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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
18/27

Demureな私はSk8er Boi 2

「こりゃ仕事になんないね」


雑居のビルの階段に美奈子と天子は腰掛けていた。


天子は隣に座っている陸に上がったクラゲの様にしなびた美奈子を見て呟いた。

一応美奈子に声掛けしたつもりだが、聞こえている様な反応はない。

天子は膝を立てながら頬杖をついて手持ち無沙汰にタバコを吹かしている。


美奈子が突然が地面に倒れこみ、昨夜の再現とばかりに天子は美奈子を引きずって雑居ビルの階段下へと連れてきた。


それからずっと、美奈子は一人何かをブツブツと呟いている。

耳を澄ませてみると何故か「ごめんなさい」とひたすらに繰り返しており、天子の背筋は少し寒くなった。

しかし、放っておくわけにもいかずに美奈子に生気が宿るまで一緒に座っている。


「アンタも男で碌な目に会ってないのになんで懲りもせず惚れちまうかね、お陰で私は余計な仕事背負ってしまうし、アンタは心に傷負っちまうし……」


天子はタバコのフィルターを苦々しげに噛んだ。

今更美奈子を責めても仕方ないが、それでも男前を見る度に尻軽に行動されてはたまったものでは無い。

事前情報というか、自分のところへ連れて来るまでは、大人しく流されやすい幸の薄い素直な女くらいにしか聞いてなかったが、昨日と今日でだいぶ印象は変わった。


天子がおもむろに携帯を見ると11時を回っていた。

美奈子を連れて得意先周りといっても、そもそも今日は月曜日、飲食店も閉めているところが多いのは分かっていた。

しかし昼を過ぎるまでは事務所にいることが憚られた為、それなら昼を過ぎるまでの時間つぶしにはなるか思っていた節もある。


理由は岡田潤葉。


潤葉がバイト先に出勤するのはおおよそ昼頃かというのは幸子から話を聞いていた。

おそらく奴は何食わぬ顔をして今日もアルバイト先にいる。

少なくとも辞めているなんてことはないはずである、そんなことをすれば天子に要らぬ警戒心を抱かせることは想像出来るだろう。


「まぁ、時すでに遅しってねぇ」


そろそろ事務所に帰ろうか、とみなこを引きずるためにその腕を取った時である。

天子の鼻腔に、ゆたかな香りが漂ってきた。

鶏ガラ、ニンニク、ネギその他様々なスパイスの香りが溶け合い、舌に味を連想させ胃袋をくすぐる。

天子は香りの出処に見当が付いている、近くの中華料理屋からの香りだ。

少し早いが、昼食を取って事務所に帰れば昼も回る。


「……飯食って帰るか」


「え……ごはん?」


美奈子は天子の言葉に反応を示すと、ゆったりと立ち上がりふらふらと階段を降りて行く。

美奈子はパニックホラーのゾンビの様に、香りを放つ元へと誘導され、その後ろを天子はついて行く。


すると、美奈子は一軒の中華料理屋の前で足を止めた。


「良血統のシェパードでもアンタにゃ敵わないよ」


天子は美奈子の隣に立つと、中華料理屋を見上げた。


“蓬莱軒”と赤いターポリン生地のテント屋根に白く記載されている。

テント屋根も店のショーウィンドに飾られた料理のサンプルも年期が入って煤けている昔からありそうな中華料理屋。

匂いの出元はここであり、天子もここで昼を取るつもりだった。

それを美奈子が察していたとは思えないが、匂いだけでここへたどり着くとは。


「ここは昔からある中華料理屋でね、私もたまに食べに……」


天子が言葉を言い終わる前に美奈子は店の中へと足を進める。

天子は慌てて美奈子の後ろについて店に入った。


店の中は、厨房が見えるL字になったカウンター席とテーブル席が4つある。

厨房には恰幅の良い店主と思しき男性が一人立っており、笑顔で美奈子を迎え入れる。

美奈子は店主に案内されるより先にテーブル席に着くと、黙ってメニューを広げる。

店主が美奈子の様子に困惑しているところで、天子が店主へ声を掛けた。


「井上の大将悪いね、あれ、私の連れだから」


「あぁ、久瀬さんか」


控えめに謝辞を告げる天子の顔を見て店主は何故か納得したように頷くと、天子を席へと通した。


「月曜のこの時間に珍しいね、どっかに集金かい?」


「いや、この子がウチに新しく入ったからその挨拶回りのつもりでさ」


天子は美奈子の前に座ると、顔のまえでメニューを広げている美奈子を尻目に井上と呼ばれた店主と談笑を続ける。


「でも、何処も開いてなかったろ?」


「あー……うん、そうだよ」


まさか、最初の1軒目で挨拶するべき新人が心神喪失になったなどと言えるわけもない。


それは天子の仕事の沽券に関わる問題である。


天子はこのイセミヤにおいて、様々な店舗から警備料と言う名の金銭を受け取っている。

天子は断じて否定するが、それはいわゆるみかじめ料だとか用心棒代、またはショバ代、守料と呼ばれていた暴力団全盛期の伝統的な資金源と同じである。

みかじめ料とは、元は飲食店や風俗店が抱えるトラブルなどを解決または仲裁する代わりに金品を要求する、というものである。

つまり、金品をもらう対価として、その店の円滑な営業を保証するのである。

それがいつしか、営業を認める代わりに金品を寄越せ、さもなくば力で脅し営業できなくするぞ、といった具合に本末転倒となったわけである。

暴力団が魔法少女によって滅ぼされ、魔法少女によって出来た新たなる闇社会の秩序においてもそれは変わらない。

自分の名前や組織に怯え、声を掛けるだけで向こうから金がやってくるのであれば

これほど楽な商売もないのだ、みすみす手放す理由もない。

そして、それを可能にしているのは、魔法少女という暴力とそれによって手に入れた面子というなの権威である。

その面子が間抜けな出来事で傷つくなどあってはならない、ましてや天子のいうところの警備料の徴収を逆手にとられ問題の解決を強要されたと知れれば、商売上がったりである。


