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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
8/16

訓練初日午後~偽る翠と蒼の孤独

月一更新に間に合いませんでした。

書き上がってすぐの更新なので、見返してちょこちょこ直すかもしれません。

話数を増やしたくなくて文字数も増えています。


それと活動報告にこの話の後をおまけとして載せました。

ほぼ会話文だけですが、よろしければそちらも読んで頂けたらと思います。

 昼食前に少し待ち時間があった。その間に汗を拭きながら葵ちゃん達に三津鳥伊右衛門のことで詰め寄られた。

 フェールさんがフォローしてくれたから大丈夫だと伝えると遼の機嫌が途端に悪くなる。こちらの世界の人間が信用出来ないからだろう。遼は本当に過保護だ。

 ……何だか声にならない声を出して身悶えしていた寺生くんがいたが無視しとこう。ちょっと気持ち悪かったし、鉄也くんにはたかれてたし。


 またみんな揃っての食事。

 アミューズ三回目にして、食事が辛くなってきた。

 食事内容が胃弱にはしんどい。若者に気を使ったのか、肉とか油ものが多いのだ。

 タンパク質摂取のほとんどを大豆からしかしていない人間にはハードルが高すぎる。湯豆腐が食べたい。


 環境自体は快適だ。食堂にしている部屋には大きなテーブルが二つあるので、奴と取り巻きとシンパ共で一つ、もう一つのテーブルに私や葵ちゃん達に先生や中立派の面々と分かれて座ることが出来ている。奴が近寄ってくると寺生くんがさりげなく誘導してこちらに近付かないようにしてくれるし、葵ちゃんと遼は露骨に威嚇してくれる。

 鉄也くんがまた胃を押さえている。胃弱仲間になる日は近いかもしれない。


 元々学校でも中立派の人達とは会話が成立するので、食事中も積極的にではないが受け答えはした。

 会話の大部分が深夜アニメとか週刊少年漫画とかライトノベルとか、どう考えても放課後の教室みたいな内容になったのは寺生くんが水を向けたからだ。

 ジャンルは違えどオタク仲間らしい緒田内くんや服部くんがそれに乗らないわけがないし、薔子さんも当然と言おうか暴走しそうになるのを美智さんに止められながら語っていた。

 まだ中学二年生の終わっていないらしい山井くんがライトノベルの話から「俺の考えた最強のラノベ主人公」を語りかけたので賀利田くんに首根っこを掴まれて止められていた。


 私もついつい百色神楽の話題になり熱くなってしまう。

 百色神楽は一作目の格闘ゲームから今年で十五周年になる。ゲームだけじゃなくアニメやコミックも網羅していると言うとみんなに驚かれた。余り一つのことに執着しそうに見えないらしい。


