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第十三話 少年ラツェルとレナーテに苦難が襲い掛かる

 ある日、いつものように雇われた店の番をしていると、見知らぬ背の高い男がやってきた。

 ここに有名な用心棒の女性はいないか、と明らかにレナーテのことを探しているようだ。

 それに躊躇なく答えるレナーテだった。


「女性でありながら大変お強いと聞き及んでおります」


 店の一席を借りて座るとその男性――アルトドルファーと名乗った――は世間話もそこそこに本題に入る。

 ラツェルは後ろに控えて彼が妙な真似をしないか見張っている。

 レナーテの背中を守るような習慣が自然と身に付いていた。


「実は要件なのですが……。決闘請負人をしてほしいのです」


 大仕事だ。決闘裁判……。

 時代遅れのそんな風習がこの地域ではまだ民間では行われているという話だ。

 レナーテは事と次第によっては請け負うつもりであった。

 そこに正義があるのなら。 

 果たして、男から聞かされた話は次のようなものだった。

 なんでも、娘を強姦して殺したがおとがめを受けずにのうのうと生きている資産家を決闘でうちやぶってほしいとのこと。

 それが本当なら、と乗り気になる。


「喜んでお受けいたします。日取りはいつでしょうか」

「一週間後」

「わかりました」


 レナーテの返答にアルトドルファーは満足したようで、洋々と帰って行った。

 レナーテはすぐさま動き出す。

 今の話の裏を取らなければならないのだ。


 情報屋から買った情報をもとに目標の人物のいる屋敷を訪れる。

 大枚はたいて貴族らしい格好をし、貴族らしい振る舞いをしてみるとあっさり通してくれた。

 流浪の女騎士という設定が屋敷の主人の興味を引いたらしかった。

 ラツェルは小間使いという役回りだ。

 二、三日逗留させてほしいと言うと使用人を通し、夕食を共にしたいと申し出てきた。

 広間に通され長テーブルに座り主人を待つ。

 こういう場に全く慣れていないラツェルは落ち着かない様子でレナーテの後ろに控える。

 やがて屋敷の主人が姿を現した。


「やあやあ、お待たせしてしまって申し訳ない、長旅でお疲れでしょうがどうか旅の話をお聞かせ願いたいという私のわがままに付き合ってはくださりませんか」


 主人は名をブットラーと言った。

 ――この男が強姦魔だと? 慎重に見極めねばならない。

 ただの用心棒としてただの決闘をするわけにはいかないのだ。

 そこには信念に悖るものがあってはならない。

 レナーテは脚色を交えた旅の話もそこそこに核心へと単刀直入に話題を変える。

 すなわち、近々決闘があると巷で噂になっているのだがその当事者はあなたではないか、と。

 ずばり聞かれたブットラーはひどく驚く。


「まさかそんな噂が立っているとは。秘密のはずなのですが。それならば敢えて隠し立てはしません。ええ、確かに私は決闘の申し出を受けました。その際は私自らが決闘の場に立つつもりです」


 この老人が私の相手になるだと? レナーテは訝しむ。

 それならばわざわざレナーテの様なプロの人材を雇わなくても済む話だ。

 怪しい。レナーテはアルトドルファーの申し出に違和感を覚える。

 だがここはブットラーの背景を探ることに集中する。なぜ決闘をするのかお教えいただけますか? 

 彼女はそう続ける。

 少し踏み込み過ぎただろうか。

 しかしブットラーはあっさりと答える。


「実は……。私は許されざる大罪を犯しました。とある方の娘を暴行し、死なせてしまったのです。一生の過ちでした。深く後悔しております。できることならこの罪を清算したい。そのためにはこの命さえも差し出す……いや、正直に申しましょう。許されたいのです。この上で生き続けたいのです。あさましい願いでしょうか? はは、こんな話を旅の御方にするだなんて、私も老いたものですなあ」


