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マーマンと海に降る雪  作者: ベスタ
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5 二人の男

 誰の墓ともわからない、そんな墓の前で呼ばれてテルは気軽に振り向いた。


 作りたての墓の前で誰かが立っていれば驚くだろう。

 村人もなぜか出払ってしまっている村で、自分ひとりだと思っていた時に別の誰かがいれば誰だって驚くだろう。


 テルとしてもどうやってここにたどり着いたか説明するのは難しい。気ままに歩いてきた結果、ここにたどり着いただけなのだから。


 とにかく自分のことを説明しようとその誰かに顔を向けたテルは、先ほどまで考えていた全てが頭から吹き飛んでしまった。



 そこには先ほどの戦争で対峙した騎士、ライトが立っていたからだ。


「っ!! 貴様っ!?」


 手に持っていた石を取り落として、素早く腰の剣に手をかけるライト。殺されるかもしれない緊張の中、しかしテルは別のところに視線が釘ずけになっていた。

 ライトの持っていた石。その表面には文字が刻まれていた。


「あ、かね……?」


 石にはアカネの名前が刻まれていた。

 そのことに呆然とするテルは、ついに膝から崩れ落ちる。今まで考えないようにしていたが、目の前に突きつけられてしまってはどうしようもない。


 ライトが持っていたのはアカネの名前の刻まれた墓石であった。

 そして、テルの目の前にあるのは誰かの墓。

 この墓を作ったのがライトであるのならば、この墓に眠っている人物はアカネである。



 つまりアカネは先の戦争で死んだのだった。

 それもテルの指示で行われた攻撃によって。



 テルの体がぐらりと揺れる。

 膝で立っていても体を真っ直ぐに保てない。ついには両手を地面についた。テルの意思に反して呼吸が荒くなる。

 テルの体がパニックを起こしているのだった。


 そんなテルの様子を見ていたライトは、しばらく険しい表情で見つめていたが、やがて剣から手を離す。

 仇を討つ絶好の状況で、剣を振れば簡単に殺せる位置で、ライトは剣ではなく墓石を持つとテルの横を素通りして、アカネの墓に墓石を置いた。


 苦い顔をしているライトは、歯の間からなんとか言葉を漏らす。


「……貴様もアカネを知っていたのか」


 ライトはそれだけをかろうじて言葉にすると、テルを見向きもせず墓石を向きまっすぐに立ち左手を胸の前に持っていき、静かに目を閉じた。

 そしてどうか安らかに眠れと念じていた。


 それは黙祷だっただろうか。



 テルはそんなライトを見て急いで立ち上がり、アカネの墓に両手を合わせて目をギュッとつむった。

 そしてどうか許して欲しいと願っていた。


 それは黙祷だったのだろうか。



 それでも敵同士であった二人は、お互い攻撃できる至近距離で争うこともなく、ただ一人の女性を思い浮かべていたのだった。

 それは奇妙な世界であった。


 ライトはテルにアカネを殺されたことが許せない。

 テルはライトに仲間を多く殺されたことを許せない。


 それでも、今この時に手を出すのはおかしいと思ったのだった。

 静かに時間だけが流れて、全てのものが止まったようになっていた。

 ただランプの明かりだけが、海流に揺られてゆらゆらと辺りを照らしている。






 しばらくしてライトは目をゆっくりと開くとテルから少し距離をおいた。

 そして、自らの愛剣であるブロードソードを手に取り、まだ必死に拝んでいるテルに向けて言った。


「武器を取れ、テル」


 テルはひどく怯えたような表情でゆっくりとそんなライトに向き直る。

 そんなテルにライトはきつく睨み言葉を重ねていく。


「私は騎士だ。無抵抗のものを殺してもそれは恥だ。だから武器を取れ、テル」


 テルはライトに言われるままに少し距離を取る。念のために愛用の槍はリュックにくくりつけて持ち歩いていた。

 テルの槍は攻撃よりも防御を重視した槍である。頑丈さがとりえの槍であるがライトの技量があれば槍ごと真っ二つであった。


 槍をゆっくりと構えるとそれを確認したライトが冷静な声で告げる。


「お前がアカネを狙っていなかったことは知っている。そして、殺し合いの戦争中だったことも十分に理解している」


 ライトの冷静な声が少し震えている。だが、それに気づかないテルはほとんど呆然としたままであった。テルにはもう、何かをしようという気持ちがなくなっていたのだ。


「だが、私はアカネを殺したお前を許せない。いかに理由を重ねようとも許せないものは許せないのだ!!!」


 ライトの言葉についに怒りが混じる。冷静な姿は自分の心を必死に制御してのことだったのだろう。そんなライトの言葉にテルは、別のことに引っかかっていた。


『アカネを殺した』


 そのフレーズがテルの頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 テルの頭の中に誰かの声が反響する。



 アカネを殺した。お前がその手で、あの子を殺した。どうして殺した。あの子は殺されることをしたのか。どうして殺した。なぜ殺した。決して殺されることはしていなかった。いい子だった。どうして殺した。なぜ殺した。



 呪詛がテルの頭の中で繰り返される。

 そんな声を振り切るように頭を横にふるったテルの目の前に、アカネの墓が見えた。


 その墓と重なるようにアカネの姿が見える。幻視である。

 アカネはもう死んでいるのだ。動くことはもうないのだから。

 だが、確かなリアリティを伴った幻視は、時にリアルを超越する。


 そのアカネの口の動きとともに誰かの声がテルの頭に響いた。


『なぜ殺した』

「俺だって殺したくはなかった!!!」


 テルは目をつぶって大きな声で叫んだ。突然のそのテルの声量に動き出そうとしていたライトの体がピクリと震えて止まる。


 だがテルは、そんなことに気づけもしない。

 テルの目の前には未だにアカネの幻影が見えているのだから。


「殺したいわけがないじゃないか!! 短い時間とはいえ仲良くなっていた。友達になったんだぞ!? なのになんで、なんで飛び出したりしたんだ!!」


 テルはついに槍から手を離し、顔を手でおおいうずくまってしまう。

 もうテルは心が折れてしまっていた。何をするにも動けなくなってしまったのだ。

 テルは見えない何かに怯えるように頭を両手で抱えた。

 何かから自分を守るように。


 そんな姿を見ていたライトも剣をしまう。

 墓に置いていたプランクトンランプを回収すると歩き出していった。


 去り際にテルを見てライトはボソリと吐き捨てるように喋る。


「貴様は切るまでもなく、死んでいるな」


 テルの耳には聞こえていなかった。そんなテルを置いて、ライトは戦場を求めて歩く。


 ライトはもはや死ぬつもりはなかった。

 以前であれば家名のため、死んでこそ守られるもののために喜んで死んでいっただろう。

 だが、もうライトは死ねないのだ。


 死ぬことは、ライトの命を守って死んでいったものに顔向けできないことなのだから。

 シャツの胸元で揺れている宝石の原石を握りしめると、ライトはそっと笑いかける。


「そうだろう、アカネ」


 タコス軍との争いのけじめのために、戦場を求めて歩くライト。

 ライトはどこまでいっても所詮は騎士である。

 戦場こそがライトの生きる場所なのだ。


 その後ろでは未だに降る雪の中で震えるテルが、凍えた心で墓の前に座り込んでいるのだった。

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