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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
勇者やりません
5/21

火のクリスタル

今日は2回更新です。

※途中で文章が途切れていたので修正しました。


翌日。日が昇ると同時に起きてナージャの用意してくれた朝ご飯を寝ぼけ眼で口に運ぶ。

今朝のメニューは川魚の塩焼きとスクランブルエッグ、そして焼き立てのバタールの様なパンだった。ほんのりバターの味がするパンは食感も美味しかった。外側はカリッとしており仲はふかふか、という理想の食感で出された分はぺろりと平らげてしまった。


「気を付けていくんだよ」


ナージャの心配そうな顔に頷いて宿屋を出て、鉱山に向かう。村の出口では長老と村長が待っていて、村長から坑道の地図を渡された。


「お願いしますじゃ冒険者様」

「任せといてよ」


ばちん、とウインクをして見せれば強ばっていた二人の顔が少し緩んだ。

二人に見送られて、村のすぐそばにあった坑道の入口へと向かった。


「……ユーリ様」


ティーズが肩に座ってアタシの頬を撫でた。


「…ぶっちゃけ怖いわよ。オーガだなんて。アタシ昨日初めてスライムと戦ったのよ?」


ジークは何も言わずに隣を歩いてくれていた。

昨日の夜、アタシが決めた事を受け入れてくれて盾となり、剣となる事を自らに課せたのだろう。本当に、いい男は困ってしまうくらいにブレない。


「でも、仕方ないじゃない。助けて、なんて目で見られて縋られて断れるほど、アタシこの世界……嫌いじゃないのよ」


王様とお姫様は除外するけど、と心の中で付け足す。

そりゃもちろんムカつく奴等もいたけど、アタシの言葉遣いにあからさまにドン引きしていた奴等もいたけど、そうじゃない人たちが優しすぎて、温かすぎた。たった二日しかこの世界にいないのに、受けた親切は忘れられない。

その筆頭であるジークはむっつり黙り込んだまま、周囲を警戒して進んでいく。

所々に設置された松明が燃え盛り、坑道内を照らしている。この松明が燃え続け消えない仕組みが気になったけれど、ジークにそういうものだろ、と簡単に片付けられてしまったので、これはファンタジー産の松明なんだと思うことで考えることをやめた。

地図を片手に進みながら、バツ印のついているところは落盤で道が塞がれているらしいので迂回をする。

不意にキィ、という鳴き声が聞こえてきてアタシは持っていた地図をティーズに押し付けて銃を引き抜く。

バサバサという羽音と共に現れたのは大きなコウモリの形をした魔物だった。


「ジャイアントバットか!ユーリ気をつけろ、こいつらは音波を操って認識障害を起こしてくるぞ!」

「なにそれこわい」


最初から魔力を弾丸に変えたものを装填してあるシリンダーを軽く撫でてから銃口をジャイアントバットへ向ける。


「いくわよ!シングルショット!」


引き金を引いてドン、という音と共に狙いを違えずにジャイアントバットへと弾が飛んでいく。

『ギャウッ!!』


耳障りな悲鳴が上がった後、どさり、という音が薄暗い坑道に響く。どうやら羽を撃ち抜いたらしく、使い物にならないそれをバサバサと動かしてまだ生きているジャイアントバットに、止めを刺すように眉間に寸分違わず魔力弾を撃ち込んだ。

絶命の声は上がらないほどの、即死だった。


「……魔物とはいえ生き物を殺すのは、やっぱり変な感じね」


銃を仕舞ってジャイアントバットの死骸を見てからそっと手を合わせる。すると、ジークがアタシの腰に差していたダガーを取ってジャイアントバットを解体し始めた。


「えっ、プロ?」

「何を言ってるんだ?ジャイアントバットの羽は素材になる。肉はまずくて食べられたもんじゃないが、牙と羽だけは持って帰るといい」


手際よく解体し終えたジークはダガーについた血脂を振るって落とし、ジャイアントバットの艶づやとした羽と白い牙をアタシに渡した。

それをどうぐぶくろに入れると、ジャイアントバットの毛皮で拭いたダガーも返してきたから腰に差し直す。次からは羽を傷つけない様に倒そう。

ティーズはナビ係になると決めたのか、地図を持ったまま光の玉となってアタシ達の前を飛んでいく。斥候もやる!と息巻いていたので好きにさせる。

もともと精霊は気配に聡く、何かが近づいてくるというのが肌でわかるらしい。ジークは歴戦の勘、とは言っていたけど二人ともほぼ同時に敵の出現を言い当てるもんだからアタシとしてはめちゃくちゃ楽である。


