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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
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美奈子のいちばん長い1日3

 美奈子が初めて降り立った島根の地は真っ暗だった。

 

 空港の玄関を出るとすぐにバスターミナルになるが、ターミナルと言うよりは広めなロータリーの道路と言った具合でバスの姿は全く見えず閑散としている。

 ターミナルの灯りの恩恵を得られない空間から先は暗闇が続いていた。

 幸子曰く、空港の周りはほとんど田圃で、道端には外灯すら稀に見える程度との事だった。


 目的地へ向かう丁度良いバスは無いらしく、乗車待ちのタクシーを拾う事にした。

 幸子の荷物をトランクや助手席、後部座席に座る美奈子と幸子の間に無理やり押し込み何とかタクシーに乗車した。


「おねぇちゃんたち、どこまで?」


 幸子の荷物を積み終わり若干息を切らしながらドライバーが尋ねてくる。


「橋南高校まで」


 幸子が後部座席から答える。


「橋南高⁉︎それじゃ松江まで⁉︎」


「うん、まずい?」


「いや、マズイというか……1万とまでは言わないけど近い金額になると思うよ?」


 運転手は支払いについて心配してるらしい、バックミラーから不安そうに後部座席を見ている。


  美奈子としてもひょっとして力にカマかけて料金を踏み倒すつもりでは?と幸子を訝しむように見た。


「んじゃ、ほい」


 と言って幸子は1万円を運転手に差し出す。


「後でお釣りと領収書ちょうだい」

「あ、うぅん、前払いしてくれるならこちらは文句ないんだけどね」


運転手は車を出した。


 タクシーは湖を左手に見て国道を東に真っ直ぐ進んでいる。

 さすがに国道沿いは空港の周りほど暗くは無く、道沿いの民家や街灯、時折見えるコンビニやガソリンスタンドの灯りでボンヤリとだが道路が明るく映っている。


「旅の帰り道ってさぁ、なんか寂しいよねぇ……夢が段々遠ざかる気がして」


窓に頭を預け哀愁を漂わせた幸子が独りごちる。幸子にとっては旅の終わりでも、美奈子にとってはこれからが始まりであり、これからの展開如何やによってはその始まりは終わりの始まりになる気さえする。


「その、私はなんで島根に連れてこられたんでしょうか?」


今更そんな事を聞く自分も自分だが、色々と余裕の無い中でようやく諦めとか開き直りとかいう着地点に落ち着いた訳である、優先確認事項が前後しても仕方がない。


 美奈子の言葉に、幸子はゆっくりと顔を窓から美奈子に移した。旅の終わりというメランコリーからしばらくは抜け出せないようである。


「うーん……社長はごちゃごちゃ言ってたけど、正直私の頭じゃ良く分かんなかったんだよねぇ、とりあえず連れてこればその辺ちゃんと説明あるだろって感じであたしも東京行っちゃったし」


