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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
26/27

おくりびと2

時間は昼八つ頃、太陽が空の真上を通過した頃だった。



「頼んでも無い休日出社したって、私は給料出さないよ」



美奈子が事務所へ入るなり、天子はそちらへは目もくれず不機嫌そうに書類に目を通しながら答えた。



「ったく、酒税法改正で中小の酒屋を守るだなんだ言っても、結局は誰もコンビニで酒を買って自宅で飲んでたら意味ないじゃないか」



クリーニング屋と兼業してやっている酒屋の方がイマイチ売上が良くないらしい。

そんなことをぶつぶつと一人ごちている様子から、デスクの前に立つ美奈子にさして興味が無いことが伺える。



「飲み屋に酒を卸してる身からすれば、いっそ飲み屋以外で酒飲むの禁止にしてくれたら良いんだよ、そうすりゃ酒浸りのロクデナシ共は金が無くても飲み屋に行くさ」



「あんたもそう思うだろ、美奈子?」とそこでようやく天子は美奈子へと顔を向けた。



目に付いたコンビニに聖書と手斧を持って入って、ビール缶を叩き割る様な事をすればどうなるか、歴史は20世紀初頭のアメリカでそれを証明している。

密造酒の需要拡大とそれを苗床にするマフィアの繁栄。


今の日本では、魔法少女か。


寧ろそちらの方が天子に取っては相応しい世の中なのか、と思いつつも美奈子は話題を逸らした。



「お酒はあまり飲まないので……」



「酒も煙草もやらない上に、色も知らないまま魔法少女になっちまうとはアンタの人生は随分と京都人好みだね」



そう言うと、天子はふたたび書類へと視線を戻す。


つまりは薄味だと言いたいのだろうか?

しかし、魔法少女になったのだから今後はかなりパンチの利いた味付けの人生を送る事になるはずだった。

だが、そこに文字通り水を差して再び薄味にしかねない出来事を伝えに美奈子は事務所までやってきたのである。



「あの、私、魔法少女じゃなくなったのかも知れません」



「……どこぞのアイドルみたいに簡単に卒業出来るもんじゃ無いはずだけど」



天子は書類から目を離すと、美奈子を訝しむように見た。



「それがその……」



天子の訝しむ視線を交わすため、美奈子は事の経緯を説明した。

つまり、能力を使って傷を治そうとしたが、それが適わなかったと。


しかし、説明を聞く天子の眉間は段々と険しくなってゆき、話を聞き終わる頃には呆れた様に大きくため息を吐く。



「つまり、アンタはどこの誰かも分からない人間に能力使ったと?アンタねぇ、その調子で安請け合いしていろんな人を治してたら噂が広がって、しまいにゃ地域の老人ホームに慰問周りしなきゃならなくなるだろう?うちの会社はそこまで意識が高いわけじゃ……」



