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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
16/27

可愛いふりしてあの子、割と殺るもんだねと2

「その後は大慌てで銃をどこにしまうかって、仕方ないから胸の間にしまい込んだんだよ、流石にサツ共も女の体まで弄らないだろうってんでね」


天子は、美奈子の怪訝そうな目に気付いていなのかあっけらかんとして笑う。

そんな天子に、美奈子はたまらず口を開いた。


「あの!それでなんで潤葉さんが社長の命を狙っているって思ってるんですか??」


天子も無事であり、自分の能力も分かった、美奈子の次の関心事は、何故天子は昨夜の出来事の犯人が潤だと確信したのか、そして天子が漏らしてしまった借金の事くらいである。

自分の命も場合によっては昨日終わっていた可能性もある、その犯人が自分の勤め先となった場所の200m付近にいるなど穏やかな話ではない。

また、その犯人と自分の先輩である幸子は仲が良いのだ、これまた色々こじれそうな話である。


「アンタが寝た後も私は大変だったんだよぉ?目上の人間への労いを渋るなんて褒められたもんじゃないけどねぇ」


天子は、顔を正面に向けたまま拗ねた様に頬を膨らませて戯ける。

が、美奈子の視線は既に話題を移すよに訴えており、天子は小さいため息をついた。


「あの夜中にあの子がウチにやって来た、理由はそれだけで十分だよ、多分私にとどめを刺しに来たんじゃないかい?」


そして天子は、神妙な顔つきになると、その表情と相応しい声色で抑揚なく語り始めた。


「あの子の中じゃ、事務所にいるのは脅威にならない瀕死の私とアンタ、警官が一人来ている事くらいは分かっていたかもね、けど警官が一人でオロオロしているだけなら何とかなると思ってたんだろう」


天子は不敵に口元を釣り上げ、助手席の美奈子を横目で見た。


「まぁ、実際の私は明らかにズタボロの格好をしているのに身体はピンピンしていたってわけだ、そりゃあの子も驚いたろうね」


「でも、事務所に来たのは爆発音がしたから社長を心配して慌ててやって来たって……」


美奈子は、天子の言葉に反論する。

潤葉が犯人だったとして、天子を殺しにきました、と素直に答えるはずも無いだろう。

しかし、だからといって本当に本人が善意で来ていた場合、犯人だと疑っていたという事だけで美奈子は罪悪感に苛まれてしまう。


「常連のために危険顧みず死地に飛び込むなんて泣かせるバイトだね、時給は幾ら貰ってんだろ」


美奈子の反論に、天子は事も無げにそう答えた。


「アンタさ考えてみなよ、例えば爆発音が聞こえて音がした方に行ってみればすでに1台のパトカーが停まってましたって状況でだよ、その現場の中にまでわざわざ入るかい?私なら警察の邪魔になるだろうって遠慮するけどね、それでもよっぽど心配ならバンビにでも電話するさ、バンビの連絡先を知らないってことはないだろ?電話番号も知らない相手の為にあの子は命の危険も顧みず、警察に怒られるのも覚悟して現場に乗り込んだんなら泣かせるバイトも度が過ぎて引いてしまうよ、私は」


天子はハンドルから手を離すと、呆れたように両手の平を挙げ、お手上げと言った感じでポーズを取った

バンはゆっくりと減速して行き、国道と交わるT字路の交差点で止まった。

信号をみれば赤信号である。

美奈子の真正面には大きな湖が広がっており、その隣を東西に伸びるように国道が走っている。


今日のような天気の良い日に、何も考えずただのんびりと好きな音楽でもかけてドライブするれば中々気持ちの良いものだろう。

しかしそんな行楽気分が許されるはずも無い。

運転席に座る天子は挑発的に美奈子を目で笑った。



「それは……ほら、幸子さんも出入りしている事務所ですし、親しい人の危険を感じたから体が勝手に動いたとか」



俯き、指を組んでいた美奈子だったが、仕方なく思っている事を口にした。

自分としてもそれは希望的観測に過ぎることは自覚している。


「なるほど、まぁその可能性もある」


意外にも天子はすんなりと肯定した。

信号の色が赤から青へ変わり、バンが発進すると美奈子は慣性に体を取られ少し前のめりになった。


「けどね、まだ気になることがある、あの子は、バーンだかドーンだかって音が聞こえてウチまで来た、と言っていたけどそんな音がホントに外まで聞こえたのかって事なんだよ?」


