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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
6/16

MPは課金するもの

遅くなって申し訳ありません。

今回はいつもより長くなっています。

これでやっと召喚初日が終わります。

 暗闇から意識が浮上し、目を開く。

 まさか自分が、知らない天井だ、なんてテンプレ台詞を思う日が来るとは思わなかった。王城なのは分かるが、ステータスチェックをした部屋より大分狭い。アミューズで入った部屋は三つ。そのどれでもないようだ。


「歌ちゃん! 大丈夫?」

「歌乃ちゃん、起きたのね。良かった」

「伽羅橋さん、体は? 何ともないですか?」


 遼と葵ちゃん、それと小森先生が心配そうな顔で私を覗き込んだ。名残惜しいが、私はふかふかのベッドから起き上がる。


「おはよう、特に何ともないみたい」

「良かったぁ。急に倒れるんだもん。びっくりしちゃったよー」


 ほっと遼が胸を撫で下ろす。葵ちゃんと小森先生はまだ心配みたいで額に手を当てて熱を計られたりした。


「心配かけてごめんね」

「歌乃ちゃんが大丈夫ならそれでいいわ。でもどうして倒れてしまったの?」

「ああ、実は」


 再起動の話をしようと思ったら、小森先生に「ちょっと待って貰えますか」と止められてしまう。

 先生はベッドから離れ、ドアへ向かった。ドアを開けると外で待機していたらしいお城の人に声をかける。内容は尾根先生と鉄也くんに私が目覚めたことを伝えて欲しいという言伝だった。


「今、侍女の方に伝令を頼んだのですぐ尾根先生と真壁くんが来られると思います。

 伽羅橋さんが倒れた理由はお二人が来られてからお願い出来ますか?」

「あ、はい。分かりました」


 話を中断され、それならと私は疑問に思ったことを尋ねた。


「あの、この部屋って」

「ここは伽羅橋さんと私の部屋ですよ」


 小森先生が答える。なるほど、だから小森先生もこの部屋にいるのか。首を巡らせて部屋全体を見ると、右隣にもう一つベッドがあった。


「お城もね、三十四人も召喚されるとは思わなくて二人部屋しか用意出来なかったみたい」

「まあ、そりゃそうだよね」


 遼の言葉に頷く。確かに一クラス丸ごと召喚なんて予想出来なかっただろう。むしろよく三十四もベッドがあったなぁと感心してしまう。


 ……ん?


「あれ、そういえば何で小森先生と私でペアなの? 普通こういう時は先生が一人部屋なんじゃ」


 召喚者三十四名の内訳は、教師二人に生徒三十二人。

 別の分け方をすれば男性十九人に女性十五人だ。同性同士でペアを組めば一人ずつ余ってしまう。普通こういう時は教師が一人部屋になるんじゃないか?


「あー、実は……」

「余ったのが園藤(えんどう)伊緒(いお)さんだったの」

「ああ、納得」


 奴のハーレム三号か。確かモデルをしているんだったか。

 きっとゴネたんだろうなぁと聞いてみたら、案の定私達三人の誰かと組まなきゃならないとなって激しく嫌がったらしい。

 そこで折衷案として小森先生が私と組むと言ったそうだ。園藤さんは一人部屋にご機嫌だったらしい。


「男子達も鉄也と馬鹿三人でおんなじことがあって、オネママと鉄也が組んだらしいわよ」

「なるほどね」


 男性陣の一人部屋は奴らしい。まあ、どうでもいいが。


「その、伽羅橋さんすみません。私と二人だと休まらないですよね? ご、ごめんなさい……」


 小森先生がしゅんと俯いてしまう。萎縮する理由に心当たりがあったので、「別に大丈夫ですよ」と答えておいた。

 ついでにつむじがこちらに向いていたので、頭を軽く撫でてみる。「ふぇっ?」と可愛らしい声を出して先生は顔を上げた。先生は少し赤くなってわたわたする。申し訳なさみたいなのは消えてくれたみたいだ。


