プロローグ:青き空の下、蒼との邂逅
二章はダンジョン編です。
今回のプロローグは一章と同じように、章の終わりを描いています。
歌乃と葵が既にくっついているので、糖度がかなり高いです。
新キャラも登場です。
一章エピローグと番外編集に葵視点の一章ラストも同時投稿していますので、そちらもよろしくお願いします。
突然、体の中を流れる音楽で目が覚めた。
「……朝、か……」
自分の魂器の能力だと言うのに、毎回毎回、アラームが鳴る度に驚いてしまう。
異世界では非現実的な電子音が、この状況全てを夢だと勘違いさせてくるからだろうか。
アミューズとか言う世界に召喚されたことも、火達磨になって奈落へ落ちたことも、全て私の夢だったんじゃないかと。
そして、『彼女』と繋がったことも。
「……ん……」
私を抱き締めていた『彼女』が身じろぎする。
私から鳴る音楽で夢から覚めたのだろう。私は『彼女』が目を覚ますまでの間に、思索から現状へ思考を戻していく。
私の視界は火達磨にされた時以来、曇り硝子のままだ。どんな回復スキルも、薬も、私の体を好転させてはくれなかった。
霞んだ視界は今、白に近い肌色が広がっている。嗅覚が機能していれば、女の子特有の甘い香りも感じられただろう。
装備品を着けていれば堪能も出来ただろうが、当の『彼女』に生まれたままの姿に剥かれてしまったのだから仕方ない。
「おはよう、歌乃ちゃん」
ゴム越しに触れているような触覚の中で『彼女』の肌の柔らかさを感じていたら、耳元に起き立て特有の掠れた声が滑り込んでくる。
「っ……おはよう、葵ちゃん」
軽く自分の肩が跳ねたのが分かった。囁くのは止めて欲しい。
いつもいつも『あの時』に耳元で囁いてくるせいで、体が色々思い出してしまう。嫌ではないけど、ただただ恥ずかしい。
「やっとね」
「うん、そうだね」
私をぺたぺた触りながらの葵ちゃんの言葉に、今までを思い返す。
「長かったねぇ」
「そうね。まさか降りた階数だけ昇る羽目になるとは思わなかったわ」
しみじみと呟いた私へ、葵ちゃんが笑って返す。私もつられて笑ってしまう。
「……大変だったけど良いこともあったわね」
「ん?」
「歌乃ちゃんが良く笑うようになったわ」
「……葵ちゃんは恥ずかしい台詞を良く言うようになったよね」
真面目な声でドラマでしか聞いたことのない台詞をさらりと吐く葵ちゃんはとんだジゴロに成長したものだ。
「そう? でも、それは私の台詞よ。歌乃ちゃんだって、いつも私の心を鷲掴みにする言葉を」
「うん、この話はもう止めよう」
私だけがダメージを負うみたいだ。葵ちゃんに照れると言う感情はない。
裸のままの葵ちゃんから目を逸らす。もう服を着たいんだが、葵ちゃんが私の頬を手で包んだまま離してくれない。
それが心地良いから、されるままな自分にも問題があることは分かってる。
「あら、残念。私はまだまだ歌乃ちゃんへの愛を囁き足りないのだけれど」
「……本当に、どうしてこうなった」
良く見えない視界の中、くすくす笑う葵ちゃんの顔がどんどん近付いてくる。
今日やっとこのダンジョンから出られるんだ。いつも以上にテンションが上がっているんだろう。
……平常運転な気もするが、それは気にしてはいけない。
「歌乃ちゃん、好きよ」
「ん……」
愛の言葉に少し遅れて、葵ちゃんの唇が比較的感覚の残っている私の唇に触れる。
もう何十回と触れ合わせているのに、この一瞬だけはどうしても慣れない。
嫌だとか言う気持ちはもちろんない。むしろ嬉しいし、時間が許すのならずっとしていたい。
慣れないのは、自分の気持ちの動きだ。葵ちゃんの動き一つ一つに心臓が甘く跳ね、体の中を熱が駆け巡る。
あれほど、声高に「恋などしない」と叫んでいた私の心がだ。
人と言うのは変われば変わるものだと自分のことながら驚いてしまう。
「……えっと、葵ちゃん? そろそろ起きないと」
「ええ、そうね。それは分かってるんだけど……やっぱりこれだけじゃ物足りないわ」
「ちょ、待って。昨日あれだけしたのに、まだ?」
「歌乃ちゃんは合法だけど依存性と中毒性があるのよ」
「真顔で何言ってるの。本当に、いい加減にしないと『あの子』が起き」
「アオイぃぃいいいいいッ!