「あの時の音って……相当大きかったですよ?それに事務所の中はボロボロになってましたし、社長だって‥‥‥」


美奈子が聞いた爆発音、それは心臓を鷲掴みにされて喉から引きずり出されたような衝撃があった。

あの音は聞いただけで命を刈り取るような、説明するよりも分かりやすい危険のシグナルだった。


「けどね、近所の野次馬共がウチの事務所に集まってきたのはあの子が帰ってから、それも応援のパトカーがやってきた後さ、ありゃ爆発音に気付いってよりはパトのサイレンを聞いてって感じだった」


天子は、握っているハンドルを小さく人差し指で叩きながら淡々と美奈子の疑問に答えてゆく。

それは自分自身、昨日の出来事を反芻し、改めて思考している様であった。


「それに、ウチの事務所の大窓だけど一枚も割れてないんだよ、あの子が使った爆弾は多分手榴弾みたいなもんだろう、あれは爆発そのものよりもその爆発で金属片を飛ばして相手に当てるってもんだ、だから窓ガラスの一枚くらいは割れてても不思議じゃないんだがこれが割れていない、つまりそこまで威力のあるものを使ってないんじゃないかと私は思っている」


確かに窓ガラスは一枚も割れていなかった。

窓ガラスが割れて散乱していた場合の二次被害もそれなりの物だろう。

被害と言っても美奈子と言う魔法少女がいる今回の場合、肉体的損傷と言う意味では無く、経済的損失という意味でだが。

しかしである、そこまで威力のあるものを使っていないのであれば、なぜ天子はあのような重傷を負ったのだろうか?

美奈子は疑問を抱きつつも天子の話が終わっていない為、まずはそちらに耳を傾ける。


「加えて、そもそも手榴弾ってのはマットなんかで抑えちまうと威力は半減以下になるらしい、今回の場合はゴミ箱の中で爆発したから威力が小さくなったのかも知れない、それで窓ガラスも割れていないとなると近所の連中ですら気づかなかった爆発音、それを聞くにはあの子は少なくとも事務所のそばくらいにはいないとならない筈だ、桂がコンビニに寄った所まではアンタも起きてただろ?あいつは爆発音に気が付いていない、本人曰くそんなもん聞いたらもっと慌てていた、だとよ、まぁそれはいいとして、つまり岡田潤葉が音を聞いて事務所へ来たのなら最初に事務所に入ってくるべきは、桂じゃなくて事務所付近で音を聞いていたはずの岡田潤葉じゃないとおかしいってことさ」


美奈子は、天子の話を整理した。

つまり潤葉の、事務所にやってきたのは爆発音が聞こえたから、という主張の通りであれば爆発音を聞いたのは事務所のすぐそばでないと有り得ない。

であれば、桂が事務所にやって来るより先に麗葉が事務所に到着していないとおかしいのではないか?という事である。



「事務所の付近にいたわけでもないのに爆発音のことを知っているってことは、つまり爆弾をデリバリーしてくれた張本人以外有り得ないって事だね」


最早、美奈子に反論は無かった。

あるのは心臓を摘まれてる様な緊張と心のざわつきだけであった。

しかし、天子はこれが駄目押しとばかりに言葉を続けた。


「それにあの子が帰って行った方向だけど坂を下って行ったんだ、つまり家はそっちの方向ってことなんだろうけど、その方向なら運動公園がある、ジョギングするなら近くにお誂え向きの場所があるのになんであの子はウチの近所で走る必要があるって話だろ?咄嗟にジョギングしていたなんて嘘をつきましたがホントは事務所に用事がありましたって方がしっくりくる。」


