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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
14/16

そして舞台は奈落へ移る

連続更新三話目です。

こちらから目を通している方は二話前からお読みください。


大変お待たせしました。

これにてプロローグまでの話が終了です。


これからの予定は活動報告へ書きますのでよろしければそちらも目を通してください。


追記2018/09/28にプロローグを編集しました。


・怯えた幼なじみに肉壁とされ→狂った幼なじみに生贄とされ

・功を焦った自称幼なじみ→嫉妬に駆られた自称幼なじみ


変更部分は上記になっています。

「うた、ちゃん?」


 全身の半分以上を黒く火傷させた私の立ち上がる姿を見て、遼は呆然と名前を呼んだ。

 所々炭化しているレベルの大火傷だ。動くことすらままならないだろう姿で、すっくと立つ姿は異様だろう。


 ぽかんと口を開けて私を見上げる遼へ顔を向ける。服まで私のポイントへと変えてくれようとしたみたいで、シャツを脱ぎかけた格好のまま固まっていた。


「ありがと、遼」


 途切れ途切れではなくスムーズに出た私の声は、風邪を引いたようにしゃがれていた。

 鼻から吸い込んだ熱気が、声帯を焼いてしまったんだろう。


「『取り出し(エクスポート)』」


 私は『一時保留』とタイトルされたフォルダを開き、MP変換から免れたローブを取り出す。

『サポートシステム』とやらが仕事をしているらしく、頭の中にパソコン画面があるような感じで、その辺りの行程は知覚化出来た。


 取り出されたぶかぶかのローブはわざわざ着る手間もなく、私の体をすっぽりと包む。

 かなり大きめだったが体を漂う灰色のオーラがローブを覆うと、それは灰色の鎧へと変わっていった。私に誂えて形作られた鎧は、今も流れる歌から連想される彼の衣装と同じだった。


「さて、と」


『ソウルアプリケーション』と入れ替わるように消えてしまった魂板を再度呼び出す。

 そこは今までとは全く違うものになっていた。




『伽羅橋 歌乃 十六歳 女


 MP:3P


 パワー    ★★★★★☆☆

 スピード   ★★☆☆☆☆☆

 タフネス   ★★★★★★★

 範囲     ★★★☆☆☆☆

 ブロック性能 ★★★★★★☆

 コンボ性能  ★☆☆☆☆☆☆

 チャージ性能 ★★★★☆☆☆


 歌装中の神曲:『我が灰色の魂を捧ぐ』00:32/06:45


 音楽再生画面へ』




 大分シンプルになっている。

 何も知らない人間が見れば説明の必要だろうステータス画面だが、百式神楽のファンである私には至極見慣れた画面だった。

『百色神楽―完全攻略―』と銘打たれた攻略本に載っているステータスと同じだからだ。このごり押ししてくださいと言わんばかりのステータスは『第二幕』、初登場の時のものだ。


 ……と、いけない。あの演説が終わってもう30秒も経っている。

 念のため、再生画面を確認したら行動しよう。

 これは六分四十五秒だけの『宴も闌(パーティータイム)』なのだから、時間を大切にしないと。


 この能力の使い方?

 そんなもの、サポートシステムの説明なんて必要ない。




『1/1   00:42/06:45

 T:我が灰色の魂を捧ぐ

 S:グレイフ・ナイトフッド(CV.星野千太)

