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魔道の少女(おんな)たち  作者: 井戸原 宗男
13/27

それは まぎれもなく あのこさ

事務所から最初の目的地である歌音子の中学校へは、丘陵の上に設置された運動公園の外周をなぞるように車を進める必要がある。


公園は、陸上競技場、野球球場、テニスコートなど様々なスポーツの複合施設が集まっており、丘陵全体を公園にしているだけあってそれなりの広さだが、車で通過することが出来ない。


事務所を出て北へと下る坂道になった道路を進むと麗葉のいるコンビニがあり、そこを左折する。

すると、競りあがった小さな土手になった公園の外周が現れ、それをなぞるように道なりに進む。

今度は公園の外周が切れ、住宅地に差し掛かる。

住宅地には車1台がギリギリ通れるほどの脇道が幾つか見えるが、下手に入って対向車が来ればおしまいである、ここもひたすら道なりに進む。

すると、県道にぶつかる交差点に出るため、そこを左折すれば、南に向かってなだらかなのぼり坂となっており、そこをひたすら登ってゆく。

しばらく坂を進むと歌音子の中学校が右手に見えてくるのだ。


ここまで北に下り、南に上がったり、口で説明するのも億劫になるほどの道順や工程を踏んだが、実は公園内を徒歩で突っ切り中学校へ向かうのとそうそう時間は変わらない。


強いて何か上げるとすれば、車で送迎というのが何となく極道の大物の様であり、歌音子の心をいたずらに擽るくらいのものである。


「ぶっちゃけ、カノの場合は車いらないよね?歩いて15分くらいだし」


「だから言ってんだろって用心の為だって、歩いて15分、車で10分、朝の5分はデカいよ?」


「あたしなら2分かからないね」


「アンタと比べたら車が可哀そうだ」


「幸子さんって、足も速いんですか?」


「叔父御はこの界隈の筋モンが聞いたらションベン漏らすほどの武闘派じゃけぇの」


「えっと、オ、オジゴ…?ション…?」


「バンビは頭に回す栄養まで体に行ってしまってるって有名なんだよ、美奈子グローブボックス分かるかい?そこの収納のとこ、そこちょっと開けてくれ」


「あ、はい、えっとグローブボックスってこのガムテープで補強してある収納のとこですか?あ、テープに紙クズ付いてる……」


「社長、あたしって有名人だったの?カノ、あたしと握手しとくなら今のうちだよ」


そんなかしましい会話をしているうちに、最初の目的地である歌音子の中学校が見えてきた。

中学校の正面につくと歌音子はゆったりと尊大な動作で車を降りる。


「そんじゃ、わしゃ行ってくるけぇの、なんよすぐ戻って来るつもりじゃけんど、もしワシの戻りが遅い様じゃったら……」


「頼むから、ちゃんと授業受けて迎えが来るまでここで待っててくれ」


天子は釘をさすように歌音子を見る。


「それと美奈子、さっきグローブボックスから出したもん歌音子に渡してやって」


天子に促され、美奈子はどこに捨てて良いのか分からない紙クズと小さなジップ付きのビニール袋を持っておりた。


その袋の中には丁寧に折りたたまれた薬包紙が3つほど入っている。

その薬包紙に美奈子は見覚えがあった。

自分が昨日飲んだ魔薬、おそらくアレが入っているのだろう。


歌音子は美奈子から手早く持っているものを受け取ると、何処か苦々しげにそれを見た。


「わしゃ、カタギにクスリ使うんは好かんのじゃがのう」


「カタギにじゃなくてアンタが自分に使うの、中学校なんてまだまだ穢れがないのがうじゃうじゃいるんだ、誰が魔法少女になってるか分からないだろ?ヤバくなったらそれ使って上手いことやりな」


歌音子は下唇を出しながら納得した様に軽く頷くと、美奈子の手を握り、そして肩に手を置いた。


「おう若いの、お前さんは腕っ節こそスケみたいなもんじゃけど、近頃のボンボンとはちごうて礼儀ちゅうもんわきまえちょる、窓から渡すんじゃなくよう車から降りて渡してくれた、人も物もただの見た目だけじゃ中身まではわかりゃせんのう、のう?」


