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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
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Help!(2人はアイドル) 1

騒々しいHR前の教室。


過密な空間の中で学生服とセーラー服の男女が押しこめられている様は、まるで水槽か生け簀である。

教室内でそれぞれが思い思いに行動しているように見えて、実は教室の中でそれぞれが群を成して塊となり没個性としている様は本当に魚の様である。


宇山歌音子は、机の上に置いた文庫本に視線を落としながらそんなことを考えていた。



別にそれを責めるわけでも侮蔑し冷笑するつもりもない。

魚の様に個性を消し、群を構成する個の一つになるのも集団の中で生きていく為の賢い処世だ。

自分も必要とあれば、そのように振る舞うだろう。


しかし、宇山歌音子を取り巻く状況は少々複雑である。


血を分けた肉親は既におらず、現在親代わりになっている久瀬天子についても色々と難のある人物である。

例えば同級生の中で親が飲食店等を経営している所であれば「あの家の子とは遊んでは駄目」と言われているかも知れない。


加えて、歌音子は「魔法少女」である。

いつぞや、例えばここの中学の教師達が幼いころにテレビで見ていた可愛らしい物では無く、今や社会問題の代名詞であり、悪の総合商社とも呼ぶべき「魔法少女」。


黙っていてもネガティブに目立ってしまう歌音子であるから、どこまで没個性に勤しんだところでどうしようもない。


自身の立場や存在について悩み多きこの年頃。

歌音子の立場は引くも戻るもできぬ針の筵のようなものであり、多感な時期に行き場のない自意識が迷子になるとさてどうなるか。


考えるだけでも恐ろしい。


故に歌音子は努力した


学業に力を入れ、勤めて真面目に、そして学校にとって従順な生徒であり続けた。


自身の背景には何かを抱えている様だが、本人は努めて清貧であろうと努力する幸薄げな美少女。


歌音子の目指す先はそれだった。


もともと端麗な容姿に、清く賢くあろうとする態度、そしてその努力の結果を表す学業における数字の数々。

他の生徒は、歌音子を尊望の眼差しで見つめ、そしてその境遇に同情を投げかける。


古今東西の偉人を上げまでもなく、生まれた環境や境遇が不幸であればあるほど、それに立ち向かい正しくあろうとすればするほど、群衆は彼の人に同情を覚え賞賛を送るのだ。


もともとがそのバックグラウンド故に腫れ物の様な意味での不可侵領域アンタッチャブルであった歌音子だったが、自身の努力を上擦りした結果、不可侵という言葉の意味も変わって行く。


鬼の子が神の子に変わった、と言えばそれは少々言い過ぎか。

歌音子は、内心ほくそ笑みながらおさげに結んだ髪を指で回すように弄ぶ。


思わず口元まで緩んでしまったその時に、どこからか視線の様な物を感じた。

もっと厳密に言えば、自分に向けて発せられた言葉と意識、とでも言うのだろうか。

自分に向けて発せられた違和感の元に視線を投げると、黒板の辺りに男子3人が固まっており、その視線が歌音子と合った。

歌音子が口元をそのままにして尋ねる様に小さく首を傾げると、男性生徒たちは視線を照れくさそうにあさっての方向へと投げる。


男子生徒が視線を外したのを見て、歌音子は小さくため息をついた。

物憂いげな美少女を演ずるのも気分は良いが、中々に大変なものである。


男子生徒達の視線は好意と好奇が入り混じったような視線であった。

まるで自分は動物園のパンダか何かになった様な気分である。

動物園のアイドルにしても、学級のアイドルにしても、愛想を振りまき相手が自分に望む事を常に叶えて行かなくてはならぬのだから。


今開いている文庫本も、別に自分の趣味では無かった。

ただ、恐らく周りの人間は、自分にこういった物を読んでいて欲しいのだろう、という憶測で読んでいる

しかし、困ったことに本の内容は、全く頭に入らない。


正直苦痛ですらある。


旧仮名を用いている文章は非常に読みづらく、難解な語彙に辟易する。

肩ひじをついてそのまま頬がつぶれるほどに項垂れたい気分なのを堪える。


「読んでるそれって、芥川龍之介の『南京の基督』?」


突然投げかけられた声に反応して、歌音子は頭を上げた。

目の前の席には少女が座っており、笑みを浮かべて顔を覗き込んでいる。


小ぶりな顔に真っ直ぐ伸びた現代風の黒い尼剃り髪、その艶のある黒い髪と相反するような白い肌のコントラストは、歌音子と合わせ鏡の様である。


「その話に出てくる似非基督って崇拝の対象である以上に、宗教そのものの在り方って感じがしない?」


少女は、同士を見つけた嬉しさを感情いっぱい顔に張り付かせる。

それは少女にとっての何よりの化粧と言った具合に年若い溌剌とした魅力を引き立てる。


少女の素直な笑顔に対して、歌音子の笑顔はどこか引きつっていた。


歌音子の笑顔が引きつっている理由は二つ、まず今読んでいる文庫本について。

先にも述べた様に、別段好きで読んでいるわけでもないので内容がしっかりと頭に入っているわけではない。

だから、意見を求められても返答に困るわけである。


そして、話しかけて来た人物が、栄林姫花さかばやし きっかだったということ。


つい三ヶ月前に転校して来た目の前の少女。


歌音子が彼女に抱いた最初の印象は、自分とキャラクターが被っている、だった。


まずはその容姿である。

顔の作りが全く同じなわけではないが、黒い髪であったり白い肌であったり、パーツの特徴がどこか似通っている。


また、学業においても優秀らしく先月の中間テストにおいて、クラスメイト達の調査によるものであくまで非公式ではあるのだが、クラス順位も5本の指には入っているそうである。