 A:百色神楽~音盤草紙』




 これは、私の心を支える力なのだから。




「『御方への我が忠誠、何人(なんぴと)にも砕けはせぬッ!』」




 大きく息を吸い、腹から押し出した声を空間中に響き渡らせる。

 私の怒声にほぼ全員の動きが止まった。「う、歌ちゃん?」と遼の戸惑った声や「え? オンカタって誰?」と呟く声が聞こえるが、無視だ。

 私は今、キャラクターになりきった台詞を吐く高揚と羞恥をナタナエルへの怒りへ昇華するのに忙しい。


 それに、すぐ実感するはずだ。この恥ずかしい行為が、味方全員へどんな結果をもたらすのかを。




「こ、これは……」


 灰色の星が、私の声を聞いた全員の胸へ灯る。

 その星の意味は、熾天使の一撃を浴びた騎士団員の一人によって明かされる。


「攻撃が……こいつらの攻撃が効かなくなった!」


 驚喜のどよめきが薄暗い空間を揺らす。「今だ、畳みかけるぞ!」とアシエ騎士団長の檄が飛ぶ。


 私が放ったのは『灰色の頑強』というRPG版限定の技だ。これは味方のタフネスを星一つ上げる効果がある。

 この世界の数字式のステータスでどう反映されるか不安があったが、上手く行ったようで良かった。


 騎士団の勢いは増したが、攻防は一進一退のまま。防御力こそ上がったが、炎の天使を倒しきる決め手が欠けていた。

 おまけに熾天使はナタナエルのかけ声一つで量産される。六体より多くは一度に出せない様子なのが唯一の救いか。


「歌乃ちゃん」

「葵ちゃん」


 ナタナエルへ一歩踏み出した私の前に葵ちゃんが立つ。

 彼女の目が赤く見える。血走っているのだろう。顔色も私でも分かるほどに青白い。


「……これ……」


 言いたいことを全て飲み込んで、葵ちゃんは唇を開き、掠れた声を出した。開いた唇から赤い線が流れている。ずっと噛み締めていたんだろう。

 差し出された刀も、力を入れて握られた右手によって微かに震えている。


「ありがとう」


 私は濁った声で礼を言い、差し出された刀ではなく左手に持っていた脇差しを受け取った。


「え?」

「これで充分だからさ」


 目を見開いた彼女へ、笑ってみせる。灰色の兜に覆われた私の表情は葵ちゃんには見えなかったかもしれない。でも、今までで一番自然に笑えた気がする。


「ほらね」


 葵ちゃんの横を通り過ぎる時に脇差しを大剣へ変える。大刀は灰色の騎士団長、グレイフ・ナイトフッドの持つものと寸分違わぬものへとなった。


 私の能力は身も蓋もない言い方をすれば憑依だ。どんな出来の悪い依代でも置き替わるものがありさえすれば、私の力は十全に発揮してくれる。

 ただし、曲の間だけという条件はあるが。


「行ってくる」


 幅広の灰色をした刃が、兜の影に隠れた私の顔を映す。赤黒く醜い顔とほとんど焼け消えた髪を見ても、私の灰色に変わった瞳には不屈の炎が燃えていた。


 灰色の不屈に染まった瞳が映すのは蒼い天使。ナタナエルは、炎に全身を焼けながらも力を得て立ち上がった私を見て爛々と目を輝かせていた。


「は、はははッ! ハッハァ! 最高だァ! そう、これだ! これこそが求めていたもの!

 さァ、来い! 試練の勇者よ! オレ様は今お前という壁を壊」


「『飛ブ燕ヲ撃チ墜トス(ひえんげきつい)』」


 振り降ろした大刀の先から三方向に放たれた闘気の一つが、ナタナエルの頬を斬り裂き蒼い血を流させる。


「……は?」


 うるさいご高説を垂れていた口から驚きの呟きをこぼし、ナタナエルは頬の血に触れる。

 三つ飛ばした内、二つの闘気が熾天使二体を消し飛ばしたのを横目に、私は直線上にいる炎の天使へ一気に駆けだした。


「迎撃しろォ! 熾天使ッ!」

「『猛ル虎ヲ押シ潰ス(もうこおうつい)』」


 向かってくる炎の天使の顔を空いた右手で掴み、地面へと叩きつける。

 ダメ押しで大剣を首へ突き立てると、天使は炎へ戻っていった。


「『暴ルル牛ノ荒キ進ミ(ぼうぎゅうこうしん)』」


 暴れ牛の如く、舞技(アーツ)を用いてナタナエルへと迫る。


「は、はは……熾天使ィ! 壁になれェェエエエ!」


 良く見えないが声の様子から、ナタナエルがたじろいでいるように思える。

 だが、暴れる牛は突き進む。土煙を上げて前進する私の前へ三体の炎の天使が立ちはだかる。


「『昇ル龍ヲ引キ落トス(しょうりゅういんらく)


