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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
7/16

訓練初日午前~謝罪の腐女子と寺生まれの百合男子

お久し振りです。三ヶ月も経っての更新になります。

念のための注意なのですが、サブタイトルにある通り腐女子と百合男子が出てきます。

腐妄想はありませんが、百合男子が主人公で楽しんでいたりするので苦手な方はご注意ください。

 朝が来る。

 食事をとり私達は配られた服に着替え訓練場に向かう。


「歌ちゃんんん! 今日も可愛いっ!」

「はいはい」


 グラウンドのように広い訓練場で、思いっきり遼に抱きつかれる。

 私と小森先生だけ、みんなと違い訓練着がぶかぶかだった。想定外に小さい私達に王城も対応出来なかったらしい。ちくしょう。

 袖を二つも三つも折った状態が遼のツボに入ったらしく、副騎士団長のおじさんが来るまで頬ずりされた。

 葵ちゃん笑ってないで止めて。


「よーし、勇者殿方。早速始めるぞー」


 おじさんの号令にみんな体育の時のように並ぶ。背の低い順に横に五人ずつ並んでいく。当然ながら一番前の右隅(いちばんのチビすけ)は私だ、ちくしょう。

 尾根先生が男子側、小森先生が女子側の先頭に立ち「お願いします」と頭を下げる。私達も遅れて「お願いします」と頭を下げた。

 示し合わせてもいないのに声が揃う所が日本人的だな、と思う。


「お、おお? 知ってはいたが、いざ目にすると異世界ってのは凄い所だな。

 軍隊にいたわけでもないのに、そんなに綺麗に揃うとはなぁ」


 目をパチパチと瞬かせ、副騎士団長は自分の顎髭を撫でながら感心した。

 しかし、すぐに隣に立つ若い女性に脇を小突かれ、慌てて表情を引き締めた。


「……ん、すまん。申し遅れたが俺はパルテネ騎士団の副団長をしているアシエと言う。

 勇者殿方には大変申し訳なく思うが、これから戦う為の技術を教えていくことになる。

 もちろん、戦いの出来ない者もいると思う。だが、昨日テラキ殿が言っていたようにアミューズは異世界よりも危険が多い。身を守る術を覚えるのは君達の助けとなるはずだ。

 慣れないことで辛いとは思うが、これから俺についてきて欲しい」


 全員が揃って返事をするとアシエ副団長は満足そうに頷いた。部下の一人に合図をするとたくさんの腕輪を持ってこさせる。


「ではまずはこの腕輪を着けて貰う。これは三百年程前の勇者が作ったものだ。身に着けた者同士の攻撃を無効化する腕輪でフレンドリー()ファイア()ブロック()ブレスレット()と言う。これで訓練中の事故を防ぐ」


 いきなり怪しいアイテムが登場した。見た目は大きな白い石のはまった幅広の腕輪だ。よくよく見てみれば騎士団の皆さんがはめているのと同じだった。


「右でも左でもどちらでも良いので、はめたら各自所持している魂器によって分かれてくれ。

 刀剣類、槍、槌や斧などの大型武器、短剣などの小型武器、弓などの射撃武器はそれぞれの武器を持っている団員の所へ向かって欲しい。スキルレベルに違いがあるので一対一で教えていこうと思う。

 魂器が武器類でない者は相談して決めたいので俺の所へ一度来てくれ」


「便利なアイテムだな」なんて言いながら奴や取り巻きが腕輪を取りに行く。何の躊躇いもなしに左腕にはめていった。

 便利なアイテムだから怪しいのだが。便利アイテムが隷属のかかった呪いのアイテムだったなんてのはテンプレ展開だし。


 こういう時に鑑定が使えたらと思う。まあ、ないものねだりは無意味なので鑑定を持っている矢笈さんを見る。

 彼女は昨日の一件で既に奴らから見限られたらしい。四人グループだったはずなのに今は茂武(しげたけ)さんとしかいない。他の二人は別のシンパ共と話していた。

 茂武さんが矢笈さんについたことに少し驚いた。あの子も大人しく長いものに巻かれるタイプだと思っていたんだが。


 さて、騎士団の皆さんに怪しまれずにどう矢笈さんに鑑定を頼むか。そこかしこにいる騎士団員の目を盗むのは難しそうだ。矢笈さんはもう腕輪を着けているが、どう見ても鑑定したようには見えない。