それから暫くジャイアントバットの襲撃やら新たな落盤やらでひたすら坑道内を歩き回って二時間もした頃、広い空間に出た。

洞窟内に偶然出来た空洞であろうそこは、天井は松明の光ですら届かないほどに高かった。


「はー、すごいわねぇ」


声がうわん、と響いて反響する。抜きっぱなしだったシャグラン・ラ・ローズに新たな弾を込めつつぐるりと見回せば、至るところにきらり、と光るものを見つけた。


「…どうやら、ここが敵さんの本拠地みたいだな」


ジークの声に緊張感が帯びている。先程から感じる無数の気配。殺気、とも言えるモノがアタシ達に向けられていることに背筋がぞわりと総毛立つ。


「……オーガは、いないわね」

「あぁ。見たところゴブリンばかりが30…いけるか?」

「はっ、アタシを誰だと思ってんのよ」


胸を張って答えれば、ジークはふっと笑ってアタシの頭に手を置いて髪を撫でた。

好みの顔でそんな笑顔は反則よ!と思いつつ頭を切り替えて視認できるようになったゴブリンの群れと対峙する。

人に似た形の魔物と戦うのは、これが初めてだった。けれど、戦わなければこちらがやられる。

アタシはまだ、生きたい。生きて自由に世界を見て回ると決めたのだ。

深呼吸をして、目標を見据える。

装填してある弾丸の数は16、一つの銃に込められる弾丸は8発。対するゴブリンは50を超える。

一瞬たりとも気を抜けない。アタシはこの世界で生きるために、強くなる。


「幻惑の海に溺れて沈め、ミラージュバレット!」


魔力を持っていかれる感覚は初めてだった。魔法も未だに試すことなくすべて銃弾で倒していたからこうして明確な意志をもって魔力を行使する事が初めてで、ぞわぞわと鳥肌が立つ。

アタシの固有技【ミラージュバレット】。幻惑の効果を持つ銃弾を散弾銃のように一斉射撃して敵を撃ち抜く。一度に撃てる数はシャグラン・ラ・ローズに装填できる弾丸の数だけ。

掠っただけでも幻惑の効果を与える事ができる。威力も通常弾の7割程度と火力も悪くないバッドステータスを与えられる使い勝手の良い技だった。

群れの先頭にいたゴブリンはそれぞれ魔核や頭を撃ち抜かれて死んでいた。

近くにいたゴブリンも巻き込まれて至るところに傷がついていたが、掠っただけでも幻惑のステータス異常にかかっているゴブリン達はなんと同士討ちを始めた。


「チャンス到来!」


素早く弾丸を装填し直して2丁の銃を構えて引き金を引く。幻惑にかかっていないゴブリンを優先的に倒していけば、頭の中で何度かファンファーレが流れるのがわかったけれど今はそれどころではない。

襲いかかるゴブリンを躱しながら、その頭を撃ち抜く。

壁を蹴ってゴブリンの頭上を飛び越えて受け身を取りながら転がって着地をすると、襲い掛かってくる別のゴブリンの頭を至近距離で撃ち抜いた。

ぶしゅっと吹き出る赤黒い血がアタシに吹きかかる。鉄臭いそれに、構う暇もなく、倒れ込んでくる身体を蹴って退かして体勢を立て直す。

ゴブリンの群れは徐々にその数を減らしていく。同士討ちしていたゴブリン達は皆、事切れていた。


「このまま殲滅だユーリ!」

「わぁかってるわ、よっ!」


ドンドンと景気よく銃をぶっぱなしながらアタシの周りを取り囲むゴブリン共を撃ち抜いていく。


「まるで踊ってるみたいだ、ユーリ様」


ティーズの言葉を気にしていられるほどの余裕はなかった。同じ所に突っ立ったままなんて恐ろしくて出来やしない。

今にも飛びかからんばかりのゴブリンの口の中に弾丸をぶち込んでから両手を伸ばして左右から襲ってくるゴブリンを余さず撃ち殺す。その場で撃ちながら半回転して更に撃ち殺す。