 まず一体は『暴牛荒進』の突撃により吹き飛び、二体目は下段技の『昇龍引落』により分断される。


「『鷹ハ鋭キ爪デ襲ウ(おうえいそうしゅう)


 そして私は『昇龍引落』での飛び上がりを利用し、重力を利用した急降下で敵に斬撃を喰らわせる舞技を放つ。

 これは『百式神楽』初参戦時のグレイフ・ナイトフッドが持つほぼ唯一と言えるべきコンボ技だ。コンボ性能星一つは伊達じゃない。コンボを開発するくらいなら、化け物じみたタフネスでごり押しして隙の少ない通常攻撃をちまちま当てていた方が勝てるキャラなのだ。


「『怒レル鯨ハ潮ヲ噴ク(どげいちょうふん)』ッ!」


 炎の天使の形をした壁を斬り壊し、蒼い天使へ肉薄する。

 放った舞技は乱打技。怒れる鯨が噴き出す潮の如き勢いで四方八方から敵を斬りつける。


「お、ォォォオオオオオオッ! 《創炎(クリエイトフレイム)》ゥ! 《波打つ炎の剣(フランベルジュ)》ッ!」


 大刀の滅多打ちにナタナエルは爪ではなく、波のような刀身を持つ炎で出来た剣で対抗する。

 ナタナエルの反応速度は私よりも早い。けれど、私の一撃に打ち返すごとに腕が弾かれてしまい防戦一方のままだ。力は私の方が強いらしい。


「あぁあああッ!」

「グゥゥウウウ……調子に乗るなァ! 《創炎》・《環壁(サークルウォール)》!」


 戦士としての勘か、私の舞技の終わりを読んだナタナエルは蒼い炎の壁を円上に作り上げる。


「はぁッ!」


 私は一呼吸空けてから、剣圧で炎壁を斬り払った。


「はっはァ! 貰ったぜェ!」


 炎を斬り払う隙をついてナタナエルは私の死角を狙ってくる。翼を用いた立体軌道で、私の斜め上から剣を振りかぶり急降下した。

 視覚に頼れない私は、戦闘の間にも強化され研ぎ澄まされていく聴覚でそれを悟る。ついで、聞きたくない会話も耳にねじ込まれた。流石に聞く以外のアクションをする余裕もなく、私はナタナエルへと対応する。