 ――この人は苦しんでいる。

 レナーテはそう直感する。

 父が言っていた。

 精神の等級はどれだけ深く苦しんだかで決まるのだと。

 この人の苦悩はきっと海の様に深いのだろう。

 この人を救ってあげたい。強くそう思った。

 そしてそれはレナーテ自身の救済でもあった。

 過去の罪に悩んでいるのは自分もこの老人も同じなのだと。

 こうなっては簡単にアルトドルファーの申し出を受けるわけにもいかなくなったぞ……レナーテはブットラーの屋敷の寝室でラツェルと共に悩むのだった。


 決闘の朝が来る。

 レナーテは見届け人としてラツェルを連れ、約束の日、約束の場所にやってくる。

 雪積もるとある廃墟で約束の人物と落ち合う。

 寒さの中、湯気を上げそうなほど興奮しているアルトドルファーは、憎しみに曇った目をらんらんと輝かせながらレナーテを待ち受けていた。


「お待ちしておりました。本日はわが剣となって憎きあの男を、わが娘を辱め殺したあの男に天誅を食らわせていただきたい」


 それなのですが――とレナーテは切り出す。

 ブットラーに直接会った時のことをかいつまんで話して聞かせる。

 彼は今は自分の過ちを深く後悔していること、この決闘には死をもって望む覚悟ではあるが、同時に強く生きたいとも願っていること。

 レナーテは自分なりの正義を持ち出し、なんとかアルトドルファーを説得しようとした。


「ブットラー氏を許してやってください、アルトドルファーさん」

「ならん! 奴は悪魔だ!」


 何度頼み込んでもアルトドルファーの決心は変わらなかった。

 仕方ない。

 レナーテは決心する。

 ブットラーと決闘しても要は殺さなければいいのだ。

 目の前で腕の一本でも切り落とせばアルトドルファーの気も晴れるに違いない、そう信じることにする。

 そのか細い可能性に賭けたのだ。


 約束の時刻を回っても、ブットラーは現れなかった。

 怖気づいたか。レナーテはがっかりする。

 しかしそれも人間の自然なありようか。

 そう納得しかけたその時、廃墟の柱の影や壁の裏から一団が現れたのだ。

 傭兵がよく着る派手な服装、どう見ても除隊傭兵、用心棒だった。

 総勢五人。

 まさか、とレナーテは驚く。

 みな銃を構えてレナーテたち三人を狙っている。

 ブットラーが姿を現した。


「まさかあなたがアルトドルファー氏の決闘請負人だったなんて」


 ブットラーは意外そうにそう言う。

 レナーテは驚きを抑えつつ怒気を孕んだ声でブットラーに話しかける。


「どういうことだ! 一対一の決闘ではなかったのか!? どうしてならず者たちを率いる!」

「わたしだって安全に生きたい! こんな決闘など最初からしたくなかった!」

「やはりそうだろう! それだけのことをしてくると思ったわ! だからこっちは凄腕をわざわざ頼んだのだ!」


 アルトドルファーが叫ぶ。ラツェルは予想外の状況に困惑した。


「正々堂々の決闘ということにしなければならんのでな、全員死んでもらう。撃て!」


 レナーテは咄嗟にアルトドルファーとラツェルを抱えて物陰に退避しようとする。しかい所詮女の力。大柄な男を抱えて逃げる力はなく、遮蔽物の影に連れ込めたのは己の身体とラツェルだけだった。発射された五発の銃弾はアルトドルファーを貫いた。


「クソッ!」


 レナーテは毒づく。

 装填作業が済むと再度弾が発射され、甲高い音を立てて石壁に当たる。

 ――装填までタイムラグがあるはず。

 その隙にさっと顔を出し状況を確認する。

 崩れかけた二階に二人、地上階に三人。


「レナーテさん、どうしましょう」


 このまま飛び出して銃に背を晒したまま逃げ切れる自信はなかった。

 ヤるしかない。

 レナーテはラツェルに物陰にいるよう言いつけると覚悟を決めて飛び出す。

 ガーン! 奴らの銃が火を噴く。

 だが間一髪、レナーテは遮蔽物に身を隠している。

 相手の装填作業のタイミングを呼吸を読むように推し量ると飛び出ては遮蔽物に飛び込みを繰り返し接近していく。


「何をしている! さっさと撃ち殺さんか!」


 ブットラーがイラつきながら叫ぶ。

 しかし威勢がいいのもここまでだ。

 ここは崩れかけた廃墟ゆえに遮蔽物には事欠かない。

 すでにレナーテは彼らから十歩の距離に迫っていた。

 焦るブットラーと荒くれ者たち、二階にいる二人が無駄弾を発射した隙にレナーテは一気に距離を詰め、ブットラーを切り捨てた。


「これで契約主は死んだ! もうお前たちが戦う意味はあるまい! さっさと立ち去れ!」


 しかしレナーテの見込みは甘かった。

 荒くれ者の一人が銃を構え、レナーテめがけて撃ちかける。

 咄嗟に横っ飛びで避けようとするレナーテだったが、炸裂音と共に発射された弾はレナーテの右足を貫いた。

 ああっ! と声を上げるラツェルだった。

 倒れたレナーテは太腿を押さえて苦しそうにうめいている。

 どうすべきか、ラツェルにとってはここが思案のしどころだ。 

 このまま助けようと出て行っても撃ち殺されるだけ……。

 どうすれば……。


「っち、雇い主を殺しやがって。どこまで俺らの邪魔をするんだこのアマは。この女は連れてけ。あと一人ガキがいたはずだ。お前は残ってそいつを殺せ。俺たちはアジトへ引き上げる」