不意に、何かが迫ってくる気配を察知して地面を蹴って飛び上がる。

今までアタシがいた所にゴブリンの死体が投げつけられていた。当たっていたら血で視界を奪われていたかもしれない。

距離を取って、一つ息を吐く。魔力弾を一気に作りすぎた反動か、眩暈がしたけれどここで止めたらアタシが死ぬ。


「さすがに、きついわね」


流れ落ちる汗を袖で拭いながら、半数以下に減ったとはいえまだ10体はいるゴブリンを睨みつける。

ミラージュバレットを使い、さらには短期間で魔力弾を作りすぎたせいでMPは全快時の半分ほどしか残っていない。

その時、向こう側の坑道から、なにか地響きのようなものが聞こえてきた。

それは、紛れもない足音。何故か対峙していたはずのゴブリン達が我先に逃げようとしていた。

ジークの顔が強張るのがわかった。

ズシン、ズシンと音を響かせて、だだっ広い空間に現れたのは、赤い鋼のような皮膚をした、大きな鬼だった。

額にはゴブリンのものとよく似ている角が二本生えており、牙は凶悪なまでに尖っている。3mはありそうな巨躯をしていても、鈍重そうな印象は一切無い。

何かの毛皮で作られたのであろう腰蓑に、その手には大きな戦斧を握っていた。


「…オーガ」


ぽつりと零れた言葉はオーガの雄叫びによってかき消された。

咄嗟に耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまいそうなその咆哮に、ジークは微動だにせず涼しい顔をして受け流していた。


「ユーリ、やれるか」

「はっ、上等じゃない」


シリンダーを開いて今まで装填していた魔力弾を魔力に戻して吸収する。

そうして新たに練り上げるのは、今までの10倍の魔力を込めた特殊な弾丸。水の魔力を込めたその弾は、ティーズの発案だった。

魔力を込められるなら属性も付与できるのでは、というその言葉に従って海をイメージしながら魔力弾を作り、試しに木に向けて撃った所着弾した瞬間に水が弾けちったのが見えて、その試みが成功だったと知った。


「赤いのは大抵炎属性って相場は決まってんのよ」


弾丸を込め直したシリンダーを装着し直して悠然と立ったまま動かないオーガの胸へと狙いを定める。

引き金を引くとガゥン!と嘆いた銃から放たれた弾は、寸分違わずに胸を貫いた、ハズだった。

ぎぃん、という鈍い音がして、水の魔力が炸裂するはずの弾がぽとり、と落ちたのが見えて愕然とする。


「…嘘でしょ」


攻撃を仕掛けたことにより、こちらを敵と定めたらしいオーガがまた吼えた。


「……援護しろ、ユーリ」


ジークがアタシの前に出て、好戦的な笑みを浮かべて身体に力を溜め始めた。


「ジーク」

「お前は、俺が守ってやると決めた。背中は任せた」


負けじと吼えたジークの背中がボコボコと盛り上がるのが見えた。

服が避けていく。筋骨隆々の背中に虎特有の毛が生えていき、全身を覆うのをただ見ていることしかできなかった。

そうしてもう一度吼えた時、ジークは虎になっていた。

二足歩行には変わりないけれど、人間の形をしていた時よりも爆発的な力を秘めたその姿に、見惚れることしか出来なかった。


「見ていてくれ、ユーリ」


振り返ったその顔は虎だけれど、ジークの面影も確かにあって、アタシは頷く以外の選択肢を持っていなかった。

地面を蹴って高く飛び上がったジークを迎え撃つオーガは禍々しい戦斧を振り上げて、ジークの爪を受け止めた。

ガキン!という金属音が連続して響く。ジークの拳のラッシュを受け止めているあの禍々しいオーラを放つ戦斧も凄いが、鋭い爪で相手に反撃する隙間を許すことなく打ち込んでいるジークも凄い。

その身一つで十分強い、とライカンが言っていたことも理解出来た。

彼は、あの身体自体が武器だった。

アタシはただ見ているしかできなかったけれど、はっと我に返って出来ることを探す。

たしか、魔法の中にアクエシールド、という魔法があったはず。

頭の中で必死にその呪文を行使するための詠唱を組み立てる。

魔法は呪文の詠唱を組み立ててそこで初めて発動することが出来るらしい。アタシはまだその組み立てをしていなかったことを後悔しながらも、言葉の海の中から反応するものをたぐり寄せていく。