「甘いよ」

「何だとォ!?」


 私は剣を向けることなく、振り向き様に伸ばした右手で炎の剣を掴む。灰色のオーラで作り上げられた甲手(こて)は肉を斬らせることなくそれを成し遂げさせた。


「簡単に勝てると思った? 力を得たとしても黒焦げの小娘なんて楽勝だと思ったのかな」

「ぐッ、何で抜けねぇんだよッ……離せ、離せェッ!」


 波打つ刃を握り締めたまま、私は問いかける。ナタナエルは振り解けないことが信じられないのか、なりふり構わない隙だらけの姿で剣を引っ張っている。

 ナタナエルから答えは貰えないが、私は話し続けた。


「甘いんだよ、クソ天使(はむし)が。試練がそんなお気楽に(イージーモードで)終わる訳がねぇだろ。

 試練ってのはゲロ吐きそうな絶望(ハードモード)からスタートするもんなんだよ」


 強く握ると手の中の刃が砕ける。大きく体勢を崩したナタナエルへ向け、大剣を振るった。


「《創炎》! 《炎の巨人の手(イフリートハンド)》!」


 振るった刃はナタナエルには当たらず、私の体ごと手を模した炎に包まれる。

 いくらパワーとタフネスで勝っていようと圧倒的に足りない経験がチェックメイトの邪魔をする。私が炎の手から抜け出した時には、ナタナエルの姿は離れていた。


「怖じ気付いた? 死にかけの小娘相手に尻尾をまいて逃げるのかな?」


 曇り硝子の視界の中でもナタナエルの纏う空気が変わったのが分かった。

 まずいと思い、とっさに放った挑発は静かな声に弾かれる。


「挑発には乗らねェよ。試練は乗り越えてこそ意味がある。

 オレ様は勝たなきゃいけねェんだ」


 私は出そうになる舌打ちを押し止め、『飛燕撃墜』を放ち、『暴牛荒進』でナタナエルへと迫る。

 だがこの蒼い天使は私の焦りを読んだかのように一定の距離を保ったまま、決して私に近付こうとしなかった。


「はっはァ! やっぱりなァ、試練の勇者! 焦ってやがるな!

 オレ様の読み通り! 『お前には時間がない』んだなァ!」


 ナタナエルの哄笑と共に吐き出された言葉は、正しくその通りだった。

 この場を一人で任された戦士たる蒼い天使は、私の制限時間に気付いたらしい。




『1/1   03:12/06:45

 T:我が灰色の魂を捧ぐ

 S:グレイフ・ナイトフッド(CV.星野千太)

 A:百色神楽~音盤草紙』




 脳裏に書き込まれた情報は決して楽観的に流していいものではない。

 まだ三分なのか、もう三分なのか。人によって感覚は違うだろうが、私としてはもう三分だった。

 あと同じだけの時間しか残されていない。ナタナエルは三分逃げるだけでいい。私は三分間で無力化しなくてはいけないのだ。

 逃げるよりも追う方が難しいのは試さなくても分かる。なおかつ相手は私よりスピードに優れている。

 グレイフ・ナイトフッドの持ち味であるタフネスやスタミナも三分間では優位性を発揮してくれない。


 じりじりと体と同じように心が焦げ付いていく、その中で。

 ナタナエルは更に私を焦がそうと仕掛けてくる。


「《創炎》・《熾天使(セラフィム)軍団(レギオン)》」


 まるで花吹雪の如く、炎の羽根が暗い宙を舞う。

 羽根は核となり、真っ黒な天井を覆うほどの熾天使へと姿を変えた。


「『飛ブ燕ヲ撃チ墜トス(ひえんげきつい)』ッ!」


 熾天使は私の舞技一発で簡単に消えていく。だが、範囲技のないこの姿(グレイフ)では一度に三体が限界だ。

 私が三体撃ち墜とす間に、ナタナエルは六体、熾天使を補充していく。


「はっはァ! どんだけ強かろうがテメェは一人だ! 試練の勇者ァ!

 この『(かず)』の力に勝てるわけがねェ!」


 暗い天を埋め尽くす熾天使の炎で、蒼い男は更に蒼く染まる。

 勝利を確信し笑う男は、それでも油断することなく熾天使達に更なる指示を出した。


「熾天使ィ! ザコ勇者共を攻撃しろォ!」

「なっ!?」


 これは予想外だった。熾天使の大群は私ではなく、騎士団に守られるみんなへと向かう。


 私に向かうのであれば、捨て身で突撃しナタナエルへと一矢報いてやれた。

 しかし、これは、駄目だ。一体であれば大丈夫だろうが、天を埋めるほどの炎の天使の群れから耐えるほど『灰色の頑強』で防御力は上がってはいないのだ。

 足が判断に鈍る。みんなを助けに行くべきか、ナタナエルへ刃を向けるのか。

 噛み締めた歯が音を出す。焦燥の音を、掻き消す声があった。




「あ、ああ、あ……ウォォオオオオオッ!

 お、お前らぁ! こっちを見ろォォォオオッ! 『一極集中』ッ!」




 鉄也くんの声だ。自分にヘイトを集める盾術を使い、熾天使の視線を奪う。

 羽根を羽ばたかせ一斉に向かってくる炎の天使へ、鉄也くんは普段の間延びした口調も剥がれ、昔の彼へと戻って叫ぶ。


「ひ、ぁ、あ! ア、アア『鉄壁(アイアンウォール)』!

