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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
13/16

神曲ヲ歌ウ者

連続更新中です。

この更新の前に一話更新しています。

出来たら、もう一話更新したいと思います。

「そうだ、それでいい。

 何だ、まだまだ元気そうじゃないか」


 肺の中の空気を全て吐き出すような咆哮を上げた私へ、彼女は固く低い平坦な声のまま話しかける。

 表情も声音も一ミリたりとも変わりはしないのに、どこか楽しそうに見えるのは彼女の姿を見慣れているが故だろうか。


「……ドッペルゲンガーって奴?」

「ははは、なかなか言い得て妙だ。

 私のようなモノ(ドッペルゲンガー)か。今度からそれを使おう」


 目を開いた先にいた人は、私と同じ姿をしていた。


「まあ、いい……とりあえず、元気なだけじゃどうしようもないよ。

 動けないのは変わりがないんだから」


 私に発破をかけ続けた白黒(モノクロ)の私へ、私は声を返す。

 恨めしそうな声になってしまうのは、この状況では仕方ないだろう。

 三途の川に近いだろうこの世界では消えているが、今この体は押し潰されるような痛みと痺れに襲われているのだ。

 愚痴の一つをこぼしてもいいと思う。


「おや、さっきの勢いの割に随分弱気な発言だな。

 よぅく考えてみろ、伽羅橋歌乃。

 何も出来ないのならば、今もまだその思考(あたま)はくるくる回ったりしていないだろう?」


 白黒の私は何とも小憎たらしい、皮肉めいた言葉回ししか用いない。

 何とも腹が立つ。私はこんなに性格は悪くない、はずだ。


「考え続ければ奇跡が起きるとでも?」

「思考こそが人に与えられた最強最高の武器だ。それに名言もあるじゃないか。『諦めたら試合終了(ゲームオーバー)だ』と」


『私のようなモノ』は私から手を離した。

 夢の世界だ。あの大火傷の辛さが綺麗さっぱりなくなっている私は立ち上がり、彼女へと視線を交差させる。


 同じ身長の彼女の瞳は、固く重く煌めく漆黒。

 少しだけ視線を絡めると、白黒の私はふてぶてしく口角を上げて笑う。

 今まで私が絶対にしていない表情のはずなのに、いやに様になっている。


「ん、そろそろ時間切れか」

「あっ」


 世界がぐにゃりと崩れ出す。

 いまわの際の夢が覚めていく。


「お前の活躍を期待していよう、伽羅橋歌乃。

 ははっ、心配するな。逆転ざまぁも成り上がりも望んでいないさ。

 自分の信念を貫け。諦めず、掴み取るまで手を伸ばし続けろ……私が望むのはその二つだ」


 笑いながら、彼女は私へ右手を差し出す。それに応え握手を返すと、私の体は重力に反抗し空へと昇っていく。

『上』へ戻る私へ、『私』はなおも笑いながら声をかけた。


「ああ、そうそう。一度あのキモ男を殴っておけ。すっきりするぞ」


 なるほど、それはいい提案だ。流石、私と感心しながら、私は現実へと戻っていった。






 * * * * *






「……はっ」


 思考が浮上する。神の手で押し潰されるように体が地面へ張り付いている気がした。

 痛みを超えて感覚すら消えかけた痺れに肺が動きを止めようとする。意識して呼吸をした。


 まだ、呼吸が出来る。私は生きている。

 視界は相変わらず曇り硝子。でも完全に見えなくなったわけじゃない。

 体を動かす。左手の指だけが辛うじて動かせる。

 頭は相変わらずこうやって回っている。


 私にもまだ出来ることがある。私はまだ死んでない。

 まだ、全てを諦めるには早すぎる。


 そう、落ち着けたのは『精神耐性』のお陰か。今も『聴覚強化』が周囲の音を拾っている。『精神耐性』だってはたらいていることだろう。


 そうだ。スキルだ。

 私は、まだやっていないことがある。


 魂板を開く。少しでも生き残る確率を上げる為に、現状を把握することが必要だと思った。




『伽羅橋 歌乃 十六歳 女


 MP:997


 攻撃力:282(119up!) [+265]

 物理耐性:295(116up!) [+274]

 俊敏性:293(104up!) [+272]

 精度:251(126up!) [+240]

 スキル攻撃力:247(120up!) [+236]

 スキル耐性:294(125up!) [+273]

