右往左往
こちらもお久しぶりですなぁ
いやぁ。大変なことになっちゃったなぁ。
サリアさんとの戦闘は望んだことではないとはいえ、やっぱりクラスに混乱を産んでしまったみたいだし。
戦いが終わってすぐ、ぼくは双葉薫に手を引かれて競技場内を後にした。
向かう先はもちろん理事長室だろう。それ以外に思いつかないし。
双葉先生はとても焦ってるみたいで話を聞いてもらえるような状況じゃないしなぁ。
本当に困った。
ロマはとっくの昔にマトワレを解除したので元に戻ってぼくらのあとを付いてきている。
…ウルマ姉さんにどうやって謝ろうかな。
そんなことを考えているうちに理事長室が…。
先生はノックもせずに理事長室に飛び込んだ。
「理事長!これは一体どういうことなんですか?!」
「ふぇ?!
え?!何?何が起きたの?!」
突然の訪問者にウルマ姉さんはめちゃくちゃ動揺してる。もう目に見えてあたふたしてる。
「何がって…
クラウンさんのことです!
事前に何も聞かなかった私にも非はありますが、それにしてもなぜ一言も言ってくださらないのですか?!」
「…アトちゃん…?」
あぁ…ウルマ姉さんのジト目が痛い。
「えっと、ごめんねウルマ姉さん。
…その、成行きで主席のサリアさんと勝負することになっちゃって…。」
事の顛末を姉さんに説明する。
…後で何か甘いものでも差し入れしよう。
「…なるほどね…。
アトちゃんには早く《2人目》を見つけて欲しかったんだけど…その前にバレちゃったのね…。」
参ったわね~。と、呑気にそう言うウルマ姉さん。
「ちょっと待ってください。」
双葉先生が見兼ねたように会話に割り込んでくる。
「…その、クラウン?という名前は本名ではないのですか?
さっきからアト、アトと言ってますが…?」
「隠すの面倒だし、どうせいつかバレるとは思ってたわ。ええ。
でもこんな早いとは思ってなかったけどね。」
舌を出してちょっぴりバツが悪そうに「てへ。」とのたまう姉さん。
…やっぱり差し入れなんて無くていいや。
「彼の名前は、アト・C・レイヴィ・アリス。
由緒正しきアリス家の長男にして、時期ロシア皇帝兼支部長との呼び声が高いマトイよ。
…マトワレはロマ・R・レイヴィ・アリス。
私の可愛い妹よ。隠してて悪かったわ。薫。」
「…。」
双葉先生が完全に固まってしまった。
無理もない。こんな突拍子の無い話、驚いて当然だろう。
次に双葉先生が口を開いて言った言葉は、衝撃的な事だった。
「…彼。って…。
……ここ、女子高ですよ……?」
ぼくの名前はアト・C・レイヴィ・アリス。
父のウッドマン・E・ホールディ・アリスにお願いして、マトワレである妹のロマ・R・レイヴィ・アリスを連れてロシアから日本に来ました。
父の言うことには
『向こうでは日本支部の客将として預かってもらうように言伝しておいた。
…ウルマをよろしく頼むぞ。我が息子よ。』
お父様。ごめんなさい。
ウルマ姉さんがやらかしちゃったみたいです。
ぼくはこれから2年間。
ここ『マトイ育成校日本支部(女子高)』で過ごすことになりましたーーーーー。
「ウルマ!いるんでしょ?!入るよ!」
ぼくらがそんな話をしているところに、とても怒ってそうな女性の声が扉の外から聞こえてきた。
かと思ったら返事も待たずに入ってきた。
「…灰さん?!」
「…アト!!
久しぶりね。会いたかったよ!」
言うなり飛びついてくる。
「…はぁ。
灰。そこまでにしておいてくれない?
…うちのアトちゃんが窒息死するわよ。」
「…はっ!」
指摘されそそくさと身を離す灰さん。
…ナイスフォローだ姉さん。窒息死とまではいかなくてもしばらく前屈み間違いなしだっただろう。危ない危ない。
「…!