「まあ、百色神楽だけ特別かな。色々あった時に、勧められてね。『イケメンを合法的に処せる』って教えて貰ったから、ハマっちゃって」

「ごふっ!?」

「ちょっと、小森先生、大丈夫!?」

「げほっ、げほっ……だ、だいじょうぶ、です」


 私の発言に小森先生が思い切りむせた。尾根先生の問いかけに何とか答えたが、咳反射はなかなか止まってくれないようだ。葵ちゃんに背中を撫でて貰っている。


「か、伽羅橋ぃ? 俺の空耳かぁ? 何だかお前の口から今まで聞いたことのない物騒な言葉が聞こえたんだが……」

「ああ、鉄也くん。大丈夫、今では普通に作品が好きなだけだから」

「そ、そうかぁ」


 あの当時は、自分の持つ奴へのドロドロとした憎悪や嫌悪を煮詰めたような何かを肯定して欲しかったんだよね。

 葵ちゃんと百合ちゃんくらいしか認めてくれる人はいなかったし。

 肯定だけじゃなく平和的なストレス解消の手段まで教えて貰って、本当に感謝しかないよね。


「歌ちゃん、戻ったらそれ貸して」

「うん、いいよ」


 真顔で頼んで来た遼に頷く。「お前、ゲーム下手なくせに」と呟く鉄也くんの向こうずねに遼の踵が入った。鉄也くんがテーブルに突っ伏して悶絶してる。


「イケメンを処すジト目ロリ、だと……リアルサイコたんが御降臨なされたぞー! 今夜は宴じゃー!」

「寺生キショすぎ。うっざ」

「んだと、このエセギャルが!」

「あァ? なんか文句あんの? エロ坊主!」


 五体投地をしようとした寺生くんをこんがり焼けた手でスマホをいじる大磯さんがせせら笑う。

 息がかかるほどの距離でメンチを切り合う二人を賀利田くんが止める前に、食器が浮くほどの勢いでテーブルが叩かれた。


「尾根先生?」

「食事中は、静かになさい」


 恐る恐る音の方へ顔を向けると、一切の表情をなくした尾根先生が平手をテーブルに乗せていた。

 私の問いかけに先生は静かに答える。騒いでいた二人は直立不動の姿勢を取る。


「サー、イエッサー! 尾根軍曹、了解であります!」

「オネママ、りょー。ごめんなさぁい」

「なら、時間もないし早く食べちゃいなさい」


 反省してるんだかしていないんだか分からない謝罪に一応の納得を示し尾根先生は食事を再開する。のろのろとこちらのテーブルの面々もフォークを動かした。

 私も尾根先生の迫力に圧されたのか、いつもより多く食べられた。

 胃もたれで体が重い。






 * * * * *






 属性スキルの練習はまさかの王族登場でどよめきが起こった。

 ジャスプさんの隣でにこにこ笑うエメロード王女は何故か私から目を離してくれない。魔法素養や属性スキルを丁寧に説明してくれるジャスプおじいさんから目を離さない私を、王女様は見つめ続けている。左隣に座る遼の警戒がマックスだから止めて頂きたい。

 あとやっぱり目の端にちらつく寺生くんが、とてもいい笑顔なのが非常にうざい。本当にこの人遠慮がなくなってるな。


 あ、おじいさんからエメロード王女にバトンタッチした。クラスメートが持っている属性スキルとレベルに応じた言霊(スキルキー)、いわゆる呪文を説明してくれる。

 うん、ある程度予想はしてたけど目が私を向いたままだ。

 そろそろ奴のシンパ共の中で、エメロード王女を気に入っているらしい一部からの殺気の籠もった視線がうざったくなってきた。

 顔を伏せて配布された羊皮紙に言霊を書き取りながら、ジャスプおじいさんの説明を復習する。もう終わるまで顔は上げるものか。


 ジャスプおじいさんによると魔法素養だけはステータスの中でその人の潜在能力を表すらしく、死にかけたりだとかしない限り生涯変わることはないらしい。

 よって、私は死にかけない限り魔法を放つことは出来ないようだ。まあ、分かっていた。


 魔法素養は今までの歴史で百が最高だったみたいだが、大磯さんが百二十を叩き出して歴史を覆したらしい。

 本人は気にせずスマホでメモを取るのに忙しそうだった。見た目はあれだが、彼女は勉強に対しては真面目だ。


 属性の種類は多いので大部分は割愛された。メジャーなのは地水火風の四属性に光、闇、治癒の計七属性。これらを大属性と言うらしい。

 光、闇、治癒は知名度はあるが存在数は少ないのでレアだ。うちのクラスには全部揃っているが分母に比べると圧倒的に多い割合らしい。流石チート。

 属性スキルで発現するものを魔法と言うらしいが、一レベルごとに魔法は大体三つから五つと個人差があるらしい。

 スキルが生えていないと、長ったらしい言霊の詠唱で魔法を出すことになる。スキル持ちは魂に言霊が刻まれているらしく、無詠唱でも威力は弱まるが魔法を打てるらしい。

 そういえば、休憩中に遼は教わることなく治癒術を使っていた。スキルが手に入った瞬間、自然と言霊がいくつか浮かんできたらしい。


 それでこれから魔法の訓練で行うのは、使えるスキルの確認と後天スキルの取得。

 FFBBと略されていた長ったらしい名前の腕輪にもはまっている、魂石が散りばめられた体育館のように広い石造りの空間で練習するそうだ。外だと魔法の余波で周囲が破壊されることがあるので、魂石で相殺するらしい。


