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12.情報共有 -Side.M-

 竜騎士団本部作戦会議室には渦中の人であるマティアス、魔術師団所属のオイゲンを含めた五名の人間が集まっていた。


「いやぁ、本当に無事で良かった! ツェーザルから報告聞いた時は驚いたぜ!」


 鈍い打撃音がするほどの力で肩を叩かれ、マティアスは僅かに蹈鞴を踏む。


 竜騎士団の団長であるバルトルトは竜騎士団一のパワータイプなのだが、どうにも自分の人外ぶりを理解していない気がする。筋肉達磨のような鋼の肉体から繰り出される殴りは、本人が小突いただけのつもりであってもかなりの威力があるのだ。


「本当によく戻ってくれました。無事でなによりです。あぁ、カイには礼を言っておきなさい。貴方が不在の間、第一部隊を纏めていたのは彼ですからね」


 穏やかに微笑みながら言うのは、水色の髪を緩やかに編み込んだ艶麗な男性。一見荒事とは無縁そうなその人物は、竜騎士団の副団長であるアレクシスだ。


 “武のバルトルト”と呼ばれる団長とは対を成すように、“智のアレクシス”と呼ばれており、その名の通り竜騎士団一の知性を持つ頭脳明晰な男で、魔物討伐時の作戦の立案は、大抵アレクシスの手によるものだ。


「もう少し帰ってくるのが遅けりゃ、そのまま俺が隊長の座を奪い取ってやったんですがねぇ」


 アレクシスの言葉に対して皮肉な口調で返したのは、第一部隊の副隊長を務めているカイ。

 階級で言えばマティアスの直属の部下にあたるが、入団当初から何かとマティアスを目の敵にしている男だ。


 しかもマティアスはカイからの口撃を素知らぬ顔で受け流すものだから、それが更にカイの怒りを買うという悪循環。任務中に私情を挟むことはないが、第一部隊の隊長と副隊長の仲の悪さは竜騎士団でも有名な話だ。


「んなこと言って、俺はお前が毎日あの穴を見に行ってたの知ってんだぜ。こんな時くらい、心配したって素直に言ったって罰は当たんねぇよ」


 団長がにやりと笑いながら言うと、反射的にカイは反論しようとしたのだろう。しかし相手は竜騎士団トップの団長だ。下手な事を言う訳にもいかず、結局苦虫を噛み切ったような表情を浮かべて黙り込んだ。


 そう。こういった一面があるから、マティアスはカイを本気で嫌うことがないのだ。ただの性悪であれば、一切の手加減も無くマティアスの手によって排除されていただろうが、決して性根の腐った人間ではない。竜騎士団最年少曰く「カイ副隊長は素直になれないだけなんスよね!」とのことで、それは竜騎士団の総意でもあった。


 団長へ反論出来なかった代わりに、鋭い目つきでこちらを睨みつけてくるカイへ軽く手を振って返す。睨みつけるのを止めろという意味でもあるし、副団長に言われた通り不在時を守ってくれたことに対する礼の意味もある。カイは暫しマティアスを睨みつけていたが、やがてチッ!と舌打ちを零して目を逸らした。


「あぁ、そうだ。マティアス、あとでエーミールの奴に声かけてやってくれねぇか。あいつ、マティアスがいなくなったのは自分のせいだっつって、そりゃあもうずーっとメソメソしてやがってなぁ」


 団長の言葉を受け、マティアスは穴に落ちた時のことを思い出す。



 突如≪深淵の森≫に不可思議な穴が出来たという知らせを受けて調査に赴いたのは、マティアスが所属する竜騎士団の第一部隊。魔物の急増と何か関係している可能性も視野に入れての調査だった。


 穴は森の中腹辺りにあり、すぐに見つけることが出来た。それでは調査を行おう、と穴に近づいた途端、今までどこに潜んでいたのか、突如現れた魔物から強襲を受けた。


 当然竜騎士団と魔術師団は応戦し、幸いさほど数も多くなかったためこのまま無事に討伐を終えるかと思われたが……。魔物と対峙しながら知らずうちに後ろへ追いやられていたのか、一人のドラグナーが穴へ落ちそうになっていることに気付いた。


