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13.男たちの暗躍 -Side.M-

 さて、トキから受け取った異世界産の品々の鑑賞会が終わった所で、副団長を筆頭とした全員から、報告の内容が真実であると認められた。


 一応詳しいことを調査したいということで、クロックムッシュの入った容器だけは手元に置き、空になった魔法瓶と防寒着は主に魔道具の調査研究を進めている部署へ預けられることになった。


「しかし、あの穴がそんな所に繋がっておったとはのぅ。あの穴に術を掛けた者は、穴が通じる先がどこなのかを知っていたのか……」


 顎の髭を撫でながらオイゲンが呟く。


「となると、魔物や賊の類が穴を通って≪精霊の落とし穴≫やトキ嬢の所に行ってしまうのを回避するために、穴を通れる者に制限を掛けた可能性も考えられるのぅ」


 オイゲンが副団長へ告げた言葉を聞き、マティアスは首を傾げる。あの穴がただの穴だとは思っていないが、何か特殊な魔術でも掛けられていたのだろうか。


「貴方が穴へ転落したという報告を聞き、すぐさま捜索に向かったのですが……、誰もあの穴を通ることが出来なかったのです」

「唯一の例外が、マティアスと、お前を迎えに行ったヴァイスハイトだ」


 副団長と団長が言葉を重ねる。


 あの穴は誰もが通れるわけではない。

 ……ということはつまり、エーミールは助けなくても穴に落ちなかったということだろうか。


 手助けが不要だったという事実に一瞬複雑な心境に陥るも、結果的にトキと出会うことが出来たのだからすべてが無駄だった訳ではないと気を取り直す。


「儂はあの穴に特殊な魔術が掛けられているのではないかということで調査をしていたのじゃが……。確かにあの穴には何かしらの術が掛けられているのは間違いない。じゃが、掛けられた術の詳細も、一体誰が施したものなのかも現段階では分かっておらん」


 しかし、何故自分とヴァイスハイトのみ通ることが許されているのか。


 現段階で魔術の詳細が一切分かっていないということは、その理由も未だ不明なのだろう。


「マティアス殿は帰還されたが、儂は引き続きあの穴の調査を進めるつもりじゃ。問題ないかの? 団長殿、副団長殿」

「えぇ、勿論です。こちらとしても詳細を把握しておきたいので、是非よろしくお願いします。魔術師団の方へは私からも伝えておきましょう」


 副団長の快諾を得て、オイゲンは満足気に髭を一撫でした。


 すると団長がオイゲンに声を掛ける。


「なぁ、じーさん。俺らも≪精霊の落とし穴≫に行けるように出来ないのか? うちのもんが世話になったんだ、そのトキって嬢ちゃんに会ってみてぇ」

「阿呆。原因も何もわかっとらん内から何を言っとるんじゃ。それにもし通れるようになったとしてもお前さんは除外じゃ。こんな筋肉達磨、年頃のお嬢さんが見たら驚くじゃろうて」


 呆れたように笑うオイゲンは、突拍子のない団長の言葉に慣れているかのような対応をしている。


 団長とオイゲンが会話をしている所は初めて見たが、どうやらかなり気安い仲のようだ。


「しかし、問題はこの件をどこまで公表するかということじゃのぅ……」

「そうですね。あの穴の先に続いていた場所が異世界……、それも物資も食料も豊富な世界だとなると、あのクソ貴族共が騒ぎ出しそうです」


 オイゲンの懸念に対し、カイが毒を吐きながら同意する。


 そしてマティアスを鋭い目つきで見据えた。


「現段階ではあの穴を通れるのはテメェだけ。そうなると、テメェには任務が言い渡されるかもな。……“ありったけの食料取ってこい”ってな」


 カイはさながら小悪党のような悪どい笑みを浮かべる。


「……冗談じゃない。命の恩人に対して恩を仇で返すような真似が出来るはずがない。そんなふざけたことを言う奴がいたら、貴族でも何でも切り捨ててやる」


 いかに権力を持ち、いかに金を持った貴族が相手だろうと、トキに害を成すのであれば、容赦なく背中に背負った大剣で切り捨ててやる。


 マティアスの眼に殺気が走ったことに気付いた副団長がマティアスを宥める。


「落ち着きなさい、マティアス。私たちとて、異世界の方に迷惑をかけるつもりはありません」


 副団長の声色はいつものように穏やかだ。


「この国は確かに今食糧難に陥っていますが、これは我が国、我らの世界の問題。関係のない異世界の方の助力を得るわけにはいきません」


 そう言い切った副団長に、マティアスはカイの安い挑発に乗ってしまった己を落ち着かせる。


「マティアス殿が穴に落ち、そして帰還したことは既に知れ渡っておる。説明は間違いなく求められるじゃろうて。……さて、なんと報告したものかのぅ」


 ここにいる者達はトキの世界から食料を奪うなどという蛮族染みた考えは持っていないが、ミズガルズ王国の腐敗した貴族たちは違う。


 腹立たしいことにカイが言った指摘は的を射ており、異世界の存在が知られると同時にマティアスへの特別任務が与えられることは想像に容易かった。


 それを回避するためには、一部事実を隠蔽するしかなかったが、問題はどこまで公表するかという点。


 何か案はないかとオイゲンが会議室内をグルリと見回すと、一つの声が上がった。


「それじゃあ、マティアスが会ったのは異世界人じゃなくて精霊ってことにすりゃあいいんじゃねぇの?」


 声を上げたのは、これまで意見らしい意見を出してこなかった団長だ。


「相手が見ず知らずの男にも手を差し伸べる善人なお嬢ちゃんだって知ったらそりゃ貴族共もうるせぇだろうが、人間嫌いで有名な《精霊の落とし穴》に住む精霊が相手なら、貴族連中も下手なこと言わねぇだろ。どんな報復がされるかわかったもんじゃねぇからな」