 エメロード王女からの説明が終わり、早速魔法訓練室へ移動する。王女様は先頭で道案内をしていたのでさりげなく最後尾からついていく。

 視線がなくなり軽く強ばっていた体がほっと緩む。先頭では奴に話しかけられてにこやかに答えるエメロード王女。

 少し恥ずかしいようなはにかむ笑顔はどう見ても奴に恋しているとしか思えないんだが……それにしては私を凝視する目に敵意は見えなかった。

 不思議に思っても心が見えるわけではないので、頭の片隅で警戒しながら魔法訓練室で訓練の説明を受ける。


 御影石のような質感の石で作られた部屋は少し肌寒かった。

 訓練は武具訓練と同じくマンツーマンの個別指導らしい。私はやればできる子になれるのだろうか。

 それよりもまずサボろうと心の隅っこで黒いものが囁いている。目の前に立つ女性のにこにこ顔に顔がひきつりそうになる。


「カラハシ様、よろしくお願いします」

「……よろしく、お願いします」


 真っ直ぐサラサラな髪をしたお姉さんと違い、緩く波打つ髪を持つ妹さん。瞳もお姉さんの硬質的なつり目と違い、春の日差しを浴びる新芽のような柔らかい翠をした大きく丸い目。

 何で私のトレーナーがエメロード王女なのだろう。男子共の殺気で背中が痛いんだが。

 寺生くんは声なき声で悶えていてとてもイラッとする。鉄也くんが代わりに殴っておいてくれたみたいだ。ありがとう、鉄也くん。


 軋む音が聞こえそうなほどに大槌を握り締めていた遼へ、大丈夫と答える代わりに小さく手を振っておいた。いつもより目が鋭くなっている葵ちゃんにもへらりと笑いかけておく。

 それをエメロード王女は微笑ましいものを見るような目で見つめていた。年が近そうなのに、その雰囲気は大人のものだ。人の上に立つことが決められた人生だから、成熟せざるを得なかったのかもしれない。


