エピローグ:青白い光と小さな芽
お久しぶりです。
これで本当に一章が終わりです。
番外編集の方に葵視点も投稿しています。
この後、二章プロローグも投稿します。
おかしな夢を見た。
その部屋には天井がなかった。見上げると先の見えない暗闇が続いているだけで、自分がどうやってここへ来たのか皆目見当がつかなかった。
出入り口らしきものはあるにはあった。大きな門だ。
部屋の中に門というのがおかしく思えるのに、夢の中ではそれは当然のもののように思えた。
あそこを抜ければ戻れるのかと頭をよぎるが、すぐにそれは無理だと感じられた。
あの門は出入り口じゃない。本当は入ってはいけない場所だ。本来は、鍵がかかっていないといけない場所だ。
でも、この部屋の門は鎖がちぎられ、鍵が壊され、開いていた。
門の側には棺が一つ。解放された門の代わりのように鎖が巻かれ、巨大な閂がかかっている。
何故だろう、棺を見ると悲しくなった。何が入っているかも分からないのに、私はそれにすがりたくなった。
触れようと手を伸ばし、しかし止める。
開いた門の先に、光が見えたからだ。
棺から離れ、門の先を覗き見る。入るのは躊躇われた。
門の先にはまた部屋があった。丸い部屋。
部屋の明かりは、剥き出しの炎だった。太陽と月を煮込んだような、どろりとした黄白色が部屋を照らしている。
目がちかちかするほど濃い光の中、その部屋の主役はひどく矮小だった。
ちょこんと言う擬音が似合う小さな小さな存在。
それは、明るい黄緑色の植物の芽だった。土もないのに根を生やすそれは異質で、強烈な異物感を私に抱かせた。
あれは持っていてはいけないものだ。咲かせてはいけないものだ。
魂が囁くが、事実、それは小さいけれど確かな存在感を持ってそこに芽吹いている。
……抜かなきゃ。
……あれは、私にはいらない。
原始的な恐怖を抱かせる部屋へ、一歩、足を動かす。
「まだ、その部屋に入ってはいけませんよ」
その部屋に足を踏み入れる前に、私は後ろから抱き締められた。
お腹に回された手は優しいが力強く、それ以上動くことは出来なかった。声の主を見ようと思っても、目は少しひんやりとした滑らかな手のひらに覆われて、それも叶わない。
自分しかいないと思った部屋の中、視覚と動きを止められたが、右耳に囁かれる声が泣きそうなほどに優しいから、怖いとは思わなかった。
「ほら、まだこの部屋は出来上がっていないのです。一歩、踏み入れれば堕ちてしまいますよ。
この場所でまで、奈落に行く必要はないでしょう」
低く平坦で固い、ともすれば冷たく聞こえてしまいそうな声。
だが、その中に視覚化出来そうなほどの優しさと甘さが詰まっていた。
脳が溶けそうなほどの甘さの中、声の主はお腹に回していた手で私の唇をなぞる。
「あなたは、だれ?」
まるで冷たい指に無理矢理促されたように、なぞられた唇から出た声はもつれて舌足らずだった。
「……誰、ですか……」
声は私の問いに、言い澱む。出す言葉を良く吟味するように、私の唇を指でいじる。
「私達の大切な大切なかわいいこ。その問いに今答えるのは、適切ではないでしょう。
あなたには足りないものが多すぎる。
もっとたくさんのことを学びなさい。答えを知るには、あなたはまだ未熟です」
冷えた手が唇から離れる。手とは反対に暖かい体も私から離れた。
ゆっくりと下ろされた冷たい手のひら。私は覆いが取れた目を彼女へと向ける。
「え?」
そこにあったのは青白い光だった。月の光のように、穏やかでけれど強い光が、私の視界を塗り潰していく。
『私達の大切な大切なかわいいこ。
亡くした過去を、壊された現在を、消えた未来を知りなさい。
幾多もの分岐の中で絶望に流されるのではなく、今からはあなた自身で希望へと向かいなさい。
あなたは、奇跡を運ぶことをその手で選んだのですから』
頭に直接描かれるような声はこれで終わりと言うようにフェードアウトしていく。
待って、と声を上げることは出来なかった。青白い光の明滅が強くなっていき、私の体はそれに浸食されていった。
『戻りなさい、かわいいこ。まだあなたに、この場所は助けとなれません』
体は光に飲まれ、右も左も分からなくなる。
ただ、果ての見えない天へ吸い込まれていくのは分かった。
『あの部屋が完成した時、また会いましょう。
……本当は、会わない方がいいのでしょうが』
哀れみと慈しみのこもった声の意味はまだ分からない。
けれど、この先、私が私のあるままに進んでいけば分かる時が来るのだろうと、何故か確信に近い予感があった。
お読み頂きありがとうございました。




