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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
20/27

Sorry, girl, but you missed out 2

最後の客が店から出ていったのを見て、天子はテーブル席の椅子に腰かける。


そして、カウンター席にいる2つの影へと視線を向け、声をかけた。


「んで、大将、アンタは急にどうしたんだ?」


カウンター席には、並んで祈るように顔を伏している井上とその妻。


井上の妻は天子からの連絡を受け、急遽店にやって来た。


昨夜は夜の営業を切り盛りしていた為、殆ど休めていないのか表情はやつれている。


「アンタら、本当に大丈夫かい?」


天子の問いかけにも、二人は黙って顔を伏しているばかりである。


「なんか答えてくれないと、私がアンタらを責めている悪者みたいじゃないか」


天子の表情には多少苛立ちが見え隠れしていた。

まるで、自分が無茶を言っているかの様な空気の重さ、実際は二人を責めるどころか善意で店の手伝いまで買って出ていてこの有様である。

天子は鼻でため息を吐いた。


「久瀬さん、すまねぇ……今日のお代は結構だ、とんだ迷惑かけちまったな」


井上がようやく口を開いた、その口ぶりは牛歩の如く鈍重である。


「あ、そう?なんか悪いね」


店内を包む重々しい鈍色な空気に相応しくない程に、天子の口振りは明るくなった。

対面に座っている美奈子に向かって、天子はいやらしく口角を吊り上げ、陰で小さくピースサインを作った。

井上夫婦の現在の状況や蓬莱軒の今後の行く末と、天子の懐事情は別問題といった具合である。

不謹慎な態度を諌める美奈子の視線も意に介さず、そのまま立ち上がった。


「私は帰るけど、大将、アンタも養生しなよ」


天子は足取り軽く店の外へと出て行った。

取り残された美奈子は、店から出て言った天子の方を向き、そして未だ頭を下げている井上の方を見て、その井上に寄り添う妻と視線が合うと慌てて礼をして天子の後を追う。


美奈子が店の外へ出る際、黒いポロシャツにベージュのカーゴパンツを履いた青年とすれ違った。

青年は果実や野菜がプリントされた段ボールを抱えて店内へと入って行く。


「ありゃ、お隣の県の業者かねぇ」


蓬莱軒を出てすぐのところで天子は立っていた。

美奈子がやってくるのを待っていた、と言うよりも、自分が出て行った後の蓬莱軒を見ている様であった。

射竦めるように蓬莱軒を見ていた天子だったが、美奈子がその視線に入るとそのまま踵を返した。


「まぁいいや、帰るよ」


「……もう帰るんですか?」


「なーんか白けちまったよ、昼回ったんならさっさと帰るさ」


昼を過ぎたイセミヤには、午前中よりも、まばらではあるが人が行き来している。


天子の話では、月曜日は店を閉めている所が多いらしいが、それでも蓬莱軒の様に店を開けているところもあるらしい。


美奈子の目に、店先の前にバンを止め、酒屋と店の主人が困り顔で何か話しているのが目に見えた。


何かしら大なり小なり問題や悩みを抱えつつ、それでも働いているのだろうか。

井上は、家族の事、店の事、自身の体調の事。

そういえば、益田も何か問題の解決を天子に頼んでいたはずである。

美奈子はその辺りの記憶が乏しく、誰の者か知れない今着ている男物のジャケットを見ると、無性にどこかへ顔を埋めたくなる衝動に駆られる。


「アンタ、食い過ぎて吐き気でもしてんのかい?」


沸き上がる理屈不明の羞恥心によって自身のカーディガンに顔を埋めていた美奈子は、天子の声に顔を上げた。

そこはバンを止めたパーキングだった。


「私のお腹は八分目ですから問題ありません、そうじゃなくて何故か無性に恥ずかしい思いが湧き上がって……」