良くもアタシを縛ったわねぇぇえええええッ!?」
『バァンッ』ではない、『ドガンッ!』と音をさせて、空間と空間を繋いでいたドアが壊される。
私は『あの子』が姿を見せる前にずれた鬘を直し、『取り出し』でいつもの格好になる。
瞳以外のほとんどを隠した包帯。顔の上半分を覆う烏のようなデザインをした漆黒の仮面。質感の再現に力を入れた純白の鬘は、ローブに着けた着脱式のフードの隙間から外へと出す。太い三つ編みのそれはまるで尻尾のようだ。
ブーツの履き心地を確かめ、防具の具合を確認すれば旅支度は完了だ。一秒に満たない早業故に、目の前の口論はまだ終わっていない。
口論、とは言っても、『あの子』が一方的にまくし立て、葵ちゃんが笑って受け流しているだけなのだが。
「レム、おはよう」
「おはようじゃないわよ、全く! ねぇ、ウタノ。アンタ、飼い犬の手綱くらいしっかり握っときなさいよ!
アオイってば、誉れ高き『ムー帝国皇女』であるこの『レムリア・ラ・ムー』に対してまるで犯罪者のように縛り上げたのよ!?
許されざる行いだわ!」
「うんうん、そうだねそうだね」
手を振り回して憤慨するレムリアの頭に手を置いて、おざなりに返す。
チビの私より更に小さい彼女は、大きな青い瞳をきっと鋭くさせて私の手を払った。
「いっちいち頭を撫でないでよ! 縮んだらどうすんのよ!」
「これ以上縮んだら見えなくなっちゃうね」
「……きぃぃいいい! むかつく! 百四十センチ代だからって上から見て! むかつく!」
悔しそうに地団太を踏むレムリアはとても年上には見えない。
反応が可愛くて、ついついいじってしまうが、煽り耐性がないからそろそろ止めてあげないと血管が切れそうだ。
「私から見たらどっちも可愛らしいのは一緒よ? あ、もちろん愛してるのは歌乃ちゃんだからね?」
「うん。ありがとう、葵ちゃん。私も愛してるよ」
「あーっ! もうっ! 空気読んで少しは自重しなさいよ、バカップル共!」
私が作った防具に着替えた葵ちゃんがマイペースに会話に参加して、レムリアの血圧を更に上昇させる。
仲が悪いわけじゃないんだけど、レムリアは私への好意をフルオープンにしている葵ちゃんがどうやら苦手らしい。
「女同士なんてね、長く続かないんだから! 結局、男の方がいいって言われてフられるのよ! 絶対なんだから!」
と、ひとしきり自分のトラウマを吐露し、レムリアは私を指さした。
自分がそうだったからと言って、私達もそうなると決めつけるのは止めて欲しい。
「……はいはい、のけ者にされて寂しかったんだよね。
今日は宿のベッドで三人で川の字で寝ようね?」
「そうね、それがいいわ。歌乃ちゃんとレムリアとなら、私が少し狭い思いをするだけだし、そうしましょうよ」
「って、ちっがーう! 頭を撫でるなー! チビ扱いするなー!」
折角このダンジョンを脱出出来る記念の日に口論することもない。
私はレムリアをからかってお茶を濁すことにした。葵ちゃんもそれに便乗し、いつものようにレムリアは頭から湯気が出そうな勢いで私達へツッコミを入れる。
レムリアを仲間にしてからのお決まりのやり取り。とても楽しいが、こうやっていると遼や鉄也くんと過ごした日々を思い出して少し切なくなる。
みんなは元気でやっているだろうか。少なくとも離ればなれになってから一ヶ月は経過しているはずだ。とても長いとは言えないが、何か変化が起きるには充分な時間。
「大丈夫よ」
