3.不安
ルチアは考えた。
自分はこれから、どうしたらいいのか、どうすべきなのかを。父にこれ以上迷惑はかけられない。
かといって厄介者でしかない自分がレオンに嫁ごうなんてなんて、人として最低だ。
人。本当に自分は人なのだろうか。男爵は化け物と、メイドたちは悪魔と呼んだ。
ルチアの両の目に涙が溜まり、ぽた、ぽたと零れ落ちた。
泣いてばかり。ちっとも強くない。もう少し強かったら、一人でも生きていくことができたかもしれない。
誰にも迷惑をかけずに生きていくことができたら、どんなにいいだろう、とルチアは思った。
でも、彼女にはその術がなかった。生まれてこのかた城の外に出たことのない少女には、知らないことが多すぎて、途方も無い願いに思えた。
悲しみにくれて夜は更けて行った。
★
それから何日か過ぎ、いつも通りメイド声で目を覚ましたルチアは、本を読んで過ごした。
本は良い。いろんな世界にページをめくるだけで行ける。閉じ込められていたルチアにとって、本は外と彼女の繋ぐ唯一の窓だった。
一冊読み終え、もう一冊と手を伸ばし開こうとした時。大慌てでメイドが呼びにきた。
「レオン様がお見えになっております! お支度を!」
ルチアはさーっと青ざめ、本を落としてしまった。レオンが来たということは、ルークもきっと一緒なのだろう。
急いでメイドたちにドレスを着せられ髪を整えられた。応接間に向かうと、やはりルークがいた。
レオンは相変わらずにこやかだが、ルークの表情は険しい。
ルークの姿を見るなり、ルチアはカチンコチンに固まってしまった。
「突然押しかけてしまって、すみません。近くを通りかかったものでご挨拶だけでも、と思いまして」
「あっ……はい。大変光栄にございます」
慌てて膝を折り挨拶したルチアは、ソファに腰掛けた。
レオンとルチアを挟むテーブルには可愛らしい箱が置いてあった。
「な、何ですか……これは」
「ああ、お土産です。どうぞ、開けて見てください」
ルチアは箱を膝に乗せ、リボンを解いて箱の蓋を開けた。
カラフルな彩りの、ころんとしたお菓子。マカロンだった。甘くて良い香りがする。ルチアは、ぱぁっと顔を輝かせた。
「可愛い!」
「お気に召していただけて良かったです。どうぞ、お召し上がりください」
さっそく一つ、ピンク色のものを口に運んだ。さくっとした食感。中に挟まれたラズベリークリームの甘酸っぱさが口の中に広がる。ルチアは顔を綻ばせた。
「美味しいです」
「喜んでいただけてなによりです。あ、お茶も来ましたよ」
メイドがお茶を運んで来てくれた。こんな風に、誰かのいるところで物を食べたのは生まれて初めてだった。
いつも、部屋で一人黙々と食べ物を口に運び、扉の外へ食器を出しておくだけの日々だった。
誰かに「美味しい」と言う日が来るなんて、思わなかった。誰かとお茶をするのって、こんなにも楽しいのね。
ルチアは幸せを噛み締めた。
でも不安は拭えないままだった。ルークの視線が痛いほど、ルチアに向けられていたからだ。このままではいずれ、ルチアの秘密はレオンにバレてしまうだろう。
いや、既に彼はレオンにルチアが怪しいと伝えているかもしれない。
最後に、良い思い出ができただけでも感謝しなくてはいけない。そう思い、ルチアはもう一つマカロンを口に運んだ。
レオンはまた隣国の話をしてくれて、ルチアは相槌を打ちながら夢中になって聞いた。そして、そろそろお暇しなければ、と言って帰り支度を始めた。
今日は事なきを得たみたい、とルチアがほっと胸をなでおろしていると、ルークがスッと近づいて来た。
警戒するルチアをよそに、ルチアの足元でさっと屈むと、花の髪飾りを手渡して言った。
「落としていらっしゃいますよ」
「え……っ、あ、ありがとう」
いつ落としていたのかしら、と思いつつ、恥ずかしいのと、拍子抜けしたのとで、少し気が抜けた。
ルチアは髪飾りを手に持ったまま、レオンを見送り、自室に戻った。
髪飾りをアクセサリーケースに戻そうとした時、よく見るとなにやらひものようなものが付いているのが目についた。取ってみると、紙を捻ったものだったので開いてみると、そこにはこう書かれていた。
《秘密を明かされたくなければ、俺の命令に従え。》
ルチアはカタカタと震え、膝から崩れ落ちてしまった。
ルークは一体何を考えているのか、そして自分はこれからどうなってしまうのか、怖くてたまらなかった。