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私のMP3プレーヤーは異世界仕様  作者: 三十三 魚ゑい
第一章:奈落までの前奏曲
12/16

黒焦げの宣誓

お待たせして申し訳ありません。

約一年振りの投稿です。


三話書き終えましたので、時間の許す限り投稿したいと思います。

エピローグを挟むかもしれませんが、とりあえずこの三話でプロローグまでは書き終わりました。

それに伴い、プロローグでの本編と齟齬の生じた部分を編集したいと思います。

更新したものを直すのは心苦しいですが、ご理解よろしくお願いします。


それでは本編をお楽しみください。


「勇者達よ、そなた達の決定をわしは嬉しく思う」


 私が数年振りのショートカットになった出来事から二日が経った。未だに首元の涼しさに慣れず、傷跡があるのも関係して事あるごとに首周りをさすってしまう。

 そのたびに葵ちゃんや遼達が辛そうな顔をするのが申し訳ない。


「まさか勇者全員が協力してくれることになるとは。失礼ながら、思っていなかった。

 わしら王国民、必ずやその恩義に報いようと思っている」


 王の言葉は続く。


 結局、私達全員は魔族との戦いに参加することになった。

 私の髪を斬ったあの男に扇動された者が半数。残りの半数は現状、帰還の為には協力する必要があると思ったからだ。

 私が以前にサフィ様の過去と共に聞いた情報では、召喚術の鍵を文字通り握るのは彼女の父親であるアダマン王と異母妹であるエミー様だ。神からも音沙汰がない上、他の有力な送還方法を知らない私達は彼らの意に添わないのは問題があると判断したのだ。


 休日になった昨日、私達の希望に関する聞き取り調査は済んでいた。

 全員が協力を了承したこの状況で、私達を遊ばせておく愚をこの国は犯さない。

 水面下で準備はしていたのだろう。昨日の今日で勇者のお披露目と共に、あるダンジョンへの演習が開始されることになった。


 ダンジョン。

 そう、ラノベ読者なら簡単に想像出来るだろうテンプレートなダンジョンがこの世界にはいくつか存在する。

 主要国は最低一カ所はダンジョンを所持しているらしい。パルテネ王国は規模こそ中規模だけれど、勇者召喚を唯一行える重大な国だ。大国と同じくダンジョンを一つ所持している。

 規模としては小さく、出てくる魔物もさほど強くない。最奥にある奈落の崖さえ注意すれば怖いものではない、初心者向けのものらしい。

 だが、安心しろと言われても私には不安しかない。


 私の浅いラノベ知識が警鐘を鳴らしているのだ。




『召喚された日本人』『嫌われ者』『奈落のあるダンジョン』




 この三つが織りなす、私への死亡フラグを。


「……民よ、これからの勇者達の活躍をしかと心に刻むのだ!」


 着飾ったアダマン王の号令に合わせ、一目私達を見ようと集まった民衆から歓声が轟く。

 私は思考の海から脱し、万雷の拍手で見送ってくる王国民へ軽く手を振り返す。


 昨今の死亡フラグは乗り越えられるものばかりだと言う。

 だけど、油断は出来ない。


「コウメイ様ー! 頑張ってください!」

「ありがとう!」


 私は黄色い声に笑顔を返す奴のような、主人公(ヒーロー)にはなり得ない人間なのだから。






 * * * * *






 ほら見たことか。


「ハッハッハァ! やァっと来たかァ!