その冗談のような力の割りになんとなく頼りならない幸子の言葉に、美奈子はまた不安になった。


「はいじゃあ、お釣りと領収書」


運転手は幸子にそれらを渡すと、にこやかにドアを閉め道路の先の闇へと消えて行った。

タクシーを降りたのは、市内の県立高校だった。校門に県立橋南高校とプレートが打ってある。


「目的地はあそこ」


幸子が指さしたのは、高校に面した坂になっている道路を挟んで向かい「石飛オフィスサービス興産」と二階部分に看板が出ている事務所だった。


美奈子は看板に書いてある社名を見ても、何をする会社なのか皆目見当もつかなかった。社長は石飛さん、というのだろうか。


「んで、その前に」


幸子は北に向かって坂となっている道路を下って行く。

200m弱ほど坂を下ると、そこにはコンビニが出来ていた。


「ここで買い物をして、今回の旅行は終了です」


そう言ってにこやかにコンビニに入って行く幸子。 

 美奈子としては早いとこ事務所に向かって諸々楽になりたい気持ちもあったが、黙って幸子に着いて行く。


コンビニ入ると幸子は買い物カゴを取りお菓子や飲み物を放り込んだ。


「美奈子ちゃんもなんかいるー?」


 幸子は美奈子を見て聞いたが、美奈子は丁重に断った。

幸子がなんとなく良い人というのは先程からの付き合いで分かるが、幸子の背後にいる社長と呼ばれる人については分からない。

ここで下手に善意に縋ると後で泣きを見るかもしれない。


「あっ、バンビさん、こんばんはー」


不意に後ろから声が聞こえてきた

声を掛けられた幸子、それと合わせて美奈子も振り向いた。

そこには、青と白のストライプが目立つコンビニの制服を着た少女がモップとバケツを持って立っていた。

少女の背は美奈子の頭一つ小さく、ベージュに少しピンク色を入れたような柔らかい色をした髪を後ろで束ねている。

現在、21時を回ろうとしている時間にアルバイトをしているのが不自然に見える程に幼そうな印象だった。


「あ、うるはちゃんおつかれー」


幸子は少女に挨拶を返し、笑顔で手を振る。


「もう旅行から帰られたんですか?」


うるはと呼ばれた少女は美奈子達のそばに近づいて行き、幸子と談笑を始めた。


「ついさっきね、んー、やっぱここ来ると島根に帰って来ちゃったって実感しちゃうよね」


「そんな嫌々な感じで言わないでくださいよ」


うるはと呼ばれる少女はモップにもたれ掛かりながら笑う。


美奈子は少女の名札を見た。そこには、岡田潤葉と書かれており、潤う葉でうるはか、と美奈子は一人得心していた。


「あの、それでそちらの方は?」


潤葉は美奈子を見て、小さく笑みを浮かべながら首を傾げた。

微笑ましく愛らしい潤葉の表情に美奈子も少し表情が和らいだ。


「ん、美奈子ちゃんのこと?可愛いでしょ?これから社長とこ連れてくの」

  幸子の何気ない一言は緩んだ美奈子の表情を固めさせるのに充分だった。


「だからか、昼頃に社長さんも来られたんですけど妙に機嫌良くって、″今日の結果次第じゃ明日はカートンで買いに来る″っていつもみたいに煙草を2箱買って帰られたんですよ」


