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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
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先行き不安なステータス

説明回です。

 白い光に眩まされた視界が戻ってくると、青を煮詰めたような黒が世界を覆っていた。上も下も同じ色をした世界は、浮いているような錯覚を起こさせる。


「葵ちゃん」


 歩けることを確認し、私は葵ちゃんへ駆け寄る。戸惑う彼女の手を取るとすぐに遼と鉄也くんも私の側へ呼んだ。

 もしこれが異世界転移で合っているなら、この不思議空間は次元の狭間とでも言うべき場所だろう。このあと神かそれに準ずるものが現れて、バラバラに転移させられる可能性もある。潰せるリスクはなるべく潰しておきたいので私は三人と一ヶ所にまとまる判断をした。


「ね、ねぇねぇ。これどういうことなの? ここ何なんだと思う?」


 いつも笑っている遼も、流石にこの事態では不安げな顔をしている。葵ちゃんも鉄也くんも同様の表情をしていた。

 私は無駄に鍛えられたストレス耐性のお陰か比較的落ち着いているようだ。茫然自失から意識を取り戻したクラスメート達もざわつき始めた。


「お、おい。何だよ、これ」「私達どうなっちゃうの?」「映画みたいに殺し合いでもさせられんのかよ」「ちょっとやだ!」「ねぇ、馬鹿なこと言わないでよ!」

「これって、まさか異世界召喚じゃね?」「寺生(てらき)氏、もしそうなら奴隷ハーレムが築けますぞ!」「ご都合主義な俺ツエー? じゃあ、僕はどんなチートになるんだろー?」「俺の時代がキター! ついに秘められた右手の聖刻印、左手の邪刻印が現実のものとなる!」

「トールくーん、お腹空いたー」「朝飯くらい食ってこいよ……」「ってか、圏外だし。マジ使えねぇ。パクモンは動くけどゴルァッタとポポーしかいないじゃん」


 ……うん、慌てているのは奴のシンパだけみたいだ。フリーダム中立派は好き勝手なことを言って級長の注意を受けている。と言うか、ここパクモンがいるのか。


「みんな、落ち着いてちょうだい。とりあえず一ヶ所に固まって」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから。みなさん静かに……」


 教師二人の声はみんなに聞こえていないみたいだ。恐怖、期待、興奮、怯え。いろんな感情が場を満たし、混乱の極みに陥っていた。

 私も身動きが取れないでいた。首に遼の腕が絡みつき、左手は葵ちゃんにしがみつかれている。いつもは止めてくれる鉄也くんも、青い顔であらぬ所を見ていた。


 このまま無理にでも二人を引きずって小森先生の所へ。そう考えていた私の耳に、ぱぁん、と大きな破裂音が届く。

 突然の大きな音に驚き、みんなの思考が止まる。自然、音の方向へ視線が集まった。そこには取り巻きに囲まれた奴が笑顔を浮かべていた。


「みんな、深呼吸でもして一端落ち着くんだ。まずはみんなはぐれないように僕の所に集まって」


 柏手を一つ打った奴は注目を自分へ集めると普段より強い口調で指示を出す。混乱を制した手際と日常でのカリスマに、自由奔放な中立組さえもおとなしく奴の言葉に従った。


「ほら、うたも。おいで」

「……はい」


 腐った蜂蜜のような甘い声に嫌々返事をし、誠に不本意な思いを抱きながら奴の元へ向かう。この緊急時に単独行動を取れるほど、協調性をなくせなかった。遼と葵ちゃんの拘束から抜け出し、鉄也くんに声をかけて罠にかかる獲物を眺めるような笑みをした奴へ近付く。

 嫌悪と恥辱に揺れているだろう私の瞳を見て何を勘違いしたのか奴は至極満足そうだ。葵ちゃんと遼を引く私の両手に、汗が滲み力が入っていく。


「ふふっ。うた、いいこだね。今からは意地張らないで素直に僕を頼るんだよ」


 躾に成功した犬猫を撫でるように髪や頬に触れられる。

 嫌だ、気持ち悪い、やめて、触らないで。漏れそうになる声を、歯を噛み締めて耐えた。聞こえるか聞こえないかの取り巻き達の妬みの声に、塞げない耳の代わりにぎゅっと目を閉じた。