「葵ちゃん」
私の心の揺らぎを感じ取ったのか、葵ちゃんは穏やかな笑みを浮かべて私の手を握った。
このダンジョンに落ちてから、葵ちゃんとは色々なことを経験した。
喧嘩も初めてしたし、仲直りもした。告白をして、応えて、恋人になった。
唇だけじゃなくて、体も重ねた。想いだけじゃなくて、心を見せ合った。
命を救って、救われて。魂で繋がり合ったこの関係が、少し窮屈で絶対的な安心感を与えてくれる。
「葵ちゃん、ありがとう」
肩にもたれ、お礼を言うと葵ちゃんは微笑んだままキスで返してくれる。
ああ、自分の顔が緩んでいるのが分かる。
どうやら私の脳みそは砂糖漬けに変わってしまったみたいだ。
「アンタら、いい加減にしなさいよ?」
「あ、ごめん、レム。そろそろご飯にしようか」
下から聞こえる地を這うような声を聞いて、そろそろ真面目に準備をしようと葵ちゃんから離れる。
今日の朝ご飯は何にしようか。
ダンジョン脱出記念だ、朝から重いかもしれないけどみんなの好物にしよう。
まあ、軽い食事なんてほとんど作れてないんだけれど。いくら『桃色料理人』と言えど肉ばかりではバリエーションに限界がある。
「じゃあ、食べよう」
私は『食事フォルダ』から作り置きしてある料理を取り出すと、喧嘩なんだかじゃれ合いなんだか良く分からない掛け合いをしている二人へ声をかけた。
二人を見ていると、小さい頃に見た猫と鼠のカートゥーンを思い出してしまう。
あちらは鼠の方が一枚上手だけど、こっちは猫のが強そうだ。
「ん?」
葵ちゃんが『ネコ』って違和感あるな。
朝からひどい下ネタが頭をよぎった。
私も思った以上に浮かれているらしい。
* * * * *
「さあ、三百年振りの外よ!」
食事を終えて、少し休憩を取ると私達はダンジョンの入り口へと向かった。
出現する魔物は、私と葵ちゃんが奈落へ落ちる前にいた場所と大して強さは違わなかったので、問題なく進めた。
今はぽっかりと口を開けた入り口の前だ。日差しこそ入り込んで来ているが、轟々と吹き荒れる砂嵐のせいで外の様子が全く分からない。
何とか見える範囲で想像して、外は砂漠のようだと判断する。状況が大して好転しているとは思えなくて、私と葵ちゃんは止みそうにない砂嵐を見つめてうんざりした。
砂漠用の装備を準備しながら、神様って奴は私に優しくする気はないらしいと分かってはいたが改めて確認出来てため息が出そうになる。
「行こうか」
ここでため息を吐いてるだけでは何も進まない。一度深く息を吸ってから、私は二人へ声をかけた。
「ええ」
「早く行くわよ!」
私達は砂嵐の先で何が起こっても対処出来るように入念に準備をしてから、舞技を使って砂嵐を二つに割った。
「走るよ」
パラパラと落ちてくる砂をフードを深くかぶってかわし、青と白い日差しに導かれるように進んだ先。
そこには待ち望んだ、『外』があった。
思わず空を仰ぎ見る。青い空を白くくり貫く太陽の眩しさに、思わず目を細める。
「葵ちゃん」
「ええ」
外に出られた喜びを分かち合う前に、私は葵ちゃんへ確認を取る。
慣れたもので、葵ちゃんは声をかけただけで私の意図に気付いてくれた。
「囲まれてるわ、数は二十」
「了解」
私は研ぎ澄まされた聴覚を頼りに、最も『音がしない』方向へ顔と武器を向ける。
「五つ数える内にその隠蔽を解いてください。でないと、敵対の意志ありと判断します。
痛い思いをしたいなら、遠慮はしませんよ?」