 どうしたものか。


「『から太くん、困っているようだね』」

「え?」


 足下近くに寺生くんがしゃがんでいた。彼の友人二人は立ったままだ。

 いつの間に。考える私を見上げる寺生くんの目は細くて本当にこちらを見ているか分からない。寺生くんは私にしか聞こえないような小さく下手な物真似で、青い狸の寸劇を続けた。


「『助けておくれよ、リリえもん!』『仕方ないなぁ、から太くんは』……よっこらしょういちっと」


 立ち上がった寺生くんは私を見下ろす格好になる。筋肉質な寺生くんは縦にも横にも大きくて、圧迫感に私は少したじろいだ。

 ぬっと伸びた手が、がっしりと私の手を掴む。手の中に押し込まれた紙のかさつく感触に、背を走る悪寒が相殺される。


「え?」

「ジト目ロリっ()のダボシャツキター! そのまま養豚場の豚を見るような目で『男が息しないでください、空気が汚れます』って言ってください! オナシャスって、うぉおおっ!?」


 寺生くんは急に大声を出し、一気にまくし立てる。その途中で遼の横やりが入り、彼の台詞はおしまいとなった。

 ぶんぶんと振られるハンマーを寺生くんは必死に避ける。


「あんた何勝手に歌ちゃんの手ぇ握ってんのよぉ!」

「おおっとぉ、番犬様キタコレ! 百合美味しい展開あざます! うっひょぉおお!? 容赦ねぇ攻撃だなぁ!」

「ぬぅうう、寺生氏! イエスロリータ、ノータッチでござるぞ! 小生もロリータに『魔法少女モエルン』の台詞を……ひぃいい!? 二雁女史、殿中でござる! 殿中でござるぅううう!」

「あら、ごめんなさい。歌乃ちゃんをおかしな妄想に使われて、つい」


 遼と寺生くんのやりとりに、彼の友人である緒田内(おたうち)くんが入り、それに付随して葵ちゃんの攻撃が始まってしまいカオスの様相を呈している。先生二人が止めに行き、鉄也くんは仲裁する気力もなく胃を押さえていた。