 曲魂解放率:18%


 再生中の曲魂:なし


 スキル一覧

アミューズ言語(極) 異世界式MP3プレーヤーVer.1.90(update!) 聴覚強化Lv.6(2up!) 精神耐性Lv.8(4up!) ☆嘔吐反射Lv.10(5up!)』




「……ぇ……」


 何だ、これ。

『嘔吐反射』がレベルマックスになって、星が点滅をしている。

 まるで押せと言わんばかりの点滅。こんな反応、誰からも聞いたことなかった。

 そもそも魂板に触れるのかも分からない。


 でも、やれることは全てやると決めた。

 力の入らない手に喝を入れ、魂板へ。


「……く、そ……」


 地面を弱々しく掻くしか出来なかった手は当然ながら震えるだけで伸びてはくれない。


 ほんの少し、ほんの少しだけでいいんだ。

 地獄で見つけた蜘蛛の糸のように。

 きっと、これは私の活路を見出す光になるはず。


 届け、届け。


「……と、ど……ぇ……!」




 諦めず、伸ばし続けた。

 その手を、支えてくれる人がいた。




「っ……歌ちゃん、こっち? こっちへ動かせばいいの?

 瞬きでも何でもいいから、教えて、歌ちゃん?

 歌ちゃんのやりたいことは私が、支えるから」


 遼の力強い手から、暖かさが流れてくる。

 それは一瞬でさらさらと流れてしまうけれど、彼女へ意志を伝えるには充分だった。


「……あぃ、がと……」

「痛かったら、ごめんね? 動かすよ?

 ……絶対に歌ちゃんを助けてみせる。歌ちゃんを守ってみせるから、少し我慢してね」

「ぅ、ん」


 遼の声は湿って震えていた。だけど、それを悟らせないように無理をして明るく弾ませているのも分かった。

 きっと彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだろう。これ以上泣かせない為にも、私は手を伸ばす。


「な……硬い……これじゃ、腕が……」


 薄らと痛みが走る。遼の悄然とした声と一緒に、動きかけた手も止まる。

 腕が一番炎のダメージが大きかったのだろう。筋肉が固まってしまっていて、これ以上動かすと折れてしまいそうだった。


「う、うたちゃん」

「ぃ、から……」


 動かして。そう、言おうとして。

 それは別の声に阻まれた。


「《オン・バジラユゼイ・ソワカ》……小さき衆生に金剛石の奇跡を! 真言(マントラ)具現(オン)、普賢延命法!

 病苦と非業な死から衆生を救う真言だ! 付け焼き刃だが、多少の無理もきくはずだ!

 ……歌乃! お前の為の念仏なんざ俺は用意してねぇからな!

 遼はこうやってお前を回復してる! 葵はお前に触れさせねぇよう、聖川光明(あのヤロウ)に刃を向けてる! 鉄也と美智は炎の攻撃を必死で防いでる!

 だから、もうちっとふんばれ!」


 理々安くんだった。彼は一息にまくし立てるとその後は何度も延命効果のあるらしい真言を唱えていた。

 固まった腕へ、力が込められる。ギシギシと音がしそうなそれへ、今持てる全ての力を押し込める。


「が、ぁ……!」

「歌ちゃん、頑張って!」


 熱い。

 さっきまでの、感じ取れなくなるほどの暴虐の熱とは違う。

 出来ないことはない、そう感じさせてくれる。全能感のある熱が血潮を巡る。


「ぁ……」


 指が、かする。

 蜘蛛の糸の如く儚い、希望の星へ。

 触れる。






[『嘔吐反射』がレベル上限に達しました。

 スキル所持者の認証を確認。

 『嘔吐反射』スキルの進化(アップデート)を開始......]




[『嘔吐反射』は『自立(オート)反射』へ進化します]






 脳に直接描かれるような、女性の機械音声。

 私にだけ聞こえているだろうそれは、奇跡を求める私には天上からのファンファーレのように聞こえた。




[『自立反射』の判断により、『サポートシステム』を表層化します。

 『第一サポートシステム』が凍結修復中につき、『第二サポートシステム』を表層化。

 以後、『自立反射』は上位権限の『第二サポートシステム』に統合され、OS本体への自立型補助作業は、『第二サポートシステム』が引き継ぎます]




 淀みなく、機械音声は言葉を脳へ刻んでいく。

 正直、『彼女』の言っていることはさっぱりだったけれど、ユニークスキルが進化したお陰で私に補助システムがついたことだけは分かった。

 この機械音声が『第二サポートシステム』なんだろうか。頭の中で尋ねてみても、『彼女』は応えを返してくれない。




[『厳格なる炎』の適応完了を確認。

 OS本体による予定調和(うんめい)への反抗(レジスト)を確認]


[『第一サポートシステム』破壊による『(ゲート)』の解放を確認。

 アカウントID:======より『進化の系統樹(セフィロト)』の種の譲渡を確認]


[上記条件の取得により、『進化の系統樹(セフィロト)』に『厳格なる炎』を組み込みます......