「魔族や魔物もスキルでの攻撃をしてきますので、ここで属性スキルの発動を見ることは役に立つと思います。

 初めて見るよりも、一度経験なさった方が対処する余裕も生まれると思いますし。

 わたくしは光と闇は扱えませんが、残りの七大属性は扱えますので練習にはちょうどいいかと」

「はぁ……」


 胸の前で手を合わせて自分をプレゼンする王女様。

 つい、気のない返事が出てしまった。王女様はそんな私をにこにこと見下ろしている。


「あの」

「何でしょうか」


 こくんと首を傾げる様は、女の子の憧れが形になったみたいだった。

 いいなぁ。とは思うが、なりたいかと問われると大変そうだと思う。


「あっちじゃなくて、いいんですか」


 私はジャスプ神官長からトレーニングを受けている奴を見る。

 もう手から炎が出ている。チートの筆頭格は流石だな。


「ああ、ヒジリカワ様ですか」


 何気ない様子でエメロード王女は奴へ目を向け、すぐに反らす。

 その目に先ほどのような輝きはなく、好意的なものではあるようだがどう見ても恋をしているようには見えない。

 どういうことだ。


「……わたくし、許嫁がいるんです」

「許嫁、ですか」


 囁くような、聴覚強化を持つ私にだけ聞こえる声で王女様は話す。

 許嫁の姿を思い浮かべたのか、ふわっと綻んだ顔は正に恋をしているそれだ。


「はい。ヤマイ様に教えている彼です……あんな冴えない見た目ですけど、ジャスプ神官長の孫でかなりの実力があるんですよ」

「え、そんなことは……優しそうな、人じゃないですか」


 山井くんに教えているのは赤茶けた髪の青年だった。

 本当に冴えなかった。太めの八の字眉毛がいつも困っているように見えるのが良くないのだろうか。

 夕焼けの公園で段ボール箱に入れられた子犬みたいだ。冴えないだなんて、と否定してあげたかったが出来ずに陳腐な誤魔化しをしてしまった。


「いいのです。周囲からも余り良くは思われてませんので」


 王女様は寂しそうに目を伏せる。

 ああ、もしかして。


「虫よけ」


 私の呟きに、王女様は答えず微笑むだけだった。

 なるほど、王族は綺麗なだけでは務まらないみたいだ。


「でも、何で私のトレーナーに?」


 サフィール王女が言っていた特記事項の為か。


「お姉様が気になさっていたので、わたくしも気になってしまったのです。お話してみて納得しました」

「納得?」

「はい」


 納得って、何のことだろう。


「カラハシ様はお姉様に似ていらっしゃいます。気になされるのも納得でした」

「私とサフィール王女が? ……私には容姿も性格も境遇も、何一つ似ているとは思えませんが」


 サフィール王女はあんなに綺麗で、厳しそうだがまともな性格みたいだし、王族で魂器だって凄そうだった。

 ガリガリで死んだ魚の目をした陰険なチビに加えて、最弱なステータスと些少なバフしか出来ない魂器を持つ私がニアイコールになるわけがない。


「さあ、練習を始めましょうか」


 エメロード王女は私の言葉に答えず、笑って話を終わりにさせた。

 私としてもあえて続けたいと思う話ではなかったので、練習に移った。


 分かってはいたがどれだけ言霊を唱えても、私が魔法を使えることはなかった。一人だけ漫画の真似をしている人みたいで非常に恥ずかしい。

 途中から耐えられなくなり、耐性スキルを得ようと王女が放った魔法を受けていた。腕輪のお陰で当たった時に衝撃はあるが、痛くはない。ただ、魂石の消耗が激しい。

 ソウルポイントの補充は出来ないので、王女様頼みだ。五発も喰らえば白い石は黒く染まってしまう。

 いつもソウルポイントが補充出来るとは限らないから、注意しておこう。






 * * * * *






「まあ結局、耐性スキルは取れなかったんですけど」

「異世界の方と言えど、後天スキルの取得は難しいと言われています。焦らず地道にやっていくしかないと思いますよ」


 魔法練習後の座学は、この大陸のこととかお金のこととかをざっくりと教わった。

 教師役はアレクサード王子とサフィール王女だった。サフィール王女が説明をし、質疑にはアレクサード王子が応答していた。

 王族が直接教授することで王国の本気度を示しているのか、それとも他の理由があるのか。それは分からないし、私が気に留めても仕方ないことだろう。


 午前は武器訓練、午後は魔法と座学。夕食と風呂を終えたら就寝、と言うのがこれから一ヶ月の過ごし方となるらしい。

 私はそれに、サフィール王女との音楽会が夕食と風呂の間に入る。


 夕食後に部屋で待っていると侍女さんがやって来て、サフィール王女の自室へ連れて行かれた。扉を開けてくれたのは午前振りのフェールさんだった。

 フェールさんは今も部屋の隅で直立不動のまま、会話に参加せず私とサフィール王女の会話を聞いている。


 私は女性の部屋とは思えない質実剛健とした部屋で、異世界の王女様とアニメソングを聞いている。しかも仲良くお手手繋いで、向かい合って会話しながらだ。異様の一言に尽きる。

 会話の内容はガールズトークとは無縁。王女からの私の魂器に対する報告の後、王女様から今日の一日を尋ねられ私がそれに答えていた。

 高校入試の時にやった面接の方が、もう少し柔らかい雰囲気だった気がする。


 サフィール王女から聞かされた私の魂器に対する事だが、バフの持続時間はまる一日だったそうだ。

 昨日曲を聞いたのが九時前で、バフが消えたのが私が来た九時頃より前だったのでそう結論付けたらしい。この世界では私のプレーヤーに出ているような分単位の時計はなく、一時間毎に知らせるタイプらしいので二十分くらいなら誤差がありそうだが、持続時間が一日なら気にする程ではないだろう。


 報告を受けた後、まずは銀貨を十枚積まれた。これが本日のジュークボックス業の代金となるらしい。

 銀貨の単位は「アル」で、百アルで一オーロだ。一オーロが十万円なので、一アルは千円。音楽会は約一時間を予定しているので、時給は約一万円となる。

 ボりすぎじゃないだろうか。

 そう聞いてみたら、「十ポイントの曲が十曲分なので妥当かと」と言われてしまった。一曲の時間は四分とか五分が多いし、一時間で聞けるのが大体十曲前後と考えれば妥当か。


 十枚の銀貨をミュージックポイントに変えると、本日の検証タイムの始まりだ。

 まずは昨日聞いた曲について。これはもう一度聞くことも出来たし、バフも再度かけることが出来た。今回はステータスアップではなく、私にもバフがかかった。無料でステータスアップさせないのは当然か。

 バフは何度もかけられそうだが、使えるのは一日に一回みたいだ。連続使用は曲選択が黒灰色に塗り潰され不可になっていた。持続時間もリキャストタイムも二十四時間って、随分ざっくりした作りなようだ。


 バフは恐らく何曲でも重ねがけが可能。今回は十曲分なので、百ポイントのバフになる。

 凄い、かと思いきやそんなことは全くない。曲を聞いた時間がバフに影響するからだ。今の所十ポイントまでしか解放されていないので、百ポイント上げるのに約五十分前後かかる。急な戦闘でのバフには全く使えないし、曲毎に上昇差異はあるがステータスにある六つ全てが上がることが多いので無駄も多い。