昔の暴力団も今の魔法少女も面子にこだわるのは変わらない。


「そ、それより大将、結局昼も店開けることにしたんだね、親父さんも身体壊しているのに、昼も夜も休まずなんて大変じゃないかい?」


天子は慌てて話題を逸らした。


蓬莱軒は午前十一時から店を開け、昼はサラリーマンを相手に、夜は水商売終わりの客相手に深夜まで営業している。

元々は、昼は主に井上の父親が店に立ち、夜を井上が切り盛りしていた。

しかし、今年の冬になってから井上の父親が身体を壊し入院、代わりに井上が昼も夜も店に立つことになった。

父親は退院後も思うように身体が戻らず、今も療養生活中である。

しばらくは夜の営業だけに絞るなどという案も出たが、結局は昼も夜も井上が厨房に立っているようである。

しかし、朝の仕込みのことも考えると井上が寝る時間などほとんど無いのだろう。


天子も蓬莱軒については気にかけている。

何より蓬莱軒も天子の得意先というやつである、そこが営業出来なくなるのは天子に取っても喜ばしいことではない。

井上まで倒れる事になれば、それはそのまま天子の収入源が一つ減る事にもなる。


「やっぱ夜だけに絞った方がいいんじゃないかい?どうしてもってんなら、料理の出来るバイト紹介しようか?日本語は怪しいけど本場の味知っている密……留学生なら何人か紹介出来るかも知れないし」


天子の言葉に井上は苦笑する。


「昼も夜も出ないとウチも火の車でね、まぁ夜はメニュー絞ったりして、女房だけでも店回せるように工夫したり、少しの時間だけでも親父に店立って貰ったりしながら何とかやってるさ、じゃないとどっかのネェさんの取り立ては怖いから」


「大将はよく分かってるねぇ、そうなんだよ私はおっかない人間なんだ、もしアンタに孫ができて夜更かしばっかする様だったら、早く寝ないと久瀬の社長が来るぞ、って脅かしてやんな」


井上は笑いながら水を入れたコップを天子と美奈子の前に置いた。


「それでご注文は?」


「アンタの入社祝いだ、好きなもん頼みな」


顔の前でメニューを広げ微動だにしない美奈子に、天子は苦笑する。

飯を奢って、多少でも機嫌が治るならそれでよし、治らなくても何とか事務所まで帰る程度の元気はつけてもらいたいところである



「トゥウドゥス、トンポーロー、シェンヤンロー、ショーピンジャオロー、チンジャオロース、ホイコーロー、バンバンジー、ユーリンチー マーボードウフ、シシカバブー、サンラータンメン……」


美奈子の口から呪文の様に中華料理が羅列されてゆく。

天子は同じメニューを手に取って、美奈子が羅列している料理名を目で追おうしたが

メニュー表に書いてある漢字が美奈子が言っているどの料理に該当するの皆目見当もつかなかった。

そういえば美奈子は大卒だという事を思い出したが、大卒だからと言って中華料理の漢字表記が分かるわけでも無いだろうし、それが読めるわけでも無いだろう。

天子は胸に一抹の不安を抱えつつ、美奈子の呪文の詠唱が止むのを待った。


「ショーロンポー、ハーヨウニューロー……」


美奈子は詠唱を止めると、ゆっくりとメニュー表を下ろした。

天子と美奈子の視線が合う。

天子は美奈子の目に意志が戻り始めていることを確認した。


「で、どれにすんのさ?」


天子は恐る恐る尋ねる。


「全部好きです、全部食べます」


「うん…………いや、好きなのは分かるけどさ、コレ、全部?」


天子はメニューを観音開きの様に開くと、メニューの上から下までを指でなぞった。

美奈子静かに小さく頷いた。

天子はもう一度メニューの上から下までをなぞったが、それでも美奈子は静かに頷いた。


「……」


「……」


しばらく無言の睨めっこを続けた天子と美奈子だったが、天子が先に折れた。


「……大将、出来るかい?」


天子は困った様に井上を見上げた。

ここでダメだと突っぱねてまた拗ねられても面倒である。

あの呪文のような中華料理の詠唱からも推し量れる、美奈子が持つ食への拘り。

恐らく全て平らげるつもりなのだろう。

天子は尻のポケットに入れた財布の厚みが急に心許なく感じた。


「まぁ、ウチとしちゃありがたいお客さんだからもちろんやらせてもらうけど……」


突然の大口注文に井上も動揺が隠せていない。


「じゃあこの子言うもん全部出してやって」


「あ、あいよ」


天子に力なく促され、井上は慌てて厨房へと駆け込んだ。


「それと、デザートに胡麻団子」


美奈子は静かに言葉を発した。


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