「知らない仲じゃないでしょう?」

「か、伽羅橋さんっ?」


 からかうと先生は面白いように反応を返してくれた。生徒達が小森先生にちょっかいを出す理由が分かった。これは癖になる。

 不意にぎゅっと手を握られる。手の主である遼を見ると、軽く頬を膨らませて私と先生を見ていた。


「遼?」

「歌ちゃん、何でミニ子先生とそんな仲良さそうなの? 学校じゃ全然そんなことなかったよね?」


 遼はじとっとした目で先生を見る。小さく肩を震わせた先生は葵ちゃんの後ろに隠れた。「遼、威嚇しないの」と葵ちゃんは苦笑して注意する。

 つんつん膨れた頬をつつくと遼はジト目を止めてくれた。二人には知っておいて貰った方が良いかと、私は秘密にしていたことを話す。


「小森先生は百合ちゃん(おねえちゃん)の大学の時の友達なんだよ。それで昔会ったことがあるの。一回だけだけどね」

「そ、そうなんです。界世高校で再会した時には驚きました」


 私の言葉に先生は葵ちゃんの背中から出てきてこくこくと頷く。「でも先生、私のこと忘れてましたよね?」と指摘すると「ううぅ……すみません……」と小さい体を更に小さくしてしまった。


「葵、知ってた?」

「いいえ、私も初耳よ」

「クラスの人に知られると色々めんどくさいから黙ってたの。

 先生が私をかばって関係性がバレると『依怙贔屓だー』ってうるさいことになるだろうから、目をつむって貰ってたんだよ。

 実際、先生は何度もあいつらを止めようとしてくれてたから」


 その度に私が止めた。先生は不服そうだったが、姉にも関わることだったので渋々引いてくれていた。


「……まあ、とにかくあいつの肩を持ちそうにないことだけは理解した」

「全く以て謎だけど、今までは彼の言葉を真に受ける先生方が多かったからね。小森先生も尾根先生もそういうことがないみたいだから安心だわ」


 私が話した内容は理由としては少し薄いかもしれないが、二人は一応の納得を示してくれた。


「あ、誰か来た」


 私の耳にいくつかの足音が届く。扉へ向かった遼に、私は一言添える。


「二人だけじゃないみたい」

「……五人ね」


 葵ちゃんが付け足す。スキルの気配察知が反応したみたいだ。

 葵ちゃんも立ち上がる。その手には魂器の日本刀が握られていた。


「念のためね、念のため」


 遼もハンマーを顕現させる。コンコンと扉がノックされる。「はい」と遼が返事をした。


「失礼します。オネ様とマカベ様をお連れ致しました」


 侍女さんの言葉に遼はゆっくりと扉を開ける。銀の盆を運ぶ侍女さんの後ろに、笑顔の尾根先生とひきつった笑みの鉄也くん。

 そして更に後ろに、硬質的な美貌を持ったサフィール王女と華やかな美形、アレクサード王子が立っていた。王族の来訪に葵ちゃんと遼は慌てて魂器を消す。


「伽羅橋、目覚めて良かったわ」

「具合はどうだぁ?」

「特に問題はないよ……あの、どうして王女様と王子様がここに?」


 五人も部屋に入ってきて、一気に狭くなる。侍女さんは「夕食でございます」と言って銀の盆を一人用の小さなテーブルに置くと、アレクサード王子の「ご苦労」の言葉に頭を下げて退室していった。

 予期せぬ人物の登場に、バタバタと立ち位置が変わる。私は食事をとりながらでいいと言われたのでテーブルの前に座り、その両隣に王族二人が配置される。先生や葵ちゃん達はそれぞれ男女に分かれ二つのベッドに座っていた。