 ......組み込み完了。『進化の系統樹(セフィロト)』の種の萌芽(アンロック)を開始します]


[......『進化の系統樹(セフィロト)』の種の萌芽が終了しました。

 OS本体のスキル、『異世界式あらゆる脅威を(Malware)防ぐもの(Protect)利用者(プレーヤー)』の制限を一部解除します......]


[制限解除完了。マルウェア()プロテクト()システムⅠを解放します......

 MPシステム『神曲ヲ(ミュージック)歌ウ者(プレイヤー)』を起動。

 ――上記プログラム遂行により、曲魂ダウンロードサイト『ムーサ』深奥(エンピレオ)への入場資格(アカウント)を取得しました]




 洪水のような勢いで記述(ログ)が脳髄を駆け巡る。

 大多数が理解出来ない単語の羅列だった。『セフィロトの種』だとか、『マルウェア・プロテクト・スリー・プレイヤー』だとか。いったい私のどこにそんなSFじみた設定が眠っていたのか。

 怖くなってくるが、それよりも次に流れてきた記述で、ただでさえなくなりかけている血の気が更に引いていく。




[曲魂ダウンロードサイト『ムーサ・エンピレオ』へ入場(サインイン)しました。


 ……該当曲を検索中……


 1616件中116曲該当しました。


 我が灰色の魂を捧ぐ 1200MP

 大いなる秘法(アルス・マグナ) 1200MP

 ミラクルハッピー180秒間コックショー 1300MP

 ワクワク・できるかな 1300MP

 盗賊7つ道具数え唄 1300MP

 バーンソウル!!! 1300MP

 ………

 ……

 …


 現在のMPは997です。


 ――1200MPまで203MP不足しています]




 まさかの、ポイント不足。

 ずっと聞きたかった百式神楽のキャラソンが並ぶ中、それは余りにも残酷な事実だった。


 日本円で約二万円。

 たった二万円に、私の命がかかっている。


「歌ちゃん? 今度は何をしたいの!?」

「ぽぃ、と……ぃんと……」


 諦め、られるか。

 たった紙切れ二枚程度の価値に、私の命を消されるなんて。

 あってたまるか。


「……ぽぃ、んと……」


 手を伸ばす。

 掴むのは何でもいい。石ころでも、木の棒でも。

 全てを私の糧としてやる。


 体は、生へとしがみついている。

 心は、生きようと燃え上がっている。

 本能は、死へとあらがっている。

 理性は、死んでたまるかともがいている。


 そして、魂は。

 魂は、理不尽への革命をなそうと震えている。




「あ……ぁ?」


 突如、曇り硝子の視界で煌めく光。

 それは、正に私にとっての希望の星だった。




「せ、んせ」

「頼れない先生でごめんなさい、伽羅橋さん。

 でも『あの人』が何に変えても守りたいあなたを、死なせたりなんてしないから。

 あげられるものは全部あげる。あなたに私の全てをあげるから。

 だから、死なないで。うーちゃん」


 小森先生の声が震えていた。

 先生が取り出した魔物の魂石が、きらきら光り私の手へ降り注ぐ。

 星のように煌めく魂石は私の手へ触れた瞬間に、サポートシステムの判断により私の体へと取り込まれていく。


「わ、私も!」


 道中で手に入れた魂石だけでなく、ナイフやローブまで渡し出した先生に触発されたのか、遼もアイテムや装備を私へ押しつける。

 後に続けとばかりに手の空いている中立組の子もアイテムを渡してくれた。


 MPの増え方は遅々としている。だが、積み重なる雪のようにかけられる言葉と思いが、私の中で確かなものとして大きさを増していく。


 生きろ、負けるな。

 死ぬな、勝て、と。




[......アイテムを取り込み(インポート)。MPへと変換(チャージ)......

