9 クナディン
間奏的なものなので短いです。
あれは英生だった。確かに…英生だった。
俺はいつものように学院行きのバスに乗っていた。バスは留まっていた。観光客らしいにぎやかな中年男女の一団が下りるところで、笑ったりしゃべったり。
バスとその乗客はそのあいだ、ただじっと待っている。正直いって俺もちょっといらついていたのはたしかだ。そんなささいなことにいらつく自分にあきれて、気持ちをきりかえるためふと窓から外を見た。
彼が見えた。道路の向こう側にとまっている大きな蒼い車の中に。
一瞬分からなかった。英生は変わって見えたから。痩せて…ひどく痩せて。もとから痩せっぽちではあったが、その時の英生はもろくみえるくらい華奢だった。そうして分からなかった一番の理由は英生の表情が、まるで彼らしくなかったからだった。
冷たく凍り付くような表情。
英生は冷酷ともいえるようなそんな顔はしなかった。あんな英生は…見た事がなかった。
団体さんたちが降り終わり、バスはやっと走れるといったようにいきなり発車する。俺は思わず大きな声を出していた。ここで降りるんだ!
運転手と乗客からいらだちがたっぷり混ざった声があがる。が、俺は運転手の所に走りよって止めろと怒鳴る。その迫力に負けてか、それとも気違いだと思ったのか、バスは急停車し扉があいた。飛び降りて、道路を渡ろうとするが車が……。
ちくしょう! 止まれよ!
ブレーキの甲高いいやな音が響き、俺をひく寸前で車がとまる。中のオヤジが身を乗り出してなにか叫ぶ。そんなことかまってられるか!
が、その時、目指す蒼の車の横に人影が立った。
…ヴィクトル・ハーベイ?!
俺はびっくりして道の真ん中で立ち止まってしまう。何台もの車が俺の周りで急停車する。けんかっぱやい奴が降りてきて、俺の胸ぐらをつかむ。邪魔だよ! どいてくれよ!
蒼い車は走り出す。
「英生!」
クラクションの嵐の中、俺の叫びは聞こえない。
「英生!」