 私は手の中の折り畳まれた紙をどうすべきか考える。何故、私はこれを託されたのか。

 私はこの場に残った寺生くんのもう一人の友人、服部(はっとり)くんを見た。笑顔の可愛い彼は私にだけ聞こえるように小さく囁く。


「男慣れしてない子にガチムチがアタックしたら怯えられちゃうでしょう? それに伽羅橋さんに感じてるだろう負い目も充分に利用したいしね。

 それね、『三枚のお札』 寺生(リリアン)と級長の合作だよ。お願いごとすると、叶っちゃうかもよ?」


 言葉につられて私は級長の賀利田(がりた)くんを見る。視線に気付いた賀利田くんはさりげなく魂器であるペンとメモ帳を見せてきた。

 寺の息子(てらきくん)賀利田くんの魂器(まほうのかみ)と『三枚のお札』。これで何をすべきか分からないわけがない。託された理由も納得出来た私は札にイメージを送る。


 そうだな、私と矢笈さん達がこの騒動を呆れて見ている感じにしようか。イメージが終わると『幻影開始。残り時間三分です』と表記が出た。現代のお札は親切だな。

 プレーヤー画面を出し、時刻を見る。九時十二分。リミットは九時十五分。

 私は矢笈さんへ駆け寄り、その腕を掴んだ。驚く矢笈さんへ時間が惜しい私はさっさと用件を告げる。


「鑑定お願い」

「えっ、伽羅橋さん?」

「腕輪の鑑定。呪われてないか一応の確認をして欲しい」

「呪われ……えぇっ?」


 茂武さんが驚いた声で私達に割って入る。時間が限られているので静かにしていて欲しいんだが。


「ライトノベルとか見たことない? 良くある展開だよ。

 ステータスアップとか色々理由をつけて隷属の腕輪を着けさせたりするのって」

「わ、私は少年漫画派だからっ。ラノベはハーレムばっかで腐萌え少ないしっ」


 うん、そこは別に聞いてない。

 矢笈さんが腐海の住人とかいらない情報だ。


「でも、ここの人達凄く良くしてくれてるよ?」


 矢笈さんより幾分冷静らしい茂武さんに聞かれる。

 対する私の瞳はきっと冷めていただろう。


「警戒出来る所は警戒する。私は常に最悪の状況を想定して過ごしてる。

 今日の友が明日の敵なんてのはよくあることでしょう?」


 食事や睡眠は覚悟して受け入れている。もうそこを疑ってしまったらここを出ていくしかないからだ。

 ひねくれた人間だと自分でも思う。だけど私の過ごしてきた十六年間はそう考えて生きていかないともっと傷つくことになっていただろう。

 信頼も信用も期待も、私の辞書には知識としてしか存在しない。


 私の「今日の友が明日の敵」発言に思う所があったのか、二人はハッとして苦しそうに眉を寄せた。

 これだけ見事な手のひら返しを味わったのだ。彼女達、特に矢笈さんには耳に痛い話だろう。


 プレーヤーの時刻を確認する。九時十三分。無敵タイムが三分の一終了してしまった。

 私は矢笈さんに腕輪を差し出す。


「時間もないから結論を教えてくれるかな。

 鑑定してくれるのか、しないのか」


 拒絶するようだったら、諦めるしかない。他人に選択を任せた段階で期待してはいけないのだ。


 矢笈さんは私の目と腕輪に視線を行き来させ、口を開いた。


「あの……鑑定する前に、お願いがあるんだけど」

「内容によるけど、何?」


 当然、出来ることと出来ないことがあるので内容を確認する。

 矢笈さんは答える前に私へ勢い良く頭を下げた。腰の角度が直角の、最敬礼を受けて私はたじろぐ。


「矢笈さん?」

「ごめんなさいっ! 私、今まで伽羅橋さんにひどいことしてました!

 許して欲しいなんて言える立場じゃないのは分かってます! でも、ケジメとして謝らせてください!

 いじめに関わってた私を、伽羅橋さんは、あなたは助けてくれたから……」


 つむじしか見えない矢笈さんの声が震えていく。服を握り締める手は力が入りすぎているのか白くなっていた。

 茂武さんも矢笈さんの謝罪を聞いて私へ深く頭を下げた。矢笈さんとは違い、茂武さんは顔を上げて私を見つめ口を開く。


「私も謝らせてください。許されるとは思ってません。

 たった一日の経験だけれど、拒絶されることがどれだけ辛いか、体験したから。

 ごめんなさい、伽羅橋さん。私はあなたにひどいことをしました。

 それなのに、しょうちゃんをかばってくれて、ありがとう」


 茂武さんは真っ直ぐに私を見つめ続ける。

 学校ではいつも人の後ろに紛れているような子だったのに。本当に非日常の非常事態とは人の本質を浮き彫りにさせるようだ。


 それにしても、これ、どうしよう。うまい落とし所が分からない。

 私の中の負の感情は、ほぼ全てが奴に向いている。それに取り巻きや他のシンパ共と違い、彼女達がしたのは私を避けるくらいだ。確かにそれはあちら側と言えるのだろうが、私としてはいじめの内にも入らない。

