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第十六話 役者たちはラストバトルに臨む

 ザンクトゥアリームは迎撃準備を整えつつあった。

 完全無欠とまではいかなかったが、おおむね期待通りの働きをすることができるだろう。

 平民の服の上から胸甲をつけたレナーテは満足げであった。

 そして気を引き締める。哨戒要員が接近してくる傭兵団を捉えたという報せを聞いていたからだ。

 その数、こちらの戦闘員の数倍。

 なんとかギリギリ持ちこたえることができなくはない数だろうか。

 あたりに補給源となる村々はない。

 おそらく春までは敵の攻勢は持たないだろう。

 それまでの辛抱だ。

 レナーテは村の中の最も高い岩山に登ると、眼下に広がるまだあらかた雪に覆われた平野を見る。

 遥か彼方に黒い線のようなモノが見える。

 見慣れた軍勢の行軍する縦列だ。

 急いで岩肌を駆け下りる。

 村の広場まで降りると村人たちに指示を出す。


「敵は既に指呼の間だ! もう時間はないぞ! 訓練通りの配置に付け!」


 この時代、傭兵達は高度な組織的集団戦闘の訓練など望むべくもない。

 ただ陣を構えて槍を突き出し、号令通りに銃を放つだけだ。

 その点彼らはレナーテの創意工夫によりはるかに実戦向きの集団へと変容していた。

 あわただしく配置に着く村人たち。

 その目にはギラギラとした光を湛えている。

 訓練のあるたびに認められるその光。

 傭兵への憎悪だろうか? 彼女には理解できなかった。

 むしろそれはラツェルに親和性の高いものだ。

 だが彼も自分の感情をまだ解読できないでいる以上、理解には達しない。

 レナーテとラツェル、そして村人たちの間には断絶があった。

 しかし指揮系統は崩壊しない。

 世の理不尽に対し勝利せんとする共通の目的がある限り。


 陣地を偵察した騎兵からの報告を聞いたプセヒパーテンは眉を引き下げる。

 彼にできるもっともはげしい感情表現だ。


「陣地が構築されているだと?」


 まさか……。

 軍事的経験のある何者かが農民共に入れ知恵しているとでも? 