 我慢、我慢、我慢。転移後のこれからを思い、耐える、耐える。

 口の中に溢れる唾液が涙の流出を防いでくれる代わりに、そろそろ胃が限界なことを知らせてくる。長年ストレスに晒された私の胃袋はすっかり弱っていて、パブロフの犬よろしく奴に触れられると吐き気を催すように調教されていた。吐き出せない鬱憤に対する代償反応なのだろう。


「はーい、だいじょーぶでーす。歌ちゃんは私達が守りまーす……だから歌ちゃんに触んな、自称幼なじみ野郎」

「こんな訳の分からない状況の中、更に歌乃ちゃんの心労を増やさないであげて頂戴。あなたには頼ってくれる人がもうたくさんいるでしょう」


 葵ちゃんが奴の視界を遮るように私の前に立つ。固まった私を遼が抱き締め、胸の中に閉じ込めた。ちらりと見上げた遼の表情は先程までの青さはなく、挑発的な表情で舌を出している。

 私の様子を見てすぐに普段を取り戻し守ってくれた二人に嬉しくは思ったが、状況は最悪になった。破裂前の爆弾の前にいるような緊迫感が青黒い世界に漂う。


 それを破ったのはパコンッと三回鳴った音。三者三様の「痛い」が漏れる中、遼の抱擁が解ける。暖かいそこから抜け出すと、尾根先生が出席簿の角で自分の手のひらをとんとん叩きながらすぐ側に立っていた。先生は化粧の一つでもすれば女性に間違われるだろう整った顔を妖艶な笑みの形に変えている。だが額に浮かぶ青筋が、彼の表情が怒りの為であると教えてくれた。


「こんな状況で三人共止めなさいな。聖川はセクハラって言葉を覚えなさい。二雁、治石は過剰反応し過ぎよ」


 反論の言葉は三人から出なかった。ひゅっと風切り音を出す出席簿に言葉を飲み込んだのだ。

 場の空気も別の意味で緊迫感に溢れていた。尾根先生は普段は優しいが、怒ると相手が泣いて反省するまで攻撃の手を止めないのだ。


「あ、おい! なんか出てきたぞ!」


 ひとまず落ち着いた空気の中、一人の男子生徒がある一点を指さし声を出す。みんなの視線が指が示す先へと集まる。

 何もなかったはずの青黒い空間に巨大ディスプレイのようなものが浮いていた。突如現れたそれに、周囲はまたざわつき出す。


「誰か映ったな」

「うわ……すっげー美人……」


 ディスプレイにノイズが走り、一人の女性が映し出される。太陽のような明るい金髪に月のように鮮やかな黄色の瞳をしたその人は、筆舌に尽くしがたい程の美しさだった。希代の芸術家が人生全てを賭けて作り上げた芸術品が霞んで見えるだろう造形美に、男子ばかりでなく女子達も見惚れてしまう。

 かくいう私も目を奪われてしまっていた。つぶさに観察し、表情がないと思っていた作り物めいた顔に不機嫌さが滲み出ているのを見て取れて不思議に思う。

 女性が私達を睥睨し、厳かに口を開いた。


「あーテステス。こちら地球管理課。こちら地球管理課。私は地球管理課長の上級神『====』だ……む? 私の真名(まな)は反映されない設定なのか……まあ、良い。

 神々の愛し子達よ。聞こえているなら首を一度縦に振ってくれ」


 鈴の転がるような硬質的で玲瓏な声に意識を奪われ、みんな一斉に首を縦に振った。私達を見下ろし、課長さんは満足そうに頷いた。


「よしよし、テレポジャックは上々だな。では諸君、今私は地球から他世界への転移に無断使用された次元通路に強制干渉し、君達と会話をしている。私が君達と話せる時間は短く、出来ることは限られている。