 そう言うと五人の内四人は抵抗することができなくなったレナーテを担いで何処かへと去っていく。

 あとに残された一人が喧嘩剣カッツバルゲルを抜いてラツェルの隠れている方にやってくる。

 しめた。完全にこちらを舐めている。

 何とかこの男を生かして捕えてレナーテが連れていかれた場所を吐かせられないものか。

 ラツェルは作戦を思いつき実行に移す。


「あ、あの…」


 何の力もない子供を装って物陰から姿をあらわにしたのだ。


「おやおや自分から出てくるとはいい子じゃねえか。痛くしないからな? そのままにしてろよ」


 男は全く警戒することなくゆっくりと近づいてくるとラツェルから一歩の距離で一気に剣を振り上げた。

 ――今だ! ラツェルはレナーテに鍛えられた速攻の踏み込みで男の股座またぐらに入り込むと、男の膝へと隠し持っていたナイフを突き刺した。

 ぎゃっと短いうめき声を上げて倒れ込む男。

 そしてラツェルは男が剣を掴む右手を体重をかけて押さえこむと、その手首をグサグサと何度も刺す。

 腱が何本も断ち切られ、血がどくどくと流れ出る。

 男は堪らず得物を離す。

 ラツェルはそれを確認すると地面に転がった喧嘩剣カッツバルゲルを思いっきり遠くへ蹴飛ばす。

 遥か彼方へ飛んで行ったそれは白い雪面に落ちると埋まってどこにあるかわからなくなった。

 男の周りの雪は赤く染まっていた。 

 息も絶え絶えに何事か呪いの言葉を吐き続ける。

 ラツェルはその首にナイフを突き立てるとレナーテがどこに連れていかれたか白状させるのだった。


 レナーテは町はずれの彼らのアジトの小屋で椅子に縛り付けられていた。

 顔面は何度も殴打され青あざがいくつも咲いている。

 右太腿の銃創からはいまだに出血が続いている。

 動脈はやられていなくても止血をしなければ危険な状態だ。


「よくも俺らのビジネスを邪魔してくれたなあ。それだけでなくこれまで色々と街で俺らの仲間の仕事に横槍入れやがって。全く舐めた真似しやがったなあ。お前も俺たちの仲間になりゃあ一枚噛ませてやったってのによお」


 完全なる私怨。

 本来何の得にもならないが、自分たちの受けた損害を同じだけ相手に支払わせるという文化がここでも働いているのだ。


「ふっ、あんたらみたいなならず者になんか絶対にならないね」


 レナーテは全身に感じる痛みに耐えつつも強がりを言う。

 だがこの状況は相当にピンチと言えた。

 頼みの綱はラツェルだが……十二歳の子供にこの状況を何とかできるとも思えなかった。

 蹴りがレナーテの腹に飛ぶ。

 それは正確に胃を捉え、内容物を吐き出させるに至る。

 内臓をえぐられた痛みはレナーテの腹部に重い石のように残り、彼女を苦しめた。


「もういい」


 男の一人がつぶやく。

 そしてレナーテに近づくと服を剥ぎ取り始める。

 レナーテは抵抗しようとするが、体力的に敵いそうにない。

 その時、小屋の壁の隙間が爆音とともに火を噴いた。

 レナーテを裸に剥くことに夢中になっていた男が倒れる。


「野郎!? いったい誰だ!?」


 ラツェルだ! レナーテは直感する。

 男たちが狼狽した隙を逃さず、息を大きく吸うと頭を大きく振って、その勢いで椅子を空中で一回転させる。

 自らの体重で椅子を打ち壊すと自由になった足で立ち上がる。

 しかし右太腿の傷がズキリと痛み、全力は出せない。

 目の前であっけにとられている男の股座を蹴り上げたとき、二発目の銃弾が飛び込み正確にもう一人の男を射倒した。

 残る戦闘可能な敵は一人……その男はレナーテの剣を抜くと切りかかってきた。


「レナーテさん!」


 小屋の外からラツェルの叫びが聞こえた。

 レナーテは動じず、縛られた手のまま腰を沈め、敵の懐に入っていく。ドクッと足の傷の出血が激しくなり激痛が走るが構わず力を込めると、剣が振り下ろされる前に全身の力で相手の顎めがけて下から突き上げるように頭突きを放つ。 

 果たして、相手は昏倒した。

 小屋の中に入ると急いでレナーテの傷の具合を見るラツェル。

 弾は抜けているらしかったが、重傷だ。薬がなければ化膿するだろう。


「しくじったね。用心棒稼業で大分恨みを買ってたみたいだ。除隊兵士のネットワークを舐めていたよ。既に私のことは街中に広まっているはずだ。この街にはもう居られそうにない。馬を出すんだ。他の場所へ逃げるよ」

「そんな傷で無理です! いったんどこかへ身を隠しましょう!」

「いや、そんな暇はない。さっさとこの町を離れるんだ」


 レナーテの稼業は相当に邪魔に思われていたらしい。

 街の荒くれ者たちすべてがレナーテを追っていた。

 町に安全な場所などなかったのだ。

 街を出るしかなかった。

 宛もなく。

 希望もなく。


「まったく、正義はどこにあるんだ……やはり独りよがりだったのかねえ。結局人殺しをしただけだ」


 レナーテはラツェルの駆る馬の上、足の銃創の痛みに耐えながら呟く。

 ラツェルはそんなことはない、レナーテさんは立派なことをした。

 正義を成すなら最初はこんなものだ、と言ってやった。

 レナーテはありがとう、だけ言うと暫しの眠りについた。

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