今日の結果とは、幸子が無事に美奈子を連れて帰っきた事を言っているのだろうか、それともこの後の事を言っているのだろうか、どちらにしても美奈子としては穏やかでない。

そんな美奈子の気持ちなど露知らず、幸子と潤葉は談笑を続けていた。


「そうそう潤葉ちゃんにもお土産あるから、バイト上がる時間そろそろなら渡しとくよ?」


「えー!ありがとうございます、でもあと二時間はあるんですよねー」


「あら、マジでか?なら明日に渡すよ、ってか昼から今の時間までバイト⁉︎」


「そうですねー大分慣れましたけど、やっぱまだバイトの終わり見えて来るとちょっと疲れが来ちゃいますね」


「ひゃー頑張るねぇ、あ、そうだ潤葉ちゃん、お疲れのとこ悪いんだけど」


幸子は悪戯っぽく笑顔を入れると、手に持っていた買い物カゴを顔の前に上げた。


「これ、レジ打って領収くれない?社長には内緒で」


幸子はコンビニを出ると、口笛を吹きながらコンビニで貰った領収書を巾着袋の中に入れた。

幸子に続いてコンビニを出た美奈子は自分の荷物の他、幸子の荷物をいくらか持つのを手伝い、元来た道を戻り事務所へ向かった。


 事務所は1F部分はシャッターが降りておりそこは倉庫となっているらしく、事務所として機能しているのは2F部分、見ると灯りが点いている。


シャッター脇の扉から事務所の中に入ると1Fの倉庫は真っ暗であり、なんとなくダンボールなどが積んであるのがボンヤリと分かる程度の明るさだった。

 そこから真っ直ぐ歩くと階段があり、そこを登ると2Fの事務所の扉の前に出る。


 広くない階段を自身と幸子の荷物を持ちながら横ばいに登る美奈子は、心臓の鼓動が脈打つのが分かった。


ここまでで何回、緊張とリラックスを繰り返したか分からない。その度に、幸子の緊張感の無さだったり、諦めや開き直りによる自己解決で、どうにか平穏を保って来た。


が、いよいよ本当の時が来た、正直、死ぬほど怖いし逃げ出したい。

心臓の音が終わらない歌のように鳴っている。

 そして、美奈子の心の準備も待たずに幸子の手によりドアが開かれた。


「ただいまー」


「はいよ、お帰り、お疲れ」


 勢いよく戸を開ける幸子に対して、ハスキーで気怠そうな女性の声が返事をする。

事務所は20坪程の広さで、美奈子達のいる入り口のすぐ東側には簡易な給湯室、西側の道路に面した方向には大窓があり、南北に長く事務所のスペースが広がって、中央には応接セット、応接セットを挟んで事務所の最奥、「臥竜鳳雛」と書かれた書を飾った額縁と木目調のエグゼクティブデスクがあり、デスクには女性が1人がいた。


「初めての東京はどうだった?」


女性はデスクに対して体を横に向けて体を崩して座り、タバコを加えながら週刊誌を見上げるようにして読んでいた。


「いやぁ首都すげーわ、建物高いし、人多いし、外人もすげぇいたよ!」


「へぇ、そりゃよかったね」


「あそこはねぇ、社長も1回は行ってみるべきだよ、人生変わるよ、うん」


「そうかい、バンビがそう言うなら、もう何回行ったか忘れたけど私も行って人生変えてみようかね」


幸子は、「いやすげぇ、いやすげぇ」、と得意げに言いながら、応接セットの2人掛けソファへ倒れた。


「お土産ここ置いとくよ、んで」


と言って、幸子は入り口で手持ち無沙汰に立つ美奈子を指差した。

女性が美奈子へと視線を移すと美奈子と視線が合い、美奈子は慌ててお辞儀した。

女性の口元が緩む。


「バンビ、あんたお手柄だったね」


 女性は席を立つと美奈子の方へくわえタバコで気だるそうに近づいてくる。


 その時、美奈子に女性の全容が明らかになった。


タイトなグレーのハイネックニットの上にGジャンを軽く羽織り、下はスリムなスキニーの黒いパンツという出で立ちで、ラフというよりはその辺にある物をとりあえずそのまま着ました、という感じのズボラな印象。


しかし、それはそれでそういう味、と思えるほどに彼女の顔立ちとスタイルは目を引く。

ワカメのようにウェーブがかかった黒いショートヘアはオシャレでは無く天然物だろう、目つきも据わっておりあまり良くないのにも関わらず、そのズボラなまでの自然体が却って彼女の魅力と思えるほどに整った顔立ちと白い肌。


下半身はスキニーのパンツがよく似合う細くスマートで長い足とくびれ、そして何より美奈子の目を一点に釘付けにしたのがその胸の大きさだった。


高校生の頃、体育館で男子がバレーボールを二つ胸に入れて遊んでいたが、その本物が目の前にある、そんな印象である。実際はそこまで大きいのかは分からないが、タイトなニット性のインナーのせいでその大きさは強調され、おそらくGジャンの前が空いているの胸のあたりが閉まらないからだろう。


幸子のスタイルも良かった、格好も相まって出るとこしっかり押さえている健康的な色気があった。

近づいてくる女性は迫力ある体を持つ不健康そうな美人という出で立ち。

違う種類の美人が揃うここはひょっとして芸能事務所か何かで、自分はスカウトでもされたのか?そう思うと、嬉しくもあるが、しかし、ならば幸子はなぜスカウトに来ましたとはっきり言わなかったのか。