 だが、許せるのかと言うとそれも違う気がする。許すということは信頼と信用が後からついてくる気がするからだ。知識としてしかないものを期待されても困る。


 どうしよう。時間がない。サービスタイム終了まであと一分。

 彼女達に協力させたくなるような、でも許すと言質を取られないような、何か上手い誤魔化しを。


「……謝罪は受け取る。ただ謝られたことなんて初めてだから、許すも許さないも、まだ整理がつかない。

 でも、昨日の矢笈さんの行動は嬉しく思ったよ。あれがどれくらい勇気のいることだったか想像はつく。

 ありがとう、薔子さん。それに、美智(みち)さんも」


 結局、私は正直に話した。日和見な発言だな、と思ったけど、彼女達には色好い返事だったようだ。

 最後に名前呼びすると言う、(こす)い手段が上手く効いてくれたらしい。顔を上げた矢笈さんも、こちらを見つめていた茂武さんも強張った表情が安堵で緩んでいる。

 いや、矢笈さんと茂武さんじゃなくて、薔子さんと美智さんか。慣れるまで時間がかかりそうだ。


「鑑定、いいかな?」

「うん。分かった、歌乃さん」


 薔子さんの魂器である黒縁眼鏡が腕輪を捉える。

 それにしても、歌乃さんか。葵ちゃんと遼にしか名前を呼ばれたことがないから、何だかむず痒い。


「どう?」

「……大丈夫だと思う。今読み上げるね」


 薔子さんは見えているだろう鑑定結果を読む。アシエ副団長の話していた内容と違いは少しだけ。

 この腕輪ははまっている魂石(ソウルストーン)とやらが防御膜のようなものを張ってくれるらしい。ソウルポイントのない私でも使える安心設計だそうだ。


「ありがとう、安心したよ」


 礼を言いながら、考える。薔子さんの鑑定はレベル七。クラスの中でもここまで高いスキルレベルを持つのは彼女だけだった。

 鑑定はそこそこ珍しいくらいのスキルらしいがなかなかレベルが上げにくいらしく、ここまで高いレベルはほとんどいないとサフィール王女達は話していた。ジャスプと名乗っていた神官長のおじいさんが、国のお抱え鑑定士にならないかと薔子さんをステータスチェックの場で勧誘していたくらいだ。

 国のお抱えにしたいくらいだ。薔子さんの鑑定スキルを超えるステータス偽装を行うのはかなり難しいはず。

 私はそう判断し、右腕に腕輪をはめた。特に違和感もなく腕輪は右腕に収まった。取り外しも可能だ。大丈夫と思っていいかな。


 タイミング良く、『三枚のお札』から幻影終了の合図がくる。

 寺生くんが仕掛けた陽動も強制終了したようだ。尾根先生の前で、寺生くん他騒動に関わった三名が正座させられていた。

 私は腕輪を四つ持って尾根先生達へ近付く。薔子さんと美智さんにもはめてない人の分を持って着いてくるように頼んだ。


「尾根先生、それくらいで。騎士団の皆さんも待ってますから、腕輪を着けて早く移動しましょう」

「……当事者の伽羅橋がそう言うなら分かったわ。アンタ達、特に寺生、これから伽羅橋からかうんじゃないわよ」

「うっす、反省してます。伽羅橋もすまんな」


 寺生くんはお寺の息子らしい綺麗な正座のまま、私と尾根先生へ頭を下げる。

 私は腕輪が良く見えるように右手で彼へ腕輪を差し出した。


「ううん、『大丈夫』だよ。腕輪持ってきたから寺生くんも尾根先生も着けてください」

「おお、『わざわざありがとう』な、伽羅橋」

「あら、ありがとね」

「どういたしまして」


 腕輪を着ける二人を横目に、葵ちゃんと遼にも腕輪を渡す。薔子さんと美智さんも腕輪をまだはめていない小森先生や鉄也くん、そして中立派の面々に配っていく。

 中立派のみんなは少し警戒していたようだが、寺生くんが「これで魔法ぶっ放しても大丈夫なのか!」と腕輪を見せるように腕を振り回すと、何も言わず着け始める。

 そうだよな。普通は会って二日目の誘拐犯が渡した物をほいほい着けたりしないよな。奴とその取り巻き達がおかしいんだよな。


「歌ちゃん! 大丈夫? 気持ち悪くない? あのゴリラ坊主に触られて平気だった?」

「遼、大丈夫だから」


 腕輪を渡そうと差し出した手を掴まれ、遼の腕の中に閉じ込められる。頬を手で包まれ、息がかかるくらいの距離で矢継ぎ早に問いかけられる。

 私は視界いっぱいに広がる遼の心配顔に苦笑してしまう。

 本当に、遼は過保護だ。


「二人とも、いつも私の為にありがとう」

「歌乃ちゃんが大丈夫なら、それでいいのよ」


 遼の腕の中、私の為にいつも動いてくれる二人へお礼を言うと、葵ちゃんが私の頭を撫でながら微笑んだ。

 葵ちゃんも、もちろん過保護に入るのだろう。


「くぁあああああ! いいよいいよ、今百合の花舞ってるよ!