 王族の前でご飯を食べるとか味がしそうにない。


「何、君が途中で倒れてしまったのでな。先刻の続きに来たのだよ。

 食べながらで問題ない。既に夜も更けてしまっているからな」

「わざわざ申し訳ありません……ありがとうございます」


 アレクサード王子に促され、手を合わせる。「いただきます」と言っても特に不思議がられることはなかった。

 何度も召喚を行っているみたいだし、日本の慣習なんかも一部入ってきているのだろう。


 出されたのはサンドイッチのようなものだった。みんな夕食は終わってしまったらしく、有り合わせで申し訳ないと謝られてしまった。夕飯は豪華なフランス料理に似たフルコースだったらしい。

 私としてはこれくらいの料理の方が嬉しい。わがままを言うなら、お粥の方がなお嬉しい。胃弱に西洋料理は相性が悪そうだ。


「それで伺いたいのですが、カラハシ様の魂器はどう言ったものなのでしょう。

 MP3プレーヤーがどう言う道具なのかは他の方から聞きましたが、魂器がただ音楽を聞くものだけとは思えません」


 食べながら七人に倒れた訳を説明する。OSとプレーヤーの同期だとかシャットダウンだとかの説明は上手く出来なかったので、詳しいらしい小森先生に変わって貰った。


 先生の説明に納得すると、改めてサフィール王女から尋ねられる。王女の究理のモノクルでSSランクの魂器ですら、普通はおおまかな能力が分かるものらしい。

 なので能力の説明が全く見えなかった魂器は異例中の異例なのだとか。ウェポンランクが最低である故に、その異質さは際だっているらしい。


「すみません、私にもまだ良く分からなくて……あ、ちょっと出してみますね」


 ごちそうさまをしてから、赤黒いオーラを発してプレーヤーを出そうとする。

 だけどプレーヤーは姿を見せず、代わりに同期の時のような透明な板が現れる。




[ソウルアプリケーションを起動します......


 ......お待たせしました。

 ソウルアプリケーションへようこそ。]




 読み終えると文字が消え、代わりに画面上部にデジタルの時刻表示、中部にアイコンが六つ、右下隅に勾玉のマークと「0%」の表示が現れる。背景は透明な板から私が地球で持っていた時と同じ星空のようなイラストに変わっている。

 時刻は八時二十七分を指していた。アイコンに視線をやると勾玉の隣に説明が現れる。


「曲魂DL」「ミュージック」「プレイリスト」

「設定」「録音」「音楽再生画面へ」


 の、六つだった。「曲魂DL」の「曲魂」の読みが分からなかったが、右隅に勾玉マークがあることから「まがたま」と呼ぶことにする。


 視線を感じ顔を上げると、全員の目が私を見つめていた。その表情がみんな不思議そうで、そこで私はオーラを出したまま宙を無言で見つめる怪しい行動をしていたことに気付かされた。


「す、すみません」


 慌てて今の状況を説明する。その間にもアプリ画面を調べていく。

「ミュージック」「プレイリスト」「音楽再生画面へ」は開いても「まだ曲魂がDLされていません」と出てしまう。「設定」は流し見たが今は必要なさそうだ。「録音」はそもそも開けなかった。


「どうやら曲魂と言うのをダウンロードしないと使えないみたいですね」


 王族二人へのダウンロードの説明は小森先生に任せる。

「曲魂DL」と目線でタップするとまた透明な板に変わり簡素な説明文が現れた。




[曲魂ダウンロードサイトへアクセスします......