貴女は…!」
今まで呆然とそのやりとりを眺めていた双葉先生が突然かしこまって一礼をする。
「黒白院殿。
本日はアポイントメントも無く一体どのようなご要件かしら?」
ウルマ姉さんも一応かしこまって喋ることにしたみたいだ。
「要件も何も無いよ。
…アトはうちで預かるはずだったよね?どうして育成校なんかに入ることになってるのよ!」
「自分の国の戦力を養成する学校を『なんか』って言っちゃうのね…。」
ウルマ姉さんが突っ込むが、問題はそこじゃないと思う。うん。
「灰さん。
…支部。空けてきてよかったの?支部長でしょ?」
そう。この人は日本支部の支部長。
その名を黒白院灰。
レートSのマトイにして、支部長達…《メンバー》の中でも随一の速さを誇る女性。
ぼくはいつも灰さんとかに稽古をつけてもらっていたので、かなり仲良しでもある。
年齢は姉さんと同じで20歳である。
「アトが来るのをずっと待ってたんだけどね。
いつまで経っても来ないからウッドマンのおじ様に聞いてみたら『マトイ育成校』に向かった~なんて言うもんだから。
飛んできたんだよ。」
…ぼくの支部を空けていいのかという問いには答えてないな。
「とにかく!アトは私が引き取って行くわよ!ウルマ!」
「いや…あのぉ…それはちょっと…アトちゃんの身分証明が日本校以外に用意されていないというか…忘れてたというか…」
歯切れが悪くしどろもどろになりながら姉さんが言い訳をしている。
「そんなの支部長権限で何とかしちゃうよ!」
…それはダメだと思うな。うん。
「…。(オロオロ)」
双葉先生がめちゃくちゃあたふたしてる。そりゃそうだろう。レートSを超えるマトイが口喧嘩のようなものをしているのだから。
コンコン。
その時、理事長室がノックされた。
「失礼します。」
凛とした声を響かせて入ってきたのは、サリアさんだった。
「話し声が外まで漏れてますよ。理事長。
…お初にお目にかかります。マトイ育成校日本校主席。サリア・オーレタムと言います。」
「…あぁ。うん。そうなんだ。」
至って興味無さそうに返事をする灰さん。
この人は基本他人に興味を示さない。メンバーとぼくら以外とまともに喋っているのはあまり見たことがないくらいだ。
「悪いね。サリアくん…だったっけ?」
サリアさんが返事をする前に、灰さんが突き放す。
「今は大事な話をしているんだ。出て行ってくれるかな。
第一ノックだけで中からの返事を待たずに入ってくるほど、ここには行儀の悪い生徒しかいないのかい?」
有無を言わせない迫力でサリアさんに問う灰さん。
サリアさんは気圧されたように一歩下がってしまう。
「灰さん。大人気ないよ。
…ごめんねサリアさん。この人の言うことは気にしないでいいから、要件を言うといいよ。」
「あれ?!アト?!私今すごい当たり前の事言ってたよね?!なんで私が悪いみたいに言うのさ?!」
うわーんと泣きながらぼくをぽかぽか殴る灰さん。
さっきまでの迫力はどこへやら、だ。
「…え、ええ。ありがとう。クラウンさん。」
「ん?クラウンさん?それってアトのセカンドネームじゃ無かったっけ?」
灰さんに手を引かれて、少し離れたところに移動して小声で話す。
「いや、ぼくの名前はある意味で有名になりすぎてしまったので…。」
「…そうだね。遠距離攻撃を可能とするマトイなんて前代未聞だったからね。
…偽名の代わりってこと?」
「まぁ、そういうことです。」
なるほどねと納得したように僕の頭を撫でる灰さん。
…なんで撫でられてるんだろうか。
「それで、何かしら。サリアさん。
…騒がしくてごめんなさいね。見てわかる通り少し立て込んでるから簡潔にしてくれたら助かるわ。」
姉さんが一応申し訳なさそうにサリアさんに問い返す。
すると、サリアさんは考えもしなかったことを提案した。
「アト・C・レイヴィ・アリス君を、男の子と分かった上でお願いします。
彼を私のルームメイトとすることを認めていただけませんか?」
…………。
部屋の中に沈黙が…。
「えっと、サリアさん?ぼくは男だからここに入学は…しないよ?」
「そ、そうだよな?ウルマ?
アト持って帰るつもりで来たから私手ぶらで帰ったらみんなにキレられるんだけど?」
日本支部の皆さんには仲良くしてもらってるから、おそらくみんな楽しみにしてくれていたんだろう。
…灰さんキレられるのか。支部長なのに。
「え、えっと…ちょっと待って。どうしたらいいのか分からなくなっちゃった。」
姉さんは姉さんですごい混乱してる。
…双葉先生はもう諦めたように死んだ目で宙空を見つめていた。
「ええい!いいからアトの身柄を私に渡しなって!
このままだとウッドマンのおじ様に怒られちゃうでしょうが?!ウルマも私も!」
「そ、それはそうなんだけど…
ほら。アトちゃんのレートまだ決まってないじゃない…?
レート認定の試験まではここで面倒を見るってのはどうかしら…?サリアさんはどうかしら。」
「私はそれまででも構いません。アト君には今日の任務でも2度、助けてもらいました。
そのお礼もしたいので、その案に賛成させていただきます。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!それっていつだっけ?!レート認定のやつ!」
これには僕が答えておく。
「確か1ヶ月後じゃ無かったかな?父様にはそう言われてましたよ。」
1ヶ月…長いよ…とその場に膝をつく灰さん。
「…まあ、それしか方法が無いんだもんね…
ならこっちからも条件をだすよ?」
それでも引き下がらない灰さん。
「…レート認定試験まで、私も臨時教師としてここで講義に参加する。いいよね?」
「いや、支部長の仕事はどうするんですか?!」
たまらず聞き返す。
「そんなのチャチャッと終わらせちゃえばいいのさっ!アトのためだから私頑張れるよ!」
頭なでなでされた。
とりあえずこれから1ヶ月。
とても濃い1ヶ月が待っていそうだなぁ…。
はい。とりあえずこんなところですかね?