 待ちくたびれたぜェ? 勇者共ォ!」


 このダンジョンの終着点は、洞窟のようなこの場所に合わない見た目だった。

 魔物に追い立てられ、やってきたのは奈落を抱えた拓けた場所。一歩間違えば奈落へ落ちてしまう道を進み、迎えられた場所はまるで広い広いステージのようで。


 ダンジョンの最奥に、真っ暗な天を背負いその男は降り立った。

 濃紺の髪、ぎらつく蒼い瞳、肌もまた見たことのないほど目の覚める蒼。夜の空に浮かぶ雲のように、笑った口から見える歯と背中に生えた翼だけが白い。

 地球へ帰る為にも殺さなければならない、魔族の男がダンジョンで待ち構えていた。


 こちらは未熟者とはいえ、チートを持つ勇者が三十四人。それに加えて護衛の騎士団員がアシエ副団長を含め精鋭二十人。

 対して相手の男はたった一人。


 だけど、何故だろう。

 勝てないと本能が訴え続ける。


「魔族が何故ここに!」

「あァ? 崇高なる蒼の一族たるオレ様への敬意が足りねェぞ、下等な赤猿が!

 キーキー喚いてねェでさっさと這い蹲って震えやがれ!」


 剣を向け怒声を投げるアシエ副団長へ魔族の男は歯を剥き出して怒鳴り返す。

 その声を合図とするように、白い翼を大きく広げ両手に蒼い炎を灯した魔族を騎士団のほとんどが囲んだ。


「お? おォ? やるってのか、赤猿共ォ!

 ハッハッハァ! 大変だなァ、殻付き勇者のお守りってのはよォ!

 力の差なんて分かりきってるだろうに、『天名(てんめい)』を賜ったこのオレ様と()り合わなきゃいけねェんだからなァ!」


 男のテンションを可視化したように両手の蒼炎は燃え上がる。

 騎士団員達もまた炎に合わせるように殺気を膨れ上がらせた。


「死ねぇええええ!」

「吼えるな猿がァ!」

「ぐぁああああ!?」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた剣は、拍子抜けするほどあっさりと魔族の炎によって持ち主ごと溶かされた。

 ゴブリンなんかとは違う、先ほどまで会話をしていた人の死に、私達の口から悲鳴が漏れる。


「ハッハッハァ! ビビってんのかァ? ひよっこ勇者共ォ!

 こんなんまだまだ序の口だぜェ!