 もっと、もっと三つ巴の百合を見せてくれ! 今なら俺はキマシタワーを建てられそうな気さえするぜ!」

「ジャングルに帰れ、ゴリ坊主」

「一度脳神経科への受診をお勧めするわ、寺生くん」

「ひょーぅ、番犬様と護衛嬢は相変わらず伽羅橋以外には辛辣だなー。誰がゴリ坊主じゃい。好きでマッチョなんじゃねーわ」


 正座をしたまま身をくねらせ一気にまくし立てた寺生くんに、遼と葵ちゃんの辛辣なツッコミが入る。私は遼の抱擁から抜け出し、寺生くんと向き合った。


「お? 伽羅橋、もっと治石といちゃつき合っていいんだぞ。俺はそれが見られるなら踏みつけられる邪鬼の真似を半日くらい続けてもニルヴァーナだ」

「三次元に萌えるのは構わないけど、本尊(ほんにん)の前で妄想を垂れ流すのはマナー違反だと思うよ」

「お前なかなかイケるクチだな、伽羅橋。

 ほんっとに、すんません! 調子に乗りすぎました!」


 大きな体を縮こまらせて寺生くんは思い切り額を地面に叩きつけた。がんっと額から出た音に、少し驚く。「別に気にしてないから、顔を上げて」と言うと、寺生くんは私を拝み出した。


「伽羅橋、お前は地蔵菩薩のような優しさを持つ奴だな!」

「やめて」


 たとえが嬉しくない。

 私はそんな大層なものじゃないし。


「それはそうと、寺生くん。矢笈さんと茂武さんお願いしてもいいかな」


 騎士団の皆さんが待っているから、私は寺生くんへさっさと用件を告げる。腕輪を配り終えた薔子さんと美智さんは「えっ」と声を上げたが、私と一緒に行動するつもりだったのだろうか。

 それは不可能だろう。まず葵ちゃんと遼が許すとは思えない。薔子さんと美智さんが、私の側にいて取り巻き共の攻撃に耐えられるとは思えない。

 だったら中立派でも周囲と上手くやれている寺生くんの保護下に入った方がいいはずだ。薔子さんも美智さんも少し癖のある魂器であることだし、一晩で『三枚のお札』を考えつく彼の所にいた方が安全は増すだろう。

 私のこの考えが伝わったかは分からないが、寺生くんはどこを見ているか分からない細い目で私を見つめ、ゆっくり立ち上がった。

 そして薔子さんと美智さんへ歩み寄り、私へぐっと親指を立ててみせる。


「任せろ、伽羅橋。ベーコンレタス教信者(BL好き)を立派な百合の求道者(百合好き)に変えてみせるから」

「違うし」

「なぁに、昨今ではやおいから百合への改宗も珍しくな……あ、もうふざけないんで治石さんにハンマー下ろすように言って貰えませんか」

「遼、どうどう」


 遼の背中を撫でると、ひしっと後ろから抱き締められる。

 寺生くんはその様子を頬を緩めて見ていたが、ふっと表情を引き締め、聴覚強化を持つ私にしか聞こえないだろう声で囁いた。


「伽羅橋、今度は助けるからな」


 寺生くんの言葉に、「頼れる者を増やしなさい。ここは耐えれば済む学校ではないわよ」と、尾根先生が昨日言った台詞が思い出される。

 ここは非日常の非常事態。四人でいるだけではきっとすぐに限界が来る。

 寺生くんの申し出は受け入れるべきだろう。

 私はお礼代わりに、彼の要望に応えることにした。

 えーと、何だったかな。


「『男が息しないでください、空気が汚れます』?」


 何だっけな、この台詞。聞き覚えと言うか、見覚えがあるんだけど。


「お、おぉぉおおおおお……伽羅橋ぃっ! 俺は、今、猛烈に感動している!

 まさかサイコたんの名シーンが現実で再現されるとは!