 言いたいことはあるだろうが、それを聞いている余裕はない。よってさくさく説明するぞ」


 課長さんは「早く貸せ」と画面外にいる部下っぽい人から資料を奪い、矢継ぎ早に説明を始めた。


「まず君達が行く世界は管理番号『===……むぅ、これも規制対象か。とにかく『アミューズ』と呼ばれている世界だ。アミューズは管理ばん……地球よりも文明の発展が遅い代わりに魔法やスキルがある世界で、君達はいわゆる勇者召喚であちらに強制拉致にあったということだ……全く、召喚転移転生課への届け出もなしに無許可で行うとは……面倒事を増やしおって。

 ……んんっ、失礼。拉致の目的は各地で暴れている魔族の討伐。まあ、テンプレートだな。私が説明せずとも理解出来る者も何名かいるだろう」


 課長さんの言葉に、何人かが頷く。私も姉の影響でサブカルチャーはそこそこ知っているので頷いておいた。


「では分からない者はあとで彼らに聞いてくれ……話を続けるが召喚した国は『パルテネ王国』と言う。中堅所の勢力だが、勇者召喚が出来る唯一の国として他国から不可侵条約を取り付けているようだな。

 まあ、永世中立国的なアレだ、アレ」


 課長さんは資料をめくりながら淡々と話す。どうでもいいが課長さんの口調がどんどん雑になっているのは地が出ているのだろうか。


「パルテネ王国には勇者は優遇するようにという言い伝えが残っているそうだから、用心するに越したことはないが比較的安全に過ごせるはずだ。まあ、魔族討伐が安全と言うかは甚だ疑問だがな。少なくともいきなり自由意志を奪われることはないように思う。

 ……それとこの拉致に勝手に許可を出したアミューズの管理者は目下逃走中だが、我々の他に召喚転移転生課の面々が全力を以て捜索に当たっている。見つけ次第血祭りにあげる予定だから安心してくれ」


 何を安心するか全く以て疑問だが、それは今は置いておこう。とにかく私達の転移する場所がライトノベル御用達の世界で、衣食住の保障がされている場所だと言うことが分かっただけでも行幸だ。


「あとは、そうだな……現在、アミューズへの干渉はクソ管理者がロックをかけたせいで行うことが出来ない。トラブル対策課にロック解除の申請を出している最中だ。解除が出来た時点で君達を帰還させることを約束しよう。

 しかし、死者となった場合は輪廻転生課と召喚転移転生課の二重管轄になってしまい、非常に面倒な書類申請や事実確認をすることになるのでなるだけ死なないように」


 お役所仕事の闇を見せられても反応に困る。

 私としては今現在、地球で私達の扱いがどうなっているのか非常に気になったが、課長さんは「最後に」と話を締めくくり始めてしまった。


「君達になるだけ死なないだけの力を渡そうと思う。その力の名前は魂器(ソウルウェポン)と言う。これは君達の中にある原始能力、いわゆる潜在的に持っていたスキルや魔法の力を具現化したものだな。地球にも元々魔法やスキルはあったのだが、進化の過程で不必要となり遺伝子内で眠っていたものを管理者権限で目覚めさせよう。

 魂器は君達の道徳観念や倫理観、思想や人生経験、趣味嗜好と言ったものから形作られるので『こんなの違う!』と思ってもそれが君達の本来の姿を現したものなので諦めるように。まあ、魂器は所持者が壁や挫折を乗り越え『魂の格』を上げるとアップデートすることがあるので頑張ってみてくれ。

 あと世界というものは魂器を生まれた頃より具現化している前提で生活するように作られている。魂器なしで生活している地球は例外中の例外に当たるわけだ。その為、君達の魂器は他世界のものより強力なものになっているはずだ。劣悪な環境の方がトマトが甘くなるようなものか。