「あ、いや、そこは分からないようにやったつもりです……それに結局治せてないですし……」



そこまで言うと美奈子は俯いた。

美奈子の様子を見て天子は鼻を鳴らすと、おもむろにデスクの引き出しをあさる。

そして、引き出しから出した物をデスクの上に置いた。



「……これは?」



「……カッターナイフだよ、見たことないのかい?」



天子が取り出したのは、グリップが黄色くて大型刃を使用するカッターナイフだった。



「……これで人を刺せと?」



「……アンタは自らの身を切るって事を知らないのかい?あと、アンタがそれ言うと妙に生々しいからやめな」



天子はカッターナイフを手に取ると、それで親指を切るジェスチャーをした。



「コイツで、指でも軽く引掻いて、傷が直ぐに治れば問題ないだろ?」



そういうと天子は美奈子にカッターナイフを差し出した。

しかし、美奈子はそれを受け取ることに躊躇する。



「どした?」



天子はカッターを指で揺らしながら、不思議そうに美奈子を見ている。

美奈子はこめかみを掻きながら申し訳なさそうに天子を見た。



「自分で自分を傷つけるのがなんとなく恐いというか……」



「だからって、まず人を刺すって発想が出てくるアンタが私は恐いよ」



そう言うと、天子はおもむろにカッターから刃を出し自身の親指になぞった。



「痛(ツッ!)」



天子は顔を歪め、舌打ちをするように小さく呻く。

天子の親指からは、柘榴の実の様に赤い粒が浮き出て、それらが混ざり合わさって赤い滴が指を伝う。



「社長!」



「いいから、早いとこ治してくれ」



美奈子は慌ててデスクを迂回し天子の傍まで駆け寄る。

天子が親指を差し出すと、「治れ」と強く念じてみた。


しかし、先ほどの事もあったためにもう一度治れと強く念じ、最期にもう一度文字通り念押しで強く念じようとした時に、痺れを切らした天子が自身の親指を舐めて血を拭った。



天子は美奈子にその親指を見せた。



「Very、切れてなーい」



天子は無愛想な表情でおどけて見せる。


親指にできた傷は完全に塞がっており、血が滴った痕跡のみが、固まった線となって指に付着していた。

天子は快復した親指を人差し指で摩る。



「アンタ、ゾンビとでもドライブでもしてたのかい?」



「そんな!すっごい綺麗な人でしたよ、それに社長と増田さんのお知り合いとかで……益田さんのジャケットもその人に預かってもらってますし」



そこで天子の目が鋭く美奈子を見据えた。



「……その人、名前なんて言ってた?」



「え、確か“リリ”って……」



「なんだ、小百合さんか……」



天子は幾らか安堵したかのようにソファへ項垂れると、いくらか視線を柔らかくする。



「知らない人の車に乗って行っちゃいけないってのは聞いたことあるだろ?だからね、同じように知らない人を車に乗せちゃいけないってのは分かるかい?それがたとえお父さんとお母さんの知り合いって言っててもだよ」



しかし、美奈子の関心はそんな天子の小言では無く別の方向へと向けられている。

天子もそれを察したのか最早諦観の境地とばかりに左右に頭を振る。



「アンタが会った人、それが益田の想い人の小百合さん、“リリ”ってのはあの人の源氏名だね、百合だからリリなわけだ」



美奈子はそこで、リリの指に描かれていたネイルアートを思い出した。

アレも確かに百合だった。



「私らが中学製の時だから……もう10年は同じ人を想い続けるなんざ益田の奴も筋金入りだよ、

アイツに適ったら女を引っかけるなんざポイを使わず網で金魚すくいするようなもんなのにねぇ」



そこで天子は美奈子に向けて、嫌味な笑みを向けた。



「アンタ、ほんと小百合さん治す気無かったんじゃないかい?心の底じゃ可能な限り化膿しろってな具合に傷口こねくり回してたとかさ」



「そ、そん、そん、そんな事ないですよ!私、わざわざ消毒用の水だって買ったんですから!確かに益田さんはかっこ良かったですし、そんな人とお近づきになれたらなぁとは思いましたけど、自分の置かれている立場も理解してますし、人の恋路を邪魔するような馬に蹴らる人間に……」



ぷりぷりと大きく腕を振って必死に否定する美奈子を天子は笑いながら制した。



「小百合さん伝手で益田にジャケットが渡ってんなら問題ないか、それで美奈子」



「はい?」



それまで両手をウィンドミルの様に振っていた美奈子は、突然呼び止められて風車の動きを止めた。



「確かに車を好きに使ったら良いとは言ったけど、だからって仮にも社用車に知らない人間を好き勝手乗せるのはいただけない」



「やっぱりまずかったですか……」



上司としての威厳を少しでも見せようとしたのか、天子は仏頂面で腕を組みわざとらしく大きく頷いた。



「アンタが自分の休みの日に、自分の車で、自分だけが勝手に面倒に巻き込まれるなら会社は知ったことじゃないけど、社用車に勝手に知らない人間乗せて拳銃でも突きつけられたなんて事になれば、労基だかなんだかが監督責任がどうたらって煩いんだよ、多分」



そんなことになれば、労基どころの騒ぎでは無いなと思ったが、しかしそんな事にならないとも限らないのが天子や自分の現状である。

自身の至らなさを認め、美奈子は何も言わなかった。



「私も心苦しいけど、アンタにはそれなりに罰則を受けて貰う事になるねぇ……」



「はぁ、罰則……ですか」



美奈子のたどたどしい返事を聞いて、美奈子は意地の悪い角度に口角を上げた。



「夜、イセミヤまで車出してくれ、知り合いと約束してんだ」



天子は機嫌良さそうに声を出して笑う。


美奈子は茫然とする頭の中、次は何回エンストした後に車が発車するだろうかと考えていた。

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