 それが、エーミールだ。


 ずるり、とエーミールの足元が滑ったのを確認したマティアスは、咄嗟にエーミールの体を遠くへ放り投げたはいいものの、その反動でマティアスは穴へ落ちてしまったのだ。



「確かにエーミールは注意力散漫だったが、テメェが落ちたのはテメェの責任だろ。人を助けて自分の身が守れねぇようじゃあ竜騎士としちゃ三流だぜ」


 ハッ!と鼻で笑いながら、カイが言う。まるで鬼の首を取ったかのようだ。


 しかし、マティアスはカイの言葉に何の反論もせず、寧ろ正論だと言わんばかりに頷きを返したものだから、再びカイの表情は不機嫌なものになる。


「カイの言う通り、今回の件はエーミールに手を貸すことを選択した俺自身の責任であり、エーミールのせいだとは思っていません。……後ほど彼と話しておきます」

「えぇ。お願いしますね。……さて、それではマティアス。貴方からの報告を聞かせていただきましょうか」


 副団長の言葉を皮切りに、マティアスは穴に転落してから起きた出来事の報告を始めた。







「……あの穴は≪精霊の落とし穴≫に繋がっていて、貴方は≪精霊の落とし穴≫から更に異なる世界へと渡り、そこに住む異世界人に助けてもらった……と」


 ひとしきり報告を終えると、副団長は頭が痛いと言わんばかりに目頭を抑えた。


「≪精霊の落とし穴≫っつったらあの昔ばなしに出てくるあれだろ? スゲーな、本当にあったんだな」

「凄いの一言で終わるような話ではないでしょう……」


 能天気な感想を零す団長とは対照的に、副団長の顔色は浮かない。


「……勿論、マティアスの報告の真意を疑っている訳ではないんですがね。流石にあまりにも突拍子のない内容でしたので……。貴方が≪精霊の落とし穴≫に行ったこと、もしくは異世界人に接触したことが証明出来るものはありませんか?」


 副団長の意見は最もだ。報告した内容はあまりにも非現実的なものだし、物証を求めるのは当然。


 そう言われるだろうと、マティアスは用意していたスキーウェアを始めとした防寒着一式とランチバッグをテーブルの上に置いた。


 ちなみに、マティアスは会議室に入る前に着替えていたため、現在は着慣れた騎士服姿だ。


「これらはその異世界人、アキナシ トキ様から頂いたものです」


 各々がテーブルの上に置かれたものに手を伸ばして観察する。


「この服……素材は一体何で出来ている? 妙に滑らかな質感だな……。それに前面についているこれはなんだ」

「素材は聞いてないが、着てみた所かなり防寒性のある素材で出来ているようだ。雪が溶けて濡れるかと思ったが、タオルで拭うと簡単に乾いた辺り防水性にも優れているらしい。前面についているのはファスナーと呼ばれるもので、ここを引っ掛けて……そのままスライドすることで開閉が出来る」


 カイが持っていたスキーウェアを受け取り実演してみると、会議室内に「おぉ……!」と感心する声が上がる。マティアスもトキに説明を受けた際、同じような反応をしたものだ。


「この横長のタオルのようなもの……縫い目がかなり細かいのぅ。模様も入っとるし、こりゃ一つ作るだけでもかなり時間が掛かりそうじゃ」

「それはマフラーと言って、防寒着の一つだそうです。マフラーは首に巻くもので、横にあるニット帽は頭に、手袋もそれらと同じ素材で出来ています」


 ほぉーと感心しながらオイゲンは目を輝かせる。着けてみてもいいかと聞かれたので承諾すると、いそいそとマフラーを首に巻いた。夏間近なミズガルドでのマフラー着用は暑苦しくて堪らないだろうに、新しい物好きなオイゲンは暑さなど気にならないらしい。


「おっ! なんだこりゃ、美味そうな飯じゃねぇか!」


 ランチバッグに目を付けたのは団長だった。バッグから取り出した透明な容器に入ったクロックムッシュを見て歓声を上げている。


 対する副団長はランチバッグに入っていた魔法瓶の方に興味を示したらしく、手に取って不思議そうに首を傾げた。


「これは一体なんでしょう。持ってみた感じだと中に入っているのは……液体でしょうか。横に線が入っているので、この部分が外れそうですが……」

「それは魔法瓶と言って、中に飲み物を入れる物だそうです。回すとここが外れて……コップになります」


 マティアスは手に取ったコップにココアを注ぐ。既に数時間は経っているはずなのに、コップに注がれたココアからはまだ薄っすらと湯気が立っている。


「なるほど、容器とコップを一体化するとは考えたものですね。荷物として嵩張ることもなく、それに未だに湯気が立っている辺り、保温性も高い。……量産出来れば北への任務に赴く際に使えそうですね」


 すぐに仕事と結びつけるのは流石竜騎士団の参謀と言った所か。


 魔法瓶を眺めながら思考に耽っている副団長を他所に、マティアスは注いだココアを飲み込んだ。優しい甘さのココアは、体の芯に落ち着いた甘さを届けてくれる。


 あまり甘いものが得意ではないマティアスの為、トキが作ってくれたのは甘さを控えたココアだった。こんなところにもトキの優しさを垣間見て、マティアスは小さな笑みを零した。


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