 ……ん? 例えがおかしい? うるさい、貴様、査定を楽しみにしておけよ。

 とにかくチートだチート。楽しみだろう。

 さ、さっさと解放するぞ」


 課長さんは一度画面外の部下さんを睨みつけてから、白磁器のような指をパチンと鳴らした。

 若干おざなりな感が拭えないが、その所作により私達の胸の辺りが輝き出す。

 人によって光の色は違っていて、千差万別の光が青黒い世界を照らす様は中々美しかった。


 葵ちゃんは名前の通りの明るい紫をした葵色。遼は明るい性格を現すような黄色。鉄也くんは落ち着いたシルバーグレー。

 私はと言うと、形容しがたい色をしていた。血液が固まったような黒色。血黒色(ブラッディブラック)とでも名付けたいそれはお世辞にも綺麗な色とは言えなかった。


「……ふむ、無事魂器を解放出来たようだな」


 光が収束し、私達の手に魂器が現れる。それもまた十人十色。

 葵ちゃんは長さの違う二本の刀。遼は自分の身長程もある大きなハンマー。鉄也くんは自分がすっぽり隠れるくらいの大きな盾だ。

 大多数が直接的な武器を持っている中、到底武器になるとは思えないものを持っている子もいた。私もその一人だ。

 私は手の中のそれを見つめ、どうしたものかと考える。見慣れたそれにこの上もない安心感を覚えると同時に、これからの不安感も増していく。


「うむ、あとは君達にはアミューズ言語(極)スキルを贈ってある。『魂板(ソウルプレート)』と念じれば各々ステータスが確認出来るはずだ。確認してみてくれ……漏れはないな。よし、良いだろう。

 魂器の使い方は馴染んでいく内に自ずと分かるようになるだろう。なんせ自分の一部なんだからな。

 ……ん、そろそろ時間のようだ。それでは君達の無事を祈っている。神々の愛し子よ、頑張って生き残ってくれ」


 ぶつりと映像は途切れ、ディスプレイも青黒い空間の中に溶けていく。それと共にまた白光が辺りを包み始め、パルテネ王国への転移が始まったことを示していた。

 みんなの表情を見れば、不安感の中に微かに期待感が滲んでいるのが分かった。魂板に書いてある内容がさぞ魅力的だったのだろう。私のように焦燥感を抱いていそうな者は少ない。


 まずい、と目の前に現れた魂板を見てまず思った。生き残れるか自分に問いかけてみるが、否の文字しか浮かばない。

 クソ、誰なんだ。こんな風に私の人生をロクなものに設定しなかった奴は。さっきの課長か、それともその上司か。トラブル対策課があるくらいだからカスタマーセンターくらいないのだろうか。文句の一つも言ってやらないと気が済まない。

 焦りにひきつる喉で唾液を無理矢理飲み下す。少し動くようになった喉から今日最大のため息を吐き出す。

 無理だと思っても生き残らなければ。両親には奴のことで多大な迷惑と苦労をかけている。その上、先に死ぬなど親不孝なことは出来はしない。


「まずはパルテネ王国とやらで悪印象を持たれないようにしないと」


 手の中の魂器と目の前の魂板を見つめ、願望に近い目標を呟く。両者は見事に先行きの暗さを保障してくれた。

 ああ、百色神楽のキャラソンが聞きたい。手の中のこれはそれを可能にしてくれるのだろうか。

 左手の中にあるワインレッドのMP3プレーヤーは沈黙したままだ。長年愛用しているプレーヤーとそっくりなこれでどうやって生き残れと言うのか。歌で世界を救うみたいなことを目指せば良いのだろうか。絶対にやりたくない。


「これで百色神楽が聞けると良いなぁ」


 0と1しかない魂板を消し、MP3プレーヤーを握り私は目を閉じて白色の光の奔流に備えた。すぐに瞼の裏が白く染まる。歪む感覚に耐え、私は青黒い次元通路とやらを後にした。




『伽羅橋 歌乃 十六歳 女


 SP:0/0


 攻撃力:1

 物理耐性:1

 俊敏性:1

 精度:1

 魔法素養:0

 スキル攻撃力:1

 スキル耐性:1


 スキル一覧

アミューズ言語(極) 異世界式MP3プレーヤーVer.1.00 聴覚強化Lv.1 精神耐性Lv.3』

お読み頂きありがとうございました。

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