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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
22/27

Help!(2人はアイドル)2

放課後の騒がしい教室の中。


颯爽と教室から出ていく者、教室にたむろしている者、学校による時間的束縛から解放された生徒たちが思い思いに行動する様子は放流された鮎の様であった。

放流された鮎の群れの中で、歌音子は未だ席についてこめかみを抑えていた。

鉛の玉を徐々に積まれているような鈍痛が頭の中に響いている。


頭痛の原因は二つ。


まず一つ目が図書室の推薦図書を入れ替える際に自身の魔法少女の能力を行使した代償による物、恐らくこれが直接的な原因。


そして、二つ目がそんなことの為に自身の能力を使ってしまったという後悔と不安である。


図書室の推薦図書を入れ替えるだけと、高を括っていたが図書室の推薦図書が置かれている場所はカウンター付近である。

生徒達が利用する休み時間内には大抵司書教諭や図書委員の生徒がおり容易に入れ替えるのもままならなかった。


歌音子にとっては止むに止まれぬ事情ではあるが、それを天子がどこまで汲むんでくれるか。


歌音子の能力については、天子より日頃から人前でおいそれと軽々しく使うなとお達しされている。

現在、抱えている頭痛もそうだが色々と払う代償が大きいのだ。

それをおいそれと軽々しく使ったと天子にバレでもしたらどんな小言が飛んでくるか分からない。

その事を思うと頭痛の重さも掛け目いっぱいである。


体調がすぐれないため今日はさっさと帰って寝てしまえ、どうせ明日は土曜である、中途半端な時間に目が覚めたところで別段支障もないだろう。


そう思うといくらか気持ちも軽くなる。

歌音子が鞄を背負いさっさと教室から出た。


下駄箱は教室以上に生徒でごった返しており、都会のスクランブル交差点の様である。

歌音子は都会のスクランブル交差点をテレビ等でしか見たことが無いが、常にこのように人がごった返しているのが都会ならば都会も碌なものでは無いな、と常々思っていた。


下駄箱から下履きを取り、地面へと置いたその時だった。


「宇山さん、少し待って!」


歌音子は足を止めた。

その声に呼び止められた瞬間、鞄の重さが幾分にも重たく感じ、まるで鞄の重さで足が止まったかようにすら思える。

無論、それは鞄の重さが変わっているわけでは無く、歌音子の胸に重い影が差したせいである。

しかし、少し軽くなった気持ちから一気に鉛を放り投げられたような心持であり、大きな飛沫を上げて池に沈んでゆく石の様に、大きな衝撃の後に気持ちも深く沈む。


首を針金のようにぎこちなく曲げ、億劫そうに振り返る先に、呼び止めた声の主がいた。


声の主は、その歌音子と合わせ鏡のようだった白い肌に少し紅みをさしており息を切らしていた。


「良かった、まだ、帰ってなくて、放課後に…‥声かけようと思ってたら宇山さん、教室から出ちゃってたから……」


整わない呼吸の中で小さく喘ぐように言葉を詰まらせながら、栄林姫花が辛そうな笑顔を歌音子に向ける。

歌音子もその笑みに答えようとするが、姫花の必死さと彼女に対する苦手意識から笑顔にまで針金が通しているかのようにぎこちない。


案山子の様になった歌音子に姫花は近づくと手に下げた鞄をあさる。



瞬間、それまで案山子だった歌音子は身構えた。



人を慌てて呼び止めて、鞄の中から何を取り出すつもりだ。



この人混みの中なのだからそうそう目立つことはしないだろう、とは限らないのが魔法少女である。

鞄の中から杖を取りだしそれを一振り、すると矢の雨や刃の霰。

流石にそこまで分かりやすくはないだろうが、そうならないとも限らない。

歌音子は素早く下履きを履くと、上履きを下駄箱へ無造作に放り投げた。


「ごめん、わ、私、今日法事あるから急いで帰らないと行けないくて……えへへ」


無理矢理な嘘と思いつつも歌音子は姫花の方を向きもせず慌てて校舎から出ようとした、明日には自分の為の法事が行われるなど笑えない。


「これ!これだけ渡したかったの」


校舎から出ようとする歌音子の腕を、姫花は慌てて掴む。

腕をつかまれた歌音子は、頭身の毛も太るように体を硬直させた。


「あ……ごめん」


驚きに目を丸くする歌音子の表情を見て、姫花はどこか照れくさそうに眼を伏せ謝辞を告げた。

歌音子を掴んでいる方とは逆の手に、一冊のキャンパスノートが握られている。

おずおずと歌音子から手を離した姫花は、そのキャンパスノートを歌音子へ進呈するかのように両手で差し出した。


「これ、渡したかっただけだから……」


歌音子がおっかなびっくりそれを受け取ると、「それじゃ」という姫花は足早に去って行った。


取り残された歌音子は茫然としていたが、ふと気づくと周りの生徒達がこちらの方を目の端で伺う様な視線を送っていることに気付き、歌音子も早々に校舎から出た。


渡されたキャンパスノートを開く事になんとなく抵抗を感じた。

魔法の杖では無かったが、開いた瞬間に嵐や雷がノートから出てくるなど勘弁である。


歌音子は自分の先を歩いている生徒が、クラスメイトの男子だという事に気が付いた。

少し早歩きになって彼に近づくと、軽く肩を叩く。


億劫そうに振り向いた男子生徒は、肩を叩いた生徒が宇山歌音子だと気が付いた瞬間に先ほど姫花に腕を掴まれた歌音子以上に体を硬直させた。

その視線は、六分の好奇と四分の不安が入り混じっており自分の身に訪れた青い春の予感に動揺しているようでもある。