 考えられなくはない事態だ。

 ただ進行し、蹂躙するという作戦が通用しそうにないことに彼は苛立つ。

 村は岩山の谷間に位置している。

 必然、隊形を大きく広げて数で圧倒する方法はとりにくい。

 そこに陣地を構築されたなら難攻不落と言っても差し支えない。

 少なくとも運んでいる糧秣だけで軍を維持できる期間内に何とかなるとは思えなかった。

 ともかく、手を出さねば始まらない。

 村の前に布陣したプセヒパーテンは一中隊に突撃を命じた。

 銃兵、歩兵に陣形は組ませずに散兵のまま雑然と投入する。


「敵、第一波、来ます!」


 かつてラツェルと刃を交えた大男が叫ぶ。

 彼は前線指揮官を任されていた。 

 村の入り口は両側から迫ってくる岩山のために急激に狭まっている地形で、ここに敷いた塹壕と柵は非常に大きな効果を発揮することが期待された。

 レナーテは敷設された防御陣の後ろで固唾を飲んで見守る。

 ついに色とりどりの敵兵士たちが視界に入る。

 散開していて槍陣すら組んでいない。

 すっかり「自分たちだけ先に略奪できる」という特権を享受せんとしている弛緩した様子が見える。

 ――目にモノ見せてくれる。

 レナーテは高く掲げた剣を前へと向ける。


「撃て!」


 塹壕の中に鎮座する農民たちから火縄銃アルケブスが放たれる。

 無防備に突進してくる兵のわらわらとした群れが餌食となり、バタバタと倒れていく。

 堪らず後退していく敵兵。

 プセヒパーテン軍第一陣は多大な犠牲を出して撤退した。


「なんだこりゃ! 聞いてねえぜこんな話! なんで農民が銃を集団運用してるんだよ!」


 突撃の意図をくじかれ命からがら本陣へ取って返してきたルッツは息巻く。

 死ぬような戦いではないと聞いていたはずなのに。

 これはまったくの予想外だ。

 募兵の時にこんなことは聞かされていなかった。

 話が違う――。

 ただの略奪旅行じゃなかったのか。

 プセヒパーテンは眉根を目一杯上げて考える。  

 まずいな。

 兵たちに動揺が広がっている。

 給金と略奪品で釣られるに過ぎない傭兵達がこんな死地に二度も赴くはずはないのだ。

 砲もあまり効果があるようには見えなかった。

 どうしたものか。


 そのような膠着状態が数日続く。

 村内では楽観的な空気が流れ始める。

 あの一波以外敵は攻勢に出てきていない。

 レナーテとラツェルは顔を見合わせ、事態の好ましいことを喜び合うと共に決して油断をしないことを誓うのだった。

 それからまた幾日か経ったある日、プセヒパーテンは親衛隊全騎と共に自ら馬を敵の陣近くに走らせ偵察する。

 正面は突破不能。

 だとするなら側面だが、急峻な岩山はとてもじゃないが踏破出来そうにない……かに見えた。

 しかし酷薄公は岩山の上に白い影があるのを見止める。

 山羊だった。

 この村の家畜のようであったが、それがどう見ても昇り降りができそうにない岩山の頂上付近に突っ立っている。

 ――思いついた。

 彼とその親衛隊は馬で岩山を登っていく。

 時間をかけて頂上まで来ると村内の様子が手に取るように見渡せた。

 なるほど確かに村の入り口は強固に固めてあるが内部はただの村だ。

 プセヒパーテンは部下の一人に、歩兵たちに突撃の命令を伝えるよう言うと、自身は村を見下ろし言う。


「山羊が下りられるのだ。同じ四足なら下れるはずだ。いや、この程度の岩山下れなくてどうする! 行くぞ!」


 マジかよ……そんな視線を目配せして尻込みする親衛隊。

 しかし甲高い蹄の音を響かせながら彼らが大将は村の中心めがけて降りて行ってしまうのだ。

 追うしかなかった。

 一方村の前線ではにわかに活気づいた敵の攻撃に手一杯であった。

 多数の敵を銃で射倒してはいたが、まだ敵は突撃を緩めない。

 プセヒパーテン軍は敵陣突破に十ゴルテンの特別報酬をはずむと発布したのだ。

 それでも命を捨てるのには安い金額だったが、敵陣に突入するのが自殺行為だと全軍が理解する前に士気を一時的に高めるには十分だった。

 プセヒパーテン自ら率いる騎馬隊の奇襲が成功するまでの間だ。

 彼の親衛隊からは転倒しぐしゃりと体を岩にたたきつける騎馬が続出するが、九割以上がレナーテたちのいる塹壕線の内側に到達した。


「まさか!? 岩山の上から!?」


 レナーテは村内に響く悲鳴や怒号、銃声に驚いて振り向く。

 そこには数十騎の騎馬がいて、全速で内部から塹壕の方に向かってきていた。

 咄嗟に身をかがめたレナーテを飛び越し、敵の精鋭騎兵たちが塹壕に突入、ばったばったと銃兵を斬り殺していく。

 やられた。弾幕が途切れ歩兵が村内になだれ込んでくる。

 乱戦になれば一方的にやられるのはこちらだ。

 そう思う間もなくレナーテは背後にぞくりと殺気を感じ、剣を掲げながら振りむく。

 間一髪、その攻撃は受け止められた。


「貴様かレナーテ! また余の邪魔をしてくれる」


 レナーテへのランスの一撃をいなされたプセヒパーテンは馬首を取って返すとそう叫んだ。

 もはや村にはどぎつい色の兵の波がなだれ込んでおり、あちこちで白兵戦が繰り広げられている。

 こうなっては数で数段勝るプセヒパーテン軍の方が有利だ。


「レナーテよ。お前が自ら人間の階級を下るとは思わなかったぞ。すなわち、神官、戦士、農民の三階級のことだ。農民と同列となったお前が戦士に逆らうのか?」


 レナーテは忌まわし気にそれに反論する。


「お前たちは戦士などではない、ただの野党だ、追いはぎだ!」


 では自分はどうだったのだ。

レナーテはその様な問いに自責される。

今なら答えられる。

もう違う、呪われた傭兵などではないと!


