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マーマンと海に降る雪  作者: ベスタ
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8 暗闇のハルカズム

 戦いが始まるとそこかしこからタコス軍の悲鳴が聞こえてくる。それに対してベコ軍の被害は軽微である。


 全て暗闇のせいであった。

 暗闇のせいでタコス軍は相手の攻撃に集中することができず、近くにある光源のせいで遠くの暗闇が見通せないのだ。

 ベコ軍からすれば明かりのある方に向かえば敵がいるのだ。これほど戦いやすいこともないだろう。


 光というものはおかしなもので、明かりを持っている者は手元の明かりのせいで遠くが見えず、暗闇の中にいる者には明かりの中にいるものは良く見えるのだ。

 ベコ軍のいいようにやられてしまっていた。



 もちろんタコス軍全員が夜目が利かないわけではない。だが、タコス軍は疲れているのだ。

 長期の遠征は兵士から体力を奪い、疲労に足が止まる。

 攻撃は自然と弱々しいものとなり、慣れない暗闇の戦いでぎこちない動きをするため、ベコ軍に通用する攻撃ではなくなっていた。



 また、兵士たちの心の問題もあった。

 憎き仇であるタコス軍に怒りでぶつかって行くベコ軍。さらにベコに発破をかけられて、余計に興奮状態となっている。

 それに比べて弱気になっているタコス軍は、テルの脱走が心に影を落としてしまっている。

 気持ちで負けているのに戦いに勝てる道理がなかった。



 そのあまりにも不利な戦況にタコスは笑うしかなかった。


「ここまでやられるか」


 相手をたかが5000名だと侮っていた。だが、どうだ。目の前の戦況はみるみる押されているじゃないか。タコスにとって数は正義であった。

 もちろん今までの戦いで数の不利な状況は多々あった。だが、戦争はやはり数なのだ。


 どんな達人であっても1人で何十人も相手にしていては勝てないのだ。

 それなのに、今現在タコス軍は自分たちの半分くらいの数しかいない敵に押されているのだ。


「これでは指示の出しようもありません」


 一二三も困ってしまっていた。普段の一二三であれば大きなうちわを振って指示を出す。だが、現状ではうちわを振ってもそれに気づくことができる兵士はどれだけいるのだろう。


 一二三のうちわには内側に貝の虹色に光る反射面を貼り付けている。それが太陽光の反射によって色々な光に見えるのだ。

 その動きによって遠くの兵士たちに一気に攻撃、退却を指示できるのだが、プランクトンランプの光量では十分な信号が送れないのである。


 そのため、どう動いて欲しいのか伝令を走らせて伝えるしかないのだが、命令を伝えて実際に軍が動くタイムラグが大きくなってしまう。

 少し前までは有効な手段が、命令が部隊に届いた時には悪手になってしまうことだってあり得るのだ。


 そもそも相手の2倍の兵力がある状況で出せる指示などほとんどないのだが。


「内向的な正確だと侮っていたが、なかなかやる」


 タコスは目の前の状況を作り出したベコに感心する。

 実際、この状況を作り上げたのはベコである。その手腕は下手をすれば策略家であったタロス海域の支配者ビゼンと同等のものであった。






 ベコは戦場の大まかな趨勢を見ながら、自分の有利を確信していた。

 タコス軍はプランクトンランプを前面に押し出し、ベコ軍を探しながら戦っているようだが、明らかに戦意が低い。


 そんな状態で仇討ちに燃えるベコ軍を止めることなどできないのだ。

 ベコは手を強く握りしめ、唇を強く噛む。


「お姉様、どうか見守っていてください」


 そう祈るベコの前に、アングルが来た。

 アングルはハルカズムの1番魚人である。だが、戦闘の指揮は別のものに任せて後方に待機していたのだった。


 ベコにとっては初めての戦争である。

 何かあればすぐにフォローに回れるように。なにせ、ベコの体は弱いのだから。

 そんなアングルが、ベコに進言する。


「ベコ様、会いたいという方が来られました」

「誰?」

「ライト殿です」


 その言葉にベコは頷く。

 クレイオーが軍団の先頭に配置して活躍した騎士。そして、戦いで行方不明になっていたと思われている魚人であった。

 ベコは姉のクレイオーの死を聞きたかったので、ライトを呼ぶこととした。


「連れてきて」

「はい」


 アングルが席を外し、しばらくすると1人の青年を連れてきた。

 その青年は首からネックレスをかけており、腰に剣を、背中に棍棒を背負っていた。

 騎士という割には鎧を着込んでいないのが不思議であった。いま、ライトは黒い服を着ているだけである。


「ライトと申します」

「うん。今回はどんな要件か」

「はい、この度の戦争にお手伝い致したく」

「ふむ」


 ベコは戦場を眺める。優勢とは言えども、相手はこちらの2倍の数である。殲滅に時間がかかっているのは事実であった。

 おそらくこのライトを戦場に投入すれば戦況はよりベコに優位に動くであろう。


「認めよう」

「ありがとうございます」

「鎧の支給もできるが?」

「必要ありません」


 ベコの提案もきっぱりとはねのけるライトに、ベコは頷く。剣士の中には鎧が動きを阻害するのでつけないという者もいるのだ。騎士が鎧をつけないというのもおかしなものではあるのだが。