 これはもう愛染明王に俺の百合愛が届いたとしか!」

「サイコ? ……ああ」


 思い出した。これ、漫画の台詞だ。

 百合漫画の男嫌いのヤンデレ風ヒロインの初登場シーンだ。

 タイトルは、確か。


「『飛び出せ、百合色青春部!』」

「おお! 伽羅橋、お前って奴はキャラノ・リリィブリッジ先生の名作『とびゆり!』を知っているのか!」


 知ってるも何もその漫画は……

 ……いや、言う必要ないか。


「ネットで見ただけ。早く行かないとそろそろまずいよ」


 話を切り上げ、私はアシエ副団長の元へ向かった。






 プレーヤーの時刻を確認する。九時二十八分になっていた。

 待たせすぎて騎士団の人達の機嫌を損ねていないか心配になったが、その間に他のクラスメートの振り分けをしていたようでその心配は杞憂に終わる。

 ただ、最後に武器を相談することになった私に、アシエ副団長はこっそり囁いた。


「それで、FF・BB(うでわ)に納得はして頂けたかな」

「え、その……」


 子供の浅知恵はバレていたようだ。背中をひやりとしたものが走る。

 強張っただろう私の顔を見て、アシエ副団長は困ったように笑った。


「ああ、いや、責めているわけじゃないんだ。

 お前さん達の立場を思えば、怪しんでしかるべきだろう。

 俺としては与えられたものを何の疑問も持たずに受け入れる方が恐ろしい。簡単に人を信じるのは美点であると同時に欠点にもなり得る。

 ……そういう輩はたやすく寝返ることがあるからな」


 私以外に聞こえないよう、副団長は声を潜める。私はその言葉に、薔子さん達の受けた手のひら返しを思い出す。

 少し警戒を緩めた私に、アシエ副団長は白い歯を見せて笑った。そして、「これはおっさんのお節介だが」と一言添えてから忠告する。


「感知系のスキルに、アクティブスキルの使用を感知する『スキル感知』と言うものがある。

 使い方が限定されているからレアと言うよりマイナースキルだが、お前さん達が使ったような認識阻害系のスキルには覿面(てきめん)の効果だ。

 覚えておくといい。確か、コモリ殿も所持していたはずだ」


 小森先生が?

 ステータスチェックの場面を思い出してみるが全く記憶にない。

 確か感知系スキルが多いとは言われていたが……それよりも彼女のゲーマー度合いが赤裸々になってしまったことの方が印象が強い。

 魂器も携帯ゲーム機で言い逃れ出来なかったし。


「さて、お喋りはこれくらいにしてカラハシ殿の得物を選ぼうか。

 カラハシ殿は何か希望はあるだろうか」

「あ、はい。槍にしようと思ってました」


 頷いて考え込んでいた私に、アシエ副団長が声をかける。私は朝、食事をしながら考えていた武器を挙げる。


「ふむ、一応何故か聞いてもいいかな」

「はい。私は魔法素養がないので遠距離武器も考えたんですが、そうすると間合いに入られた場合対処が出来ないので候補から外しました。

 短剣などの小さい武器も考えましたが、こちらは逆に間合いが狭すぎるので止めました。

 剣か槍だと、槍の方が素人も扱い易いと聞いたことがあるので槍に決めました」


 完全に素人の浅知恵だ。理想としては弓矢をメインにサブ武器として短剣を持つのが良かったのだが、一ヶ月で二種類も戦闘方法を覚えられるわけがない。

 武術経験なんて当然ないし、私の体育の成績は五段階評価でいつも二だ。いくらステータスアップの方法があるとはいえ、なるだけ敵と間合いを近付けたくない。


「ふむ。こちらとしては短剣を勧めようと思ったのだが、間合いの問題もあるか。

 よし、希望通り槍でいこう。

 ……だが、お前さんのステータスで持てそうなものはあるか?」


 アシエ副団長は四種類の木製の槍を見せてくれる。穂先の形状はバラバラだったが、総じて私の背より長い。

 まず四本の中で一番短いものを両手で持ってみるが私の背丈や筋力では槍に振り回されてしまった。一応四本順繰りに持った所で、副団長からは「短剣の方がいいんじゃないか」と言われてしまう。

 諦めて短剣にしようと思い、練習用の武器が雑多に詰め込まれた木箱を見る。視線が吸い込まれるように、一つの武器から目が離せなくなった。


「副団長、これは?」


 私は箱から飛び出していた石突きを握る。引き抜いたそれは、槍よりも幅広な刃を持っていた。長さは私の胸までしかなく先ほどの槍よりも随分短い。


「ああ、“指揮棒”か。紛れてたんだな」

「指揮棒ですか?」


 私の呟きにアシエ副団長は顎を撫でながら説明する。曰く、これは長槍より持ち運び易く短槍より目立つので、箔付けの為に戦いに参加する若い貴族が好んで使うらしく、安全な場所でぶんぶん振られる様子を揶揄され「指揮棒」と呼ばれるようだ。