「ははは、無論余はそんなことはしっかり理解しているさ。だが自らを誇り高い戦士と信じて入団してくる馬鹿者どもは掃いて捨てるほどいる。稼がせてくれるのだよ、そういう馬鹿者どもが汗と血を流してくれるおかげでな」


 やはりそれが本心か! 

 こんな男に付き従っていた自分を呪うレナーテ。

 プセヒパーテンは馬に速度を乗せるとレナーテの方へ突進する。

 そこから繰り出されるランスを幾度もまともに受ければ腕が持っていかれる。

 レナーテはなすすべもなく避け続けるしかない。


「レナーテさん!」


 パーンという甲高い音と共にラツェルの火縄銃アルケブスがプセヒパーテンの馬を射貫いた。

 断末魔を上げて馬が倒れ、乗っていた彼が地面に投げ出される。

 落馬術でもって上手く受け身を取るとランスを捨て、馬の鞍に結わえ付けた長大な両手剣ロングソードを抜き、ラツェルの方へ駆け迫っていく。


「小僧、貴様が優秀な我が部下をたぶらかしたのだな」


 逆恨みだ。

 少年に向け剣が振りかぶられる。

 ラツェルは銃でそれを受け止めようとするが間に合わない。

 その時、レナーテの投げつけた石つぶてがプセヒパーテンの側頭部を掠る。

 手元が狂いラツェルを仕留め損ねるプセヒパーテン。

 両手剣ロングソードが岩肌にたたきつけられた。

 必死で距離を取る少年になおも追撃を咥えんとするがレナーテに追いつかれる。


「お前の相手は私だ!」


 大将同士の一騎打ちなどそうそうあるものではない。

 それが今始まったのだ。

 頭部以外黒い甲冑に身を包んだプセヒパーテンに対しレナーテは軽い胸甲のみ。剣の長さも中剣ハンド・アンド・ア・ハーフ両手剣ロングソードでは拳二つ分もリーチが違う。

 装備の差は一目瞭然の上、力量差にも開きがあった。レナーテは手に余る敵を相手取ることになる。

 剣の柄を腰に引き付け、切っ先をレナーテの顔に向ける構えのプセヒパーテン。それを迎えるレナーテは剣を高く掲げて頭部への一撃を狙う。

 ためらうことなく巨大な質量を持つ黒甲冑が仕掛けてくる。

 腰だめに構えた剣を素直に突き出し、レナーテの顔を狙う。

 それを後ろに引いて見切り、剣を振り下ろして切っ先を叩き落とす、そして剣を翻してプセヒパーテンの剣を抑えつつ切っ先を彼の顔へ向けんとす。

 しかし、蹴りが飛んだ。


「かはっ!」


 足甲付きの重たい一撃に溜まらず腰を折るレナーテに、プセヒパーテンは剣の刃を両手で掴んで柄と鍔で殴る攻撃(殺撃と呼ばれる)を後頭部に食らわせて決着をつけんとす。

 歯を食いしばり全精力を注ぎこんで屈んでいた体を起こすレナーテ。

 振り下ろされるすさまじい衝撃を父の形見一本の耐久度を信じて受け止める。

 がしゃっという音と共に二本の鋼が交差する。

 果たして、レナーテは相手の重い一撃を両手に水平に渡した剣で受け止めることに成功した。

 しかし女の細腕は衝撃を吸収しきれず、プセヒパーテンの剣の鍔がレナーテの左肩にめり込んでいた。

 ――ぐうう、とうめくレナーテ。

 胸甲の肩当があるとはいえ殺撃の威力を完全に減じることは叶わず、その一撃は鎖骨にみしりとダメージを入れていた。


 しかしまだ戦闘不能になったわけではない。

 今度はレナーテが右手を繰り出し相手の顔に剣の柄でもって一撃を入れんとす。

 それを横に剣を滑らせて受け止めるプセヒパーテン。

 両者状況膠着、いったん離れて再度構え直し、間合いを作る。 

 一連の攻防で押されているのはどう見てもレナーテだった。

 左肩にズキズキとした痛みを感じながらも再度剣を高く掲げる。

 ――今度はこちらから仕掛けねば。

 戦いのイニシアチブを握られたままではいられない。

 プセヒパーテンは腰だめに構えていた剣をスーッと下げる。

 レナーテは今だとばかりに間合いに踏み込もうとするがビクッと体が固まり動けなかった。

 すんでの所で罠だと気づいたのだ。 