 し、しし茂武ぇ! 任せたッ!」

「『彼のものを柱とし、邪悪を防げ――御柱結界』!」


 防壁を生む盾術を繰り出す鉄也くんの合図に合わせ、美智さんが結界術を発動する。

 鉄也くんを中心としホワイトオパールに輝く結界が、騎士団を含め私以外の全員の前に現れた。


「かッ、から伽羅橋! ぼぼ、僕らは、大丈夫、だッ! ぼ、僕と、茂武がっ、守る!

 だだ、だから、ぁ、ぁ、頼むッ! そ、そそんなヤツ、やれ!

 ぼ僕の代わりに、やってくれ! 頼むッ!

 ……やっちまぇぇえええッ!」


 吃音を隠す、普段の間延びした話し方をかなぐり捨て、鉄也くんは叫ぶ。

 それを支える美智さんも話す余裕はないが、私を見て一つ頷いた。


「『暴ルル牛ノ荒キ進ミ(ぼうぎゅうこうしん)』!」

「熾天使ィ! さっさとザコ共を殺せェェエエエ!」


 私はみんなから背を向け、ナタナエルへと迫る。ナタナエルは飛んで避けようとし、しかしそれは激しい回転をしながら飛んできた盾に邪魔される。


「赤猿ごときがァ、邪魔すんなァ!」

「カラハシ殿! 魔族を頼む!」


 飛行を阻害されたナタナエルはアシエ副団長へ炎を放つ。私の意識が、そちらへ向かいそうになるのを副団長は止めた。

 私はそれに従い、前だけを、倒すべき魔族の男だけを見据える。




『1/1   04:09/06:45

 T:我が灰色の魂を捧ぐ

 S:グレイフ・ナイトフッド(CV.星野千太)

 A:百色神楽~音盤草紙』




 曲は今、二番のサビが終わり間奏に入った。これからCメロを奏で、フィナーレへと向かっていく。

 ぐんぐんと曲は重厚さを増し、グレイフ・ナイトフッドの歌声も熱を上げていく。




[《熱狂(クライマックス)最高潮(ボルテージ)》の充填(チャージ)が完了しました]




 熱狂は加速し、超必殺技(チェックメイト)までのカウントダウンが始まる。

 ゲーム内では黄色いバーで表示されていた『熱狂ゲージ(ボルテージ)』は、現実ではサポートシステムさんが教えてくれる仕様らしい。


 当たれば文字通り一撃必殺の、決め技。文字通り『次元』の違う攻撃。


 だが、悲しいかな、私には王手(ゴール)までの定石が見えてこない。


「これで、決めるよッ!」


 正確には『一人の力』では、だが。


「『怒レル鯨ハ潮ヲ噴ク(どげいちょうふん)』!」

「そんな見え透いた攻撃が当たってたまるかよォ!」


 崖近くまで追い詰め、みんなとは充分に距離を離して振るった舞技は易々と読まれてしまう。五度、振るわれる刃をナタナエルは翼をはためかせ跳躍することで避けきった。

 私の大剣は、『暴牛荒進』を使わねば届かないくらいナタナエルと離されてしまっていた。


 そう、だけど、『これでいい』。




「『ティンダロスの猟犬は鋭角より現れる』」




 洋子さんの本を読み上げるような囁き声が、耳へ滑り込む。

 私の鼻が利いていれば、きっと耐えがたい悪臭に顔をしかめていただろう。

 洋子さんの呟きに呼応するように、ナタナエルへ向けた大剣の刃が作り出す鋭角から、形容しがたい『何か』が現れ出る。


 名伏しがたい『それ』は青黒い体液を垂れ流し、大地に足を着けることなく宙を駆けた。

 鋭角さえあれば次元の果てでも追いかけてくるクトゥルフ神話の猟犬は、被っていた羊の皮を脱ぎ捨て本性を晒し、声なき咆哮を上げる。

 今の姿に不釣り合いな赤い首輪だけが『てぃーちゃん』の面影を残す彼の背には、黒髪をなびかせた女侍が乗っていた。


「双牙流刀鬼術、一の鬼刃(きば)――『一鬼刀閃(いっきとうせん)』!