 例えば、武器スキルメインに戦う人はそこまでスキル攻撃力を上げる必要はないし、属性スキルメインに戦う人は攻撃力を上げる必要はない。

 持続時間がまる一日と言うのもそこまで魅力ではないらしい。治癒術以外の大属性にはどれか一つのステータスなら大幅に上げる言霊もあるし、そのものずばり「付与」と言うバフとデバフを扱える支援特化のスキルもある。持続時間も二時間前後はあるのでそこまで悪くない。


 完全に「異世界式MP3プレーヤー」の出る幕はない。

 これで「有意義なミュージックライフ」なんぞ送れるわけがない。


 サフィール王女がこちらの訓練報告の後、八曲目辺りで説明してくれた内容がこれだった。

 もちろん、丁寧過ぎるほど過剰包装されていたオブラートを剥がしてダメージを増やした自分がいけないのだ。王女はこちらに気を遣って言葉を選んでいた。斜に構えている自分が悪いだけだ。


「ですが、カラハシ様の魂器には付与などにはない特徴もありますよ」


 表情を変えたつもりはなかったが、気分が暗くなったのが分かったのだろうか。九曲目を聞きながらサフィール王女は淡々とした口調のまま話す。


「何でしょうか」

「音は気分に影響を与えます。

 戦争で騎士達が太鼓を打ち鳴らすのは高揚感を沸き立たせる為です。晩餐会で楽士を呼ぶのは落ち着いた気分で食事をする為です。

 吟遊詩人の最高峰に立つ者は、たった一つの物語を声音を変えて悲劇にも喜劇にも変えることが出来ると言われています。

 音は人の心を動かします。同じように、言葉も人を動かします。

 カラハシ様のもたらす音楽は、その両方を兼ね備えている。それは、付与には真似出来ないことですよ」


 硬く、真っ直ぐで、淡々とした温度のない声。

 髪や目と同じサファイアブルーではなく、それよりも白に近いアイスブルーのような声は、私の暗くなりかけた気分を少しだけ明るくしてくれた。

 どう聞いてもサフィール王女は実行出来ていないなぁ、と思ったが、ひねくれた私にはそれがちょうど良かったみたいだ。


「ありがとうございます」

「いえ。こちらこそお礼を言わせてください。十曲全て曲調を変えたものを選んで頂いたようですね。

 三曲目がパルテネ音楽に少し近いでしょうか。どれも素晴らしいですが、六曲目が特にいいですね」

「まさかの六曲目……」


 三曲目って、確かフランス出身のキャラクターの歌だったかな。声優さん(なかのひと)が百色神楽に出てるから買ってみた奴だ。百合ちゃんに呆れられたけど、その当時は百色神楽のキャラソンでまだその声優さんが歌ってなかったんだよね。歌声がどんなだか気になるのも仕方ないと思う。

 それにしても、音楽がフランスっぽいのか。料理もフランス料理っぽいのが出てきたし、風土が似ると文化も似るのかな。他の人は知らないけど、サフィール王女とエメロード王女はフランス語のサファイアとエメラルドだし、あり得るかもしれない。


「カラハシ様。六曲目だと何かまずいでしょうか」

「あ、いえ。そんなことはありません」


 じっと見つめるサフィール王女へ首を振って否定する。

 ただ、疲れてるのかなぁって思っただけだ。いるか聞いていないが、許嫁の王子がどうしようもない奴とかなのかと邪推しただけ。


 六曲目のタイトルは「ローリングソバットプリンセス~王子様なんて待ってない!」だ。

 ネットでの略称は「炉利蕎麦姫」で、ドラゴンに囚われたお姫様が助けに来た王子を蹴り飛ばす内容だ。「女がみんな、あなたの言うことを聞くお人形だとでも思っているの? そんな、何様?俺様!王子様!!なんて、ご挨拶。 ローリングソバットで延髄切って退場願いましょう? 帰れ!帰れ!」とシャウトするサビが印象的だった。私もかなり好きだ。

