青の理不尽と赤の復讐
僕はいつのまにか見知らぬ場所で座っていた。
ーーなんで僕はこんなところにいるんだろうか?
頭がぼんやりとしている。体を動かすのも億劫だ。
僕は状況を把握するためにとりあえず目だけで辺りをキョロキョロと見回した。周りはやけに薄暗い。
前方には曲がり角があり、左右は僕が手を伸ばせば届くほど近くに壁がある。言い方を変えると、どこかの通路の途中に僕はいるらしい。
......で、何で僕はどこかの通路の途中にいるんだ?
拉致か?記憶喪失か?様々な可能性について考えを張り巡らせていると、無意識のうちに顎を手で触ろうとしてーー。
僕は自分の異変に気付いた。手が青色になっている。いや、手だけではない。足も、体も、僕の全てが青色になっていた。
......え?どういうこと?体が青色になっているし、見知らぬ場所にいるし。全然現実味がないぞ。
そうか、これは夢か。それなら合点がーー。
後ろから誰かが走って来ている足音が聞こえた。
誰だ?その正体を確かめるために僕は立ち上がりつつ振り向いた瞬間、頰に衝撃を受けた。
(ッツウ!?)
今まで体験したことのないほどの痛覚が僕を襲う。
更にその衝撃で僕は後頭部を地面に激しく打ち付けた。
痛ってええ!!
頰と後頭部がジンジンと痛む。
僕は殴られたのか?どうして?意味がわからない。
というか何で夢の中なのに痛覚があるんだ。
どう考えたっておかしいだろ!
心の中で文句を言いながら痛みに耐えていると、赤い何かが僕のことをじっと見つめていることに気づいた。
こいつが、僕にいきなり殴りかかってきた奴か。
赤い何かは全身赤色で不自然だ。たとえるならのっぺら坊を赤色で塗り潰したような、現実離れした姿をしている。僕はこいつの青色バージョンの格好をしているんだろうということが、何となくわかった。赤い何か、いや赤と省略しよう。赤は僕と目が合ったことに気づいたのだろう。
赤は口角を上げて新しいおもちゃを貰ったかのような嬉しそうな表情をしていた。
僕が地面で無様に這いつくばっている姿を見ながらだ。赤は僕の惨めな姿を見て楽しむためだけに僕を殴ったのか?
......ふざけるな。僕が痛みに耐えながら立ち上がろうとした瞬間、赤が急に僕に覆い被さってきた。
ここが夢だと考えていたから油断していた。
僕はあっという間に赤によって馬乗りにされた。
(ぼ、僕から離れろ!)
......ってあれ?声が出てない?
それを無視し、赤は何の躊躇もなく困惑している僕の顔面を殴打した。それを何度も、執拗に殴る。
馬乗りされた状態から逃れるために暴れたくても、殴られるたびに激痛が走り、暴れる気力が削がれる。
結果的にただただ思考だけが錯綜し、殴られるたびに毎回やってくる激痛と恐怖に絶望させられる。
(やめろ。いや、やめてください!)
僕がやめるよう頼み込んでも、声が出ないので伝わらない。そのまま僕の頼みが届くことはなく、赤はひたすら僕の顔面を狙って殴り続けた。
あれからどれくらい経っただろうか。
その間、僕は必死に手で顔を守り続けていた。
もちろん、殴られ続けてからひたすら防御するようになるまで抵抗しなかったわけではない。結果的にそうするしかなかったからだ。あの後僕は赤の隙を見て反撃しようとした。だが、赤を殴ろうとすると、何故か当たる直前でまるでそう設定されているかのように手が止まるのだ。反撃ができないなら、せめて拘束から抜け出そうと体を動かすが、赤がガッチリとホールドしていて抜け出せない。
だから諦めてひたすら防御しているが、僕はいつまで殴られ続けるんだろうか。顔を手で守ってはいるが、全て守れるわけもなく、何発も顔にヒットしている。いくら何でも夢だからってやりすぎだ。
(ふざけんなよ!ここは僕の夢なんだ!言うなれば主人公だぞ!僕の夢なら僕という主人公の思い通りになるのが道理ってーー)
喋っている途中にも関わらず、躊躇なく赤は僕を殴った。
ハハッ。まあ、聞こえてないしそうなるのも当然か。たとえ聞こえていたとしても問答無用で殴られるだけだだろうしね。
......絶望だ。どうしようもない。僕はひたすら耐え続けた。
それからまたしばらくすると、赤の執拗な殴打がおさまってきた。おそらく体力切れだろう。
......もしかしたら拘束から抜けれるチャンスはあるんじゃないか?
一度そう考えると、反撃できずに萎えていた気持ちが一瞬にして蘇った。
僕はおさまってきた赤の殴打を必死に防御しながらそのチャンスを窺う。
頼む!早くこの一方的で理不尽な暴力から抜け出したいんだ!
僕の願いが届いたのか、そのチャンスはすぐに訪れた。赤が僕のことを拳で殴りすぎたのか、自分の拳を気にし始めたのだ。
今だ!
隙を見つけた僕は赤の拘束から抜け出し、逃亡した。
迷路のような地形だ。もつれる足で必死に走る。
出口はどこだ!?こんな馬鹿げた場所なんてもう嫌だ!