 そのまま踏み込んでプセヒパーテンの頭に一撃を食らわさんとしていれば必ずや跳ね上がった下段に両腕をとられていたことだろう。 

 にやりと笑みを浮かべるプセヒパーテン。レナーテはこの男の笑みを初めて見た。主導権はいまだに彼にあった。

 ラツェルは銃の装填作業をしつつその戦いを固唾を飲んで見守っていた。

 弾込めが済めばすぐに奴を撃ってやるのに、そう考えていた。

 しかしそうも言ってられない。

 雄たけびを上げてかかってくる兵士がいたのだ。

 やむを得ずそいつを撃つ。

 そして次の装填が完了する前にまた新手が……。 

 ラツェルはラツェルで危機にあったのだった。


 そここでそんな状況が展開されていた。

 農民軍は明らかに押されつつあった。

 いくらレナーテに訓練を受けたとはいえ百戦錬磨の傭兵たちの方が一枚上手だ。

 しかも村内になだれ込んでくるその数は続々と増しつつあるのだ。

 絶望的な戦況と言えた。

 今度はレナーテが左手を引きつけて剣を腰だめに構える。

 左肩の痛みがひどくなっていたのでもう大きな構えは取れないのだ。

 同じ構えで受けて立つプセヒパーテン。 

 ちゃりちゃりと音を立てて互いの剣先が触れ合う。

 レナーテの力負けは明らかだ。後ろに下がり続けなければ強力な突きですぐさま防御をこじ開けられるだろう。

 調子づいたプセヒパーテンは何度も大ぶりの攻撃を繰り出しレナーテの剣を叩き落とそうとする。力に劣るレナーテはそう何度も攻撃を受けていられない。

 幾度目かの接触の時、意を決して鍔迫り合い(バインド)へ移行する。

 力と力の拮抗、レナーテは左肩の痛みに耐えながら全力でその状態を維持する。

 ふと、プセヒパーテンが剣を引こうとしているのを感知する。

 また罠か? そう思う間もなく間合いの中へと踏み込んでくる。

 そして剣を握るレナーテの腕をつかむ。剣を奪おうとしているのだ。

 咄嗟に構えを解いて後ろに下がる。

 危なかった。

 プセヒパーテンはレナーテを生かして捕えようとしているのだろうか。

 レナーテは舐められているという思いを強くする。


「死なれては戦が早々と終わってくれないからな、余の剣の下で地に伏しながら農民軍全体に降伏の指示を出してもらおう」


 ほざけ! レナーテは叫んで切りかかる。

 そちらがその気ならこちらもそうさせてもらおう。

 再度バインドに持ち込む。

 今度はレナーテが踏み込むと左手で相手の剣の刃を掴み、右手に持つ剣の鍔をかちあげてプセヒパーテンの剣を奪おうとする。

 果たして、その試みは成就した。

 剣を取り上げることに成功したのだ。

 プセヒパーテンは今や丸腰だ。


「さあ、撤退の指示を出してもらえない?」


 息を切らしたレナーテはもう体力が続きそうにない。

 左肩の痛みも増している。

 しかしプセヒパーテンは余裕の表情だ。


「ああ、これはしまったなあ。まさか女に武装解除させられるとは思わなかった。危険な状況だ。だがそれは私だけではないようだ。後ろを見たまえ」


 ――何? レナーテは剣も持たないプセヒパーテンを脅威とは判断せず、素直に後ろを向いてしまう。

 そこには今まさに槍を向けられ突き殺されようとしているラツェルがいた。 

 その名を叫んで咄嗟に今し方奪った剣を投げつけるレナーテ。

 それは奇跡的にもラツェルに襲い掛かっている男に突き刺さり、その動きを永遠に止めた。

 プセヒパーテンはその隙を見逃さない。

 レナーテの首を押さえ股座またぐらに腕を回すと一気に持ち上げうつぶせに放り投げた。

 べしゃっと地面に倒されるレナーテ。

 プセヒパーテンは手放され転がった彼女の剣を拾い上げると、その左肩を踏みつけて押さえる。

 ぎゃああっ、と声を上げるレナーテだった。


「さて、降伏しろ、と言いたいところだがもはやそうする必要もないようだな」

 

