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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
15/27

可愛いふりしてあの子、割と殺るもんだねと1

「そんなに拗ねんなって、いい加減機嫌直しなよ」



「……」



飄々と運転をしている天子の横で、美奈子は助手席の窓に頭を預け、遠くを見ながら黙っている。

それは、天子の話などに聞く耳持たぬという意思表示にも見えた。



「二千五百万だって五百万だって大金には変わりないよ、どっちにしたってアンタは今すぐ返せないだろ?」



「……」



美奈子は重い石臼でも回すかのように頭をゆっくり天子へと回す。



「……別に後悔はしてないです、ただ五百万ってなるともっと別に返す方法があったんじゃないかなって」



五百万、この数字であれば自分の少ない貯金、あとは母や兄には迷惑をかけるが、親族や親戚に頭を下げてかき集めればなんとかなりそうな金額のような気もする。

そう、最初から五百万という話を聞いていればだが。



「たしかに闇金の債権について、私は五百万の報酬蹴ってアンタを担保にもらったけどね、私がアンタの債権買った時点で、トサン、トゴの利子が発生してたって思えば気持ちも楽になるだろ?」



美奈子は黙って流れる窓の外を見ている。



「そんで話の途中だったね?まぁ、それでそのあとすぐに桂っていう昔馴染みの警官がやって来たってわけで……」






「おいおいおい、なんだこりゃあ‥‥‥」



桂広住は、”石飛オフィスサービス興産”の事務所を見て面を食らってしまった。

桂はこめかみからにじんでくる汗を、制服帽を取って拭った。


つい先程、交番にて退屈な時間を過ごしていた時に携帯が鳴った。

着信は中学時代からの友人、と言うより腐れ縁の久瀬天子からである。

あまりにもしつこいコール音に根負けして電話を取ると、早々に怒鳴られ、こっちにすぐに来いと用件だけを言い一方的に電話を切られた。

しかもパシリまでやらせる始末である。


不承不承、天子の元へと来てみればこれである。

悪戯にしては度を越しているその有様は明らかに何かの厄介事、それも重大事件に巻き込まれている事を示唆している。

そして、自分をここへ呼び出したのが久瀬天子というのが桂にダメ押しの確信を叩きこんだ。


確実に明日の非番は無くなったな。



「普通に生きていて、誰にどんな恨みを買ったらここまでのことになるんだよ?」



桂は嫌味と恨めしさを込めて天子を見た。

どうせ自分も女房に嫌味を言われるのだから、事の発端に唾吐いたとしても誰も咎めはしないだろう。

しかし、対する天子はそんな視線に対して気にする素振りをおくびにも出さず、気だるそうに頬を掻いている。



「お前、話聞いてんのか?」



「聞いてるよ、ひょっとしたら私はシュワルツェ・ネッガーの娘でも攫っちゃったのかね?」



天子の視線の先には、桂には見覚えの無い女性が眠っている。

女性は薄手の白いカーディガンにグレーのワンピースを着た大人しい印象の女性で、黒く艶やかな髪と、そこから覗く白い肌は、天子の様な病気的な白さとも違う清潔感を感じる白さである。

大人しそうで幸薄そうな色白の女性、親父受けが良さそうだ。

しかし、この夜中である、見覚えがない女性が何故ここで眠っているのだろうか。



「お前、まさかとは思うけどやめてくれよ、明後日の休みは子供を保育園に連れてってから、久々に嫁さんと買い物行く約束してんだ、ただでさえ明日の非番も飛んじまうのにこれ以上……」



「馬鹿言うんじゃないよ!あの子は本日付けでウチの社員、アンタにもそのうち世話になるだろうから宜しく」



桂の言葉に被せるよに、けたたましく喋る天子。

そんな天子を、桂はいっそう怪訝そうな目付きで見た。



「俺に世話になるって、あんな大人しそうな人にお前なにをさせる気だよ」



「別に手錠掛けてもらうだけがお巡りにしてもらう事じゃないだろ?道教えて貰ったり、落し物見つけて貰ったり、あとは女一人で夜道を歩くときに同行だってしてもらえるかもしれないねぇ」