だけど、赤の殴打を必死になって防御していた僕には赤の追跡から逃れるほどの体力も気力も残っていなかった。
ほどなくして再び僕は赤に捕まる。もう抵抗するほどの余力もない。僕は防御することを諦め、赤にひたすら殴打された。
夢なら早く覚めてくれ!僕がこんな仕打ちを受ける意味がわからない!
僕は懇願めいたことをひたすら声に出ない叫びで言い続けていると、目が覚めた。
僕はベッドから跳ね起きた。
安堵するよりも早く悪夢の恐怖が蘇り、
注意深く自分の部屋を見回し、本当に夢から覚めたのか確認した。
ついでにちゃんと声が出るか確認する。
「あー、あー。......よし、大丈夫だ。ちゃんと声も出てる」
これで完全に安全が保障されたな。
それにしても、酷い夢だった。あんな一方的に殴られるなんて。僕の夢なのだから反撃くらいさせてくれたっていいのに。はぁ。朝なのにもう疲れたよ。
最悪だ。
っと、それより早く出かける準備をしないと。
どれだけ嫌なことが起きたとしても所詮は夢さ。
気にすることなんてない、すぐ忘れるよ。
僕の宣言通り、その日の日常を過ごしていくうちに僕の悪夢の記憶は薄れていった。
......だけどその日から毎晩、僕はあの悪夢を見るようになった。
1時間だ。この悪夢は1時間で終わる。
だからその1時間の間に僕が赤から逃げ切れば僕の勝ちだ。でも、捕まったら終わりだ。最初の時と違ってがっちりと拘束されて、ひたすら殴られる。
それでも、最初の頃はよかったんだ。出口さえ見つかればこの最悪な悪夢から抜け出せるって考えてたから。でも、悪夢を見る回数を重ねていくうちに、楽観的な僕の思考を現実、いや、悪夢が打ち砕いた。
この迷路に出口なんてない。
逃げながら調べてわかった結果がこれだ。
この悪夢に、逃げ場なんてない。
心の柱にしていた出口の可能性が消えた僕はどうすればいいんだ。
延々とストレスが溜まる。そりゃそうだ。
何も反撃できないのだから。たとえ1時間の間逃げ切ったとしても、ストレスは溜まる。いつ捕まるか分からない恐怖に苛まれているからだ。悪夢から覚めたとしてもこの疲れは拭えない。本当に最悪だ。
悪夢が始まって逃亡を何十回も繰り返し、何度も何度も捕まった僕は無抵抗にすることにした。
一度捕まったら逃げれないのだ。抵抗するだけ無駄だ。それに気づいた赤は僕を捕まえた後、わざと僕を逃がすようになった。逃げてる最中でもギリギリ追いつかない速度で僕に迫る。
しかも嫌らしいことに、体力が尽きた僕が必死に逃げていると、わざと足音を立てて近づいてくるようになったのだ。
赤の思い通りに動かされてるのは心底嫌だ。だけど殴られ続けるのはもっと嫌だ。
僕は悪夢の中で体力をひたすら使い、精神も削られ、日常生活の中で自殺を考えるようにまでなった。
友人にも相談したが冗談だと捉えられるのか、笑われるだけだ。
そして、今夜も悪夢の時間が来た。
迷路のような地形。もはや見慣れた風景だ。
もう何十回、この悪夢を繰り返したんだろうか。
見つからないようにしないと......。
出来るだけ足音を立てずにひたすら、歩き続ける。
どうして僕がこんなことを?何のために?何故僕が?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして?
あぁぁあああ!!嫌だ。怖い。歩いていて、赤がいないか曲がり角から覗くたびに、そこに赤がいると思うと、覗くことすら恐怖を覚える。
もう嫌だ。理不尽すぎる。僕にやらせるなら他の人にやらせろよ。
......あぁ、馬鹿らしい。僕は身を潜めるのをやめた。隠れるなんて、ちょっと見つかりにくくなるだけじゃないか。見つかったら見つかったで、もういいよ。
僕は初めてこの迷宮で、何の心配もせずに歩いた。
ただ、歩いているだけでこんなに気分がいいなんて、おかしい。それはわかっている。だけど、自暴自棄って楽なんだな。何も考えないのがこんなに楽だなんて思いもよらなかった。
もう鼻歌でも歌いながら進んでやろうかと考えていると、前方に全身青色の人の後ろ姿が見えた。
やばい!逃げないと!
自暴自棄の状態から僕はすぐさま現実に戻る。
何やってんだ僕は!?
まだ赤には見つかっていないはずだからバレないようにーー。
......ん?何だこの違和感は?全身青色の人?味方か?
僕が頭から手を離すと、その手にまた違和感を覚えた。赤色だ。僕は自分の全身を見た。赤色だ。
ーーあぁ、そういうことか。
僕は喜んだ。当たり前だ。今まで何も抵抗ができなかったのだ。
これからずっとずっと、何十回もひたすら、延々と!復讐ができる!!
僕は歓喜しながら青に殴りかかりに行った。
私は最近悪夢を見る。その悪夢はひたすら全身赤色の人に追いかけ回され、捕まると殴られ続ける、という内容だ。
続きがあるとしたら赤視点です。
それと、評価と感想くれると嬉しいです。