 長槍ほどリーチを生かせるわけでもなく、短槍ほど取り回しが良いわけでもない。帯に短したすきに長しと言ったこれは、使い所もなく今では生産を中止しているという。


「これにします」


 だけど私はこれが気に入った。小さな私にはこの短さは扱い易い。私と同じような境遇の武器にシンパシーを感じたのもある。


「ん、そうか。分かった。カラハシ殿は槍だな……おい、フィー。後は頼むぞ」


 アシエ副団長は少し離れた場所にいた女性騎士を呼ぶ。挨拶の際、副団長の脇腹を小突いた人だ。

 女性騎士は眉間に深い皺を三本刻み、副団長と同じ黒銀色の髪を揺らして歩いてくる。


「……アシエ副団長。仕事中はフェールとお呼びくださいと何回言わせるんですか」

「お、おう。すまん。つい、な」


 ポニーテールの揺れが収まるとフェールさんはぎろりと音でもしそうなくらいの勢いでアシエ副団長を睨む。

 フェールさんは綺麗な顔だが、少しきつい造形なので迫力が凄い。あれだ、ちょっと悪の女幹部っぽい。詰め寄られた副団長もたじたじになっている。髪色もそうだが、顔の造形も似ているので親子だろうか。


「と、とにかくだ。カラハシ殿の得物が槍に決まったので担当をフィ……フェール、お前にする。

 カラハシ殿。こいつは俺の娘でフェールと言う。堅物で融通はきかないが、人を見る目は俺がしっかり養わせた。サフィール王女とも懇意にしているし、お前さんもやりやすいと思う……フェール、頼むから睨むなよ」

「これが通常の顔です。別に堅物や融通がきかないと言われて不快になっているわけでは、決して」

「……言い過ぎた。悪かったよ」


 ごほん、と一度咳払いし私に娘さんを紹介したアシエ副団長は余計な一言を足したせいでフェールさんに穴が空きそうな勢いで睨まれていた。異世界でもお父さんと言うのは娘に弱いものらしい。


「伽羅橋歌乃です。フェールさん、精一杯頑張りますので見捨てないで教えて頂ければと思います」


 私はフェールさんへ頭を下げ、手を差し出す。フェールさんは私の事情を知っているのか、眉間の皺を消して私の手を握る。

 男の人には及ばないが、大きくて堅い手だ。手にタコなんかはないが、武器を握る為に変化したのだろう。


「ステータスが強さの全てではありません。戦う為ではなく、生き延びる為の技術を教えます。

 もし、使ってみて槍が無理なら仰ってください。一般的な武器ならば扱えますので」

「あ、はい。ありがとうございます」


 フェールさんの目元が少し緩む。顔はきついままだが、これは笑った、のかな。


「お前も王女と同じで小さいの好きだよなぁ」

「……アシエ副団長?」


 私から手を離したフェールさんが、ぼそりと呟いたアシエ副団長へ振り返る。

 声音は優しかったが、フェールさんの顔を見たアシエ副団長の顔が盛大にひきつった。気のせいか周囲の温度が涼しくなった気がする。


「さ、さぁて! 俺は他の奴を見に行ってくるかぁ! じゃあ、フィー、頼むぞ!」


 ぎくしゃくとした動きでアシエ副団長はそそくさ逃げ出した。私へ向き直ったフェールさんは先程までのしかつめ顔に戻ってため息を吐く。


「お見苦しい所をお見せしました。父はあんな風ですが団員からの信頼も厚いですし、剣の腕も王国だけでなく他国でも覚えがいいんです……あんな風なんですが」


 眉間を揉みながら、フェールさんはフォローを入れる。娘的には目に余る部分もあるんだろうが、声にトゲはないから尊敬してはいるんだろう。異世界のお父さんは日本のお父さんより待遇がいいみたいだ。


