天子、こっち向いて。
「昨日のコンビニ店員って……」
「アンタも多分あってるだろ?昨日バンビのやつが事務所に向かう前にコンビニ寄ってなかったかい、そこで」
美奈子は、ストライプ柄の制服を着た小柄で柔らかい印象の少女を思い出した。
美奈子はまさかと思ったが、天子の表情はそれを冗談で言っていないことを伝える。
おそらく、天子には何か確信があるのだろう、自分の命が彼女に狙われているという、証拠、動機、その他の根拠が。
そして天子が自分の許可なく昨日の話を口にするな、と言ったのは仲睦まじそうな幸子と潤葉の関係について配慮したからだろうか。
「その、潤葉さん、でしたか、あの方が社長の命を狙ったという証拠があるんですか?」
「無いよ、相手は魔法少女だしね」
「え?じゃあ、動機は?」
「さぁ?税金ばっか払って売り上げに貢献していないとか?」
天子は煙草の箱を手に取った。
「まぁ、証拠も動機もわかんないけどね、ただ確信はあるんだよ、その辺りは仕事先に向かうまでで話すさ」
天子は、車にエンジンを入れるとゆっくりと車を出す。
「それにね、アンタに朗報があるんだ、話の順番からすればまずはそこからだ」
美奈子の緊張の糸が切れそのまま膝から崩れ落ちた時、天子も慌てて抱きとめようとしたが、間に合わず美奈子はそのままうつ伏せに倒れてしまった。
倒れた際に、鈍く固い音が頭の方からしたが美奈子が起き上がることは無い。
「死んでないよな……?」
天子は恐る恐る美奈子に近づくと、その肩を担いだ。
美奈子の筋肉は力の入れ方を忘れたように弛緩しており、ただ人に肩を貸す以上に重く感じる。
天子は、傷ついた戦友と共に戦地から避難する兵士のように美奈子を半分引きづりながらソファまで運ぶ。
「さっきまで私が怪我人だったてのに、なんて因果だよ」
美奈子はよほど疲れていたのか、荒く扱われながらも未だに小さく寝息を立てて眠っている。
天子は、強かに額を打っても我関せずと眠っている美奈子を見て、安心というよりも何処か納得したような表情を浮かべた。
「しっかし、この子は色々と末恐ろしいねぇ……」
金の卵か、禍根の種か、図太いのか、鈍感なのか。
天子は美奈子を応接セットの二人掛けソファまで連れて行き、そこへ乱暴に寝かせた。
天子も女性である、人を一人運ぶのにそれなりに体力を消耗した様子で大きく一呼吸ついて呼吸を整える。
先程は呼吸をすることすらままならなかった傷を負っていたはずである。
Gジャンに空いた大きな傷穴、そこに指を入れると自分の柔い肌に触れる。
そして、先程見た赤黒い色の邪悪な金属片。
おそらくあれが自分の脇腹に刺さっていたのだろう。
あんな物が突き刺さっていて、平然としていられるのは幸子のような魔法少女くらいものだ。
だが、自分は魔法少女ではない、なら、先程重症を負った身が即座に人を引きずるまで回復した状況をどう説明する?
天子は美奈子の前髪を指で払うと、そこから見える白い額を指でなぞった。
先程強かに打ち付けた部分だがそこにはこぶのようなものは無く、指に触るのは心地よい額の滑らかな肌質だけである。
考えられることは一つ、魔法少女の仕業である。
そして、今しがたなったばかりの新人魔法少女がここに一人いる。
「それが私ですか……?」
天子の話を聞いて、美奈子はその白い頬を朱色に染める。
いつものような惨めさと羞恥心の顕在ではない、胸が苦しくなるほどの高揚、今朝感じた目も開けられない日の光を心臓に浴びたような気持ちになった。
「アンタ以外にあの場に誰かいたなら残念な話なんだけどね」
そうは言いつつも天子の顔は、先程とは打って変わって機嫌が良さそうであった。
「病院いらずで医者泣かせな能力だよ、ヒーリング能力とでも言えば良いのかね?なんにしたって反則技だ、アンタさ朝起きて目を描いたろ、あれ痛くなかったかい?」
彼に暴力を振るわれた痕、触ると鈍く痛かった箇所。
そういえば、今朝起きて間なしに歌音子を見て目を二度こすった。
その時、何の痛みも起こらなかったことを思い出す。
私は人では無くなった。
普通ではあり得ない、現実では起こり得ない、法律でも捌けない、超自然的存在。
自分はそんな存在になったのだ。
自分の能力に触れ、ようやくそれが実感としておりてきた。
昨日、その覚悟を持って魔法少女になると決めたはず。
後悔は無いはずである、それに今更である。
少しの罪悪感は未だにある、主に家族に対して。
しかし、それ以上に抑えきれない感情が胸から迫り上がる。
悲しいだとか、辛いだとかでは無い。
喜怒哀楽で言えば、喜や楽に近いような気もするが感情に言葉をあてるとどれも違和感を感じる。
抑えきれなくなった感情が頬をつたったので、美奈子は目と頬をこすった。
今は、どこも痛くは無い。
「アンタ、今度はなんで泣いてんのかい?」
呆れたような表情で天子は美奈子を見やる。
美奈子は照れたように泣き笑う。
「多分、嬉し泣きですかね?」
美奈子の言葉を聞いて、天子は犬歯を見せるようにいやらしく口角を上げた。
「嬉し泣きしたいのはこっちだよ、ウオマチの姐さんには釣りを払ってもまだ足りない、500万のサラ金の担保が億万円の金の卵に化けたんだからね、どんな番狂わせの重賞レースだってこれには敵わないよ」
「え?」
「あ」
天子と美奈子は、同じように冷や水を頭からかぶったような表情をお互いに向ける。
その一瞬間の後、天子は即座に前方を見やり運転に集中し始める。
美奈子は、天子に鼻息が当たりそうなほどに顔を近づけた
「危ないって、今、運転してるから」
「あの、500万って」
「それより、昨日の話の続きだけども、岡田って子……」
「あの、こっちに顔向けてもらえますか?」
「今、運転してるから」