女性のバストに視線を落としながら美奈子はそんな事を考えていると、目の前に小振りなスイカが二つ流れ着いてきた。


「へぇ、可愛い顔してるじゃないか」


美奈子は顎を持ち上げられ、笑顔の女性と目があった。


「しっかし、本当に肌が白いねぇアンタ、私も大概だけどアンタのは病気的だよ、蛍光灯反射してんじゃない?」


褒めているのか、貶しているのか、判断のつかない事を言いながら女性は美奈子の顔を右へやったり左へやったり、頬を軽くつねったり、一通り眺めていた。


「バンビ、ちゃんとこの子にここに連れてきた理由話したんだろうね」


「いんや」


幸子は仰向け寝転がっている体勢から、頭だけ起こして返事をした。


「は?」


「いや、だって社長の話聞いても良くわかんなかったしさぁ、連れてきて社長から直接説明した方が話早いと思って」


「その話はしたかな」と言って、幸子は立ち上がった。


「そうそう、これこれ」


幸子は自身のカバンから先程コンビニの領収書を入れた巾着袋を取り出すと、応接セットのデスクの上に置いた。


「ここに置いとくね」


「……いいよ、取っときな」


女性の声が聞こえてないのか、聞こえていて無視しているのか、幸子は荷物をいくつか取ると美奈子の方へと向かってくる。


「明日も学校あるから帰るわ、残りの荷物は明日持って帰るから」


手を上げて、事務所から出る幸子は最後に一言


「社長、美奈子ちゃん殺しちゃダメだよ」と言って帰った。


事務所には、美奈子と女性の二人が残された。

  一方の女性は、舌打ちをすると美奈子の顔から手を離し、先ほど幸子が置いて行った巾着袋へと向かって行く。

 巾着袋を乱暴に手に取った女性はソファに腰を掛けると、袋の中身を開け、その中に入っている領収書の束を取り出した。


「これが飛行機、電車、バスにタクシーって、あいつ東京ならバスか電車使えってんのにタクシー乗りすぎだっつーの、んで、これがホテルで、食事、も食い過ぎだろこれ、つーかコンビニで私物買う時も領収書切ってるし、ん?橋南高校前店ってこれさっき買い物した分か!?てか、なんだこりゃ、……これ残ってるの全部服屋かい⁉︎しかも、土産まで領収切ってやがる!」


女性は大きなため息を吐いて天井を見上げた。


「私ゃ、これ置いていった奴に殺意が湧いたよ……」


天井を見上げたまま項垂れてる女性に声を掛けるべきか悩んでいる美奈子は再び手持ち無沙汰となったが、女性は天井に向けていた視線をゆっくりと美奈子に移した。


「あー、ごめんね放ったらかしで、とりあえず向かいにかけな」


苦笑しながら女性は美奈子に席を促すと、自分は立ち上がり入り口横の給湯室へと向かった。


「とりあえずなんか飲む?一応、インスタントだけどコーヒーと、ティーッパックだけど紅茶と緑茶、あと特売のオレンジジュースがあるけど?」


「え、あー、えっと、じゃあオレ、オレ」


「はいはい、オレンジジュースね」


女性は笑いながらコップにオレンジジュースと、自分用のコーヒーをカップに入れると、美奈子の前にオレンジジュースを置き、自分は美奈子の向かいに座った。


「自己紹介しとこうか、アンタは加藤美奈子ちゃんだね、私は久瀬天子(くぜあまこ)、ここの社長で、あの馬鹿の上司、よろしく」


天子は美奈子へと手を差し出した、美奈子は慌ててその手を握る。

短い握手が終わると、天子は笑いながら話し始めた。


「ごめんね、バンビ、あぁ、あの馬鹿の事ね、アイツは領収書の事を出せば金がもらえる魔法の紙くらいにしか思ってないくらいの馬鹿だから、なんの説明も受けずここに来たんだってね?」


砕けた調子で話す天子に、美奈子は若干警戒心を解いた。

同性だからというものあるのだろうか、幸子とのやりとりから見ても意外と話しやすい人だな、という印象だった。

日本の闇に潜む住人である魔法少女、そしてそれを従える人間、その二つのイメージからいかつい男性、または女性だとしても出会い頭に胸ぐらでも掴んで来そうな頭の跳んだ人間を想像していたので拍子抜けすらした。


ここは自分も正直に色々と話しても大丈夫だろうと美奈子は笑顔を作る。


「えぇ、その正直に言うと、ホンットに誰かに呼び出されるような事をした心当たりがなくて……それに島根って今日初めて来て、もちろん久瀬社長とお会いするのも初めてですし」


天子は目をつぶって頷く。


「だよねぇ、確かにアンタに心当たりが無いのは当然だ、ただし」


そこで天子は美奈子と視線を合わす。


「アンタ、自分の彼氏経由で私に借金こしらえてんだわ」


「⁉︎」


天子は、その据わった鋭い目つきを美奈子から外さない。


「額は二千五百万」


「は?」


美奈子は、この日一番理解出来ない出来事に直面した。

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