 ......1200Pに達しました。変換を一度終了し、取り込んだアイテムはストレージへ移動します。

 交換出来る神曲が二曲あります。交換出来る神曲を表示します。


 我が灰色の魂を捧ぐ 1200MP

 大いなる秘法(アルス・マグナ) 1200MP


 MPを上記いずれかの神曲と交換するか、このまま変換を続けるか選んでください]




 もちろん交換だ。

 インストールする曲も、もう決めている。




[......承知しました。

 1200Pを消費し、曲のインストールを開始します......]




 目の前に現れた灰色のバーが緑へ染まっていく。

 その様子がとても遅く思えて、早く早くと心がじれる。


 それはとてもとても長い数秒間。インストール状況を示すバー全てが緑へ染まり、私の沸き立つ心とは正反対の平坦な機械音声が、インストールの終了を告げた。




[神曲のインストールを終了をしました......


 すぐに再生を開始しますか?]




「とぅ、ぜん!」


 思わず飛び出た声に、平坦なはずの機械音声が何だか苦笑したように思えた。




[承知しました。

 それでは神曲『我が灰色の魂を捧ぐ』の再生を開始します......


 MPシステムの能力(アビリティ)を開放。


歌装(ミュージック)纏想(パフォーマンス)】を発動。


 ......()()を、開始します]




 どくん、と心臓が始まりの合図を鳴らした。

 どくどく、と脈打つごとに、黒焦げの体をウェットスーツのようなものが覆っていくのが分かる。


 見えてはいない。だけど、まるで頭の中にカメラがあるように、倒れた自分を俯瞰で見つめる自分があった。


 どくんどくんと、響く音に合わせて真っ黒なスーツの上を血管のような鮮血色の線が走る。まるでモーションキャプチャーのように、関節部分には血紅色の石がはまっていた。

 耳をすっぽり覆う血黒色のヘッドフォンから、女性を模した機械音声の、どこか微笑むような哀しむような色をした平坦な声が流れた。




[それでは、ソウルアプリで有意義な戦神楽(ミュージックライブ)をお送りください。


 ……私達の、可愛い()





 機械音声の半分は、始まった曲にかき消され、私が聞くことはなかった。

 既に私の心は、一月振りの懐かしい声に心を奪われていたのだから。




『誉れ高き王国騎士団の諸君!

 いつまで腑抜けた顔を晒すつもりであるかッ!』




 甘いバリトンの激励に、何とか閉じないよう力を入れていた瞼が一気に開く。

 この歌はまずキャラクターの大演説から始まる。設定として不利な戦況で士気の落ちた騎士団員に発破をかけるというものだ。




『我らが背には何がある!? それは民達の安寧である!

 我らが前には何がある!? それは貴き御方の覇道である!

 なればこそ、何故俯くか!? 何故、足を止めるのか!?』




 体を染み渡っていく声に合わせ、灰色のオーラが全身を包んでいく。

 灰色のオーラが体を覆うごとに、感覚が戻り、痺れが和らぎ、痛みが減っていく。


 これが二曲ある中で、こちらを選んだ理由。

 元々ゲーム内でも彼はタフネスの強さが持ち味だったが、アニメ版で敵を強く見せるためのかませ犬としての役目を背負わされてからは、何度命の危機に瀕しても死の淵から蘇る生き汚さを身につけていた。コミカライズ版ではそれを揶揄されて、仕える主に相当雑な扱いを受ける三枚目にまで悪化していた。


 私が望んだのは、それ。ファンの間でまで『異常』と言われるその頑丈さ。

 満身創痍の体には、彼の持つ『灰色の不屈』が必要だった。




『我ら不撓不屈の王国騎士団! いざ、進め! 勝利を掴め!

 我ら不朽不滅の王国騎士団! 王の為、民の為、死ぬこと能わぬ! 倒れることを許可しない!

 永劫不変たる不壊金剛の意志をもって、王国へ生きて勝利を捧ぐのだ!』




 彼の曲は軍歌のようで、聞くと気分が高揚する。痛みや痺れなど、不快な状態が緩和したことで体も動くことを思い出してきた。

 かっと見開いた目が、虚しく地面を掻くだけだった左手が強く地面に爪を立てる様を映す。

 それはまるで、立ちはだかる理不尽(かべ)を倒す為の、革命の一削ぎのようだ。




『怖じ気付くなっ! 前を向けぇっ!

 立ち上がれぇぇえええぇえええええぇぇいっ!』




 その声に押され、私の足はまた大地を踏みしめた。

お読み頂きありがとうございます。

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