天子の粘りつくようなわざとらしい笑みを事務所の入り口へと向ける。



「アンタみたいな可愛い子だと特に」



天子の視線の先、そこには呆然と立ち尽くす岡田潤葉がいた。


部屋着や運動着で着るような灰色のパーカースウェットを着ており、右手にはペットボトルが握られている。


普段コンビニで見せるような柔和な笑顔はそこには無く、驚愕と絶望を顔に叩きつけられた様な表情で天子を見ていた。


桂は畏まった様に帽子を取り会釈をすると、天子へ視線を投げた。



「えっと、どちらさん?今ここに入ってくるのはちょっとまずいんじゃ……」



桂の声を遮るように、天子は努めて笑顔で潤葉へと近寄って行く。



「おや、どうした?バイトは終わりかい?それとも家からわざわざ私を心配してきてくれたとか?」



破れ傷ついた服装からは有りえない程に軽やかで、わざとらしいまでにしなやかな歩調。



「憎まれっ子世に憚るってね、どうやら地獄は未だ私はお呼びじゃないらしい、全く閻魔様も悪人のえり好みなんてどうかしてるだろ?」



その歩みは自身が未だ健在だと知らしめるようであり、また挑戦的な態度を持って相手を挑発しているようでもあり、獲物に息を潜め忍び寄る肉食獣の様でもあった。


天子と潤葉の距離がおよそ三歩半くらいまでに近づいた時だった。

潤葉は流れる時間を思い出したように意識を現実に戻すと、突然手と体をばたつかせる。



「あの、あの!私、たまたまこの走ってたら、突然ドーンとしたから、あ、私バイト終わったら毎日走る様にしてるんですけど、それで驚いて慌ててしまって、とりあえず音のした方に来たらパトカーがあってそれでお巡りさんと社長さんがおられてそれで……

えーっと、さっきから何言ってんだろ、私」



「アん?」



身振りも手振りも口振りも蜘蛛糸が絡まったかのようにめちゃくちゃになっている潤葉を見て、天子は途端に白けた様な呆れ顔になる。



「だからその、要するにですね、ドーンって音で心配になって私焦ってしまって急いでたんです、そのたまたま走ってて……」



「要するに、心配になって見に来たって事かい?」



「そう!それです!」



自身の思いを汲取ってくれた事に喜びの表情を浮かべる潤葉。


そんな潤葉の顔を見て、天子は困ったようにこめかみを掻くと桂の方を向いた。



「あのさ、この子を家まで連れて行ってくれないかい?」



「あ、あぁ、わかった」



天子に促され、潤葉の方へと向かう桂。

天子は桂から視線を外すと、潤葉へと向き直って表情を崩した。



「いや、すまないね、アンタに怖い態度取ってしまって、私は私で怖い思いした直後だったから、私は大丈夫だからアンタはさっさと帰んな」



天子も桂に習うようにゆっくりと潤葉へと近づく。

そして小さな肩に手を置くと、ゆっくりと舐めるかのように口を潤葉の耳へと近づけた。



「アンタも夜道には気を付けなよ?」



そしてまた軽く肩を叩くと、後ろ手に手を振りながら応接セットのソファへと戻って行く。


潤葉は魔法でも掛けられたかのように、天子の背中から視線を逸らすことが出来ず立ち止まっていた。



「あの、それじゃあ行きましょうか?」



いつの間にか自分のそばに来ていた桂の何気ない言葉が魔法を解く呪文になったのか、潤葉は慌てて桂を見上げる。



「あ、大丈夫です!帰るのは一人で問題ないですよ!それより社長さんの方が危ないと思いますので、ご心配ありがとうございます、それじゃあ」



「あっ……」



そう言って、桂を置き去りにして足早に事務所の階段を降りて行く潤葉。

待て、と引き止めようとしたがそれも追いつかず、どこか悲しそうな顔で桂は潤葉が階段を降りるのを見送った。


一方の天子は、潤葉が階段を降りたのと同時にら素早く大窓へと近寄り、ブラインド越しから息を潜めるように静かに外の様子を伺う。



「さて、あの子はどっちに向かったか……」



天子の視線の先、そこには今しがた事務所を出て行った潤葉の姿があった。

表情は伺えない、しかしその影は事務所の大窓を見上げているようにも見える。

そして、そのまま自分のアルバイト先のあるコンビニの方へと坂を下って行った。



「なるほどねぇ……爪が甘いというか、まぁ所詮はおぼこって事か」



値踏みするような眼差しで潤葉を見つめる天子、その口元は嘲笑う様にも歯を噛む様にも見えた。


怪訝な眼差しで天子を見る桂、その口元は苦虫を噛み潰して飲み込んだように歪んでいる。



「おいおい、お前さっきのありゃ何だ?あの子にエラい態度とった思ったら、今度はあっさり謝って、おかげであの子が俺にまでビビっちまっだろ?あの子になんか恨みであんのかよ?」