「いいお父さんですね」


 アシエ副団長も子供好きなのかもな。私にわざわざ忠告してくれるくらいだし。

 ……欧米人体型の人達に囲まれているから、もう自分が子供扱いされるのは諦めようと思う。


「ええ、自慢の父です……あんな風ですが」


 フェールさんは口角を微かに上げて頷いた。

 娘が父親にツンデレかますのは、やはり異世界も日本も同じなようだ。


 武器訓練の初日はつつがなく終わった。

 槍スキル持ちの奴の取り巻き、三津鳥(みつどり)伊右衛門(いえもん)に絡まれたが、フェールさんが上手くかわしてくれたので「つつがなく終わった」でいいと思う。

 相変わらずホモ二号(みつどりいえもん)はチャラチャラしてたな。相手にされてなかったが、フェールさんにも早速ちょっかいかけてたし。

 ただ訓練はしっかりやっていた。元からスポーツ少年だったから動きは良かったし、奴の「剣王」や葵ちゃんの「刀鬼」のように「神槍(しんそう)」と言うユニークスキル持ちだったので、スキルレベルが一でもコモンスキルの「槍術」とは格が違うらしい。


 同じレベル一でもスキルランクで随分違うようだ。刀なんて使ったことないだろうに、葵ちゃんの動きは騎士団員に見劣りしない。むしろ、体さえ慣れれば騎士団でも年数の浅い人くらいなら勝ててしまうんじゃないだろうか。

 武器スキルがない人達も洗練さはないが、その高いステータスを存分に発揮し、マンツーマンで教えてくれる団員さん達に誉められていた。ある程度形になれば魂器にないスキルが生えてくることがあるらしいので、みんな必死だった。武器スキル持ちの動き振りを見れば必死にもなるだろう。


 当然、私もスキルが欲しいのでフェールさんに止められるまで訓練を続けるが、なんせステータスは赤子程度。指揮棒を構え続けるだけで筋肉が悲鳴を上げた。筋肉痛は治癒術スキルで回復可能なようなのであとで遼にかけて貰おう。

 休憩中にフェールさんに私のステータスを教える。ここまで低いとは思っていなかったみたいで、きりっと鋭い目をまん丸に見開いていた。予想通りだが、私のステータスは想定の斜め下らしい。

 訓練前の会話から想像出来ていたが、私のステータスが低いこと自体は聞いていたようだ。それについてもの凄く謝罪されたが、怒りは覚えないのですぐに頭を上げて貰った。ステータスチェックの場には私達の世話をするのに侍従や侍女がいたから、広まるのは仕方ないと思っていた。人の口には戸を立てられない。


「いえ。侍女達の噂ではなく私はアレクサード騎士団長から伺いました。

 ……その、カラハシ殿は男性が苦手なので私が教えるのが適任だろうと」


 王族の過保護っぷりが怖い。

 ……いや、これは爆弾扱いなのか?

 周りの国は余程成り上がりチートに手ひどくやられたみたいだ。


「カラハシ殿は既に後天スキルを覚えているようですし、武器スキルの発現も早いかもしれません。だから頑張りましょう」


 拳をぐっと握り、フェールさんは声に熱を込める。きりっとした鋭い黒銀の瞳の中に炎が見えるようだ。

 真面目そうな見た目通りと言おうか、かなりスポ根みたいだ。


「えっと、後天スキルと言うのが魂器にない経験で覚えるスキルですよね」

「はい。勇者殿の中で後天スキルが出ているのはカラハシ殿だけでした。後の方は先天スキルだけでしたし。

 それにレベル三なら能力として一人前です。充分誇っていいと思います」


 レベル一は駆け出し、二は半人前、三からようやくエントリーシートに特技として書いていい程度で、上限はレベル十ということだ。

 経験だけで精神耐性レベル三。平凡な女子高生が持っていていいものなのかは考えるのはよそう。

 フェールさんの目が労るように緩んでいるのが辛い。


「お昼休憩を取ったら次は属性スキルの説明でしたよね。魔法が見れるなんて嬉しいですよ」


 視線と話をそらす。まあ、魔法素養ないんで使えないんですけどね。

 おまけにソウルポイントがないので、属性スキルはおろかアクティブスキルも使えない。昨日一ポイントアップしたスキル攻撃力がいらない子になっている。

 曲魂を解放していけば使える子になるのだろうか。ぼんやり考えながら、私は昼食をとりに城へと戻った。

お読み頂きありがとうございました。

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