「あれだけ食って腹八分ってのは充分問題かと思うけど……まぁ、良いか」


天子がバンに乗車したため、美奈子も慌ててバンへ乗車する。


「飯食ったせいでいよいよ睡眠負債の取り立てがやって来た、帰って寝る」


そう言って天子は車を走らせた。


まどろむ様な午後の光を湖が眩しく反射する国道沿いを、緩やかな時間の流れに沿う様にバンは走る。

沈黙の続く車内で、天子はおもむろにラジオを入れた。


何度かのノイズで音が割れた後に、ラジオは人の声で喋り始める。


「……兵庫県警は、先月厚生労働省による違法薬物取り締まり強化の要請に基づき、海上保安庁の協力の元、人為的局地災害による薬物の海上取引についての一斉取り締まりを本日発表致しました。これにより……」


ラジオから流れるニュースを聞きながら天子は口笛を鳴らした。


人為的局地災害とは、魔法少女という言葉をおおっぴろげに言えない公共報道機関等が使用する、魔法少女に対応する言葉だ。

ニュースでヤクザと言う言葉を使わず暴力団と言う様なものである。

いわゆる”シノギ”と呼ばれる暴力団の資金調達手段だった禁止薬物の取引、天子のみかじめ徴収がそうであるように、それはそのまま魔法少女たちへと引き継がれている。

むしろ、暴力団の管理下に置かれいた頃よりも取引は蔓延、活発化している。

その理由は、超自然的能力を使用した犯罪の秘匿性と報復行動、災害指定という法律の枷。

先のニュースは、不文律と化した魔法少女へ大鉈を振るう対応といえる。


「他所の刑事さんは優秀だねぇ、昨日ウチに来たヤツらにも見習わせたいよ」


天子は上機嫌に鼻を鳴らす。


「良いかい?薬って字は草かんむりに楽って書くだろ?つまり、葉っぱで楽して儲けるから薬なんだよ、クスリや葉っぱで楽して儲けようなんざ碌な連中じゃないんだ、良いぞもっとやれ」


薬剤師と茶農家はどうなるというツッコミもあるが、美奈子としてはそれ以上に気になることがあった。


「でも、これってうちの会社にとっても良い話ではないですよね?」


先のニュースでは、今回の取締の強化対象はあくまで違法薬物についてだったが、これをきっかけに今後様々な形で魔法少女についての取締強化が図られる可能性もある。


「まぁ、実際にそうなるまではウチも楽して稼がせて貰うさ」


天子は一欠伸し、まどろむように体をドアへと預けながら運転している。

居眠りしないか、気が気でない美奈子をよそに車は帰路をどんどん加速しながら進んでいく。


楽して稼がせてもらう、と天子は言っていた。

皆が必死になって稼いだ金を警備料徴収という名目で、歩いているだけで回収出来れば確かに楽だろう。


しかしその代償か、天子は天子で諸問題を抱えており、特にその中でも「殺されかける」という問題については、普通に生きていて中々抱える事の出来ない問題である。


普通に働くのとどちらが楽なのか。


美奈子は井上や益田の顔を思い出し、隣で車を走らせる天子を見た。


「働くのって大変ですね……」


「どうやらそうみたいだね、私も自分の商売がこんなにしんどいなんて初めて知ったよ。」


美奈子の言葉に、天子はいたく不満そうな声で答えた。


「昨日から、なーんか変なケチが付いてる気がすんだよなぁ…‥」


天子は眠気を覚ましているのか、額に手を当て拭うようにさすった。

それは何かを思案しているようでもあり、拭いきれない違和感の正体を必死で探っているようでもあった。



不意に天子は美奈子の方へ目をやると、「まさかね」と呟き再び正面へと視線を向けた。

天子の不意の視線を不審に思った美奈子は、自身の顔に何か付いているのかと思い必死に拭った。


顎のあたりをぬぐった時、益田のジャケットの袖に麻婆豆腐の豆板醤が付着したが、それに気が付いたのは事務所に着いた後の事であった。


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