 ......アクセスが完了しました。


 曲魂ダウンロードサイト『ムーサ』へようこそ。

 ミュージックポイントは、1MPにつき100円相当で購入出来ます。


「MP購入」「購入可能曲魂リスト」「全曲魂検索」


 現在のあなたの所持MPは0です。]




「……まさかの課金システム……」


 しかも一ミュージックポイント百円ってかなり高くないか。

「購入可能曲魂リスト」は当然空欄だったので「全曲魂検索」をしてみる。MP順、曲名順、歌手名順、アルバム名順、取得可能曲魂、フリーワード検索と検索コンテンツだけ無駄に多い。もっと充実させて欲しいところはたくさんあるのだが。


「かきんしすてむとは、何だろうか」


 アレクサード王子が質問する。どうでもいいが知らない単語が王族二人とも舌足らずで可愛い。


「お金で曲を買うんですよ。レートは一ポイント百円ですね。曲の値段は一ポイントから……うわ、十万とかある」

「一千万円の曲って、どんだけ」


 遼が呆れた声を出す。まあ、私でもそうなる。


「でも弱ったわね。日本円なんて持ってないわよ」


 尾根先生が顎に手を当てて言った。

 確かに私達は次元通路までは持っていた小物類もアミューズに来た段階で消失している。唯一の持ち物は身につけていたものだけだ。


「こちらの通貨ではダメそうですか」

「どうですかね。『百円相当で交換』って書いてあるのでもしかしたら出来るかもしれません」


 サフィール王女に答える。すると王女は立ち上がり、ドアの外で待機しているらしいお城の人へ声をかける。

「金貨の用意を」と聞こえるんだが……いくら渡されるのか怖い。


「あの、王女様?」

「すぐに用意出来る金額ですと一オーロほどになってしまいます。余り用意出来なくてすみません」

「いや、あの」


 一オーロがいくらか知らないんですが。しかも突っ込んで聞けば、王女のポケットマネーから出してくれるらしい。


「何で、そこまで」


 つい疑問が口から出てしまう。深く考えずとも、私よりチートな人間が三十三人もいるのだ。そんな中、チートに化けるか分からない人間にこうやって時間とお金を割く理由が分からない。

 二次元みたいな出来事に巻き込まれてはいるが、ここは現実なのだ。現実にはチート覚醒で大逆転も、ハッピーエンドもない。少なくとも私には起こったことがない。

 這いつくばって努力して、やっとチャンスが掴める。それくらい現実とはシビアなはずだ。


 警戒する私をサフィール王女は表情のない人形のような顔で見つめる。蒼い瞳は吸い込まれそうな色だ。


「パルテネ王国にはいくつかの口伝があります。一番に守るべきものとして、王も話していた召喚者への待遇。

 それには更に特記事項があります。特に力のない者には注意を払えと言うものです」


 部屋の戸がノックされ、侍女さんが入ってくる。王女の手に渡った一枚の金貨は、そのまま私にパスされた。

 一枚の金貨はそれほど大きくないのにずしりと重い。表にも裏にも、男か女かはっきりしない人物が描かれていた。


「召喚時に力のない者、また使い所の不明なスキルを持つ者は総じて奇跡(チート)を開花させ、成り上がって来ました。召喚者によって滅亡した国の多くが、無能の烙印を押した者達の報復によって滅んでいます。

 ですので、この国では力のない召喚者には出来得る限りの手助けを推奨しています。これは王もお認めになっていることです」


 使ってください。と、金貨ごと手を握られる。

 触れた手は温かいが、予想外のプレッシャーに背中はひんやりしている。ためらう私に、サフィール王女は続けた。


「期待に応えられないことを心配しているのでしょうか。

 ご安心ください。王族としては化ければ儲けもの程度の認識ですので。

 助力も問題になるような額は出していませんから、安心してお使いください」


 ずい、とサフィール王女が一歩詰め寄る。圧力の強さに、つい目線をそらしてしまう。

 そらした先で目が合ったアレクサード王子がにこやかに微笑んだ。


「何、カラハシ殿。気に病むことはないぞ。これはサフィの好意と思ってくれればいい。

 サフィはな、他の者達の君への態度を見ていたく心配しているのだよ。

 こいつはこう見えて小さい生き物が好きでな、小さくか弱い君が猛獣の檻に放り込まれている現状に酷く心を痛めているらしい。

 サフィの為と思って使ってやってはくれまいか」


 カラカラと笑う王子へ「アレクサード王子」とサフィール王女の冷たい声がかかる。「おお、怖い」と呟いて王子はすぐさま笑みを引っ込めた。こちらを見つめるサフィール王女の表情は変わらない。