普通の人間であれば、つまり潤葉が犯人でなければ、今しがた爆発があった場面を目撃してまでジョギングを続けるはずがない。

そして、普通の人間であればそのまま真っ直ぐに家に帰るはずである。

実は家が坂を上った方向にあり、天子の視線を捲く為に坂を下る必要など普通の人間には無い。

捲く必要があるのは、天子に何か一物を持っている人間くらいである。

そして、家が坂を下った所にある場合、これは天子の先に言った通りである。


「言っとくけど私の言ってる事に証拠も何にも無い、あの子を犯人にすると色々と辻褄が合うってだけださ、あの子が私に何の恨みがあるのからその動機も皆目見当がついていない、けどね、疑わしいならとことん疑ってかからないといけないのが魔法少女って奴らだ。」


天子は右手でハンドルを握ったまま、左手で普段と違う銘柄の煙草をつまむとそれで美奈子を指して言った。

美奈子は小さく頷いた。

正直、まだ半信半疑ではあるのだが、それでも有り得ない事など有り得ないのが魔法少女という存在である。

天子の言うことだって全くのデタラメというわけでも無さそうである。


「自分らの身は自分らで守らないと警察もどこまでアテになるかわかったもんじゃない、現に昨日だって所轄署の刑事課の奴らが来たけども魔法少女の仕業だって分かったらさっさと引き上げてしまいやがった、チャカを胸に抱えた身としては喜ばしくもあったけど、税金払ってる市民としては憤りすら覚えてしまうよ」


煙草の先に憤りの火をつけ、諦観の紫煙をため息と一緒に吐き出す天子。

そして、その煙草を苦々しげに見た。


「アンタの場合、その能力である程度の荒事は大丈夫かも知れないけど、それでも油断しないのに越した事は無い」


「私の能力……」


美奈子は自分の手を見てみた。

実際に誰かの何かを自分で直したところを目撃したわけでは無かったが、それでも天子の口から聞いた話で自分にも何か人の為に出来るという実感が湧く。

今度は誰かに利用されるのではなく、誰かに必要とされる人間にならねばならない。


「困った事にあんた以外の私含めた3人は色々と問題ありだ、バンビは容疑者とチンカモ、私を殺しかけた犯人が岡田潤葉なんて知ったら何しでかすか分からない危うさがある、正直アンタの能力についてもあの子には黙っていたいんだよ」


天子は寂しそうに目を細めた。

美奈子は天子が言いたい事をなんとなく察した。

つまり幸子経由で潤葉に情報が漏洩するのは不味い、だからといって潤葉が天子を殺しかけたといった場合にどうなるかが分からない以上、幸子には何も言えないというジレンマがある。

多感でまだ大人になり切れていない中途半端な時期に、常人には抑えられな様な力を持つ少女がもし暴れでもした場合に誰がそれを制御出来るのだろうか。


「まぁ、あの子が誰かに殺られる心配はないだろうけどね、あの子が死ぬ様な目に合う時は核戦争でも起こった時か定期テストの結果を私に見せる時くらいさ」


そこで天子はようやくおどけた様に笑った。

その表情に美奈子も少し緊張が解かれた様に気持ちが柔らかくなるのを感じた。

いや、借金の件などシコりやわだかまりはまだあるのだが、そこを再びこの場で言及しても煙に巻かれるだけだろう。

それはふさわしい時を見つけて、ゆっくりとじっくり話すべきである


「それで、後の二人の問題というのは?」


「歌音子の能力はおいそれと人前で見せて良い様なもんじゃ無いんだ、そして私はご存知の通りただの人間、アンタらにオンブに抱っこしてもらわないと今日の飯だって食えないんだよ」


それは2人に何かあった場合、重要になるのは美奈子だということを暗に示唆している。

少なくとも、自分には必要とされる環境が用意されているらしい、美奈子の胸に先ほど解かれたはずの緊張がまた戻ってきた。

しかし、その緊張は居心地が悪く生き辛い思いをする様な類ではなかった。


美奈子は、自身の緊張の正体を探るついでに、先程の天子の話で気になっていた事を尋ねてみた。


「そういえば、社長が大怪我したのって何が原因だったんですか?爆弾の威力ってそこまでのものでは無かったんですよね?」


美奈子の問いかけに天子は一瞬真顔になると、先程見せた寂しそうな目を細めた表情で美奈子を見た。


「多分、物凄い運が悪かったって事だよ……」


この人はこの人で色々と生きるのが辛そうだな、と美奈子は思った。


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