「……清冽なる水の加護を希う、アクエシールド」


指先に水の玉が浮かび上がり、ふぅ、と息を吹きかけるとそれはオーガと距離をとったジークの身体へと飛んでいき、その体を薄い膜を形成して包み込んだ。


「ユーリ、ゴブリン共を頼んだ!」


ドゴッと音がして床が抉られる。ジークがすぐ様反応して避けたお陰でダメージはなかったものの、あの戦斧の威力はまずい。

軽く半径1mは抉れていた。直撃していたら、と考えるだけで恐ろしい。


「ユーリ様!ゴブリンが逃げるよ!」


ティーズの声にアタシ達が来ていた道へと目をやれば、我先にと逃げ惑うゴブリン共が目に入った。このまま逃がしたりしたら、村に襲い掛かるかもしれない。

あの村には、優しい人がいる。そんな事はさせない。


「逃げてんじゃないわよ!幻惑の海に溺れて沈め、ミラージュバレット!!」


水の魔力を込めた弾丸は、MPを消費が上乗せされる分、先程のミラージュバレットの威力よりもずっと強い威力と拡散力を持ってゴブリンたちの背中や後頭部を撃ち抜いていく。撃ち漏らしはしない、と徹底的に追い掛けて止めをさす。

最後の一体を倒した瞬間、くらり、とした目眩に壁に手をついて頭を抑える。小さな声でステータス、と呟いて出てきた情報に苦笑を漏らした。

【ユーリ=シザキ Lv.12(38/691)

HP 258/258 MP 90/530】

MPが100を下回ったからだろうか、相変わらず体力の少ないステータスだ、と苦笑いを漏らしながらステータスを閉じて、壁にもたれ掛かる。

ジークとオーガの戦いは、もうすぐ決着がつくだろう。もちろん、ジークの勝利で。

オーガはもう皮膚も剥がれてボロボロになっているのに対し、ジークはまだ余裕があった。獣化と言うのだろうか、虎の因子を色濃く移したその姿になったジークからはいつもよりもずっと大きな威圧感を与えられる。


「これで終わりだ!雷火鬼神撃!!」


ジークの拳がバチバチっと雷を帯びて光る。オーガもそれに怯えるように、一歩後ずさるけれど、後ろは壁だ。

振り上げた拳は神速の如くの勢いで、オーガの腹へと打ち込まれた。

金属音が鳴る。あの皮膚はもはや金属のように硬いのだろうが、ジークの拳に打ち抜けぬものは無いとばかりにその腹を突き破って、壁にすらめり込んだ。

貫かれた腹から電撃が身体を走ったのか、オーガの体がびくびくと震えて断末魔の叫びが上がった。

がくりと体から力が抜けたオーガを振り払うように拳を引き抜いて、血を払うジークの目に慈悲の色はない。

オーガは体の内側から雷に焼かれて、死んでいた。

その傍らには禍々しい戦斧が落ちている。

ふらつく脚を叱咤しつつジークの元へと駆け寄れば、ジークは獣化を解いて人間の姿に戻っていった。

見慣れた黒い髪に、金色の毛先。逞しい胸に筋肉質な二の腕、腰は絞られ逆三角形のような体型の人間のジーク。

しかし、尻尾は戻らないのか尾てい骨の当たりから黄色と黒の縞の尻尾が生えている。


「ジーク、怪我はない!?」


頬に手を当てれば、ジークは緩く首を振るけれど、アタシは気付いた。二の腕に深い切り傷があることに。


「嘘つきは舌を抜かれるわよ」


傷口からは、あの戦斧の禍々しい気配が立ち上っていて、これは呪いなのでは、と思い至ってティーズを呼ぶ。


「ティーズ、これって呪いかしら?」

「たぶん…あの斧、呪われた武器だよきっと」

「見りゃわかるわよ」

「ユーリ、触るな」

「いや」

「ユーリ!」


呪いは簡単には消えない。聖水があれば簡単な呪いなど一瞬で消え去るけれど、残念ながら聖水を売っているところが教会しかなく、そこで販売拒否をされてしまったために手に入れることが出来なかったのだ。


「怪我は治させて」


患部に手を当てて、目を閉じる。


「癒しの力よ、水に宿れ。ヒール」


青い光が掌から傷口を包んで、温かなそれがゆっくりと傷口を塞いでいく。

治癒完了すると同時に青い光は途切れ、消えていった。

傷口はふさがったものの、呪いのせいか酷く醜い傷跡になってしまっているのに気付いて眉を寄せる。呪いを解く呪文を覚えようかしら。エ〇ナ?それともシャ〇ク?どっちでもいいわ。ジークの傷口をハンカチでもって覆ってきっちり結んでから、倒れ伏しているオーガの元へと向かう。