 ただじぃっと見つめると、目をそらされた。図星なようだ。


「分かりました。ありがとうございます」


 使わない限り離してくれなさそうだし、ありがたく頂戴することにする。使わずに弱いままでいることも、使って恩に着せられることも大して違いはないように思えた。


 手の中の金貨を課金するイメージを作ると、金色の光になって私の胸へ吸い込まれていった。[振り込みありがとうございます。]とサフィール王女と会話していた辺りから消えていた透明な板が現れる。どうやら意識がそれると消えてくれる設定なようだ。


「いっせんぽいんと? ……十万円?」


 表示された現在のミュージックポイントに目を見張った。

 さっきの金貨一枚で一千ポイント。一ポイントが百円なので、日本円にして十万円。

 まあ、国を動かしている王族だから、これくらいは大した額じゃないんだろう、うん。

 ただの高校生にとっては大金だけれども。


 気を取り直し、落ち着く為に深呼吸をしてから記念すべき一曲目を選ぶ。

 その間も王女は手を離してはくれない。曲を選ぶ私を相変わらずの無表情で見つめている。私も王族に手を離してくれとは言いづらくされるままになっていた。




[......フリーワード『百色神楽』で検索中......


 1616件中116曲該当しました。


 我が灰色の魂を捧ぐ 1200MP

 大いなる秘法(アルス・マグナ) 1200MP

 ミラクルハッピー180秒間コックショー 1300MP

 ワクワク・できるかな 1300MP

 盗賊7つ道具数え唄 1300MP

 バーンソウル!!! 1300MP

 ………

 ……

 …]




 ……百色神楽の曲は軒並み高いな。一番安いのが十二万円とは。

 ない袖は振れないので百色神楽の曲は諦めて他の曲をMP順で調べる。

 一ポイントから選べるが何にするか迷う。いきなり千ポイントつぎ込んでもいいのだが、まだ能力の把握も出来てない段階でそんな博打を打ちたくない。

 かと言って、一ポイントで済ますのは違う気がするし……


 ん?

 あれ、十ポイントまでしか選べないな。それ以上は[曲魂解放率が規定に達していないのでご購入出来ません。]と表示されている。

 仕方ないので私は十ポイントの曲を選んだ。百合ちゃんが高校生の頃好きだったアニメの主題歌だ。

 購入するとダウンロード画面へ進む。またグレーのバーとパーセントが現れた。




[曲魂のダウンロードが完了しました。


 すぐ再生しますか?


 YES/NO]




 ダウンロードしただけでは変化がなかったのでYESを選ぶ。透明の板は消え、見慣れたプレーヤーの再生画面が現れる。背景画像はアルバムジャケットではなくプレーヤー起動時に見る星空だった。


