど、重犯はダメ。


 しかも、マティアスさんは以前と違う豪華な装飾の付いた騎士らしい服を着ていることから、恐らく仕事中に連れ出されたのだろう。


 以前マティアスさんは自国が食糧難に陥っていると言っていた。

 その原因が、急増した魔物だということも聞いている。


 国がそんな状態なのだから、竜騎士団という所に務めているらしいマティアスさんはきっと多忙なはずだ。


 それを無理やり連れてくるような真似をして!


 リリリリ!と言う抗議の声を無視し、私は暫く精霊さんをほっぺむにゅむにゅの刑に処した。



 確認してみると、やはりマティアスさんは仕事中だったらしい。


 精霊さんが現れた時、周囲には竜騎士仲間がいたので、事態の共有は出来ているとの事。精霊さんに付いていくこともちゃんと上司から許可を得てきたらしい。


 急いで帰らなければならないという訳でもないらしいので、ひとまずマティアスさん達を家の中へ招き入れる。


 精霊さんの企み通りに事が進んでいるような気がして微妙な気持ちになるが、お茶の一つも出さずに帰すわけにはいかない。


 マティアスさんと自分用に紅茶を、ヴァイスハイトにリンゴジュースを用意してリビングへと戻る。


 トレーの上に自分用の小さなカップがないことに気付いたのか、精霊さんは不思議そうに私を見つめた。


「精霊さんはジュースもお菓子も抜き。無理やりマティアスさんを連れてきた罰だよ」


 そう言うと、精霊さんは大きな目をかっぴらいた。


「リリリリリリリ‼」

「ダメ」

「リリリリ!」

「ダメったらダメ」

「リ、リリリ……」


 精霊さんからの抗議の声にも屈せず、私は首を振り続ける。


 やがて私が折れないことを悟った精霊さんは、「絶望した!」と言わんばかりに膝から崩れ落ちた。


「すみません、マティアスさん。精霊さんが強引に連れてきてしまったみたいで……」

「……いえ、付いてきたのは自分の意思なので、精霊が悪いという訳では……」


 暗雲を背負う精霊さんの様子が気になるのか、ちらちらと視線を向けながらマティアスさんが言う。


「精霊の機嫌を損ねると何が起きるかわかりません。ここは彼女の願い通りにした方が……」


 そっと身を寄せてきたマティアスさんに耳打ちされるも、私は首を横に振る。


「悪いことは悪いことと教えてあげないと、この子の為になりませんよ」


 精霊さんは間違いなく私に会わせるためだけにマティアスさんを連れてきた。仕事中だったマティアスさんを、だ。


 きっと精霊さんは、マティアスさん側の都合などお構いなしに呼びかけ続けたんだろう。マティアスさんは、付いてきたのは自分の意思だと言うが、目の前で精霊に何かを主張され続けて無視出来る訳がない。


 薄々精霊さんには自由奔放な部分があると気付いていたが、私一人が巻き込まれるだけならまだしも、他の人にまで被害が及ぶ可能性があるなら、精霊さんの友人代表(自称)である私がちゃんと叱ってあげないと。


 自分の願いを叶えるためなら、他人を蔑ろにしてもいい、なんて。

 そんな考えを精霊さんに持って欲しくない。


 私に引く意思がないことを悟ったのか、マティアスさんは小さな苦笑を浮かべた。



「……リリリ」


 崩れ落ちていた精霊さんが、いつになくか細い声色を鳴らしながら、ふらふらとこちらへ近寄ってきた。


 じっと見つめると、ウロウロと落ち着きなさそうに視線が泳いでいる。悪いことをしたという自覚があるのか、単純に私が怒っていることに戸惑っているのか。


 前者であればいいんだけど、と思っていると、精霊さんがペコリと頭を下げた。


 ……どうやらちゃんと反省しているらしい。


「マティアスさんを連れてきたかったのは分かるけど、マティアスさんにだって都合があるんだからね? 今度から無理やり連れてきちゃダメだよ?」

「リリリ!」


 精霊さんは元気よく頷いた。


「ほら、マティアスさんにもごめんなさいは?」

「リリリリリリ」


 ペコリ、と精霊さんはマティアスさんに向かって頭を下げる。


 突然話を振られたことに驚いたらしいマティアスさんは一つ目を瞬かせた。


「……反省が出来て、偉い子ですね」


 暫し言葉に迷っていたマティアスさんは、柔らかい笑みを浮かべながらそう返す。


 しっかり反省したらしい精霊さんに、私はご褒美の意味も込めてオレンジジュースとクッキーを差し出した。


 途端、嬉しそうに飛びついた精霊さんに、私とマティアスさんは揃って苦笑を零す。



 ちなみにこの間、ヴァイスハイトは一人で静かにリンゴジュースをチューチューしていた。彼は意外とマイペースなのかもしれない。


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