 一部から脳筋と呼ばれている男の言葉に、一瞬会議室内にシンとした静寂が走ったが、団長は気にせずに言葉を続ける。


「報告すんのは≪精霊の落とし穴≫が実在して、そこに住んでいた精霊の気まぐれで色んなもん貰って無事に帰還しましたーってだけでいんじゃね? 幸い、現段階であの穴を通ることが出来るのはマティアスとヴァイスだけなんだ。一から十まで全部説明しなくたってバレやしねぇよ」


「……時折妙に悪知恵だけは働くんですよね、貴方……。虚偽の報告なんて普通の騎士は考えませんよ」


 副団長は呆れとも言い難い複雑な表情でそれだけを呟いた。


「虚偽だなんて人聞き悪りぃな。異世界も精霊の落とし穴も遠い世界の話である事に変わりねぇし、異世界人と精霊もよくわからねぇ存在だって点で、まぁ似たようなもんだろ。嘘じゃなくて、大衆に分かりやすい言葉に変えただけだろ」

「まったくお主は子供の頃からなんも変わっておらんのぅ… 。屁理屈ばっかり達者な悪ガキのままじゃ。……しかしまぁ今回は悪ガキの案に賛成じゃ」


 団長は「悪知恵だの悪ガキだの好き勝手言いやがって……」と不満を零す。


 部下二人は賢明にも口を閉ざしたままだったが、内心副団長の意見に賛同していた。


「それでは団長の案を採用ということで。……あぁ、そうだ。勿論陛下には正確な内容で報告をしておきますからね」

「あぁ、そうだな。ま、陛下なら悪いようにはしねぇだろ。……だから安心しな、マティアス。誰もお前の“大事な”命の恩人に手ぇ出したりしねぇよ」


 突然団長から話を振られ、膝の上に置かれていた両手がピクリと動く。


 表情に出したつもりはなかったが、僅かな反応も見逃さなかったらしく、ニタリと団長の顔に笑みが浮かぶ。


 その表情は、明らかに面白がっている様子だ。


「まぁ、堅苦しい話はこれくらいにしてよ。嬢ちゃんのこと教えてくれよ」

「教えるも何も、異世界に住む女性ですよ。先ほど報告した通りですが……」


 団長はニヤケ顔を引き締め、テーブルの上に両腕を立てて乗せ、そこに顎を乗せた。


 前のめり気味になった団長に、マティアスは嫌な予感がした。


「黒髪黒目という珍しい容姿。ヴァイスハイトにも怯えない豪胆さ。それでいて見ず知らずのマティアスを看病する優しさ。あと……、ずっと手に持ってるそれ。嬢ちゃんの手作り料理なんだろ? 飯なんて食えりゃあなんでもいいって考えのお前が、それだけ大事そうに持ってるんだ。料理の腕も相当と見た」


 この時の団長は、さながら秘密を暴く探偵のようだった。


 もしくは、三度の飯より噂話が大好きなおしゃべりおばさんか。


「……確かに団長のおっしゃる通り、トキ様は素晴らしい方ですよ。俺にとっては命の恩人でもある訳ですし。……それが、何か?」

「あー、そうだ。あとそれも気になってたんだよな。“様付け”なんて、お前、公の場を抜きにしたら王族相手くらいにしかしてこなかっただろ? 命の恩人とはいえ、そこまで入れ込むのは相当だよなぁ?」

「……彼女は敬意を示すのに値する人格者でしたので、トキ様とお呼びしているだけです。団長が詮索するような理由などありませんよ」

「どうだかなぁ。さっきだって、嬢ちゃん守るためなら貴族相手にも剣を向けるようなこと言ってたじゃねぇか。カイの言葉にも本気でキレてたみてぇだし」

「バルトルト、その辺にしてあげなさい」


 副団長からの横やりが入り、団長は不満げにそちらを見る。


「なんだよ、アレク。お前だって気になるだろ?」

「今は勤務時間中ですよ。そのような話は仕事が終わってからにしなさい」


 副団長はどうやらマティアスを助ける意味で割り込んだ訳ではないらしい。

 どうせなら「そのような下世話な話はやめなさい」くらい言ってもらいたかった。


「……報告は済みましたので、俺は先に退室します。エーミールにも早めに会って話をしておきたいので」


 エーミールをダシに使ってしまって申し訳ないが、長居すると面倒な事になりそうだと察したマティアスは、足早に会議室から退室した。


 残されたのは、マティアスの背中を楽し気に見送った男が一人、今後この話題で絡まれることが多いだろうなとマティアスを不憫に思う男が一人、色恋に現抜かしてんじゃねぇよクソがと思う男が一人に、若人たちの輝かしい未来を願う男が一人。




 こうしてマティアス帰還後の報告会は終了し、後日公には“≪精霊の落とし穴≫が実在し、そこにいた精霊に救われた”ということのみが公表された。



 アキナシ トキという異世界人の存在は、ここにいた五人、そしてミズガルズ王国の国王のみが知る秘密の存在となったのだった。

次回からトキサイドに戻ります


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