ちなみに、歌音子は小指の先一つ分くらいの差で3本の指に入っているとのことである。

はたして姫花が歌音子の目の上のたんこぶなのか、背中に出来た腫れ物なのかはわからないが歌音子から近い順位にいることは間違いないらしい。


似た様な愛らしい容姿の特徴と、同じくらいに優秀な成績。


そして歌音子にとってはここが一番問題なのだが、姫花も歌音子と同じく何やら怪しげなバックグラウンドを持っていそうなのだ。


姫花のバックグラウンドについてだが、結論からいうと不明である。


どこからやって来たのか、どういった事情でこちらに来たのか、これが一切わからない。


一応親の仕事の都合でこちらに、ということなのだが親がこちらに転勤になったというわけではなく、現在は姫花一人がこちらにいる親戚の家に居候しているとのこと。


転勤してきたのはむしろ姫花の方なのだ。


未成年の子供を一人、疎開させる様に他所へやらなければならない仕事の事情とはなんだ?


例えば、両親の海外赴任?


姫花の両親はアフリカにでも赴任したのだろうか、そうでなければよっぽどの国でない限り子供も一緒に海外へ連れて行くのではないのだろうか?


あくまで他所の家の事情である、気にしたところで仕方ないのだが歌音子の場合はとある可能性が頭にチラつくのである。



ひょっとして、栄林姫花は魔法少女ではないか。


別になにか確信があるわけではない。

ここまで似たような符牒の合い方をしているため、もしかすると?という無責任な邪推である。


しかし、一度そう言った可能性が頭にチラつくとどうにも疑わしく思えてくる。


3月という学期末の中途半端な時期に転校して来た姫花。


なぜ、新学期が始まる4月からの転入ではなかったのか。

進級によるクラス替えもあるのだから、そっちの方が転校生であってもすんなりとクラスの中に馴染めそうなものである。

3月という中途半端な時期に入学してきたことに何か思惑があるのでは?と妙な勘繰りの1つでも入れたくなるのである。


しかし姫花は、その目を引く見た目と活発な性格もあってか、クラスの中心に座っている。

腹に一物据えた人間にしては少々性格が素直過ぎると思えなくもない。、


似たような要素を持った歌音子と姫花、しかし徹底的に違うのはそこだろうか。


歌音子の場合は敬畏入り混じる存在としてクラスの外側におり、姫花は見事クラスの内側に入り込んでいる。


別にそれを僻んだり嫉妬するつもりもない。

しかし、先の可能性が頭の中で常にチラついているために、何となく姫花が苦手なのだ。

出来る事なら、お近づきにはなりたくない。


しかし、今ここで話を戻すと姫花の方からお近づきになってきたわけである。

これが、例えば先ほど歌音子に視線を送っていた男子たちであれば、一度歌音子から逸らした視線が姫花の元へ釘付けになるほどの驚きだろう。


だが、歌音子は真珠玉の様な瞳から今すぐにでも視線を逸らしたかった。


芥川龍之介でも太宰治でも川端康成でも、それらを好んで読む人間なんぞこの教室に限って言っても自分以外にいくらでもいるだろう。


姫花に話しかけられ顔をしかめる生徒など自分を除けばほぼ皆無だろうに、何故よりにもよって自分なのか。

巡り合せの因果と言うのは、どうしてこうも旨くないのか。


歌音子の頭の中では戸惑いから逡巡へとタスクが移行し、この場をどう切り抜けるかについてあれこれと考えが錯綜した。

歌音子は引き攣った笑みをそのまま困ったような苦笑へと自然に変え、軽く頬を掻いた。


「短編集が図書室の推薦図書にあったから読んでみたんだけど……ちょっと私には難しかったかな」


歌音子は、その表情とは裏腹に小躍りの一つでもしたくなった。


我ながら、会心の答えである。


誰かに勧められて読んでいると言う事で自身の意志で読んでいるわけでは事をさりげなく臭わせ、いまいち内容が頭に入ってこないのも内容が自分には難しい事にすれば誰も歌音子が興味も糞も無くイメージを保つために芥川龍之介を読んでいるとは思わないだろう。


そして、図書室の推薦図書というのがミソである。


例えば適当なクラスメイトの誰かの名前を挙げて姫花がそのクラスメイトに尋ねでもしてみれば途端に嘘はバレる。

元よりそこまでクラスメイトと仲の良いわけではない歌音子である、その様な嘘はトタンの様な薄っぺらさである。


しかし、図書室の推薦図書にしておけば図書室に足を運ばねば分かるまい。

姫花が図書室へ足を運ぶ可能性もあるが、その前に図書室の推薦図書を入れ替えておけば良い。


ついでに、共通の話題が無いことを察して自分に興味が無くなってくれればなお都合が良い。


歌音子の思惑は伝わったのか伝わらずか姫花は思案顔で頷くと、そのまま席を立っていく。


去っていく姫花を呆然と目で追っていた歌音子はふと先ほど歌音子を見ていた男子が視界に入った。


男子達も姫花を視線で追っていたが、歌音子が自分たちを見ていることに気がつくと目移りするように目を泳がせていた。

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