 崇拝するランティス様を絶対にするために! まだまだ(あか)が足りねェ!」


 歯を剥き出して笑い、魔族は両手を掲げる。

 手に灯る蒼い炎は暗い奈落を背景にして、大きく燃え上がった。


「《ナタナエル》が命ずる! 炎よ、オレ様の力となれ――創炎(クリエイトフレイム)・《熾天使(セラフィム)》!」


 白い翼が一度大きく羽ばたき、羽根が舞う。蒼い炎は羽根を核とし、男とそっくりの天使を何人も創り出した。


「勇者を守れぇぇえええ!」

「オォオオオ!」


 アシエ副団長の檄に騎士団員が声を返し、蒼炎の天使達との戦いが始まった。


「お前達、ここを脱出するぞ」


 突然始まった命のやり取りに気を取られる私達へ尾根先生が指示を出す。

 先生もいつもの余裕はなく、男言葉になっていた。小森先生がマップを開き、入り口へ続く通路の前に立っていた。


「そんな騎士団のみんなを置いていくなんて……僕らだって戦えます!」


 脱出しようとする中、一人異を唱えたのが奴だった。

 なるほど、確かに見た目のヒーローらしさにあった英雄的な発言だ。

 だが今の状況では現実の見えていない蛮勇(ばか)妄言(ねごと)としか思えない。


「寝ぼけたことを言ってるんじゃない。いいか、彼らは俺達を逃がす為にやってるんだ。それを踏みにじるな」


 尾根先生は奴の胸ぐらを掴み、低い声で噛みしめるように話した。


「ここを出るまでもう話すな、聖川。

 小森先生、安全確認は任せ」

「おいおい、ひでェじゃねェかよ! オレ様ともっと遊ぼうぜェ?」


 奴から手を離し、小森先生へ体を向けた尾根先生へ声が降る。

 頭上へ視線をやれば、騎士団の壁を飛び越えた魔族が天使のような翼をはためかせ腕を組んでこちらを見下ろしていた。


「生徒に近付くな!」


 敵の接近に動けない私達と違い、弾かれたように尾根先生は魂器の大鎌を魔族へ向ける。


「ハッハッハァ! 近付いたらどうなるってんだァ? あァ?」

「……っ、斬る!」


 にやついた顔をした魔族の問いに、尾根先生はダークパープルのオーラを纏い地を蹴った。

 地球では考えられないほどの跳躍を見せた尾根先生は両手で構えた鎌を魔族へ振りかぶる。

 大鎌の刃が、魔族の命を刈り取ろうと蒼い炎に煌めく。




 蒼い煌めきが一際大きくなった直後に、勝負は決した。




「斬られるのはテメェだァ、ひよっこ勇者ァ!」

「あァあああああッ!?」


 先生の叫びと女子生徒の悲鳴をBGMに、赤い血が雨のように降った。

 それに遅れるように先生の体が落ちてくる。思ったよりも小さな音で着地した先生は起き上がらない。

 声をかける間もなく、血が広がっていき赤い水溜まりを作っていく。


 女子の甲高い悲鳴と先生の低い呻き声と騎士の怒号と魔族の哄笑が薄暗い世界を埋め尽くす。

 洞窟のようなダンジョンの冷たく湿った匂いが、生温かい血液の匂いに上書きされていく。


 炎が空間の温度を上げる、熱気伴う絶望の中。

 動いたのは、私と、あの男。


「お前は、僕が、倒すッ!」


 黄金の勇者、聖川光明。


 奴は黄金のオーラをまき散らしながら、魔族に剣を向けた。

 それに対し、楽しそうに魔族は刃のような爪で相手をしている。


 私はそれを流し聞き、尾根先生へと走った。だくだくと流れる血液に怯みそうになる心を叱咤し、青ざめた先生の肩の付け根を脱ぎ捨てたローブで思い切り縛る。

 手が震えてしまって上手く縛れない。雑に縛り終え、切断面をローブの余った部分で押さえると手がべたつく赤に染まる。


「はっ……はっ……っ!」


 奴と遊んでいる魔族の視線が私を捉えているのが触覚で感じられて、心臓が暴れそうなほどに脈打っている。犬のように荒くなる呼吸を抑えようと強く歯を食い縛った。

 助けなきゃ、助けなきゃと気ばかり急く。支える先生の体が、私を染めていく赤の量が増えるごとに重く力を失していく。


「伽羅橋、俺はいいから」

「喋らないで!」


 敬語も何もない。私は先生の言葉に脊髄反射のように返し、短い呼吸を落ち着けるために深く息を吐いて。


「……っ!」


 意を決して、彼の切り落とされた右手をくわえた。


 あとは勢いをつけて、先生の脇に差し込んだ両手へ力を入れて遼の所へ運ぶだけだ。

 遼の所へ行けばきっと先生は助かる。

 だって遼は私の傷を治そうと治癒スキルを高めてくれていたから。

 きっと、大丈夫。


「は、は……遼、治癒、お願い」

「あ、う、うん」


 なんて遠い数メートルだっただろう。血塗れになった私はくわえた腕を離して口を開くが、途切れ途切れにしか話せない。

