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4.不敵な笑み

 ルチアはよろよろと立ち上がり、もう一度書かれている内容を確認した。


 書いてある言葉はやはり、《秘密を明かされたくなければ、俺の命令に従え。》に間違いなかった。最初は突然のことに驚き混乱していたが、段々と頭が冷静になっていく。


 命令を聞けと言われても、一体何ができるだろう。きっと協力できることなんて、何もないわ。


 そう思い、ルチアは深くため息をついた。


 ルークは知らないのだ。


 ルチアがこの屋敷でどんな扱いを受けているのか。用がなければ、部屋を出ることも許されない。外に出るなんてもっての外なことを。


 本から得た知識はあれど、それもたかが知れている。なんの能力もない、世間知らずの娘。


 ルチアはルークが早々に自分を見限ってくれることを祈りながら、眠りについた。



 ★



 それからしばらく、レオンとルークは訪れなかった。


 隣とはいえ国境を越えるのだから、そう頻繁に会いに来ることはできないのだろう。


 このまま、来ないでくれたら、と思いつつも、またレオンには会いたい、とルチアは密かに願っていた。


 ──贅沢な願いだと言うことは百も承知だけれど、レオン様とまた一緒にお茶ができたらどんなに素敵でしょうか。


 できることならば、今度はお庭をお散歩したい。そう思いながら、ルチアは窓の外をぼんやりと眺めた。


 天気が良い。森から鳥たちが一斉に飛び立っていくのが見えた。


 渡り鳥だろうか。どこへ行くのだろう。


 ルチアは物心ついた頃から窓を眺めては鳥になりたい、とよく思っていた。


 鳥のように自由に、大空を羽ばたいて、好きなところへ行って好きなところで眠る。そんな風に生きることができたら、なんて素敵なのだろうとずっと夢見ていた。


 ──叶うはず、ないけれど。


 ルチアは籠の鳥だ。でも、ただの鳥ではない。呪われた鳥。仲間はずれの鳥。翼なんて、とうの昔に失っている。


 レオンがルークと数人の付き人を連れて、ルチアの元を訪れたのは、その夜のことだった。


 屋敷に暫くの間、滞在することになったらしい。


 ルチアはレオンと会えて嬉しいのに、ルークの姿を見て一瞬で青ざめた。追い討ちをかけるようにルークがルチアを見て、ニヤリと口の端を上げた。


 もう腹をくくるしかない。そうそうに、諦めていただきましょう、と心の中で呟く。


 ルチアはレオンが席を外したすきに、ルークにそっと近づいた。


「あの、ルークさん。お話があるんですが、今お時間宜しいでしょうか?」


「はい。ルチア様、承知いたしました。何なりと」


 そう言ってルークはにこやかに微笑んだ。


 それを見てルチアは、緊張が少し和らいだ。邪気のない笑顔を向けるルークは、以前のような鋭い威圧感を感じさせない。


 もしかしたら、本当は穏やかな人なのかもしれない。話せば、わかってくれるかもしれない。


 そう思ったルチアはルークともう一つの応接間へと移動した。扉を閉めてすぐに、ルチアは口を開いた。


「あの、以前拾っていただいた髪飾りに手紙がついていたのですが、あれは貴方が書いたものなのですか……?」


「そうだ。ちゃんと見つけたんだな。それなら話は早い」


 ルークの口調がガラリと変わったことに、ルチアは目を見開き、ぽかんと口を開けて固まってしまった。


 先ほどの気品のある喋り方はどこへ行ってしまったのだろうと困惑していると、


「おい、話を聞いてるのか」


「ひぃ!」


 ずいっとルークに顔を近づけられ、思わずルチアは奇声をあげて後ずさった。


 はい、と答えれば良かったと後悔しているとルークは髪をがしがしと掻きながら、そんな怯えんなよ。やりにくい。と低い声で呟いた。


「あ、あの! 私何もできません!」


 ルークが不機嫌そうなので、ルチアはこれ以上怒らせてはいけないと思い、単刀直入に言っ放った。


「ルークさんが何をしたいのかは、わかりません。ですが、私では役に立たないと思います! ですのでこの事は……むっ」


 ルークに両の頰を手でぎゅっとつままれて、ルチアは続きを言うことができなくなってしまった。


「静かに。これはあんたにとっても、悪くない話のはずだ」


「……」


「バラされたら、困るんだろう?」


 ルークの視線がルチアの鎖骨の中央に集中した。やはり、彼はこの石のことを知っているのだ、と瞬時に理解する。ふいに、頬から手が離れ、口が聞けるようになった。


「で、でも……それでも……私には、何も」


 声が震え、ルチアの目に涙が滲んだ。


「ああ、そんな面倒なことを引き受けろとは言わないよ」


「えっ」


「なに、簡単なことさ。俺が仕事をしてる間少しばかり屋敷の人間の注意を引きつけてくれればいい」


 ルークはそう言うと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


 その表情は、とても妖艶で、それでいて子供が悪戯をしようとしているような、無邪気で怖いものなど何もないような、そんな印象をルチアに与えた。

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