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マーマンと海に降る雪  作者: ベスタ
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2 失踪

 戦争に勝ったタコス軍はナラエゴニヤの首都、グルコースを占拠した。

 しかし、戦勝に浮かれたその次の日、タコス軍は思いもよらない出来事に遭遇するのであった。


「最後に見たのはここだったんだな?」

「うん。テルが体調が悪そうだったから、声かけて、最後にまたねっていったんだけど。でも、朝見たらいなくってぇ……」


 段々と涙声になるフーカに慌ててもういい、と止めるティガだった。


 フーカは見た目は成人した美女であるのだが、中身は1歳児なのだ。詳しく聞こうとしてもうまく説明できないこともあるだろう。ティガも体が大きい。自分の虎のような見た目が誰かを安心させられるような見た目でないことはティガ自身が1番わかっていた。

 ティガは誰もいない部屋を見渡す。


 そこはただの宿屋の一室であった。

 戦争に勝ったタコス軍が、体の不調を訴えるテルのために急いで借りた部屋だったのだ。

 休んでいれば治りそうだといって休んだテルであったが、次の日見てみるともぬけの殻になっていた。


 最後に会ったのがテルの家族であるフーカだった。

 その時も少し体調が悪そうにしていたので休ませてあげようと思ったらしく、早々に隣の部屋で寝たらしい。


 部屋は綺麗に整頓されており争った形跡はなく、その全てがテルが自発的に出ていったことを物語っていた。

 残念ながらティガにわかるのはそれが限界だ。元々ティガは頭が良い方ではない。


 こんな時に役に立ちそうな賢いノエがいるのだが。


「テルさぁん。どこにいったんッスかぁ」


 魂が抜けてしまったようにふらふらとしていた。

 ノエはテルに寄生している寄生虫である。その宿主の喪失がノエの心身に影響を与えているのか。ノエにすら黙って出ていくという異常事態に頭がついていっていないのか。


「落ち着け、ノエ」

「ティガさぁん。テルさんを探してくださいッス。お願いッス」


 ここまで弱っているノエはティガも始めて見る。ノエはティガに特別怖いという感情を抱いている。だが今は、いつもであればどんな状況でも距離を開けるティガにすがりついているのだ。

