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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
勇者やりません
7/21

ジークの過去

ジークの過去を少しだけ。

※活動記録に今後の展開についてのご相談がございます。よろしければ反応いただければありがたいです。

ハルト村を出発してはや1ヶ月。

たっぷりと買い込んだ食料品はどうぐぶくろの中に入れてあるために鮮度も品質も変わらないままに保存されている。

アタシの趣味は料理、と言った時に顔をしかめたティーズとジークを見返すために、今日も寝起きから眠たい目を擦り朝食の支度を始める。

目にかかる前髪は軽くねじってピンで留め、どうぐぶくろの中から鉄製のフライパンやら何やらを取り出して未だ寝ぼけているイフリートを起こして火種に火をつけさせる。

上位精霊の贅沢な使い方ってやつね。

どうぐぶくろの中から取り出したのは塩漬けした豚のもも肉の薄切り、通称生ハムとうみたて卵、それに新鮮夏野菜のトマトとキュウリだった。

まずは卵を割って陶器製のボウルに入れて箸でかき混ぜる。その中に、トマトを角切りにしたものを放り込んで少しかき混ぜて、塩で味付けをする。胡椒はどうやら高価らしく、ハルト村では売っていなかった。

熱したフライパンに、牛乳から作ったバターを一欠片落としてから卵液を流し込む。

木の枝から作った菜箸でかき混ぜつつ、完全に火が通りきらないようにとフライパンを片手で動かしながら粗方熱が通ったところで火から下ろして水魔法で湿らせておいた布巾の上へと置く。バターの匂いは食欲を誘う。現に、匂いに釣られたのかティーズとジークがまだ目が覚めきらないながらも寝袋から出てくるのを見て思わず笑ってしまう。

近くの小川で顔を洗ってきなさいと言えば素直な子供のように一人と一匹が仲良く向かう姿は微笑ましかった。

今度は網を置いて、その上に綺麗に等分された食パンを置く。少し焦げ目がある程度にトーストしてから、先ほどのスクランブルエッグ(トマト入り)を乗せて、その上に生ハムを2枚乗せると今朝の朝食の出来上がりだ。

好みでケチャップ(トマトを潰して漉して煮詰めたもの)やマヨネーズ(自力で卵と酢を混ぜて食塩を加えて作ったもの)を使うも良し。飲み物はハルト村の果樹園でもらった桃に似た果実を絞ったフレッシュジュース。

旅に出ると決めた時、一番悩んだのが食事についてだった。

宿に泊まる時はいいとして、野宿が基本となるだろうと考えていた為に食事は貧相になることは覚悟していた、が、飽食時代の日本に生きていたアタシは、きっと耐えられなくなってしまう。

そこで活躍したのがこのどうぐぶくろだ。マジックアイテムでしかないこれは、聞けば冒険者にはみな渡されているらしい。

しかし、所持者の魔力量によって大きさは変わるという事で、アタシの潜在魔力のせいかなんなのか、このふくろは一抱えもあるクリスタルを飲み込んでもけろりとしており、その容量は底知れないものを感じた。


「お腹減ったー!」


顔を洗ったらしく、ぱっちりと目が覚めたティーズが飛んできてアタシに飛びつく。


「はいはい、もう出来てるわよ」

「あっ!トマト!オイラトマト嫌い!」

「何いってんの!健康にいいんだから食べなさい!」

「母親みたいなことを言うな」

「ジーク、アンタもトマト残すんじゃないわよ」


イフリートは好き嫌いはないようで、人間の食べ物を興味深そうに見ていたからと魚の刺身をひと切れ上げたところ大喜びで平らげていたのをきっかけに、今では4人分の食事を作るのが当たり前となっていた。

トマト入りのスクランブルエッグを食べたあと満足げにごろりと横になったイフリートのお腹を撫でつつアタシも残りを食べる。


アタシ達は今、ここ、人間の国ノルニガンドから亜人の国ガリエガンドへと向かう道を進んでいた。

理由としては簡単で、この国の人たちの亜人に対する扱いの酷さが目に余ったから。

ハルト村ではそんなことは無かったが、少し大きな宿場町になると、獣人であるジークと共に同じ部屋に泊まる、というと露骨に嫌な顔をされたりしたのだ。獣人なぞ馬小屋で十分だと言わんばかりの態度にアタシがブチ切れて、店主を泣かせたことも一度や二度ではない。