 曲調がロックとヘヴィメタの中間くらいだったので、ヘヴィメタ入門くらいの気持ちで選んでみたのだが。

 ストレス、溜まっているんだろうか。


 ああ、でも。

 ふと、午後の訓練でエメロード王女に言われたことを思い出し、自分の口元が緩んだのが分かった。「どうしましたか」と、サフィール王女は表情を変えず問いかけた。


「いえ、エメロード王女様から言われたことを思い出しまして、つい」

「エメロード王女が何か?」


 先ほどの報告では、エメロード王女に許嫁がいると聞いたことだけ伝えていた。許嫁のことは周囲からよく思われていないらしいので、知っていたらまずいかと思ったからだ。サフィール王女の返答でそれは杞憂だと分かったのだが。

 それ以上の会話は雑談だと思ったのでサフィール王女には言っていなかった。だから、今から話すのは雑談のつもりだった。


「サフィール王女様と私が似ていると言われました。何一つ似ていないと思ったんですが……音楽の好みは似ているみたいだな、と。私も六曲目はお気に入りなんです」


 雑談のつもり、だったのだが王女には違っていたようだ。

 私の手を握る力が、ほんの僅か強くなる。相変わらず表情は変わらない。しかし、瞳のサファイアが少しだけ曇ったように思えた。


「サフィール王女様?」

「カラハシ様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい、構いませんが」


 問いかけに、問いかけで返され私だけが答える。王女は一度、胸にかかった己の髪を摘んで払った。


「カラハシ様にとって、『蒼』とはどのような色ですか」


 話の流れに合わない、唐突で抽象的な質問だ。だが、彼女の中では流れの一つなのだろう。声の中に、一つの芯のようなものが感じられた。

 だから私も少し考えてみることにした。蒼や青に関連するイメージなんて、アニメや漫画が好きならたくさんあるだろう。冷静沈着で知的な参謀が一般的だろうか。最近だと元気な青い子とか、俺様な青とかもいるみたいだけど。


「私達の世界では、青は冷静だとか知的なイメージが多いですね。王女様に合っていると思いますよ」

「カラハシ様も、そう思っていますか」


 ふつりと九曲目が終わる。私の答えは王女様のお気に召さなかったようだ。頑なに私がどう思うかを聞いてくる。

 蒼い髪や瞳に何かコンプレックスがあるんだろうか。そういえば、緑や紫はいたけど青そのものはサフィール王女しか見ていない気がする。


 まあ、パルテネ王国で青が忌避される色だとしても私には関係ないから考えるのは止めよう。

 私はこの人に出資して貰わないとステータスが上がらないのだし、この世界の人間じゃない私には蒼い髪もピンクの髪も同じくらい違和感しかないのだ。


「思いますよ。でも一番に浮かぶのはそれじゃないですけど」

「では一番に浮かぶのは何なのでしょうか」


 十曲目を選びながら答える。今度のは少し長い曲だ。

 ゆったりとしたオーケストラ調の前奏が流れる。七分あるこの曲は前奏も長い。歌が始まる前に、私はこちらを見つめ続けるサフィール王女へ自分の印象を話す。


「私にとって蒼はお人好しの色です。自分を犠牲にしても他者を思いやるような、母性溢れる優しい色です」


 もちろん、百色神楽の話だ。格闘ゲーム・百色神楽の初代ソフトで、プレイヤーが扱えるキャラクターは隠しキャラを入れて九人。その中の一人に蒼がイメージカラーのキャラクターがいる。