傷口は焼かれているために血は流れない。しゃがみ込んで、オーガに触れながら心の中で鑑定、と念じれば目の前にポップウィンドウが出てきた。


【レッドオーガ(EXP.3000)

HP 3500 MP75

ホブゴブリンの上位種。火のクリスタルの力を得て進化した変異種。炎の力を纏いその拳は触れるものを炭化させるほどの高温を放つ。

採取部位

レッドオーガの牙、レッドオーガの爪、レッドオーガの皮】


「やっぱり変異種なのね」

「変異種?」

「そ。オーガがこんなふうに自然発生するなんておかしいって言ってたじゃない。という事は、このオーガに力を与えていたものがあるってこと」

「へぇ!ユーリ様すごい!あたまいい!」

「ふふん、伊達にFFやり込んでないわよ」

「えふえ…?」

「何でもないわ」


あっちの世界でのアタシの趣味はRPGゲームのやり込みだった。

さくっとダガーでオーガの素材を回収してどうぐぶくろに入れて、オーガ達が出てきた道を進む。

途中ウザイほどに遭遇していたジャイアントバットとも会わないという事は、元々彼らは洞窟の奥で過ごしていて、ゴブリンたちに、正しくはオーガに追い出されたってところね。

ここから奥は地図にも乗っていなかった。目印になるように、と壁に傷をつけてからゴブリンから採取した牙を置いておく。帰り道がわからなくなったら洒落にならないもの。

そうして、深く長い洞窟の曲がりくねった道を進んでいったアタシたちは、また大きな空間に出た。


「なにしてんのよ、アンタたち」


そこの中央に、眩しいくらいに光を放つ巨大なクリスタル。そして、その周りに散らばる水晶の欠片と、見慣れないローブを着た数人の魔術師らしき人間がいた。


「邪魔が入ったか…行くぞ!」

「ちょっと待ちなさいよ!」


ブン、とローブの集団がブレたかと思うと、次の瞬間にはそいつらは何処かへと消えてしまっていた。


「くそっ、転移の魔法かよ!あーもう!っていうかクリスタル!」


数人に囲まれていたクリスタルはあちこちがかけており、その欠片が散らばって見るも無残な姿になっていた。

これだけ大きな水晶ならば価値もあるだろうが、それよりもクリスタル内部に宿る魔力の方が重要だった。

クリスタルにそっと触れて鑑定と唱える。


【火のクリスタル

内部に火の四大精霊が封じ込められている。莫大なエネルギーを封じ込められたクリスタルは、欠片でも高値で取引される】


「……それでこのクリスタルごと持って行って売っぱらおうとしてたのね」

「ユーリ、それはまさか」

「えぇ。火のクリスタルよ」


ジークが手を伸ばしてクリスタルの塊に触れる。じんわりとした熱を感じるのか目を細めている。

散らばった欠片を集めて、一箇所にまとめる。削られた火のクリスタルはそれでも眩い光を放っており、洞窟内を明るく照らしていた。


「綺麗だな」


呟いたジークの言葉に反応するかのようにクリスタルは光る、けれど光は少しずつ弱くなっていく。


「レッドオーガは、このクリスタルの守護者だったのか…」

「…そうね。クリスタルが自らの危険を察知して、住み着いていたゴブリンのうちの一体に力を与えたのよ」

「……倒してしまったな」


自らの手で守護者を打ち破ってしまったジークは目元を僅かに歪めていて、クリスタルに謝罪するかのように小さな声で済まなかった、そう告げていた。

ティーズは大精霊の宿るそのクリスタルに近付いて、中を覗き込んだり触れたりするが、水と火故に相性が悪いのかばちり、と弾かれて手を離してすぐ様飛び退っていた。


「行きましょ、これは、人が手を出していいものではないわ」


ジークとティーズを促して出ようとすると、誰かの声が聞こえた気がして振り返る。

しかし、そこにあるのはクリスタルだけだった。


「……まさか、あなたなの?」


クリスタルに問い掛ける。すると、呼応するかのように光が明滅し、そして目を開けていることも出来ないほどに眩く光ったかと思うと、一気に収束していく。

恐る恐る目を開けた先にいたのは、1匹のルビーのような光沢と色をした蜥蜴だった。

その背中にはコウモリのような羽が生えていて、翼膜すらも美しい紅の色をしていた。

クリスタルの前でパタパタと羽を動かしながら浮かんでいるその蜥蜴の瞳は高温すぎる炎の蒼白色。