それと、レイアルフのガレアハ王の売買禁止令はこの国の至るところで見られて、アタシ達はろくに買い物も出来ないまま店を追い出される事が多かった。

この国を旅して知った事は多かった。

もともと、亜人族と人族、魔族は友好条約を結んでおり、相互不可侵の条約があったにも関わらず、二百年ほど昔、人族の王がそれを破り亜人の国に攻め込み、獣人やエルフ、ドワーフなどを捕らえて奴隷にし始めたらしい。

当時の王の直系の子孫というのが今のガレアハ王の家系であり、かの一族が人族の頂点に立っている限り、種族間での争いはなくならないだろう。

これはすべてジークが話してくれたことだった。イフリートはまず封印をされていたせいでこの世界の近況には疎く、また生まれたばかりの精霊であるティーズも知らない事が多かった。

ただ知っていたのは、人族はほかの種族を見下している、ということ。

ただ少し、見た目形が違うだけで異質だと糾弾して恐れて攻撃して従える、だなんて野蛮にも程がある。

見目の良いエルフなどは貴族が優先的に買い占めて奴隷にしている、という話には反吐が出そうだった。異種族を見下しているくせに異種族に欲情するだなんて気色悪いにも程がある。

しかし、人族は魔族に対しては攻撃を仕掛けなかった。それはなぜか?答えは簡単だった。

魔族はその全体数は少ないが、一人一人が人族よりも圧倒的な力を持っていたから。

そうなると戦争を仕掛けるにも人族側の被害は甚大なものになる。だからこそ、魔族との友好条約を破るような事はしなかったのだ。

魔族はもともと、他と関わりの薄い種族だった。同族間の結束は強いが他になると途端に排他的になる。

だからこそ、人族は亜人族に戦争を仕掛けたのだろう。

亜人族も個々の力は人よりも強い。しかし、人には兵器があった。

魔法の力に頼り、火薬を使う人間と、魔法が使えない獣人。結果は火を見るよりも明らかだった。

精霊と契約をしないと魔法が使えないのはこの世界での法則らしい。契約しないで行使すると魔力暴走を起こしてしまう。その結果、良くて廃人、悪くて死んでしまうとジークは口にした。

魔力を使い自身の身体能力を上げたりするのは厳密には魔法ではないらしく、ジーク達獣人は生まれ持った属性にすり合わせて魔力を練り上げてそれを行使するらしい。

ジークがレッドオーガと戦った時に放ったあの技は魔法ではないが、魔力が飛び散る電流となったのはジークの元々の属性が風だから、と言っていた。

風の属性の中には雷も含まれているらしく、人によって風寄りなのか、雷寄りなのか様々らしい。

ジークの一族は昔から雷の魔力を宿す珍しい一族らしく、その高い戦闘力の割に繁殖力が低く、珍しさと強さがあいまって奴隷狩りの対象にされてしまったらしい。


「アンタ、帰りたくはないの?」


この世界も初夏から本格的な夏に差し掛かったらしい夏の夜だった。

アタシはまるで諦めたみたいに語ったジークをまっすぐに見つめて、聞いてみた。

虫除けの焚火を囲んで座るティーズとイフリートはもう寝ていて、アタシとジークしかいない、静かな空間。虫除け独特のレモンのような香りのする煙が漂う。

薪がぱちり、と弾ける音と、何処か遠くの虫の声。満天の星空の真ん中に半分に割れた月が一つ、それだけがアタシ達を見ていた。


「……なぜだ?」

「帰りたいなら帰りたいって言いなさいよ」


ハルト村で買ったお気に入りのマグカップの中に水出しの紅茶を注いでジークに渡す。紅茶の茶葉もハルト村で購入したもので、桃に似たフレーバーのする爽やかな喉越しが特徴の紅茶だった。

