6.ふくらむ気持ち
ガゼボは白く塗られた木でできていて、雨宿りや日除けの為に庭に設置されている。
少し丸みのある屋根の上には可愛らしい鳥の装飾がされていた。
「へぇ、手入れが行き届いてるな」
ルークがそう呟きながら中へ入っていき、設置されている椅子に腰をかけた。
ルチアもドレスが汚れないように椅子の上にハンカチをひいてから座った。
「……楽しいか?」
その問いかけに、ルチアはパッと顔を上げ、隣に座る男の顔を見た。
どうして、そんなことを聞くのだろう。不思議に思い、彼の顔を覗き込むと、ふいっとそっぽをむかれてしまった。
「……少し休んだら、噴水を見に行くぞ」
「はっ、はい」
もしかしたら気を遣ってくださっているのかしら、と思い、なんだか心がぽかぽかとあたたかくなるのをルチアは感じた。
行くか、と声をかけてからルークはゆっくりと立ち上がった。
ルチアも立ち上がり、ハンカチを丁寧に折りたたむと、ポケットにしまった。
噴水周辺は小さな迷路のようになっていたが、ルークが導いてくれたお陰で、すぐに噴水の真ん前にたどり着くことができた。
紹介するどころか、先導してもらっているなんて、と少し自嘲気味になったのも束の間。
ルチアは生まれて初めて、噴水を見た。
絵本の中で何度も見たことがあったが、実物は全然違う。水が弧を描いている。キラキラと太陽の光で輝き、とても綺麗だ。
そっと手を伸ばし、水に触れてみる。
流れ落ちる水がルチアの手によって動きを、形を変える様が面白く、夢中になっているとルークが隣に並んだ。
突然ぴっ、と水しぶきが顔にかかり、ルチアは目を瞑った。
目を開けるとルークが楽しそうに、濡れた手をひらひらさせている。
お返しとばかりに、ルチアも手についた水をルークにかけようとしたが、ひらりと躱されてしまった。
悔しそうにしているルチアを見て、ルークはまた、けらけらと愉快そうに笑った。
昼食はメイドにサンドウィッチや紅茶を運んでもらってガゼボの中で食べた。
外で食べると、一段と美味しく感じることはルチアにとって新発見だった。
ルークはメイドの前では大人しく、いかにも紳士的な振る舞いをしたが、二人きりになると途端に緊張が緩んで、座り方も豪快になった。
その変化が面白くて、ルチアはくすくすと笑った。
ルチアの発見はもう一つあった。ルークがよく食べることだ。それも、とても美味しそうに。
見ているだけで、なんだか心が満たされて行くようだった。
ルチアがこれ食べる? と自分の分を差し出すと有り難いとばかりにルークはそれを受け取って口に運んだ。
★
午後も庭をゆっくりと歩き回り、疲れたら休み、のんびりと穏やかな時間を過ごした。
レオンはその日帰って来ず、帰りは明日の夕刻になるとメイドから伝えられた。
その夜は中々眠ることができなかった。
お庭を歩くことができた。自然に育っているお花の香り、噴水の水の感触、暖かな日差し、土や草を踏む音。
夢に見ていた光景が、現実のものとなって鮮やかに目に焼き付いている。
そして、その景色の中には必ずルークがいる。
彼のおかげだ。今日一日が、とても素晴らしい日になったのは。
──もしかしたら、気づいているのかもしれないわ。私が、自由に外に出られないことを。
彼には謎が多すぎる。信頼しすぎてはいけないのかもしれない。でも、優しい人だと信じたい。
生まれてこのかた、手を握られたことなどなかった。
楽しいか? なんて感情を問われたことがなかったのだ。
ルチアは利用されてもいい、とすら思い始めていた。
だって、彼は初めてをたくさん与えてくれた。
だから、何かお返ししたい。例え、これが彼の作戦だったとしても。
★
昨日はとても良い天気だったのに、今日は雨が降った。
ルチアは部屋で本を読んで過ごすつもりだったが、メイドが扉をノックし、ルークが呼んでいる、呼び出された。
「本日は、図書館を案内していただけませんか? レオン様の代わりに貴方様のお好きな本を教えて頂きたいのです」
レオンの専属護衛とはいえ、公爵の娘を呼び出すことができたのは、レオンからの依頼があってのことだった。庭の散策も、そういうわけだったのか、とルチアは納得した。
──レオン様の命なのね。でも、困ったわ……。
ルチアは図書館の場所を知らない。ルチアが部屋で読んでいる本は定期的にメイドが読み終わった本と引き換えに運んで来るのだ。
「えっと……、少々お待ちください」
ルチアは近くにいた執事に声をかけた。執事は怯えたがルークがいる手前、引きつりながらも笑顔を浮かべた。
図書館までの案内を頼みたいと言うと、すぐに了承してくれた。
図書館は屋敷の一階の突き当たりにあった。大きな扉を開けると、執事はさっと逃げるように姿を消してしまった。
図書館は壁一面が本で埋め尽くされ、巨大な書棚になっていた。天井からはシャンデリアが吊るされており、あたたかくも幻想的な雰囲気を醸し出している。
ルチアはルークがいることも忘れて、壁に備え付けられている階段に登り、自分で目についた本を取り出し開いた。
自分で本を選ぶ、という行為も初めての経験だった。
夢中になって本を選び、読んでいるうちにすっかりルークのことが頭から抜け落ちてしまっていた。