蒼地(そうち)の女王』と呼ばれるそのキャラは、対戦前に必ず相手を思いやる台詞を言う。自分が勝利した時は負けた相手へ配慮し、敗北した時は自国民の未来に涙する。

 声優さんの技術もあるのだろうが、それが嫌みじゃないのだ。姉萌えの人は軒並み蒼地の女王の母性にやられてしまう。


 十曲目に選んだ曲は蒼地の女王の中の人が歌っているものだ。

「みんなの永遠のお姉さん」と言われる中の人が透き通る優しい声で歌い始める。オーケストラ調の曲とあいまって、教会にいるような気分になる。


 サフィール王女は「優しい曲ですね」と感想を言ってから、微笑もうとして失敗していた。眩しそうに目を細めたようになってしまった王女様は、口元も歪める。

 不格好だが、自嘲しているのはちゃんと伝わった。


「カラハシ様の思う蒼は、私と随分違いますね」


 それは彼女の考えにだろうか、それとも彼女自身になのだろうか。

 物語の主人公ならば、上手く察せて彼女の瞳の曇りを晴らせるのかもしれない。

 だが私は主人公には到底なれない器だ。そもそも死んだ魚の目をした発育不良のチビが主人公になれるわけがない。

 少なくとも、私はそんなキャラクターがメインの物語は見たくない。


「一つの色を見た時に、それがどれくらいの明るさと濃さを持った色なのか感じるのは、人種や性別でかなり違うらしいですよ」


 百合ちゃんは人より多く見えるらしくて、よくそれで文句を言っていた。発注した色と違う色で印刷されるのは日常茶飯事なのだそうだ。

 原本と印刷されたものを見せて貰ったが、私には違いが分からなかった。


「自分にしか見えていない色を他人に理解して貰うのは難しいです。同じように、他人にしか分からない色を説明されて、理解出来るかは難しいです」

「カラハシ様?」


 サフィール王女の声に困惑が混じる。

 それはそうだろう。自分でも何が言いたいか分からなくなってきているのだから。


「王女様の思う蒼が蒼でいいんじゃないですか。『自分の認めた色以外蒼じゃない!』と、他人に押しつけたりしなければ何を思うかは自由ですよ」


 まあ、それに対して外野がやいのやいの言う可能性は今は置いておく。それを言ったらキリがなくなる。

 王女様が蒼にどういった印象を持っているのかは尋ねなかった。モブ女は踏み込まず自重すべきだと思うし。


「カラハシ様」

「はい」

「ありがとうございます」

「……どう、いたしまして」


 何だ。

 ちゃんと笑えるんじゃないか。


 私は言いたいことを言っただけなのに、励まされたと思ったみたいだ。わざわざ否定することでもないので、勘違いさせたままにする。

 長い曲が終わると今日の音楽会は終了だ。さあ、帰ろうと立ち上がった所で問題が発生した。

 上がったステータスに体がついていかず、盛大に転んでしまったのだ。


「フェール。明日からの訓練は後天スキルの取得ではなく、上昇したステータスに体が慣れる訓練を主にしてあげてください」

「承知しました」

「カラハシ様、明日からしばらくは一ポイントの曲を選びましょう。お怪我をされたら、大変です」

「……はい」


 昨日は体が軽くなったかな、と感じる程度だったのに今日の体感はひどかった。ジャンプするような踏み込みで歩こうとするので脳が混乱してしまった。

 まあ、元のステータスの何十倍と上がったのだからそれもそうかもしれない。




『伽羅橋 歌乃 十六歳 女


 MP:990


 攻撃力:21(17up!)

 物理耐性:18(15up!)

 俊敏性:23(20up!)

 精度:16(14up!)

 スキル攻撃力:24(22up!)

 スキル耐性:14(12up!)

 曲魂解放率:1%未満


 再生中の曲魂:なし


 スキル一覧

アミューズ言語(極) 異世界式MP3プレーヤーVer.1.00 聴覚強化Lv.1 精神耐性Lv.3』




 スキル攻撃力(いらない子)が一番上がってしまった。

 体が慣れるまでに一ポイント曲で上昇傾向を掴んだ方がいいだろう。今必要なのは、防御力と素早さだろうか。とりあえずスキル攻撃力は後回しにしたい。

 ぽつりと言われた台詞が気になる。「おかしいですね。普通このようなことにはならないのですが」って、もしかして魂板の記載が変わったせいなのだろうか。

 変なアプリをインストールしたから、バグった? 考えたら怖くなってきたので頭から追い払う。どんどん自分がパソコンじみて来ているなんて考えたくない。


 帰ろうとしてふらふら立ち上がったら、サフィール王女に止められた。

 何だろう、と思っているとフェールさんにお姫様抱っこされた。ちょうど王女様の警護の交代があるので運んでくれるらしい。

 恥ずかしい? 一緒にお風呂に入る約束を葵ちゃん達としているので時間をかけたくない。

 それに、しがみつく力加減を調節するのに必死でそれ所じゃなかった。フェールさんから何回か声をかけられたが、かなり流して聞いてしまった。

 気を遣って貰えたのか人とは遭遇しなかった。一安心と共に、困ったことに気付いてしまう。


 お風呂、どうしよう。


 髪だけは、抜けないように洗わないと。もうハゲは作りたくない。

お読み頂きありがとうございました。


活動報告のおまけはこの後のお風呂についてです。

色気は欠片もないので、期待はしないでください。

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