 あぁあああああああッ!」


 それは例えるならば、全てを噛み千斬(ちぎ)る鬼の牙。

 相手の物理耐性を完全無視する一撃必殺技を放った葵ちゃんの『双牙』は、ナタナエルの右手を見事に喰い千斬った。


「あ、アァアアア!?

 こ、の……クソザコがァアアアアッ!」


 吹き飛ぶ右手に、遅れて飛び散る蒼い血潮。

 それを一瞬だけ呆然と見つめたナタナエルは、すぐさま表情を怒りへ変え、止血することもなく残った左手を葵ちゃんへ突き出す。


「葵ちゃん、最ッ高(あいしてる)!」


『てぃーちゃん』が消え、慣性の法則に従いナタナエルへと向かっていく葵ちゃんの腰を抱き、左半身を前へと突き出し蒼い天使の爪を弾く。

 サポートシステムさんが抑揚なく告げた『熱狂(クライマックス)最高潮(ボルテージ)』を体現するように、私のテンションは今までになく上がっていき、葵ちゃんへ柄にもない愛の言葉(ジョーク)を言ってしまう。


「さあ、クソ天使。華々しい最期(グランドフィナーレ)を奏でようか!」


 私は葵ちゃんを右腕に抱いたまま、ナタナエルを見据え笑みを浮かべる。

 彼へ向けた大刀剣は灰色に輝いていき、超必殺技(チェックメイト)までのカウントダウンを始める。




「『熱・狂・最・高・潮』! 『神・降・臨(トランスモード)』!」




 私のかけ声に合わせ、体から立ち上る灰色の闘気が象頭人身の神を形作っていく。


 それはインド神話に出てくる神の一柱。一切の障害を吹き飛ばす力強き神の姿。

 ガネーシャと呼ばれる神の姿へと灰色の闘気は変わっていく。


「……ふ、ふざけるなァ! こんな、こんなトコでオレ様が終わる!? オレ様は天名を賜った大天使(エリート)だぞ!?

 それが、こんな、下級天使(ななし)にも勝てねェ赤猿の喚んだザコ勇者に……ふざけるなァアアアア!」


 まくし立てるナタナエルの目は、既に敗北(げんじつ)を受け入れられないのか焦点が合っていない。

 こいつの絶望などどうでもいい。今はこの最大の隙を利用するだけだ。




「我が信仰は試練を吹き飛ばす象神・ガネーシャ! 立ちはだかるものに怒りの吐息を!

 ……『神ナル象ノ息吹キ(しんしょうそくすい)難キ壁ヲ砕キ破ル(なんぺきさいは)』ァァアアアッ!」




 象頭が嘶き、私は必殺の一撃を障害(ナタナエル)へと振り降ろす、


「きゃあっ!?」

「葵ちゃん!?」


 ……はずだった。

 右腕の中の重みが、離れなければ。




「切り離せ、『絶対正義』……自由切断!」




 忌々しい声に一瞬遅れて、衝撃が右腕を通り抜ける。

 斬られたかと思うほどの圧に、葵ちゃんを抱く力が弱まり、彼女は悲鳴と共に吹き飛ばされてしまう。


「……くそっ!」


 私は大上段に振り降ろすはずだった大剣の角度を変え、反動で葵ちゃんへ向かえるように調節する。タイミングを逃した超必殺技は、『自由切断』により半分になったナタナエルの体を更に細かく切り離した。

