プロローグ:革命の序曲
テンプレが書きたくなりました。
2018/09/28編集
・怯えた幼なじみに肉壁とされ→狂った幼なじみに生贄とされ
・功を焦った自称幼なじみ→嫉妬に駆られた自称幼なじみ
……何で私ばっかりこんな目に遭わなけりゃならないんだ。
私は奈落へ落ちいく暗闇の中、気絶した親友を抱きかかえ毒吐く。
落下速度を少しでも減らそうと気休めに壁へ突き立てた大剣が、ガリガリと火花を散らして嫌な音を立てている。焼け爛れた私の全身は叩きつけられる風によって芯は火の出るように熱く、表面は氷のように冷たいおかしなことになっている。風圧に煽られ焦げた服や髪は破れ落ちていき、ほとんど残っていない。辛うじて救いと言える所は曇り硝子のように霞む視覚とひりついて機能しない嗅覚が、花の女子高生の哀れな姿を見ずに済んだことと己の焼けた匂いを知らずにいられたことだろうか。
私の心も体と同じようにボロボロだった。腸を赫怒で煮えたぎらせる中で、ここまでの大火傷を負っても意識を保っていられる『スキル』というものの凄さに感心している。
今こうやって冷静に実況出来ているのもおかしな話だ。色々な出来事が起こりすぎて混乱の極みに陥っているのだろう。狂わないのが不思議なくらいだ。
そう、狂わないのがおかしな話だ。
自称幼なじみにつきまとわれ、周囲も奴の言葉に惑わされ私を信じてくれる人間は少数。それに耐えていたら次に起こったのはクラス単位の異世界転移と魔王を倒せと言われて始まった特訓の日々。しかも私の得られた能力は、チートなみんなと違って扱いにくいスキルに底辺ステータスだ。
そして極めつけが今回のダンジョン訓練で現れた魔族の襲撃だ。たった一人の魔族に私達は蹂躙され、狂った自称幼なじみに生贄とされた私は火達磨となった。想像を絶する痛みと熱さに耐え、私は親友の二雁葵と共に魔族と戦い、嫉妬に駆られた自称幼なじみの攻撃を受け奈落の底へと落下することとなった。
神様とやらは私に優しくする気はないらしい。
「……ははっ」
全身の火傷から溢れる浸出液が叩きつけられる風によってすぐさま乾いていく中、私はバリバリに乾いた顔をひきつらせて笑う。醜く爛れた顔は笑みになってはいないだろう。
それでも私は笑っていた。
「絶対、泣いてなんかやるもんか」
狂ってなどやるものか、死んでなどやるものか。
私にはこの現状に涙を流す両親がいるんだ。一緒に戦ってくれた葵ちゃんがいるんだ。鉄也くんや遼だって、心配してくれるだろう。一緒に転移された教師二人だって気にかけてはくれるはずだ。
少数と言えど私の味方はいる。私は彼らを裏切れない。
必ず、生きて狂わず両親のいる地球へ、戻ってやる。
「伽羅橋っ、歌乃ォ! 十六歳ィ!」
私は固まった口を無理矢理開き、これから先の未来のように真っ暗な天へ叫ぶ。
「生きて地球にっ! 帰る!」
腕の中の葵ちゃんが身じろぎする。私の大声に目覚めたのだろう。うっすら開かれた切れ長の目が、現状を理解すると大きく見開かれる。私は暴れないように彼女の体を強く抱いた。
「歌乃ちゃ……」
「ごめん、もう少し我慢して」
私は自分のスキル「異世界式MP3プレーヤー」を呼び出す。目の前に現れたのは、音楽プレイヤーに似た画面。
『1/1 06:27/06:45
T:我が灰色の魂を捧ぐ
S:グレイフ・ナイトフッド(CV.星野千太)
A:百色神楽~音盤草紙』
あと十八秒。
サービスタイムが終わるのが先か、穴の底に着くのが先か。
私は黒色から灰色に変わっているだろう瞳を葵ちゃんへ向けた。
「葵ちゃんは私が守るよ」
私は鈍い銀の大剣を壁へ更に深く突き立てる。自分が彼女の下のままでいられるようにぐっと腹へ力を込める。
葵ちゃんは私の言葉を聞くといつもの気の強そうな顔をくしゃりと歪めてしがみついてきた。よく見えないけれど泣いているのかもしれない。
満身創痍、精神ズタボロ。だけど私の魂は脳内を流れる軍歌に似た曲に熱くたぎっている。クライマックスに近付く音楽は、軍靴を踏みならすようなドラムの音を強く大きくさせ、重低音の伸びやかな美声も熱を増していく。