 真っ赤に染まった私が怖いのか遼の答えも辿々しく、油の切れた機械のようにぎこちない動きで先生の治療を始める。

 ああ、口でねばつく血液が気持ち悪い。


「……勝正(しょうせい)くん、氷の箱を作ってくれる? 先生の腕を冷やさないとくっつかなくなる」

「ひぅ、う、うう承った!」


 青ざめた顔で震える緒田内くんへ声をかける。悲鳴こそ上げているが、すぐにスキル操作をしているから任せてもいいだろう。

 ぎくしゃくと動きながらも、硬直から解けたみんなが尾根先生の治療だけじゃなく自分の出来ることを始める。

 たくさんのバフが青い炎で染められた黒の中で瞬く。

 私は深く血生臭い息を吸って、吐き出す。


 さあ、これから私は何が出来るか。

 魔族と出会う前と違い随分細い印象を受ける道を、蒼い炎の目をすり抜けどうやって出口へ向かうか。


 それを、考えていた時だ。


「もういい。良く分かった」


 魔族、ナタナエルの声音からこちらを煽るような色が消えた。

 ぽつりとトーンを落とした声をこぼすと、ナタナエルは聖川で遊ぶのを止める。


「ぐぅうううっ!?」

「『勇者』とは『勇ある者』だ。

 なのに、この場でそれを示せたのはたった二人。

 ああ、確かに『神父様』の仰ることは全て正しかった。大いなる試練へ爪を立てられるのは極少数であると。

 ……だが、オレ様はそれがただただ悲しい」


 ぽたりと、強化された聴覚に水音が伝わる。

 それは、未だ流れる尾根先生の血液より儚い音。

 音の出所へ目を向けると、私は思わず呟いてしまった。


「……なん、で……」


 ナタナエルは泣いていた。

 先ほどまでの荒々しさはなりを潜め、穏やかで静謐な空気を醸し出し声もなく泣いている。

 呻き声を漏らす聖川を右手に掴んだまま、涙を流すその姿は宗教画を何故だか思い起こさせた。


「『神父様』は仰った。試練こそが人を高みへ誘う導き手であると。

 誉れある神の玉座へ侍るには、数多くの試練を乗り越える必要があると。

 そしてその為に必要なのが『勇者』という(にえ)なのだと」

「がぁっ!?」


 浪々と語るナタナエルの手から聖川がいなくなる。地面を勢いよく擦りながら、聖川は私の足下へと投げ捨てられた。

 大きく咳き込む聖川から離れるのも忘れて、私はナタナエルを見つめる。

 ナタナエルもまた、私をその蒼い瞳に捉えていた。


 とてもとても嫌な予感が、血生臭い体を這い回る。


「『勇者』が試練を乗り越え巨大になればなるほど、オレ様が乗り越えるべき試練も高く高くなっていく。

 最も高き試練を越えた先に尊き神の御座があるんだ。

 ……だからこそ、貴様らには高き試練になって貰わなきゃならねェ」


 私と聖川を視界に収めたナタナエルの手に宿っている炎の色が、変わった。

 夜から朝へと変わっていく空のような蒼から、太陽と月を煮込んだような黄白色の炎へ変化する。


「誉れと思え。これはお前達をより高い頂へと到達させる、神よりの恩寵だ。

『厳格なる炎』……起動(スタート)


 黄白色の炎はナタナエルの手を離れると地面へと落ちる。

 音もなく落ちたそれを合図とするように世界から色が失われる。

 モノクロとなった世界の中、私の体感が遅く思わせているだけなのか、ひどくゆっくりとした動きで炎は大地を舐め、ナタナエルから私達へと向かう道を作り出す。

『神の恩寵』の言葉通り、この炎は神の作り出した奇跡なのだろうか、誰も彼もが色のない世界で動きを止めている。

 ナタナエルさえもモノクロのイラストとなった中、私と大地を這う炎は色を残し稼働し続けていた。


 私を囲んでいく、黄白色の炎環(サークル)。不思議と熱さは感じず、私の中の温度を感じる器官が壊れたのかと疑うほど、怖気が走る寒さが全身を撫で回している。


 逃げよう。そう思うと、体は重い空気を必死に掻き分けた。

 しかし、一歩後ろへ引いた右足は、すぐに誰かに掴まれる。


「な……」

「おかしいと思ったんだ」


 私と炎だけが動いているのかと思ったが、それは違っていたらしい。動いている男を私は見下ろす。

 顔は腫れ、至る所に擦り傷を作った男はいつもの私を見ていない硝子玉の瞳で私を見上げていた。


「なに……離して」

「おかしいと思った。おかしいんだよ。

 なあ、そうだろ、なあ!」


 聖川光明はいつものように私の言葉など耳に入れず、いつも以上に狂った独り言を私へぶつけてくる。

 私の足首を掴む右手は、奴の言葉が大きくなるごとに力を増していった。


「おかしいんだよ! だって、こんな序盤のイベントでさぁ、勇者(ヒーロー)の僕がボロ負けなんてさぁ!