歌音子は満足げに2度肩を叩くと、そのまま後ろへ振り返る。

そして、スカートのポケットに片手を入れながら後ろ手に手を振り、校舎へと消えてゆく。


天子は美奈子を車に乗せると、足早に去るように車を出した。


「美奈子すまないね、私はアイツに礼儀を教えてなかったみたいだ」


車を走らせながら、天子はうなだれるように助手席のシートの肩へ肘を預ける。。


「私があの子くらいのガキの時にはさ、悪さするたびにしかめ面する大人が鬱陶しいと思ってたけど、今ならしかめ面した大人の気持ちが少し分かるよ」


何処か物悲しげに右手でハンドルを握りながら、天子はそう独りごちた。

幸子は今も何処か楽しそうに笑顔を見せており、天子の脇の下から運転席と助手席の間から顔を出した。


「ひゃん!」


突然顔を見せた幸子に、美奈子は思わず間抜けな悲鳴を上げる。

幸子は驚いた美奈子を見て笑っており、天子は訝しげに幸子を見る。


「カノ見てると、ゲームとかが規制受けるのも納得だよね」


「まぁ、あそこまで入りこんでくれればゲーム会社も規制されたところで本望なんじゃないかい」


歌音子の中学校から幸子の高校へは、元来た坂をUターンして真っ直ぐ北に下って行く。

坂を下りきると、市街地のようになった区画へと入り、そこも直線にひたすら直進してゆくと右手に高校見えてくる。


直線距離にして2kmほど、通常であれば信号を考慮しても車で10分弱の道のりなのだが、坂を下りきる間際、東西に走る高速道路の降り口と天子たちの走る道路が交わる交差点で通勤ラッシュの渋滞が起こっていた。


普段とは銘柄の違う煙草を苦々しげに加えながら天子は舌打ちをする。


時計は8時20分を少し回ったところである。



「バンビ、アンタ時間は大丈夫かい?」


「んあ?」


歌音子がいなくなった後部座席を独占して寝転がっていた幸子が間抜けな返事を寄越す。


「遅刻しないか?って聞いてんの、車が進まないから最悪アンタだけ降りて走った方が良いかもって思ってさ」


「一応8時40分には着席でHRは8時50分からだけど、9時までに教室入れば先生がオマケしてくれるよ」


「高い授業料払ってんだから、先生方も適当なことしないでくれないかね?」


渋滞の歩みは、冬眠明けの蛇のように覚醒と昏睡を繰り返しながらゆっくり進む。

それと逆らう様に幸子とは違うブレザーを来た少女や学生服を来た男子が坂を徒歩や自転車で上がって行く。


「ひゃー、橋南の生徒は朝から登校頑張るねぇ、あたしなら絶対無理だよ」


「アンタが無理なら、地球上の誰が遅刻せずに登校出来んだ」


橋南、その単語に美奈子は聞き覚えがあった。


「橋南って、事務所の前の高校ですよね?幸子さんってそっちに通学した方が近いんじゃないですか?」


「美奈子ちゃん、あたしだってそれがわからないほど馬鹿じゃないよ」


寝転がったままの幸子は、やれやれと挑発的に手を上げる。


「幸子さんはね、それがわからない馬鹿じゃないけど、そこに通える頭が無い程度にはお馬鹿だから、頭が足りない分をお金で埋め合わせて通うことの出来る私立に通わせてる」


天子もやれやれと言った具合で手を上げた。


地方、特にこの島根では公立高校への受験率が多く、私立はその滑り止め、という風潮が未だにある。

無論、地方の私立高校からでも一流大学に行く人間はいるだろうが、公立でも私立でも同じレベルのカリキュラムで学べるとあれば、無理に高い学費を払って私立に通わせる親は少なく、そうなると地方の私立高校は本命受験の選択肢の中には入りづらい。