 曲が始まる。十年近く前のものなのでちょっと古いが良い曲だ。

 百合ちゃんがカラオケに行くとネタ切れの時に必ず歌うので、これを聞くと百合ちゃんの声を思い出してしまって胸が痛んだ。心配、しているだろうか。


 サフィール王女の手がぴくりと動いた。画面を消して顔を見る。

 パチパチと瞬きが多い。どうしたんだろうか。


「サフィール王女?」

「音楽が聞こえますね。これがカラハシ様の能力ですか?」

「音楽? 俺には聞こえないが」


 サフィール王女の呟きにアレクサード王子が言った。

 みんなを見ても一様に首を横に振る。聞こえているのは王女だけのようだ。


「……ああ、触れていると聞こえるみたいですね」


 手を離したり握ったりしながらサフィール王女は言った。骨伝導か何かなんだろうか。


「私も聞きたい!」


 遼が立ち上がる。「どうぞ」と言って左手を差し出すと嬉しそうに近寄ってくる。

 ちなみに右手はまたサフィール王女の手の中に戻ってしまっていた。


「わ! 本当に聞こえる!」


 指を絡めて遼は楽しそうだ。

 私は両手の自由を奪われ、手持ち無沙汰で辺りを見回す。

 葵ちゃんと小森先生も私の手を見つめていた。


「……二人もどうぞ?」

「いいの? じゃあ、遠慮なく」

「え、えぇっ? す、すみません……」


 葵ちゃんは私の頭をなで、小森先生は右肩に触れる。

 手でなくても、布越しでも大丈夫らしい。「うわー、懐かしい」と小森先生が呟いていた。


「伽羅橋ぃ、お前今凄ぇ状況だぜぇ?」

「そうね、まるで女の子侍らしてるハーレムの主みたい」

「やめてください」


 死んだ魚の目をした女に集まる美少女達と言う絵面が奇怪なのは重々承知しているので触れないでくれ。


 それほど長い曲ではないので程なくして曲は終わり、四人は私から離れていった。流石に少し圧迫感を覚えたのでほっと息を吐く。

 曲を聞いている間は変化はなかった。これで聞いたあとも変化がなければ、私の異世界生活は実質的に終了だろう。

 人間イヤホンに価値があるとは思えないし。


 体感的に何かが変わったようには思えなかったが、とりあえずロールプレイングゲームで歌と言えばステータスアップ(バフ)ダウン(デバフ)なので魂板を開いてみる。


「お」


 どうやらビンゴだったみたいだ。ステータスが上がっている。




『伽羅橋 歌乃 十六歳 女


 MP:990


 攻撃力:4(3up!)

 物理耐性:3(2up!)

 俊敏性:3(2up!)

 精度:2(1up!)

 スキル攻撃力:2(1up!)

 スキル耐性:2(1up!)

 曲魂解放率:1%未満


 再生中の曲魂:なし


 スキル一覧

アミューズ言語(極) 異世界式MP3プレーヤーVer.1.00 聴覚強化Lv.1 精神耐性Lv.3』




 みんなと魂板自体が変わってしまったことも気になるが、とにかくステータスが上がったことが喜ばしい。

 と言ってもまだ一般人にも負ける状態だが。何事も積み重ねが大事だと考えよう。


「ステータスが上がってました」

「なるほど。私もステータスが上がっていますね」

「え?」


 魂板を見せると、究理のモノクルで私の魂器を確認していたのであろうサフィール王女は、一度頷いて自分の魂板を確認する。九ポイント上がっているらしい。

 曲魂を聞いた他の三人も魂板を確認する。八ポイントや七ポイントと私やサフィール王女よりも少なかったが、ステータスが上がっているようだ。


「恐らくステータスの上がりに差があるのは曲を聞いていた時間の違いでしょうね」

「ああ、なるほど」


 王女の考察に納得する。

 それとこのステータスアップは王女達のは一時的なもので、私のは永続的なのが分かった。私のはレベルアップ時と同じ表記らしいんだが、王女達のステータスは「+数字」とバフを受けたのと同じ表記らしい。

 あとはバフの継続時間や重ねがけが可能かなど調べたいらしいが、もう夜も遅いのでそれは翌日に持ち越すことになった。明日から早速訓練を始めるとのことなので、そうしてくれるとありがたい。


「とりあえず成長の仕方が分かったのは安心しました」


 十ポイントでステータスが十アップなら、曲魂解放率とやらが上がっていけば、千ポイントなら千アップするかもしれない。

 まあ、そんな上手い話があるわけないし、十万円稼ぐのがどれだけ大変かはこちらの物価も分からないので何とも言えないけれど。


「ふむ、こちらとしても父上に有意義な報告が出来ること嬉しく思う。あとはこれから曲を購入する上での金銭の渡し方だが……サフィ、どうする?」


 どこか楽しそうにアレクサード王子が問いかけると、サフィール王女は少し考えてから口を開く。


「そうですね……珍しいタイプの魂器ですし、私もまだ調べたいことがありますので……カラハシ様、これからは夕食後、私の部屋へ来て頂けませんか?