 ベコは本題を切り出すこととした。


「お前は先の戦いでお姉様の陣営にいたと聞く。様子はどうだったか」

「申し訳ありませんが、私は敵の攻撃に会い戦線を離脱いたしました。そのためクレイオー様がどうだったかまでは私にはわからないのです」

「そうか。………時間を取らせた。武を存分に示すといい」

「はい。失礼いたします」


 ライトはベコの求める答えを持っていなかった。

 ベコはそれを残念に思ったものの、目的を忘れることはなかった。戦争は現在も目の前で繰り広げられているのだから。


 ライトが暗闇に消える。ランプを持って。

 闇の中でひとつの光が、ベコ軍の中を移動していくのであった。






 ライトの戦場への出現は、タコス軍にとっては悪夢であった。


「いくぞっ!!」


 ライトは自分を鼓舞するように叫ぶと、タコス軍に真正面から突っ込んでいった。

 左右にいるタコス軍兵士が突き込んでくるが、構うことなく剣を横に振りぬく。


 ザザンッッ!!


 槍ごと兵士2人を横に真っ二つにする恐ろしい斬撃。すぐさま奥に走り込み奥にいた兵士を袈裟斬りに叩き斬る。


 バシュッ!


 その場でぐるりと回転して、遠心力ごと周りにいた兵士を横に薙ぎ払う。


 ザシュ……!!


 近づくものすべてを巻き込んで、血の海を作り出すライトは、それこそ台風のようであった。

 その滑り込むような足運び、無駄のない体捌き、確実にタコス軍のエリアを切り崩していく攻撃力に、見切ることもできない剣筋。


 その圧倒的戦闘力に押されるタコス軍に、食い込んでいくライト。

 そこに暴風のような勢いとともに突撃していく2体の魚影。


 ブンブンッ!


 空振りする2人。その攻撃を余裕を持って回避するライト。


「流石に一筋縄ではいかん」

「避けられた!?」


 ティガとフーカであった。タイミングを合わせた攻撃であったが、2人とも攻撃を外してしまったのだ。ライトはフーカを見ると剣をしまい、背中の鉄棍棒を取り出す。


「お前か。怪我は治ったようだな」


 ライトは一度愛剣であるブロードソードをフーカに刃こぼれさせられている。その対策として鉄棍棒を購入しているのであった。棍棒であれば刃こぼれを気にせずに戦える。


「あなたはテルを殺そうとした人!」


 フーカとしても穏やかではいられない。ライトは昔、テルを殺そうとしていた。それをかばってフーカはライトに切られたのだから。


 ティガとフーカが油断なく構える。

 周りに散っている兵士たちの血液の臭いを感じてティガもフーカも呼吸が荒くなる。血に興奮しているのだ。

 筋肉が膨張して力をみなぎらせる。フーカが牙を見せ、威嚇する。


 ライトが油断なく突撃する。油断もないが躊躇もない。

 恐ろしいまでの突撃に、意識の隙をつかれたティガは大慌てで体を反らす。鼻先をかすめて棍棒が疾る。

 うまくかわした隙を狙ってティガがカウンターを狙うが、その頃には十分にライトは距離をとっている。


 だが、それをフーカが追撃する。

 強引に拳を叩き込もうとするフーカに、ライトは棍棒を楯がわりに受け止める。


 チィィィィィ………ン


 激しい振動とともにライトの棍棒から火花が散る。反動で大きく距離をとったライトは左前方から近づいて来ていた魔法攻撃を、棍棒を振るって叩き落とす。


「ぬう」

「うそっ!?」


 ティガとフーカの攻撃をかわし、そのどさくさに遠距離から一三が紛れ込ませた魔法攻撃を弾き飛ばしたのだ。

 その恐ろしいまでの戦闘能力にティガは唸り、フーカは叫んだ。


 果たしてティガとフーカに攻撃されて耐えられる兵士がタコス軍にどれだけいるのであろうか。史郎であれば防ぐくらいはできるであろうが。

 フーカは目の前の敵の強さに、心の弱音が出てきてしまう。


(テル、どこなの?)


 フーカがそう思っている間にライトは現状を正確に判断していた。


「流石にこの数を突破は難しいか。だが!!」


 ライトはこりもせずティガに突っ込む。ティガはそれに対応して反撃に転じる。それにフーカも合わせるが、ライトはまたも時間を稼ぐように一気に距離を置くのであった。


 なぜなら、ここでライトが時間を稼ぐことでライトがいる以外の場所が優勢となるから。ライトの仕事は膠着しそうな戦場をかき乱しベコ軍に優位に働せることなのだから。






 ライトの登場で一気に混乱をし始めるタコス軍を見て、タコスはため息をつくのであった。

 もう、打てる手は全て打っているが、どうしようもない状態である。


 そんな状況でタコスは苦笑するのであった。

 いつもはいてもそれほど気にならず、時折役に立つ程度の男であるのだが。


(いないだけでこうも変わるか)


 タコスはどこにいるのかわからない男、テルを思っていた。そして押されっぱなしの味方にため息をつくのであった。

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