 敵とはいえ、尊厳を踏みにじるような行いに、申し訳なさが芽生え、ナタナエルへ意識を向けてしまう。


「ウソだろ、こんな……こんな最期が……

 せめて、勇者の試練に、そんな……そんなァ!」


 己の最期を決めた相手が私ではないと理解したナタナエルの無念の断末魔が、耳へ届く。敵でありながら同情を禁じ得ない、切ない叫びだった。

 私だって出来ることなら、あんな男に勝ちを渡したくない。けれど、私には勝利よりも優先すべきものがある。


「葵ちゃんッ!」

「歌乃ちゃん!」


 私は今度こそ葵ちゃんを離さないよう彼女へ手を伸ばす。指同士が触れ合い、もう離さないようにしっかりと握ろうと奈落へ向かう体を更に押し進める。


「きゃあっ!」

「葵ちゃん!」


 だが、それは叶わなかった。あと一歩という所で葵ちゃんの体が吹き飛ばされたように弾き飛ばされる。一発、一発と攻撃が当たったように、彼女は奈落へと向かっていく。

 重力に負け、地面に足を着けた私の体を、内から湧き上がった耐え難い熱が震わせる。


「『不可視(インビジブル)()衝撃(インパクト)』」


 その台詞に合わせて、葵ちゃんが吹き飛ぶ。

 誰がやっているかなんて、その囁き声を聞けば分かった。




 あの男だ。あの男は『またしても』私から大切な『ひと』を奪おうとする。




「うたのヒーローは僕だけだ……でしゃばるなよ、二雁葵」


 奴の狂った嫉妬に、怒りに染まった私の足は強く地面を踏み締めた。


「『暴ルル牛ノ荒キ進ミ(ぼうぎゅうこうしん)』!」


 葵ちゃんへ向け、舞技を用いて弾丸のように走り飛ぶ。


「『暴牛荒進』、『暴牛荒進』……『暴牛荒進』ッ!」


 届かない。奴の見えない攻撃が届かせない。

 時間がない。距離がない。奈落まではあと少し。


「……ふざけるなぁぁあああああッ!」

「うた!? そんなッ!?」


 あの男の思い通りになどさせるものか。

 私は奴の不可視の攻撃の射線に立ち、その衝撃を追い風に、一気に葵ちゃんへと距離を詰める。


「……捕まえたっ!」


 もう離さないように右腕できつく抱き締める。腕の中の葵ちゃんは度重なる衝撃を受けたせいで気を失っていた。


「……うた、何で……」


 奈落から吹き上げる風を全身に浴びながら、私は奴の悄然とした声を聞いた。一瞬だけ視界に留めたあいつは、地面にくずおれ、こちらを見つめていた。

 吹き上げる風よりも激しい怒りが全身を包むが、私はそれに全力をもって蓋をする。


 怒りを見せてはいけない。それは奴の思うツボだ。今までの奴の行動を思い出せ。




 今の私に出来る最大の意趣返しは何だ?




「……遼、鉄也くん!」


 永遠かと思えるほどの一瞬間の思考で、辿り着いた答え。私はこちらへ走り寄る遼と倒れ込んだ鉄也くんへ声をかけた。


「こっちは大丈夫! 葵ちゃんは私が守る!

 だから、そっちは頼んだ!」


 私が辿り着いた答え。

 奴への怒りに蓋をして、遼と鉄也くん(いちばんのともだち)へ想いを託すこと。


 それは思った以上の効果であったようで、奈落へ落ちていく私の耳に、奴の絶叫が心地よく届いた。


「何でだ! 何でだよぉぉおおお!

 うたぁあぁああああぁぁぁああああああッ!」


 ははっ、ざまあみろ。

 火達磨にされた身としてはまだまだ返し足りないけどな。


「やだぁ! うたちゃん、やだよぉ!

 おいてかないで! 私を、おいてかないでよぉ!」


 親とはぐれた幼子のような遼の泣き声が胸を痛める。


 ごめん、ごめんね、遼。

 絶対に生きて帰るから。生きて、一緒に地球に帰るから。




 だから、今は。


「『猛ル虎ヲ押シ潰ス(もうこおうつい)』!」


 私は舞技を放ち、大刀を岩壁へ強く突き立てる。




 腕の中にいる葵ちゃんと一緒に。

 生き残る為に、全てを懸けよう。

 (てき)の絶叫も、(とも)の慟哭も、全て心から取り払い。

 ただ、私は(うえ)を見つめる。


 全ては地球へ、帰る為に。

お読み頂きありがとうございました。

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