 分かった、分かった! これは絶対負けるイベントなんだ!

 それであれだろ? このイベントで新たに覚醒するんだよ!

 いやー、少しだけ焦っちゃったよ! 一瞬、終わりかと思っちゃった!

 そんなの、おかしいよね! あるわけないって分かってるのにさぁ!

 だって、僕は主人公(ヒーロー)なんだから!」


 裂けそうなほど、口角を上げて聖川は笑う、わらう、ワラう。

 何がおかしいのか、私を見ていない瞳に私を映して笑っている。


「離せ!」


 先ほど以上の寒さが私を襲う。凍り付くほどの本能的な恐怖に、私は声を張り上げる。


「放すわけないだろう? お前は僕のものなんだから」


 聖川は私の怒声に臆すことなく、歪な笑みを浮かべたまま手の力を緩めない。

 まるで太陽がどの方向から昇るのか、それを尋ねられたかのように至極当然と言った様子で聖川は答える。


「……ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」


 ああ、もう、限界だ。

 それどころではないと頭では分かっている。

 今だってサークルを作った炎とは別に、私の前へ処刑執行人のように炎の塊が人型を創り始めていると言うのに。

 私は目の前の炎のような冷気を孕む激情を抑えることが出来なかった。


「私はお前のものなんかじゃない! 十一年前のあの日から! 私はお前が嫌いなんだ!

 お前さえいなければ葵ちゃんを傷つけることもなかった! お父さんとお母さんに土下座なんてさせなくて済んだ!

 私が、お父さんすら触れなくなることも、ご飯が食べられなくなるのも、眠れなくなったのも……みんなを信じられなくなることもなかったんだ!

 どうしてそんな目に合わせた、嫌いな奴のものになんかなると思うんだよ!」


 言葉だけでは足りない感情が、目から水分となって溢れ落ちる。

 これほど声を荒げたのも涙を流すのも久しぶりのことだ。ああ、思い出せない。あれは『誰』がいた時だったか。ひどく大切な人の前でだった気がするのに、涙でぼやけた視界のように記憶は判然としてくれない。


「……そんなの……」


 ぽつりと聖川が呟く。私は何とか己の裾から赤く染まっていない場所を見つけ、濡れた顔を擦る。


「そんなの、決まっているだろう?」


 それはまるで万人が理解している、世界の真理を語るかのように。


「お前が僕の、本当(ヒロイン)だからだ」


 聖川光明は私から手を離し、立ち上がると私を見下ろして、まるで理解の出来ない自論を騙った。




「……は……?」




 何だ、それは。

 私がヒロイン? 本当?