 大分疲れ切っているのだろう。


 ティガはため息をつくと誰もいない部屋を眺めた。


「本当に、どこにいったのやら」

「うわーん。テルぅ」

「テルさぁん」


 ついに泣き出したフーカとノエの2人をあやしながら、ティガは部屋の主人の行方を思い困り果てるのだった。





 結局のところ、その日はテルの行方についてわかることはなかった。

 普段であれば魚人1人がいないことで混乱するタコス軍ではない。だが、テルはタコス軍の中枢を担うイワシ魚人兄弟たちの、生き残った最年長なのである。


 さらに、いつもと違うのはノエの存在である。

 単独行動をするときでも、テルは常にノエと行動を共にしていた。

 一緒に行動しないのは戦闘中などのノエに危険が予測される時のみである。



「お前たちでもわからないか」


 テルが失踪してから2日後、執務室でタコスは史郎や一二三に確認を取る。

 だが、史郎も一二三も首を振るばかりであった。


「近くにいれば、私たちには共感能力があるのでわかります。ですが、これは」

「ええ、兄さんはだいぶ遠くまで行ってしまったようです」


 一二三は額に手を当てて目を瞑り、史郎は宙空を見つめて答えた。

 イワシ魚人には血縁者の居場所がわかる能力があり、近ければその感情や思考まで理解することもできる。


 しかし、離れすぎてしまうとおおよその方角くらいしかわからなくなってしまうのだ。

 それこそ海域の半分も進んでしまえば、方角すらもわからなくなるだろう。


「ここから北西だということはわかるのですが、距離や細かい位置までは残念ながらわかりません」


 一二三は額に当てていた手を下ろすと、ため息と共に目を開いた。

 史郎も大きく目を何度かまばたきすると、首を回している。よほど集中していたようだ。


「それでもこれだけはわかります。兄さんはいま、とても悲しんでいる」


 史郎が言葉に出すと一二三は少し曇った表情をした。

 それに椅子に座ったままのタコスが気付くと、一二三は苦虫を噛み潰したような顔で話し出す。


「テル兄さんが『死のつらら』での作戦後、辛そうにしているのには気づいていました。その時に手が打てていればこんなことにもならなかったのに」


 一二三の言葉には後悔がにじんでいた。

『死のつらら』はナラエゴニヤの空をおおいつくしている大きな氷にヒビを入れて、中にある冷水で生き物たちを凍らせる現象である。

 ナラエゴニヤの支配者であったクレイオーの軍勢を倒すために必要な作戦であったのだが、心の優しいテルはその大量の死体を見てショックを受けていたのだ。


 それは参謀長である一二三も、総大将であるタコスも気付いていたことであった。

 だが、テルであれば乗り越えられると信じて、彼らは手を差し伸べなかった。



 結果としてテルは乗り越えられなかったのだった。

 クレイオー軍の兵士が3万もいたのに対して、生存者がたった382名しか居なかったといえば、どれほどの規模の攻撃であったか想像できるだろうか。

 ほとんど災害といえる規模の攻撃のトリガーを引いた、その恐怖にテルが耐えられなかったのを誰が攻めることができるだろうか。


 さすがに異世界に飛ばされて揉まれたとはいえ、それだけ大規模の人殺しを自分が行なったという重圧にテルは耐えられなかった。

 直接比較などもちろんできないが、現代日本の誰が死刑を実行したかわからなくするようなシステムで1人殺したとしても、心を病む人だっているのだから。


 タコスはふん、と鼻を鳴らすと落ち込んでいる一二三に言った。


「それは俺様も同罪だ。今はそれよりもテルがどこにいるかということだな」

「ここから北西、となるとハルカズム海域ですか」


 タコスたちがいる場所は極寒のナラエゴニヤ海域である。

 そしてそこから北西となると、タコスたちの次の目標地点であるハルカズム海域しかなかった。

 まだ、タコス軍の支配地域であれば捜索隊を出せるのだが、敵の支配地域のため情報が伝わってこない。

 捜索隊を出すことは諦めなければならなかった。


 実際のところ、忍者でテルの妹である苦内が探せば見つけること自体は簡単である。

 苦内は影潜りという特殊能力が使え、影を媒介として通常の移動よりも何倍も早く移動できるのだから。


 だが、とてもではないが一二三は捜索の命令を出すことができずにいた。

 テルからは方角以外に拒絶の感情も強く感じていたからである。見つけたとしてもきっと一二三たちの元へ帰ってはこないだろう。






 居場所だけを確認するとタコスはため息をつき深く椅子に座り込んだ。

 どうにもテルの兄弟であるイワシ魚人たちの調子が崩れていけない。


 かつてはタコス、一二三、テルと別れて動いた作戦もあったのだ。それが今やテルが1人抜けただけでこの有様である。

 しかも今回は敵の妨害や策略というわけでもなさそうなのだ。


 となればテルは自分からこの土地を離れたことになる。



 テルは自覚していないがこれまでタコスたちが困ってきた時、なんとかしてきてしまった実績がある。実際には偶然や成り行きに頼るところも多かったのだが。


 武術の腕前はティガや史郎はおろか、防御を重視したタルトルにも敵わないだろう。

 軍団指揮能力は五十六や一二三に比べればまだまだと思われるし、統率能力はタコスに劣るとも言える。

 性格的にもそこまで社交的ではないので、ニコなどのようにムードメーカーとも言えない。


 だが、テルはなぜか誰もが失敗を一度は引く人生のババ抜きで、一度もジョーカーを引かずに生き抜いてきたのだ。

 少なくともはたから見れば、ではあるが。


 そのテルの人生に信頼を寄せるのは良い。命をかける者ほどジンクスを大事にするものである。しかし、依存してしまうのは間違いなのだ。


 今の状況がまさに、その象徴とも言えた。

 テルがいる事に慣れていないキュリーやタンブリーはまともに仕事をしている。一二三もおそらく仕事に集中すれば同じくらいの仕事はできるのだが、地に足がついていない一二三は作業すらまともにできていない。

 本来であれば、軍だってテルがいなくとも史郎とティガがいれば機能するのだ。

 テルの人柄に惹かれているものたちも、いつも仕事でテルに頼っているというわけではない。数日に一度、合うか合わないかと言った程度であろう。


 それなのに、なぜか浮き足立ってしまっている。

 ただ、軍の中にいないというだけで普段合わないものですら不安そうな顔色になる。

 仕事が手につかず、軍として機能しているか怪しいものがある。

 これが依存と言わず、なにが依存なのか。


(このままではいけないな)


 パンパンッ!!!!


 タコスは前触れなしで大きく手を叩いた。

 自然と驚いた顔の史郎と一二三がタコスの顔を見る。

 タコスは自分が注目を十分集めたのを見てから、命令を下した。


「これからテルは逃亡兵扱いとする。全軍はテルの穴を埋めて作業をこれまで通り行うように。全軍に通達しろ」

「「わかりました」」


 史郎と一二三は命令を伝えるために動き出す。

 軍というのは命令で動く1つの生き物のようなものだ。それは役割に専念する事で最大の効果を発揮する集団だからであるし、その行為に躊躇が生まれてもいけない組織だからである。


 軍の働きでよく例えられるのが人間の体である。

 手足が頭の意思を無視して勝手に動き出してしまっては、人は歩くことすらできない。

 軍もそれと同じなのである。


 タコスは今、命令の力によって軍を締め付けた。

 それによってタコス軍はひとまずいつも通りに動きだすだろう。

 タコスは椅子に座ったまま頬杖をつきため息をついていた。これから先が思いやられるのだから。


「………まあ、あいつのことだから帰りたい時に帰ってくるんだろうが」


 そう呟いてタコスはテルの件を頭から追い払うこととした。

 頭を振って仕事に取り掛かろうとした時、タコスの執務室の扉が開かれる。


「報告します!!」


 兵士が手に持った粘土板を持って部屋に入ってきた。

 タコスは兵士を見ると報告をうながす。兵士が側に歩み寄ると粘土板をタコスに渡しながら報告する。


「ハルカズムの支配者、ベコからの宣戦布告が届きました。こちらが内容になります」

「なに?」


 粘土板を見ると確かに宣戦布告を通達する内容であった。

 テルの失踪と、ハルカズムの宣戦布告。


 以前、諜報部からあがってきた情報でハルカズムの軍勢が少ないことはわかっている。

 これは今占拠しているナラエゴニヤ海域だけにとどまらず、ハルカズムを手に入れる絶好の機会であった。

 攻め込んでベコを殺せば、それだけで一気にハルカズムを手に入れられるのだから、



 ハルカズムを手に入れればテルの捜索もはかどることだろう。



 だが、連続で戦闘を行う疲労と、テルを失った不安を抱えての戦闘となる。

 重なる頭の痛い案件に、椅子に座ったままタコスは重いため息が出るのであった。

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