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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
23/27

Help!(2人はアイドル)3

夕間暮れの抜け殻のような事務所の中。


歌音子は、ぼんやりと応接セットの二人掛けソファに寝そべっていた。


何時もならば、歌音子が寝そべっているソファには幸子がだらしなく寝そべっており、その奥のエグゼクティブデスクに腰を据えた天子が、そんな幸子に小言を言っているか、もしくは請求書やなんやの天子に取ってはあまり都合の良くない書類をねめつけいるか、ともあれ不機嫌そうな顔つきでいるのだが、それが見当たらない。



東側に大窓を据えた事務所には眩しい西日は入ってこらず、宵の口に対するあがきとばかりに未だ世間が朱色に染まっている中で事務所だけは一足先に宵を招き入れていたようであった。


それは単純に事務所内の輝度や照明の有無の様な即物的な事だけでなく、普段の見知った事務所とのギャップ、そして先の一件における歌音子の心情的要因も事務所の妙な陰鬱さを演出しているようでもあった。


先の一件、ふと頭をよぎった言葉が歌音子の頭の中にイメージとして浮かんだ。


栄林姫花。


歌音子は頭に浮かんだ華やかなイメージをかき消すかのごとく、乱暴に寝返りを打った。

先程から、切れかかっている蛍光灯の瞬きの様に、姫花の顔が浮かんでは消える。


このがらんどうで虚しい事務所の雰囲気が良くないのかもしれない。

無気力な事務所の様子が、やることも無く余計な事を考えさせる要因なのだろう。


そういえば、前に読んだ小説でもこんな夕暮れの雰囲気を書いていたのを思い出した。

夕暮れの向こう土手に見える一本斜めに枝を伸ばす枯れた椎の木を見て、それを憂鬱そのものだと表現したいた。

常緑樹の椎の木に枯れ木があるのかは分からないし、別段枯れ木だという描写も無かったが、その時歌音子の頭には枯れ木のイメージが湧いて出たのだ。

また、別の場面では夕暮れの土手を上がって叫びたくなる衝動を抑えた、と言う描写もあったか。

分からない話であった、裸婦が出たり、牛が出てきたり、絨毯の描写は良く分からないし、最後も何処かしまりが悪い。



そういえばあの小説も芥川龍之介だったな。



その時、歌音子は頭に浮かんだイメージによって叫びたくなる衝動を抑えきれ無くなり、ソファへと顔を埋め、呻き声を上げた。

歌音子の頭に浮かんだのは、炯炯とした目つきとニヒルに歪めた口が特徴的な幽霊のような青年文豪では無く、色白く艶やかな黒い髪をした百合の花の様な少女である。


猫の喉声の様な呻き声を上げていた歌音子は、目の端に応接セットの机に置いた件のノートを捉えると、飼い主の過剰な愛の手を鬱陶しく思う猫の様にそれを払いのけた。


天子でも幸子でも良い、早く誰か帰って来て欲しい。

顔を押さえ、蹲る歌音子。

頭痛も一向に治る気配も無く、それがまた歌音子の気持ちを逆なでる。

最早、頭痛の原因は能力の行使によるものでは無く、頭にたまった雨雲の様な靄のせいではないかとすら思えてきた。


そして、いよいよもって考える事にも疲れたのか、歌音子の吐息が小さく荒くなり、それはそのまま寝息へと変わっていった。







夢、ではないこれは過去の反芻。

母方の祖母の元で育った私は、いつも自身の父と母について祖母から話を聞かされていた。



「アンタの母親は誰に似たのか気立てが良くてね、それでまぁ初心な子だったもんだから、あの碌でもない男に絆されてしまったんだ、アンタは母親に似てくれて良かったよ、けどね、初心なとこまで似るんじゃないよ」