 魂器だけでなく、カラハシ様の世界の音楽にも興味がありますので、曲も聞かせて頂ければと思います。

 もちろん、曲を購入する上で必要な資金はお支払い致します」


 もちろん、一度に支払う額は今回よりも下がるそうだ。それはそうだろう。いくら王族と言っても毎日十万円も消費するのは痛手だと思う。


「わかりました、よろしくお願いします」


 こちらとしても折角掴んだチャンスなので好意に甘えることにする。こちらでの金策の目処が立つまではすねをかじらせて貰おう。

 せめてそこそこ戦えるまではご厄介になりたいのが私の気持ちだ。


「大方の話はまとまったな。カラハシ殿の成長の方法も分かったことであるし、今宵はこれまでにしようか」


 一度手を叩き、アレクサード王子は話し合いを締める。二人が立ち上がったので私も慌てて立った。


「他の者以上に君には辛い召喚になってしまって申し訳なく思う。

 だが、我ら王族は出来得る限りの助けはするつもりだ。

 どうかこの世界を嫌いにならないでくれるとありがたい」


 王子に手を差し出される。友好のしるしに握手するのは異世界でも同じなようだ。


「こちらこそ、頼りきりになってしまうかもしれませんがよろしくお願いします」


 言葉を返す。早く手を握らなければ。失礼になってしまう。

 ごつごつした男性の手に、湧き上がる嫌悪感。王子は違うと思っていても、ちらついて消えない奴の顔。

 強く鼓動を打つ胸が痛い。


「アレクサード王子、申し訳ないけれど握手はなしにしてあげてくれないかしら」


 尾根先生が言う。「ほう、何故かな」と王子は手を引っ込め尋ねた。


「伽羅橋は男性に触れられるのが苦手なのよ。私でもダメなのだから、イケメンな王子様なんて無理に決まってるわ」


 尾根先生はウインクを一つしてみせながら説明する。尾根先生に言ったことはないので気付かれていたらしい。


「ふむ、あい分かった。異世界式の礼の方がそちらには良いかと思ったがその事情ならば仕方あるまい。

 こちらでの友誼の示し方にしようか」


 一つ頷き、王子は胸の前で両方の手の甲と手のひらを私に見せてから、喉を見せるように天を仰いだ。これは武器を持たないことと、裏切った場合、首を差し出す覚悟があることを示すものらしい。


「ご配慮ありがとうございます」


 なのでこちらは日本式の友誼の示し方をすることにした。

 深く頭を下げる。これも敵意がないことを示す行為からだったはずだ。

 サフィール王女へも同じように頭を下げる。王女も王子と同じように返してくれた。


「では失礼しようか、サフィ」

「はい」


 王族二人が部屋から出ていく。入れ違いに入ってきた侍女さんが湯浴みの用意が出来ていることを教えてくれた。

 部屋からアミューズの人がいなくなると、自然、誰ともなくため息が漏れる。


「治石、余りこちらの人間に噛みつこうとしないで頂戴」


 眉間を揉みながら、ぽつりと尾根先生が言った。

 そういえば途中から静かだと思っていたが、鉄也くんが宥めていたらしい。遼の八つ当たりを受けている鉄也くんは困った顔で笑っていた。物理耐性が高いので痛くないみたいだ。