スポーツ推薦などの学費待遇措置による入学もあるが、これはいわば学校の宣伝目的である為、大多数の受験生には関係の無い話である。


「あたしだったら、スポーツ推薦とることだって余裕なのに」


「100mを5秒で走り抜ける子なんてあからさまに魔法少女ってバレるだろ?そしたら入れる高校だって入れなくなるんだよ、学校に金積んでアンタが良い子で真面目な馬鹿でさえいてくれれば卒業は出来るんだから目立つ様なことはしなくていいの」


「良い子で真面目な馬鹿って要は普段通りってことでしょ?なら、任せてよ」


「……親代わりの私としては、ただの真面目な良い子になってくれれば言うこと無いんだけどねぇ」


ようやく交差点を抜け、車は徐々にその歩みを早めて行く。

そろそろ幸子の高校に差し掛かる時、ようやく体を起こした幸子が車のダッシュボードに目をやった。


「そういや社長、煙草変えたの?」


「ん?あぁ、夜中に桂の野郎が来たからそん時に煙草買ってくるように頼んだら、これ買って来やがったんだ」


「へぇー桂さん来てたんだ!そういや昨日はえらくご機嫌で潤葉ちゃんにカートンで買いに行くって言ったらしいじゃん、せっかくならカートンで買って来て貰えば良かったのに」


「アイツにそんな好景気があり得るかよ、それに今日の私は昨日の私をぶん殴ってやりたり気分なんだ、昨日の私の言ったことまで今日の私が面倒見る義理は無いね」


こりゃダメだ、と言わんばかりに幸子は美奈子を見て頭をおどけて振った。

美奈子は困ったように首を傾げ苦笑しながらこめかみを描いた。


いよいよ幸子の高校が眼前まで見える距離まで近づくと、天子はゆっくり路肩へとバンを停める。

幸子は勢いよくバンのドアを開けると、


「それじゃまた夕方に」


そのままの勢いで車から飛び降りそのまま校門へと駆けて行く。


「ったく、せめてドアぐらい閉めてから行けっての」


天子はぶつくさ文句を言いながら後部座席のドアを閉めると、再び運転席へと居直った。

そして助手席に座る美奈子を見やると、軽く口角を上げる。


「さてと、お疲れさん、紙クズは適当に捨てといてね、歌音子には見つかっちゃったみたいだけど、特にバンビには見つかると体裁悪いし」


紙クズ、グローブボックスの蓋を補強していたガムテープ、そこに付着していたそれを美奈子は当初文字通り紙クズだと思って取り除いた。


しかし、そのまま車の中に捨てておくわけにもいかず、歌音子へ渡した袋と一緒になんとなく持て余していた。


そして、歌音子に薬包紙の入った袋を手渡した時である、歌音子は薬包紙の入った袋と同時に紙クズを美奈子の手から取るとそれを美奈子を陰にして広げて見せ、美奈子の手を握りその紙を渡したのだ。


「人も物もただの見た目だけじゃ中身まではわかりゃせんのう」


つまり、ただの紙クズと思っていてもその中身をちゃんと見なければ、ただの紙クズかは分からない。


美奈子は歌音子の言葉とその手早い対応を見て、その紙クズになにが書いてあるのか助手席のシートで隠れ見た。


「昨日の事務所のことについて、私が許可するまで口に出すな」


走り書きでありながら整った天子の字でそう書かれていた。


「バンビのやつが顔だして来たときは焦ったけどね、アンタがビビって紙切れ落としてくれたのは怪我の光明だったよ」


「あの、口に出すなって、ひょっとして昨日のアレって幸子さんが……」


美奈子の不安そうな顔を見て、天子は不敵に笑う。


「あの子はそんな芸出来るほどの人間じゃ無いよ、良くも悪くも素直で単純だから」


天子の笑っていた顔が急に険しくなった。


「けど、だからこそ、そこを付け込まれる」


その鋭い目つき、見ただけで心臓が凍りそうになる刃物のようだった。


「昨日の下手人だけどね、あの子だよ、岡田潤葉だっけね、あのコンビニ店員だよ」


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