 何だ、それは。


 理解が出来ない。したくない。聞きたくない。


 だけど、狂人(ヒーロー)ヒロイン(わたし)の気持ちを知らずに語り続ける。


「初めて会った時から、お前だけが僕の本当だ。

 紛い者ばかりのこの世界で、お前は本物だった。

 お前(ヒロイン)がいるから、僕は輝いて(ヒーローで)いられる。

 だから、これまでもこれからも……お前は、


 ――僕の、踏み台(ヒロイン)だ」




光速の拘束(ライトバインド)」と、聖川が呟く。困惑で混乱した私の体を光の帯が拘束する。


「これ、は」

「お前が逃げ出さない為だよ、うた。僕が傷まで作って起こしたイベントを駄目にしない為さ。

 ここでお前が僕の為にその身を犠牲にするんだ。

 もちろん僕はヒーローだから、そのことを悔やんで魔族への怒りで覚醒するってシナリオ。

 大丈夫、大丈夫。よくある話(テンプレ)さ。能力の低いヒロインがヒーローの為に身をなげうつってのは。

 少し時間はかかるかもしれないけど、うたはヒロインなんだから復活出来るって。

 それじゃあ、早速開始しようか。お涙頂戴の山場(メインイベント)だからね? 上手くやってくれよ?」

「あ、ぁ、ぁ……」


 流れる水のようにとめどなく話す聖川の言葉が、ただただ怖い。

 合わない歯の根は拒絶の言葉すら私にまともに吐き出させてくれなかった。

 粘着質な笑いを含んだ声を頭一杯に詰め込まれた私の目の前には、炎で作られた試練の代行者が執行の時を今か今かとパーツのない顔で待っている。


「愛しい愛しいうた。僕以外を受け入れる馬鹿なうた。

 やっと空けた場所を僕以外で埋めやがって。

 僕で埋め尽くしさえすれば、こんな目に合わずに済んだのに。

 お前が悪いんだよ。お前が、素直じゃないから。

 これは罰なんだ。これから起きるのはお前の献身であり、贖罪だ」


 後ろから頭を鷲掴みにされ、耳元へ流し込まれる言葉。

 それは呪いの歌のように、私の脳髄へ染みていく。


 罰? 献身? 罪? こんな目に遭うほど、私は何をしたって言うんだ。

 私の問いかけは、震える唇からは意味を伴わない音としてしか出てきてくれない。


「愛してるよ、うた。

 ……それじゃあ、少しの間だけ、眠って僕を待っていて」


 炎の代行者が両腕を広げて、私を待っている。

 聖川は私の頭から手を離し、軽く背を押した。


「まっ……」


 制止の声は熱気に溶ける。




[『厳格なる炎』、定着(ダウンロード)開始]




 一歩、炎に近付いた瞬間、全てが熱に支配された。光の帯も炎に負けて溶けていく。

 私は自由になった手で、口を塞いだ。転ぶように炎へ突き飛ばされた時点で逃げられないのは分かっていた。

 少しでも自分を守れるように。私は気休めの自己防衛で目をきつく瞑り、口を手で覆う。

 悲鳴をあいつに聞かせたくない、そんな意地もあったのかもしれない。


「ぐぅううぅぅうううううッ!」


 熱い、と言う感覚は炎に焼かれた。

 分からない。熱さも痛みも分からない。押さえた口から漏れる呻きも炎に焦げていく。

 炎に抱かれ、全身を包む圧迫感。それに伴い体の芯が鈍い痺れに沈んだ。


 触覚は容量を超え役目を放棄し、視覚は赤黒く白い光に浸食され職務を忘れる。嗅覚は早々にリタイアした。もちろん味覚の出る幕などない。

 五感の内、四つが使いものにならない中、相も変わらず聴覚は職務を忠実にこなす。轟々と炎により暴れ狂う風が鼓膜を揺さぶる。炎の代行者に抱かれる私の体が焼ける音が、暴風音にかき消される。


 死を、想像したことは、ある。

 いじめに耐えかね、頭をよぎった回数は一度ではきかないし、この世界に来て自らの手でたくさんの死を作ってきた。


 だが、だが、だが。


 きっとそのどれもが今の私よりも楽なものだっただろうと、焼ける頭は感じていた。




[『厳格なる炎』……定着終了]


[これより、適応(インストール)を開始]