 レナーテは泥の中に突っ込まされた顔を何とか回して状況を確認する。

 あちこちで味方が降伏の意を示している。

 戦闘は散発的になったどころか終息しつつあった。

 敗北したのだ。

 レナーテ率いるアルレルフの村の軍は。


「レナーテさん!」


 ラツェルが叫ぶがどうしようもない。

 形見の剣はレナーテの首に当てられていた。


 やがて、主要メンバーは縛られ、生き残った村人たちは広場に集められる。

 これからどういう目に合うのかは明らかだった。

 既に気の早い兵士の何人かは家々を漁って物品を運び出すのを始めている。

 レナーテもラツェルも縄で拘束され、広場に放り出される。

 すぐに殺されなかったのは村人たちにパニックを起こさせないためだろう。


「最後のチャンスだ。レナーテ。余のもとに帰るつもりはあるか? そうすればその少年もろとも助けてやろう」


 この男にはレナーテを許す気などさらさらなかった。

 ただ命乞いをする場面を期待しての言葉だ。

 絶対の敗北を目にすることを望んだのだ。

 無論、レナーテの意思はそれにそぐうものであるはずはなかった。


「残念だがお前に下るくらいなら死を選ぶよ」


 ラツェルもまっすぐプセヒパーテンを見つめたまま頷く。


「お前のような人間がいるから、お前のような人間が戦争を利用して民を食い物にするから苦しむ人間が減らないんだ。領主に絞られ、用兵に奪われ、民がどれほど……。自分がしてきたことをよく思い出してみろ。私は間近で見てきたぞ」


 プセヒパーテンはレナーテの言葉が心底うっとうしいらしい。眉根を上げると嘲り侮る言葉を返す。


「お前の青臭い正義感には付き合いきれんな、まったく。この世の害悪の原因は全て我々傭兵隊長にあるとでも言わんばかりだな。我々とてただの企業家に過ぎない。暴れ馬のただの乗り手に過ぎないのだよ。まあよい。そろそろ死んでもらおう。君たちの殲滅が今回の主君のお望みなのでね。似たようなことを考える者が今回のことを話に聞いただけで青ざめて死ぬような結末をお望みらしい」


 自分たちの死にざまなどどうでもいい、今の話はどういう意味だ、とレナーテが問おうとしたその時だった。


「囲まれています! 数は……およそ二万!」

「なにっ!?」


 村の中に展開するプセヒパーテン軍を取り囲むように岩山の上に新たな軍勢が現れた。

 みな農民服を着ている。

 農民反乱軍だ。 

 なぜ気づかなかった!? とプセヒパーテンが怒号を飛ばす。

 見張りまでもが略奪に夢中で……と申し訳なさそうに答える将校。

 うなるプセヒパ―テンだった。


「ほら! 武器を捨てな! 数千丁の銃が狙ってるぜ」


 聞き覚えのある声がはるか上の岩山から響いた、ヨスであった。

 レナーテは驚く。

 まさかあの男が自ら農民軍を率いてきて、こんなにタイミングよく助けに来てくれるとは。

 動きが素早かったのはヨスの情報網の御蔭であった。

 彼はプセヒパーテン軍が募兵と出撃のタイミングをを反乱軍の将校たちに伝え、軍を編成したのだった。

 革命側に付いた傭兵と農民の混成軍である。

 ヨスは、英雄は遅れてくるものなのさ、と誰に言うでもなくつぶやく。

 プセヒパーテンたちはなすすべもなく武器を捨てた。

 真っ先に岩山を降りてきてレナーテたちの戒めを解いてくれたものがいる。

 ベルンハルトだ。


「先生も革命軍に加わっていたんですか?」

「こちらとしても驚きですぞ、レナーテ殿。あの日忽然と消えたと思いきやヨス殿から話を聞けば革命軍側にいるとのことではないですか。ささ、お立ちなされ。もう我々の勝利です」


 レナーテは目の前が明るくなっていく感じを覚える。

 ギリギリのところで彼女らは勝利をつかみ取ったのだ。

 遥か岩山の上から銃に狙われたプセヒパーテン軍は、バタバタとみな一斉に武器を地面に置いたのだった。

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