私が愛してやまない作品のキャラクターの歌う曲が、絶望の底へ向かう私を勇気づけてくれる。負けるなと背中を叩いていく。
これは私の始まりの歌。平穏とは呼びがたい人生への反逆の前奏曲。
「ァァアアアアアッ!」
熱くなった魂から熱を逃がすように腹の底から叫びを上げる。
この傷だらけの魂を、焼け爛れた体を供物として決意へ捧げよう。大切な人達と生きて帰る為ならば、魔王だろうが神だろうがぶちのめしてやろう。
奈落の底から這い上がる為に、蹂躙された人生へ革命を。
「あ……」
誓う私の左手から大剣が消えていく。曲は最後の一音を奏で終え、スキルの恩恵も消えていく。残されたのは先ほどよりも数段強い熱と痛み。許容量を超えたそれに、私の意識が一瞬落ちる。
「がはっ!」
私は背中を強かに打ちつけ、肺の空気を一気に吐き出し意識を取り戻した。味わったこともない痛みに体はぴくりとも動かせず、急斜面を滑り落ちていく。人工的なざらざらした斜面は容赦なく私の背中を摩擦で痛めつけた。見えないが私のあとにはきっと血の道が出来ているだろう。比較的火傷の少なかった背中もこれでズタボロだ。
「歌乃ちゃん! 離して! ねぇ!」
「うぅぅうう……ぐぅぅ……!」
凄まじい勢いで滑降していく恐怖に身をすくませつつも葵ちゃんは離れようと身じろぎする。私はそれに答える余裕はなく、食いしばった歯の隙間から呻く。体は彼女の言葉を拒否し葵ちゃんを閉じこめるように両手で抱き込んだ。
ここまで傷つけないよう守ってきたんだ。出来れば最後まで守り抜きたい。
「うぐぁっ!」
「歌乃ちゃん!」
少ししてゴールに辿り着く。文字通り身を削ったジェットコースターに耐えた私は、安堵で全身を弛緩させた。背中の擦過傷も火傷も痛いのか痛くないのか分からなくなっている。ただただ熱くて冷たい。
「は、はは……葵ちゃん積極的ー……」
「何を馬鹿なこと言って……どういうつもりなの!」
覆い被さられ、つい軽口が漏れる。ぼやけた視界の中で葵ちゃんの目がつり上がったのが分かった。
あ、これマジギレですね。
「何で、何で……歌乃ちゃんばっかり傷つかなきゃならないの! 私を守る必要なんてなかったのに!」
ぽたぽたと焼けた頬に水が落ちて存外気持ちがいい。葵ちゃんの長い黒髪が私の顎を滑り落ちたけれど感覚がほとんどなかった。視覚と嗅覚の他に触覚も大分壊れてしまったようだ。
「私だって、歌乃ちゃんを守りたいのに……いっつも、迷惑かけてばかり……」
ボロボロと泣く葵ちゃんは普段のクールビューティーさは欠片もなくて、初めて出会った小学生の頃を思い出させた。嗚咽混じりに落とされる言葉に自虐が入り込み始めて止めなきゃなと思う。
口に入り込んだ葵ちゃんの涙は水分を失った私にはとても甘く感じた。
「葵ちゃんは、私にとってはじめての友達で、大事な人だからさ」
力の入らない腕を動かし、葵ちゃんへ伸ばす。葵ちゃんは壊れものを扱うように私の汚く焼けた腕を両手で包み込んだ。
「守りたいって思っちゃ、だめ?」
「ずるいわよ、馬鹿」
打算がないとは言わない。葵ちゃんが無傷でいてくれた方がこのダンジョンから脱出するのに都合がいいのは本当だ。
まあ、でもそんなのはさっきの恥ずかしい台詞の言い訳でしかないわけで。親友を守りたい気持ちは本物だった。
「私だって、初めて出来た親友を守りたいのよ」
葵ちゃんはそう言って私の手を自分の頬に押し当てた。ゴム越しに触れたような感覚に、かなり戸惑う。
「あー、じゃあ、今から頼んでいい? ……そろそろ、げんかぃ……」
「歌乃ちゃん? ……歌乃ちゃん!」
脳内麻薬がドバドバ出ているだろう頭の中で思考が沈み込んでいく。葵ちゃんの呼び声に答えることも出来ずに、私の意識はブラックアウトしてしまった。
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