 世界が、色を取り戻す。


「……かは……っ」

「歌ちゃんっ!」


 どさっと何かが倒れる音がした。やっと可能になった呼吸を生存本能で行う口へ土の苦みが入り込み、その時になって自分が倒れた音だと気付いた。


「……ぐぶ、うぇ……」


 嘔吐反射でも抑えきれないものを力なく吐き出す。酸が喉を焼いた。


治癒(ヒール)治癒(ヒール)……やだやだやだやだぁ! うたちゃんうたちゃんうたちゃん……治って、治ってよぉ!」


 一昨日よりも激しい、遼の慟哭。何か暖かいものが体に注がれるのは分かった。きっと治癒スキルだろう。

 でもそれは、掬おうとして手の中からこぼれる砂のように、サラサラと注がれた端から体を抜けていく。


「あぁぁあああああぁあぁぁぁぁぁ! あなたがっ、あなたがまた何かしたんでしょうッ!」

「二雁、落ち着いてくれ。うたは、うた、は……僕の為に……」

「ふざけないでッ! 歌乃ちゃんがあなたなんかの為に……あぁぁ、歌乃ちゃん、歌乃ちゃん……あぁあああ! あなたさえいなければ!」


 葵ちゃんが金切り声で白々しい泣き真似をする聖川を責める。血を吐くような絶叫は本当に彼女の喉が切れてしまいそうで、自分のことを棚上げにして心配になってしまった。

 二人の顔を確認することは出来なかった。首が動かないのもそうだが、瞼を伏せた苦し紛れの防衛は何の意味もなかったようだ。試練の火による熱は、私の眼球を駄目にしていた。視界が曇り硝子をはめられたように霞んで見える。体の感覚も全くなく、今自分がどういう姿勢を取っているのかさえ判別出来ない。

 耳だけが依然変わらず、いや、他の五感が使えないからか、今まで以上に研ぎ澄まされているように思える。

 騎士団の人が必死に戦う音。ナタナエルが鬱陶しそうにそれに対応する音。遼の嗚咽混じりの治癒の声。葵ちゃんが奴に刀を向けて、それを制止するみんなの声。鉄也くんと美智さんがナタナエルが戯れに飛ばしてくる攻撃を防ぐ音。血を失って辛そうな尾根先生と泣きそうな小森先生が動揺する生徒を落ち着かせる声。