何もない空間へ向けた『矛』が、黒い雷をまとい、バチバチと空気中の粒子を爆ぜさせる。葵ちゃんとレムリアもいつでも戦えるよう魂器を構えた。
「分かった、隠蔽を解こう。そちらはそのままで構わない」
お腹に響くような渋くて低い声が何もないように見える空間から響く。
警戒はそのままに私達は武器を下ろして隠蔽が解かれるのを待つ。
久しぶりの自分達以外の『人』がどんな人達なのか、少しばかり気持ちが期待に疼いた。
「え?」
眼前に広がる、空よりも青い『蒼』の兵士達の想定外の姿に、思わず警戒が緩んで間抜けた声が漏れた。
『彼ら』を見たのは二度目だ。
一度目は奈落へ落ちる前のこと。炎の天使の名を持つあの男と羽根の有無こそ違うが、目の前の彼らは同じ種族だろうと感じさせる蒼い髪と瞳、そして肌を持っていた。
「もしかして、ここって魔族の……」
「如何にも。この大陸は我ら、猛き蒼の住まう砂の土地、アズランド。
貴女方、二色の者が来られるのは実に三百年振りだな」
この世の全ての蒼を使って生み出されたようないかついおじさんは、何故か後ろの部下達と一緒にひざまずいた体勢で私の呟きを拾って答えた。
「あの、何で、立たないんですか」
立ち上がってくれないおじさんに尋ねる。後ろの部下らしき人達は更に頭を下げている。
微動だにしない兵士達が、かなり怖い。
「ああ、すまない。貴女の姿が伝承そのままだったものだから……敬意を払っただけだ」
「伝承?」
妙な単語を聞き返すと、一度頷いてから、おじさんは口を開いた。
「ああ、清らかさを現す純白の髪。世の穢れに染まらないよう全身を封じる布。世界との隔別を示す仮面。
それが三百年前、狂った王を正し、勇者と共に邪神を封じた秘された救世主。
我が国に残る名前は『白面の聖女』……貴女はその方に似ている」
至極真面目に説明するおじさんに、私は上手くリアクションを返せなかった。
白面の聖女?
どうしよう、ただの目つきの悪い発育不良のチビが、とんでもないものに間違われている。
「やっぱり……歌乃ちゃんの可愛さは聖なるものだからなのね……分かっていたけれど、改めて納得だわ」
葵ちゃん、納得しないで。いつもと変わらない言動だけど、私の戸惑いに気付いて。
何やらレムリアは俯いて考え込んでしまったし、私の困惑に誰も気付くことなく、おじさんは更に話を進めてくる。
「どうだろうか、こちらとしては白面の聖女と同じ姿をした方に手荒なことをしたくない。
どうか、抵抗などせずに私と共に来てくれないだろうか」
「え、行くって」
おじさんは立ち上がると、後ろを振り向く。逆行で良く見えないが、蒼っぽい点が微かに見える。
「我が国『褪せぬ蒼』へ。
我が王の名の下に、貴女方を永遠の蒼へと招こう」
裏ダンジョンをクリアしたと思ったら、次は『魔王』とエンカウント。
神って奴は本当に、私の人生をクリア不可にするのが好きらしい。
「……分かりました。
葵ちゃん、レムリア、招待を受けよう」
「私はあなたの牙よ。歌乃ちゃんの望みの通りに」
「……アタシも別にそれでいいわ」
こうして、私達は魔王の治める国『インミン』へ向かうことになったのだった。
今年最後の投稿となります。
一年以上と間が空いたにも関わらず、待ってくださっていた方々、読んでくれた皆様。
本当に、ありがとうございました。
来年もどこまで進めるかわかりませんが、気長に待って頂けると嬉しいです。