「あなたが、このクリスタルの中にいた精霊さん?」

『我の名はイフリート』

「……えっ!?い、イフリート!?えっ?サラマンダーじゃなくて!?」

『人の世に存在するための器として、サラマンダーの姿を借りている。異世界の旅人よ』


頭の中に響く声は、男の人の声が何人も同時に喋っているようでわんわんと響いているのに聞き取りづらいという事は無かった。イフリートの言っていることが理解できる。


「……アタシに頼みごとかしら?」

『頭の回る旅人よ。我の宿たるこの水晶はまもなく死ぬ。しかし、我は精霊界に帰るわけにはいかぬのだ』

「そう…アタシはあなたをどこへ連れていけばいいの?」

『我の宿主となってはくれまいか』

「おっとどストレート」


頭の中に次から次へと浮かんでは消える声のあまりに予想通りで衝撃的な言葉に心を整理させて、と軽く手を上げる。

イフリートは首を傾げつつ、アタシの掌にその鱗だらけの前脚を触れさせてくる。やだ可愛い。


「…アタシの属性は水よ。アンタとは相性が悪いはずだけど」

『問題は無い。人の身に属性をもう一つ付与させることなど、我ら上位精霊にとっては簡単なことだ』


本当にファンタジー世界の精霊って万能なのね、と遠い目をしつつ、最初から決まっていた答えを口にする。


「アタシでよければアンタの宿主になってあげる。だけど、いーい?ティーズと喧嘩しないこと!」

『感謝する』


律儀にぺこりと頭を下げたイフリートはそのままアタシの肩へと乗ってきて、その紅の鱗をすりすりと擦り付けてきた。

頭の中でまたファンファーレが鳴った。


【イフリートと契約しました。

称号:蒼炎の覇者/水炎の支配者を手に入れました。】


「あらまぁ物騒」

『我が人と契約したのは1000年振りだ』


肩に乗ったイフリートに対抗するかのように逆側の肩に乗るティーズ。重さはないけれど見た目的には肩に蜥蜴と猫を乗せたオカマ、だなんて滑稽すぎる。

二匹を振り落として光を失ってしまったクリスタルに手を当てると、クリスタルは最後の光を放って完全に沈黙してしまった。


『我の力はまだ残っているが、そのクリスタルは最早ただの宝石だ』

「売れば幾らかになるわね…」

「割るか?」

「台座からは剥がしたいわね」


アタシの言葉通り、台座となっていた石を拳で砕いたジークの肩を軽くぽんぽんと撫でつつ、一抱えもあるクリスタルをどうぐぶくろへと放り投げる。

大きく口を開いたふくろはクリスタルを飲み込み切ると、また元の大きさに戻った。本当にマジックアイテムだと思うわ、これ。中のものは鮮度も落ちないし。


「さてと、帰るわよ!」

「ハルト村にか」

「そう!そこで旅の必需品を揃えて、本格的に旅に出る」

「……そうか」


レイアルフ城には戻れないのなら、進むしかない。アタシのワガママに付き合わせてしまうジークは、それでもどこか楽しそうだった。

帰り道は簡単だった。

イフリートがすべての道を把握しており、より出口に近いルートを指示してくれたお陰で余計な戦闘もなく、鉱山の坑道を抜けることができた。

ティーズなんかは負けないとイフリートにライバル心を燃やしているが、相手は最上位精霊のため勝ち目は薄い。頑張る子は好きだけれど。

ようやく外に出ると陽の光はもう高く、正午近いことを示していた。

精霊二匹が並んで先を歩いているのを眺めながら、ふと隣にいるジークへと視線をやると、同じようにこちらを見ていた。


「なによ」

「いや、退屈しない、と思ってな。いい主人に買われたようだな、俺は」

「……金で好みの男を買うとか本当はしたくなかったんだけどね」

「あの場合はあれしかなかったからな。感謝しているんだ」

「アタシも感謝してるわよ、アンタがいなかったらあのオーガは倒せなかったし、クリスタルが最悪破壊されていただろうし」

「そうか」


まだたったの2日だ。この世界に来て二日しか経っていないのに、アタシはこの世界も悪くないんじゃないか、と思った。けれど、それはまだこの世界の本当の姿の片隅すら見られていなかった。








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