「だって毎日部屋に来いとか! いや、分かるわよ? お金渡すのに歌ちゃんが申し訳ならなくならないように気を遣ってたのはさ! でもでもでも、なんかあれだとなんか……

 あーもう! 歌ちゃんんんんんー!」

「はいはい」


 遼に捕獲され、クッション代わりにされる。慣れているので抵抗しない。

 尾根先生は眉間を揉んだまま話す。


「お願いだから善意で握手にした王子を睨みつけないで。先生、本当にひやひやしたんだから」

「それは本当にごめん! オネママ、フォローありがとう!」

「どういたしまして」


 私の首に顔を埋める遼の頭を撫でる。きつく抱きついていた手の力が緩む。


「みんな、今日は私の為にありがとうございました。

 とりあえずステータスアップの方法も分かったのでこれで頑張ってみようと思います」


 遼の膝に乗ったままで申し訳ないが頭を下げる。みんな気にするなと返してくれて嬉しく思う。


「ま、とりあえず今日はもう休みましょう。

 真壁、部屋に戻るわよ」

「うぃす」


 尾根先生と鉄也くんが部屋に戻る。女性陣は遼の提案でみんなでお風呂に行くことになった。

 侍女さんの先導で浴場へ向かう。大浴場と言っていいくらいの広さの風呂を四人で貸し切りで使えてしまった。他のみんなは先に入ってしまったらしい。はしゃいだ遼がすっ転んで大変だった。

 あと小森先生が脱いだらやばかった。ロリ顔なのにあの体型……三次元でロリ巨乳って本当にいるんだなぁ。


 葵ちゃんと遼と別れ小森先生と二人きりになる。化粧の落ちた先生の顔は普段より更に幼い。学校では一つに結んでいる髪も今は下ろしているから余計だ。


「伽羅橋さん?」

「先生は昔と変わりませんね」


 六年前に一度会っただけだけれど、先生のことはよく覚えている。私が百色神楽のキャラソンを好むのも、何回プレーヤーを変えても同じ色(ワインレッド)を選ぶのも先生の影響だ。

 たった一晩の出会いだったけれど、それだけの影響を先生は与えてくれた。


「そ、それって成長してないってことでしょうか」

「そういうわけじゃないですよ。あの時の優しい先生のままで良かったってことです」


 眉を下げてしょげていた先生は私の言葉にぼっと顔を赤らめる。


「や、優しくなんてないですよ。だって、伽羅橋さんに言われるまで、会ったことを忘れていたんですし」

「まあ、あの時先生酔ってましたしねぇ」


 それはもうべろんべろんに。


「そ、それはありますけど……でもそれよりも顔つきが違ってたので、その……」

「顔つきですか」


 はて、死んだ魚の目なのは変わっていない気がするが。


「はい、あの、芯が出来ていると言うか……えっと、あ……かっこよくなってます!」


 上手いこと言った、とばかりに拳を握る先生に思わず笑ってしまう。

 かっこいいって、女子に使う言葉じゃないと思う。


「笑わないでくださいよぅ」

「すみません」


 赤い顔で目を潤ませる先生の頭をつい撫でてしまう。小動物のようにびくつく先生に、口角が緩む。


「じゃあ、かっこよくなったのはみっちゃんのお陰ですね」

「……ぅぁ……」


 からかい過ぎたのか、先生はぽふんとベッドに沈み込んでしまう。プレーヤーを開いて時間を確認するともうそろそろ日付も変わりそうだったので、私もベッドに寝転んだ。


「からかってすみません、もう寝ましょう」

「はぃ……」


 明かりが消える。この明かりはソウルポイント(SP)を消費して点灯しているらしい。

 ソウルポイントのない私には点けることも消すことも出来なかった。また一つ、私の出来ないことが増えていく。


「おやすみなさい、先生」

「おやすみなさい……」


 緊張していたらしい体は暖かいベッドに弛緩し、眠気を催させる。

 まどろむ意識の中、強化された聴覚で聞こえた「うーちゃん」の言葉は夢か現か。

 考えている間に、私の意識は闇に落ちた。

お読み頂きありがとうございました。

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