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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
19/27

Sorry, girl, but you missed out 1

北京、四川、広東、上海、様々な地域の料理がテーブルに並べられては消えてゆく。

料理は次の料理が出てくるまでに平らげられ、テーブルの上で皿が渋滞を起こすことも無い。


「この店はいつから満漢全席をやるようになったんだい?」


テーブルの上に肘をついて項垂れる天子は独りごちた。

美奈子が注文した大量の料理、天子も最初は平らげるのに協力していたが回鍋肉からの棒棒鶏、そして麻婆豆腐によって止めを刺され、箸が止まった。

しかし、天子の箸が止ろうとも美奈子の箸が止まるわけでは無く、天子の協力無しでも皿の上にあった四千年の歴史は美奈子の胃袋へと流れていく。


天子の胃もたれによって顔を歪めるさまがシルクロードの砂漠を渡る行商人だとすれば、さしずめ美奈子の表情は中華に栄えた王朝貴族、食を楽しむ様子は古代ローマ貴族か。


自分が協力する事で却って美奈子の楽しみを奪ったのでは?と要らぬ罪悪感を天子が感じていると、井上が次の料理を持ってやって来た。

天子は井上の持って来た皿を見て、地鳴りのような声にならないうめき声を上げる。


「四川の血の池地獄、豪華二本立ては勘弁してくれ」


井上の右手にはチューリップと呼ばれる骨付きのから揚げ、左手には麻婆豆腐が盛られた皿が運ばれてくる。

麻婆豆腐は豆板醤によって朱く染まり、熱い湯気と食の進む芳しい山椒の香りを漂わす。


「血の池地獄って……それに二度目って言うけど麻婆豆腐は今日初めてだろ?」


井上としても頼まれた物をそのまま持って来ているだけである為、そこに文句を言われてもと困り果てていた。


「馬鹿言うんじゃないよ、じゃあさっき私が食ったもんは何だったんだ!?私はその白くて朱いもんに胃袋の止め刺されたんだ、私がさっき食ったもんはひょっとして麻婆茄子か?最近の茄子は随分と柔らかくて白いんだねぇ、おまけに年がら年中スーパーで売ってそうだから秋に嫁に食わせても文句は出ないね、こりゃ」


胃もたれで機嫌の悪くなった天子は、八つ当たり気味に井上へ食って掛かった。

この後の支払いの事も考えると機嫌の悪さも一入である。

天子は躾のなっていない犬の様な目を井上に向けた。


「分かった、分かったから久瀬さん、その麻婆豆腐は奢りだ、それじゃ俺は他のお客さんもあるから」


空いた皿をテーブルから取り上げ、そそくさと立ち去る井上。

その背中から、天子は鼻を鳴らして視線を移した。

開店してからしばらく時間経ち、カウンター席も人で埋まり始めている。

周りの客は天子と井上の会話を茫然と眺めていたが、天子の睨むような視線が自分たちに向かうと慌てて視線を天子から外した。


「はほぉう」


間抜けで歯抜けな声を上げ、舌の上で踊る味覚に頬を桃色に染めている美奈子がこちらを見ていた。

突然始まり急な終わりを告げた恋の傷など、胃袋の幸福に比例して癒えてしまったらしい。


「まぁーふぉーほーふ、はっひーへひはへ」


「行儀悪いよ」


天子に窘められた美奈子は口に含んだ食べ物を咀嚼し飲み込む。


「麻婆豆腐、ラッキーでしたね」


美奈子の声色は、既にもとの調子に戻っている。

いや、出会った当初の怯えた子犬だった時を考えればかなり明るい様子である。


「アンタの能力は、心の傷も治すのかい?」


「え?」


美奈子が天子の皮肉の意図が理解出来ず間抜けな顔を晒した時である。

突然、店内に陶器の割れる高く不快な音が響き渡った。


「ンへ?」

「アん?」


天子の仏頂面と美奈子の素っ頓狂な顔がそのまま音のした方へと移動する。



音の出処は厨房からで、井上が意識がすっぽり抜けた落ちた虚ろな表情で地面を見つめていた。



店内の客たちがざわめき立ち、井上へ不安と好奇の視線を送る。


「美奈子」


天子は美奈子を見るともなく声をかけ、そのまま素早く立ち上がると厨房へと駆け寄った。

遅れて美奈子も天子を倣うように慌てて厨房へと駆け寄る。


井上は天子が駆け寄ってきたのも気付かずに未だに呆然としている。

井上の足元には、大小様々な皿の破片が地面に散った花びらの様になっており、サンダル履きだった井上の足の親指からは血が流れていた。


美奈子は慌てて井上の足元に散らばった皿の破片を集め始めた。


「美奈子ついでだ、アンタのアレ、試してみな」


天子が小声で美奈子に話しかけると、井上の足元を指差した。

美奈子は天子の言っている事を即座に理解すると、息を飲んだ

そして血が流れている親指に手をかざす。


「……」


「……」


「……あの、これでいいんでしょうか?」


特に目立った変化もなく美奈子は不安げに天子を見上げた。

天子は首を一度傾げるだけで、特にそれ以上の行動を起こさない。

仕方なく、美奈子は井上の親指の血を拭った。


傷は、無い。


何かが刺さった様な様子も、何かで切った痕も無い。

井上の足は赤い絵の具でも足元についていたかの様に何もなかった。


ついに自分でもその能力の裏が取れた。


が、それを喜んでいる場合でもなく、美奈子は再び皿の破片を拾い始めた。


天子は、井上の指が治癒されたのを見届けると、井上の肩を掴み揺さぶった。


「おい、大将、寝てんのか?」


天子に数度揺さぶられると、井上の身体は覚醒することを思い出したかの様に軽く動転した。

そして、ようやく意識のおりてきた井上は目の前の状況を見て顔を青くする。


「ちょ、こ、これ、あら?久瀬さん、ってツレの人もなんで?」


状況が飲み込めてない井上は途端に慌て始め、料理を待っている客へ頭を何度も下げたかと思うと、美奈子の元に慌てて近寄り謝りにながら一緒に皿の破片を拾ったり、天子に対して状況の説明を求めたり……行動に一貫性が持てていない。


「大将!ちょっと待て、落ち着けっての!皿は私らが何とかするから!アンタは料理待ってるお客の対応が先だろ?それはアンタにしか出来ないんだから!」


天子は井上を落ち着けさせ無理やり厨房の前へ立たせると、自分は店の外へ出て「営業中」と書かれたの札をひっくり返す。


天子が店の中へ戻ると、井上が注文待ちの客に何度も頭を下げながら料理を運んでいた。

井上は天子の姿を見かけると急いで駆け寄って行く。


「久瀬さんもすまねぇ!なんだかよくわからないけど、アンタらにも迷惑かけてるみたいで……」


「だぁー!良いんだよ、私らは!とりあえずアンタは今いる客をさっさと捌く!30秒以内!」


天子は井上の尻を叩く様に追い立てると、皿の細かい破片を箒で集めていた美奈子へと駆け寄る。


「美奈子、それ終わったら次はウエイターの代わりだ、大将が作った料理を運ぶくらいは問題無いだろ?」


突然の問いかけに驚いたのか美奈子は何度もかぶりを振った。

色ボケから意気消沈のゾンビになって、飯を食ってようやく元に戻ったかと天子は小さく笑った。


天子はレジ横にかけてあったエプロンを手に取ると勢いよく羽織った。


「さぁて、とりあえず話は全部この状況乗り切ってからだ!カウンター三番さんの料理はまだかい!?」

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