そう言って、私の頭を撫でる皺の入った手が嫌いだった。


母を捨てた碌でもない父も、碌でもない男の元にいた純粋で愚かな母も、愚かな女を育てた無責任な祖母も、そんな男女の血を引いた自分も、全てが嫌いだった。


自分もいつか、枯れ枝の様な手で自分に近しい未だ見ぬ誰かの頭を撫でるのかと思うと不快感で胸が焼ける。


私は胸に溜まった不快感を一刻も早く拭いたく、祖母の話を妨げるように庭に咲いている花を指差し、「あの花は何だ?」と尋ねた。

別段、花の名前など興味は無かった、ただ目に付いただけである。


もののふの 八十娘子が 汲みまがふ  寺井の上の 堅香子の花


祖母はふと和歌を口ずさむと、あれは堅香子の花だと教えてくれた。

私は祖母の手を払いのけるように、庭へ飛び出し花の傍へと近寄る。


花は細い花茎の先に、薄い紫の小さな花弁を逆立て、俯くように咲いていた。

ふさぎ込むんだようなしおらしさを感じさせる薄い色とただずまい、しかし逆立てた花弁は燃え上がる炎を思わせる。



全く忌々しい。



炎の様な荒い気性が本質でありながら、他人の顔を伺う様な行儀の良い態度と色。

まるで、どこかの誰かさんを見ているようだ。


しおらしくしていれば自分の内に眠る気性をごまかせると思っているのだろうか、

行儀のよい態度をしていれば自身の四肢に流れる忌まわしい血から目が背けられるとでも思っているのだろうか。


自分の朱くたぎる気性に青みを差せば、何かに変われるとでも思っているだろうか

自身の根幹の形は、未だ逆立ったままだというのに。


いっそ朱く滾る心の気性に任せてしまった方が、よほど謙虚でしおらしい。


いや、朱い花もいらない。


いっそ黒く塗りつぶせ。


転がる石の様にどこまでも転がり堕ち、深く黒い底にまで堕ちてしまった方がいくらか心持が良い。

そうだ、私を取り巻く世界も、私自身も、全て黒く塗りつぶしてしまえば。

私は世界と同じ、世界は私と同じ。

そうなれば、何かをごまかすことも逸らす必要もない。


だからは、私は目の前の花を……。









歌音子が目を覚ました時、事務所の中は明るくなっていた。

未だにまどろむ頭の中で、歌音子は記憶の綱を手繰る。



いつの間にか寝入ってしまったらしい。



まだ開ききっていない瞼をこすりながら辺りを見渡すと、自分のセーラー服とスカートが壁の淵を利用してハンガーで吊下がっている。

今の歌音子はブラウス一枚と下は下着だけと言う格好だった

慌てて自分に掛けてあったタオルケットを腰のあたりに回して、歌音子は奥にいる人物へと声を掛けた。


「天子ちゃん、帰ってたんだ」


「社長って呼びな、まぁ、今は誰もいないから良いけど」


事務所の奥、エグゼクティブデスクに置かれたテレビのそのまた奥、久瀬天子がテレビの画面から目を離さずに手だけで振って返事を返した。


「横山大観の掛け軸!?しかも死んだじいさんが借金のカタで貰ったその形見なんざ、爺さんの糞を握らされたのも同じじゃないか」


テレビに向かって下品に笑う天子。

その格好は黒いキャミソールに下半身も下着のみという出で立ちで、椅子に足を乗せて膝を立てながら缶ビールを煽る。

その豊満な乳房が胸元から脇にかけて露わになっているが、色気の有るというよりはただ布地が無いだけの格好である。



「その死んだ爺さんの幸運なとこは大観の掛け軸に夢を持ったまま死ねた事、不幸なのは実の娘によって死んだ後に大恥をかかされることだね」



そう言いながら再び缶ビールを煽ると、これまた再び下品に笑う。

自分も今は似た様な格好をしているから強くは言えないが、それでもこうなっては終わりだな、と歌音子は天子に冷ややかな視線を送る。



歌音子は、重いため息をついた。

別に、天子の様子に呆れたわけではない。

眠る前よりも倦怠感が顕著であり、頭痛は相変わらずで鈍く重い痛みが頭の中で鳴り響いている。

恐らく起き抜けなだけが原因ではあるまい。

そして、若干ではあるが呼吸も荒くなっている気がした。


能力の行使による、魔薬切れ。

その禁断症状が早くも現れてきた。

やはり事務所に寄ったのは正解だった。


そんな歌音子の状態を察していたかの如く、応接セットのデスクの上には水の入ったコップと薬包紙が置いてある。

歌音子は、薬包紙の包みを開け口の中へ押し込むと、水で口をゆすぐように何度か舌を回し無理やり飲み込んだ。

はっきり言って不衛生で気持ちの良い飲み方ではないが元はデンプン、小麦粉と同じである、非常に飲みづらいのだ。


口の中に残る不愉快な感覚を洗い流すように、歌音子はコップの水を一気に飲み干す。

一息つくと、机の上には例のノートがきちんと置かれていたのが目に入った。

恐らく天子が机の上に置いただろうことは察しが付いたが、天子はこの中身を見ただろうか。

見たところで学校の課題くらいにしか思わず、机の上に置いたのかも知れない。


一度中身を見て特に不振に思わなかったノートを、「怪しい奴からこんなものを渡された、どんな意図があるか分かるか?」と突きつけられたら天子はどのような顔を見せるのか。

いざ誰かに相談できる状況になって、自分でもこんなことを相談をするのはバカバカしいと思い始め、相談する事に引き目を感じてきた。


歌音子が躊躇していると、天子が歌音子に手招きした。


「観てみなよ横山大観だって、あんまり偽物ばっかだから私ゃ実は本物の大観の絵は存在してないんじゃないかって思ってんだ」


天子が上機嫌で見ているテレビ番組は、一般人の家の中に眠っているお宝を鑑定して金額を発表するという内容の物である。

人の夢や思い出に金額を付けるなんて阿漕な真似をすると歌音子は常々思っているが、それが受けているのだから仕方ない。


都市部では火曜日に放送されているが、ケーブルテレビと契約しない限りこの辺りでは2〜3週遅れで放送されている。

天子はケーブルテレビと契約するのを渋り、どこからかダビングした物を見ている。


いつもならば、そんな様子を見た幸子が「そんなに好きならケーブルテレビと契約したら良いのに」「わざわざテレビを動かす手間かけるならもう一台買いなよ」などとぼやいているが、今日はその姿が見当たらない。