「さあ?ひょっとしたらあの子がアンタにビビるように仕向けたのかもね」



天子は窓を眺めながら、我関せずと煙に巻く。

天子がブラインド越しから眺める外の世界は、先程までは漆黒のみが広がっていたが、今は喧騒を嗅ぎつけたかのように周りの家々の窓から灯りが漏れている。

虫が一番大きな光源に集まるように、おそらく野次馬もしばらくの後にここへと集まって来るだろう。


野次馬への対応を考えていた天子は、遠くの家々が赤い明かりに照らされているのを見た。

その明かりは赤く照らす対象を次々に変えながらこちらへと向かってくる。

そして、その明かりと同じく聞き覚えがある音がその大きさを徐々に増して近づいてくる。



「おいおい、ウチ以外にもこんな夜中にパトかい?今夜はイヤに賑やかじゃないか」



呆れたように赤い光を目で追う天子。

すると、桂も大窓に近づいて外の様子をながめる。



「ありゃあ、俺が呼んだ応援だよ」



「はぁ!?」



事も無げに答える桂に、天子は驚きの声を上げた。



「応援って、なんでそんな余計なことしてんのさ!?」



「余計なことって……俺も所轄区域離れるんだから本署には連絡入れなきゃ拙いだろ?」



「いやいやいや、そこはアンタが上手くやってくれよ!?これ、どうすんのさ!?」



天子は右手に握っている拳銃を桂に見せた。



「知らねーよ!ってか、それマジもん?」


桂は天子の握っている拳銃を恐る恐る覗く。



「とぼけた事言ってんじゃないよ!モノホンだからアンタ呼んだんだ!こんなもんなきゃわざわざアンタ呼んだりしないっての!」



「馬鹿野郎!ホンマモンの口をこっちに向けんな!とりあえずどっか隠せ!」



「どっか隠せたってアンタらサツの連中に私はいらない目ぇ付けられてんだ!私の事務所に押し入るまたとない機会だぞ?ネズミだって気づかない隅まで探り起こすに決まってんだろ!?」



天子と桂は互いに向かい合って唾を飛ばし合っていたが、その不毛な言い争いに疲れたのか、はたまたあまりの生産性のなさに虚しくなったのか、次第に声のトーンも落ちていった。

そして桂は観念したように天子を見た。



「久瀬、同級生に手錠かけるのは偲びないが俺も家族がいる、お前の片棒担いで女房と餓鬼に冷や飯食わすわけにはいかない、手を出してくれ」



「あぁ?コイツが銃刀法違反に引っかかるかアンタの頭で試してみるかい?」



神妙な顔を見せた桂の顔に唾でも吐く勢いで天子は食ってかかった。



「うるせぇ、さっさと俺に手錠にかけられてパトに乗れってんだ!」



桂は天子の腕を取ると、強引に入口まで引っ張って行く。

それに抗う天子は、桂の腕に噛み付いてみたり、わざと銃口を向けてみたり、桂の足を自分の足で挟んでみたり、子供の喧嘩がスマートに見えるほどの醜い抵抗をする。



「アホ!痛いからやたらめったら人を噛むな!いい歳の大人が餓鬼みたいなことしてんじゃねぇ!」



「生憎とパトに乗せられて喜ぶ歳でもないんでね!この歳でサツになんかパクられるくらいならガキの真似だってしてやるよ!つぅかそんなに拳銃を押収したいなら拳銃だけパトに乗っけてやりゃ……って」



天子は悪魔が何かを思いついたにしては邪気の薄い、子供が悪戯でも思いついたかの様な笑みを浮かべた。

ふっ、と今まで天子の踏ん張る様な力が抜け桂は思わず前のめりになる。



「パトカーに入れちまおう、コイツ」



天子は笑みを浮かべながら、桂の目の前で拳銃を振った。



「アンタ以外のサツの連中も、まさかパトにチャカが隠されているとは思わないだろ?」



呆気に取られた桂だったが、天子の言っている意味を理解すると今度は素早くドアの前に立ち、必死の形相で天子の行く手を塞ごうとする。



「バカな事言うなよ!お前、やっぱ俺の話聞いてないだろ⁉︎お前の片棒担いで家族が恥かいたらシャレにならねぇっての!」



「だからって弁慶みたく仁王立ちってかい、弁慶の物真似すんなら安宅の関みたいに応援のポリを上手く捲く方法考えてな!」



桂の腕や股の隙間から無理やり出ようとする天子、それを阻もうとする桂。

年頃の男女2人が夜中にやる事にしては、ラグビーのスクラムの様に荒々しく色気がないそれは、本署からの応援が事務所にやってくるまで続いた。




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