 そして、偽りの怒りでもってナタナエルへと立ち向かう聖川の薄っぺらな言葉も、奴の取り巻きやシンパが呟いた言葉も。


「うたは、うたは僕の為に自分を犠牲にしてくれたんだ。うたの死に応える為に、お前は僕が倒すッ!」

「うわ、あんな化け物みたいな姿でまだ生きてんのかよ」

「いや、あれはもう死ぬでしょ。生きてられるわけないよ」


 全部、聞こえていた。


 ……そう、か。


「死ぬのか」と、ひどく単純に納得してしまった。

 炎にまかれて、化け物のように崩れて、死ぬ。

 なんだかそれはとても簡単な公式のように思えてしまった。


 私を守ってくれる人達はそれを否定する。

 けれど、私自身が奴や取り巻きの言葉を肯定してしまっていた。


 だって、起き上がろうとしてるのに体が動いてくれないんだ。

 だって、さっきまで見えていたものが見えなくなってしまったんだ。

 だって、今自分が倒れている地面の堅さが分からないんだ。

 だって、ひゅうひゅうと消えそうな自分の呼吸が聞こえるんだ。


 思考は、機械的に死を導き出していた。

 理性は、冷静に死を受け入れていた。

 体は、死に抗うだけの力がなかった。

 本能ですら、巨大な死の重みに折れていく。


 それなのに。




 ……カリ……カリ……




 忍ぶように微かに聞こえるこの音は何だろう。

 曇り硝子の世界で、微かに動くこの黒いモノはなんだろう。


「……ぁは……」


 少し考え、見当がつくと底をついた気力を搾り出すように笑いがこぼれた。

 何のことはない、死にかけの虫のように動くこの黒いモノは私の左手だったらしい。

 思考も理性も本能も諦めている中、搾り滓のような『私』が力のない体を操っている。


 その滑稽さに笑いと共に口から胃酸が溢れた。


 いったい私の『何』がこれほど意固地に生へしがみつくのか。

 今までも、これからも、多くの人間に嫌われる大して楽しい人生でもないだろうに。

 地球でもこの世界でも、あいつにつきまとわれる散々な人生のはずなのに。

 何で、生きて帰りたい、と思うんだろう。

 私の執着はいったい『何』にあるんだろう。


「……っ、あ……」


 答えを探るように、過去を遡る思考。そこへ唐突にみんなの顔がよぎっていく。

 これが走馬燈か。私がそれに謝罪の言葉をかけようと口を開いた時。




 ずるっ




 と、今まで何も感じられなくなっていた世界が傾いた。


 あ。落ちる。


 音もなく、体が下へ落ちる感覚。

 これは命の炎が最期に大きく燃え上がることで起こる蜃気楼なんだろうか。曇り硝子の世界がどろりと溶ける。


 そして、新たに創られた世界は、底の見えない急勾配だ。

 底へ落ちたら昇ってこれない。試さなくても分かったそれへ、抵抗など出来ず体は滑り始める。


 ついに、終わった。私は何かを掴もうと地面へ爪を立てたままの左手の残骸を最期の映像に、目を閉じる。


 叶うならば、来世は頭のおかしい男につきまとわれない人生を願いながら。






「……って、何を諦めてるんだ。情けない。

 お前の『全て』が折れない限り、終わらそうとするな」






 力強い手が、私の伸ばしたままの左手を掴んだ。

 私は動かない口の仕事を早々に放棄し、喧嘩越しの声に心の中で答える。



 ――うるさいな、もう疲れた。



「は? 何を甘えたことを抜かしてる?

 お前は何年、あのキモ男から耐えたんだ。

 今更それを棒に振るの?」


 私の腕を掴む『誰か』が、低く固い声で平坦に私を問いただす。

 叱咤でも激励でもない、ただただ聞こえるのは失望、落胆の色。存在も知らなかった『誰か』に勝手にかけられていた期待に、だるさを掻き分け腹の底からせり上がったムカムカが、私の思考を埋めていく。

 それは紙を舐める炎のように、一瞬で頭を塗り変えていく。



 ――こんな状態で何が出来るって言うんだ。指一本まともに動かせない体で。体のほとんどを痛みも分からないレベルの火傷に侵されて。



 ――これ以上、私に何が出来るって言うんだよ!



 熾き火のように熱を持ったむかつきが温度を上げて怒りへ変わっていく。



 ――何で何で何で! 私が死ななきゃならないんだ! おかしいだろう!?



 ――あいつの身代わり? 冗談じゃない! あいつの為にこの命を捨てるだなんて!




 ――……そんなの、あっていいわけがないッ!




 目を閉じて広がっていた黒い闇が、激情に赤く染まっていく。

 黒く消えかけた生命の炎は、赤い怒りによって煌めきを取り戻す。


「……ふざけんな……」


 先ほどと違い、スムーズにこぼれた私の言葉に、私を掴んでいる彼女は「そうだ、それでいい」と満足そうに呟いた。


「ふざけんな」


 私は掴み返した、彼女の手を。

 私は見開く、諦めで伏せられた目を。

 そして叫んだ、鬱屈して蓋をしていた理不尽への赫怒を。


「あいつの為になんか死んでたまるかぁぁあああああッ!

 私の命は私のものだ! 私がどう使うか決めるんだ! あいつになんか決めさせない! (おまえ)にだって決めさせてたまるかッ!

 いいか、理不尽(きさまら)良く聞け! 私は死なない!

 手がもげようが、足が取れようが、目玉が抉られようが、私は生きる!

 生きて地球に帰るんだよッ!」


 みっともなく、地べたに這い蹲ったまま、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

 黒焦げの全てで、高らかに宣誓する。


 この絶望的な状況から、生き残ることを。

お読み頂きありがとうございました。

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