「……バンビは?」


歌音子は事務所を見渡した。

天子が忙しいのであれば、幸子に話しても構わなかった。

存外、幸子の方が頭が空っぽな分軽く話を笑い飛ばしてくれるかも知れず適任の様な気もした。


「んー?東京だよ」


「……東京って、あの?」


「……アンタが幾つ東京を知ってるか知らないけど、多分その東京だよ」


「私は東京一つしか知らないし」と天子が言い終わるより前に、歌音子の視線は鞘走る様に鋭く天子を見据えた。


「私も行きたい!」


東京。

日本の首都、経済の中枢、情報の発信源、若者の都。

姫花のことなど、東京の一言でどうでも良くなった。

幸子が東京に行った、それは良い。

では何故?私はここで留守番をしている?


「私も行きたい!行きたかった!行かせて!東京!」


歌音子は縋る様な視線を天子に向ける。

それは子供が親に駄々をこねる際に向けるそれそのものであり、大概その視線を向けられた親というのは困った様な呆れた様な視線を我が子へ向けるのだ。

そう、今の天子の様な。


「いや……あんた、常々都会は碌なもんじゃないって自分で行ってたじゃないか、私はてっきり」


「ホントに碌なもんじゃないか見てみたかったもん!」


そんな碌なもんすらこの街には無いのだ。

テレビ番組だって東京に行けば色んなチャンネルが見られる。

わざわざケーブルテレビをつなげる必要もない。

どんなに背伸びをして目を背けようとも、歌音子が大都会に抱く憧れは年相応田舎娘のそれである。

留守番を食らった悔しさから、歌音子の目にはうっすらと涙が浮かぶ。

歌音子の様子を見た天子は、困った様にこめかみを掻く。



「バンビだって、遊びに行ったわけじゃないし……ほら、ウオマチの姐さんからの仕事、いかにもあの子向きの仕事だろ?都会はアンタだと危ないかもしれないし」



「バンビの方が危ないもん、ちゃんと東京に着くかもわからないし」



「……大丈夫だよ、飛行機に途中下車は無いし、東京までは迷う事ないから、多分」



天子はそこまで言うと、まるで歌音子の頭痛が移ったかの様にこめかみを押さえた。




歌音子は、ソファの上で膝を抱えてむくれていた。

天子の言っている事は理解できる、幸子が選ばれた理由も最もである。

何せ幸子が仰せつかった仕事の内容は、借金の取り立てと担保の徴収である。

担保となるのは、物ではなく人、早い話が誘拐である。

ならば、自分が関わる事で幸子の仕事の足を引っ張ることにもなりかねない。

全て理に適っており、異論を挟む余地が無い。


つまり自分が言っている事が単なる我儘である事は百も承知である。


歌音子は学校では聞き分けの良い優等生を演じている。

その反動だろうか、身内の前ではどうしようもない我儘を言う時があるのだ。

それがいかに幼い事であるのかについても自覚があるのがなおさら始末に悪く、拗ねている理由を攫ってくる人物がどことなく姫花に似ているという事に挿げ替えて自分を納得させていた。



「アンタ、いつまでそうしてんのさ」



天子が少し強い口調で歌音子に話しかける。

呆れを通り越して堪忍袋の緒に手をかけている事を暗に知らせている。

それでも歌音子は返事をしない。



「私、そろそろ出かけんだけど」



天子はとっくに着替えており、いつまでも動かない歌音子を睨む様に眺めている。

歌音子が押された地蔵の様にソファに倒れる。



「死ぬまで、ずっとそうしてなよ」



そう言って天子は事務所から出て行った。



「ホントに死んだら泣くくせに」



歌音子はゆっくりと立ち上がると、エグゼクティブデスクを歩み寄った。

普段は一階の倉庫兼天子の自室に置いてあるテレビの画面には、先ほど天子が観ていたテレビ番組が一時停止で映っていた。

歌音子は、ささやかな腹いせにメディアプレイヤーの巻き戻しボタンを押す。

テレビからは番組の冒頭、20世紀に流行った英国のロックバンドの曲が流れ始めた。

この番組も、30年以上やっている計算になる。


歌音子が生まれる前の話だが、その長い歴史の中、途中で司会者が変わっていたはずだ。

元々の司会者は暴力団と関係を持っていたとかなんとかで、芸能界から引退させられたはずである。

魔法少女が全国に現れ始める少し前の話だったか。

関わるだけで周囲から社会的制裁をうける事になるとは。

暴力団とは、まるで不治の感染症か何かだな。



……それだ。



歌音子の頭に一筋のひらめきが走った。


今まで自分は誰に遠慮をして、いい子を演じていたのだ。

演じていても、誰も幾らも払ってはくれないと言うのに。

ならば、内に眠る猛々しい自分の本性というものをいっそ曝け出してやろうか。

そうすれば姫花が近寄ってくることもないだろうし、せいぜい天子も困ればいい。


宇山歌音子は家に帰ると、「ヤクザ」という言葉を検索し始めた。


加藤美奈子がやってくる2日前の話である。

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