ジークは手の中でマグカップを弄びつつ、空へと視線を投げる。

一等輝く星はなんて名前なのだろうか。アタシは、この世界のことをまだまだ知らない。


「……帰ったところで、何も変わらんさ」

「何を諦めてんのかアタシにはわかんないわ」

「……そうだな、ユーリは何も知らない」


その言い方に少し腹が立ったけれど、その通りだから黙り込んで紅茶を一口含んで飲み込み、体の内側から冷やす。

旅の途中で覚えた氷の魔法を使って生み出した透明な四角い氷を紅茶に浮かべて、ジークの話の続きを待つ。


「…俺は、ヘルメアの軍にいたんだ。それなりの、地位を貰っていた」


ヘルメア、というのは恐らくジークの住んでいた亜人の国の名前だろう。一人の王による統一国家だということは聞いたけれど、国の名前は知らなかった。


「虎牙族という物珍しさと、それに見合う強さで近衛兵隊の隊長に抜擢された時は嬉しかった。俺がこの国を守る力の一部になれたのだと、喜んでいたな」


虫の声も止んで、風が吹いた。梢が漣のように広がって、そうして落ち着いていく。

薪は小さな炎を揺らめかせている。


「……そんな、若造の思い上がりが悲劇を招いた。王様に、娘のひとりをやろうと言われた俺は嬉しかった。スラムで生きてきた何も持たない子供だった頃、夢にまで見た王族の一人に自分もなれるのだと浮かれていた」


過去を語る声はどこまでも落ち着いていて、そして、悲しい色をしていた。鼓膜を震わせるのは優しくて寂しい音で、アタシは言葉を挟めなかった。


「10番目の王女様との結婚が決まっていざ顔合わせのその時に、奴隷狩りが攻め込んできたんだ」

「…それで、姫様たちを逃がしてアンタが捕まったのね」

「あぁ。それから俺は船でレイアルフに連れて行かれて、あの貴族に買われるところをユーリに救われた」

「よしてよ、アタシは救ったなんて思ってないわ」

「ユーリのそういう姿に、俺は救われているんだ」


ジークの目が、アタシを見ていた。真直ぐで、偽りのない、傷ついた魂の瞳。

アタシはただのオネエで勇者になりたくないってわがままごねてこの世界を好き勝手旅している、ただの男なのに、そんな救世主みたいな事を言われてしまうのは面映ゆい。


「……もう寝ましょ。寝ずの番はいらないわ。イフリートが結界を張ってくれたから」

「そうか」

「おやすみなさい、ジーク」


寝こけているティーズとイフリートを抱き上げて、テントへと戻る。

ジークの過去を聞いて、胸がざわついたことは否定しない。好みの男に結婚を約束した女がいる、だなんて良くあることだった。

失恋決定したその日の夜に、流石に顔を突き合わせるのはきついわ。

イフリートとティーズを抱いたまま、アタシ用の寝袋にくるまる。

泣きはしなかった。涙はもう、とっくの昔に流しきっていた。






そうして、冒頭に戻る。


「これからこの旅はガリエガンドにあるヘルメア王国に進路をとるわ」


ジークが驚いたように目を見開いて、アタシを見ていた。


「その国では人間は多分歓迎されないでしょうね。でも、アタシは行く事にしたの」

「ユーリ、なぜ」

「アンタの為じゃないわよ。元からガリエガンドには行く予定だったし、それに言ったでしょ、アタシはこの世界を見て回りたいの」


ジークの言葉を遮って、アタシはびしりと指を差す。


「この世界で人は、獣は、魔族はどんなふうに生きて、どんなふうに死んでいくのか。アタシは見てみたい。人間は知りたがりの欲張りなのよ」

「素直じゃないね、ユーリ様」

「ティーズ、お口の横に卵ついてるわよ」


どこどこ!?と毛繕いを始めたティーズをほっといて、野営道具をふくろの中にしまっていく。使った食器や料理道具は近くの小川で洗ってある。

ジークがアタシの腕を掴んで、それから言葉を探すように口を開いては閉じてを繰り返して、ようやく頭を下げて


「すまない、ありがとう」


そう絞り出したような声で告げられて、アタシは何だか泣きたくなった。我慢したけれど。


「いいから。アタシの旅なんだからアンタはついてくればいいの。わかった!?」

「あぁ」


そんな嬉しそうに頷かれたら、毒気も抜かれてしまう。二言三言嫌味を言ってやろうと思ったけれどそれすらも言えなくなってしまう。

惚れた弱みってやつかしら。悪くは、無い。


「さてと、それじゃあ向かいますか。ヘルメア王国に」


地図には二つの大陸を結ぶ橋の場所までは書いてある。しかし、その先のガリエガンドの内部は全くの真っ白。つまり、橋から先は未開の土地を進むという訳だ。

前を歩くアタシの背中に、ジークの声が届いたような気がしたけれど振り返ってみてもジークは何も言わなかった。





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