「これ、教室に落ちてたんだけど……誰のか知らない?」


無論、誰の者かは歌音子自身が知っている。

歌音子は努めて笑顔に、なるべく相手に警戒心を抱かせぬように声を柔らげた。

すると、警戒心を抱かせぬという歌音子の思いが先方へも通じたのであろう。男子生徒は、片手に、歌音子から渡されたノートを受け取ると、恐る恐るノートを捲ってみた。


「多分……栄林のじゃないかな、字がなんとなく似てる…って、あ、前に板書してたの見た事あってそれを覚えてたからで別に栄林の字を覚えてたわけじゃ……」


男子生徒が口ごもりながら必死に言い訳するのを聞き終える間もなく、ノートを男子生徒から受け取ると歌音子は笑顔で手を振った。


「ん、ありがと、明日栄林さんに聞いてみるね」


そう言って、男子生徒の元から早々に立ち去る歌音子。

男子生徒の瞳に浮かんだ青い春の訪れは春風に吹かれたように過ぎ去っていった。



ノートには特に異常なし。


歌音子は歩きながら、ノートの表紙を眺めていた。

人柱にした男子生徒には悪いが、私もそうしなければ、危険が及ぶ体なのだ

だが、彼のおかげでノートに異常がない事には気が付いた、明日礼を言わなければ。


しかし、異常が無いとなるとこのノートは何なのだ?


身に降りかかる危険への疑惑が晴れると、今度は妙の好奇心にも似た疑念がノートを元に沸いてきた。

歌音子は、表紙を軽くめくってみた。



南京の基督(キリスト)


ある秋の夜半(やはん)であった。南京奇望街(なんきんきばうがい)のある家の一間には、色のあおざめた支那(しな※中国)の少女が一人、古びたテーブルの上に頬杖をついて、盆に入れた西瓜(スイカの種を退屈そうに噛み破っていた。

テーブルの上には置きランプが、うす暗い光を放っていた。その光は部屋の中を明くすると言うよりも、

むしろ、一層陰欝な効果を与えるのに力があった…‥‥



歌音子は、背骨に直接氷を付着させられたかの様な悪寒を覚えた。



ノートには、芥川龍之介の南京の基督、それを新仮名遣いで書き下した物が、姫花の丁寧ながら丸びを帯びた可愛らしい字で記載されている。


ノートのページ数にして20ページほどであろうか?

朝礼から放課後までの学校と言う管理された時間の中で、これだけの文章を書き下した能力もさることながら。


そもそもこれだけの労力を今朝少し話しただけの人間に向けるだろうか。


歌音子は、先に感じた疑惑の数々が荒縄の様に絡まり、一本の縄としてゆっくりと体に巻き付くような恐怖を感じた。

それは、目に見える危険や恐怖とは別種の目に見えぬ足音だけ遠くで聞こえてくるような恐怖。


これなら、ノートを開いた瞬間に蛇でも鬼でも出てくる方がまだよかった。


もはや、姫花が魔法少女だとかなんだとかは関係ない。


見事に懐へと入られた。


これが身に迫る直接的な恐怖であれば抵抗も出来よう、邪険に扱う事も容易である。

例えば、愛の告白だとか友情の契りだとかを綴った自作のポエムであれば、内に湧き出る嘲笑を押し殺してでも申し訳ない素振りを見せつつ袖にも出来よう。


だがこれでは、この書かれている物を端から見れば、全くもっての善意なのだ。


旧仮名の読みづらさに辟易したクラスメイトに差しのべられた善意。

栄林姫花のクラスヒエラルキーを鑑みれば、その善意を称賛すれど、労力の無駄と一歩引く者などいるかどうか。

歌音子に羨望の目を向ける者はいるだろうが、同情の目までは期待できまい。


それをいかに邪険に扱えようか、軽く袖にも出来ようか。


先に愛の告白等と言っては見たが、よくよく考えればそれも冗談とは思えなくなってきた。

一度その可能性が頭にめぐると、下駄箱での腕を掴まれた時に見せた姫花の態度諸々、可能性を確信へと移行させる補完材料に思えてくる。


だとすると、姫花はある意味で自分に自身の弱点を晒したのではないだろうか?



男であろうが女であろうが、好く相手というのは好いた相手の弱点である。

加えて、それが同性愛、悲しいかな今まだこの国の色眼鏡はコンタクトレンズの様にみっちりと付着してしまっている。


例えば、それをクラスに公表される危険性について姫花は考えた上での行動だろうか?


そこまで考えて歌音子は首を振った。


馬鹿を言え、第一まだ姫花が自分に好意を持っていると確定したわけではないのだ。

具体的な判断材料がこのノート一冊、ただの善意だと言われてしまっては元も子もない。


魔法少女かどうかと疑っていたら、とんでもない可能性が出てきてしまった。

自身の過剰な思い過ごしであってほしい、と切に願う。


歌音子は深く重いため息をつくと、再び歩き始めた。


頭痛もする、足取りも重い、どうせなら帰って寝たい。

しかし、それ以上に手に持っているノートに詰まる思いが重い。


自身の胸の内にしまっておけば、雨雲の様に頭の中を蔓延する鬱蒼とした気持ちに耐え切れず、誰かに相談したい気持ちになった。


誰かに相談して笑われるのなら、広い世間より狭い身内。


自分は姫花に対して政治的に負けたのだ。


たかだか中学生同士のやり取りに政治も何もないかもしれないが、清く穏やかな学生生活が今後の人生と人格形成に如何ほどの影響を及ぼすかを鑑みれば、

あながち政治という言葉を使うのもやぶさかではない。


そんなことを言えば、火に油ならぬ笑いにくすぐりでもするような物だろうが、いっそ笑い話でもしてくれた方が気が晴れる。


そんなことを思いながら、歌音子は石飛オフィスサービス興産の事務所へと足を向けたのだった。

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