ハルバディア武闘大会、開催
ハルバディア武闘大会当日。
その日も太陽は眩いほどに輝いており、陽射しは容赦なく紅い大地を照らす。
街の中心部に位置するコロッセオに集まったのは総勢100名に及ぶであろう腕に覚えのある者達だった。
ちらほらと女性の姿も見えるこの大会は、老若男女問わずただ強い者を決めるのみで、我こそは、と参加するものも多かった。
そんな中、81と書かれたゼッケンを革鎧の上に貼り付けながら、開会式はまだかと待ちわびる参加者の中にアタシはいた。
少し離れたところにフォルナーの姿が確認出来たが、目が合うと舌を出された挙句にそっぽを向かれた。
そして、それよりも目を引いたのが、前方集団にいる人間。
それは、紛れもなく共に召喚された高校生のうちの一人、烈火だった。
同じ革鎧を着用して、開会式を待つその顔は出会った当初よりはほんの少し大人びて見えたけれど、あまり変わっていないようにも見える。
何にせよ、あまり苦労はしていない様に見えてしまってアタシは僅かな不安を抱いた。
「お集まりの参加者の皆様!お待たせいたしました!只今を持ちまして参加者受付を締め切らせていただきます!また、今この時刻、この場にいない参加者の方は失格とし、今ここにおられる127名の当大会への参加を認めます!」
雄叫びが上がる。それには乗らなかったけれど、アタシも気分が高揚してくるのを感じる。
試合前の緊張感にも似た感覚が全身を支配する。
緊張に飲まれたらおしまいだけど、緊張を一切しないのもダメだ、と言う師範のアドバイスが今でも頭の隅に残っている。
少し深く息を吸い込んで、吐き出す。
身体は十分な休息と栄養バランスのとれた食事と鍛錬で仕上がっている。
現役刑事時代よりもいい仕上がりにジークは名トレーナーになれるんじゃないか、と思うほどに調子が良い。
「本戦に出場できるのは8名!これより予選を行います!それぞれ8ブロックに分かれて最後までリングの上で立っていた選手が本戦への出場権を得ることが出来ます!」
なるほど、と思った。
確かに一々トーナメント形式で勝負をしていたら、この武闘大会の開催日時を大幅に超えてしまうだろう。
有象無象を蹴散らして本戦に残れるくらいの実力の持ち主同士じゃないと試合も盛り上がらないのも事実だ。
「各選手にはゼッケンが渡されていると思います!そのゼッケンの番号が書いてあるブロックごとに集合してください!」
用意がいいことに、予め配られた番号は既に振り分けられており、参加者は言われるがままに各々のブロックへと移動していく。
アタシは第8ブロックに振り分けられていて、そこへと向かう最中、フォルナーと烈火をそれぞれ見つけた。
アタシとは違うブロックらしく、本戦に残らない限りは戦う事はないだろう。
「それでは、予選第1ブロックから早速はじめましょう!選手はリングに上がってください!」
総勢15名の参加者がリングに上がり士気が高まっている。
今か今かと待たれるゴングが鳴り響いた瞬間、凄まじい叫びと共に総当たり戦が始まった。
己の力のみで勝ち上がるための戦いは武器は認められておらず、素手での殴り合い、または蹴り技での戦いとなっている。
流石は傭兵の国の武闘大会、と言えるほどに高度な肉体言語が繰り広げられているのを見ながら、アタシはジークが買ってきたよく冷えたパインジュースを飲んでいる。
フォルナーの姿がちらりと見えた。
どうやら第一ブロックらしい彼女は流石王国騎士と言える動きをしていた。
数人に囲まれても怯む事無く的確に急所に拳や蹴りを決めて、自分よりもずっと大きな男を倒している。
『おぉっと!リング上ではなんと!初参加の少女が大健闘を見せています!!彼女はえぇと、ヘルメア王国出身のフォルナー!あの身のこなしは一朝一夕では手に入れられないでしょう!』
実況席は、可愛らしい灰犬族の少女がむさ苦しい男たちに混ざって戦い、さらに何人もなぎ倒しているのを見て熱狂しているらしい。マイクを通して聞こえる声に情熱が籠っている。
というか、音割れしていて正直煩いけれど、言う事は間違っていない。
彼女はきっと、たゆまぬ努力の上で強さを手に入れたのだろう。
フォルナーは憧れであるジークに近付きたいがため、その一心でここまで強くなったおだとしたら、その憧れを奪うアタシが憎いという事も、理解が出来てしまう。
「やるじゃないあの子」
「王国騎士になるくらいだからな」
「あの子が勝ち残るかしらね」
「……そうだな、あのブロックには、ティルムの敵になりそうな相手はいないな」
ジークの見立て通り、それから十数分闘っていたが最後まで残ったのはフォルナーだった。
何発か攻撃を喰らったのか頬を赤く腫らしていたが、勝利したその顔は清々しい。
「第一ブロックで勝ち残ったのは瑞々しい期待の新星、フォルナー選手!!」
実況席で興奮したかのようにアナウンサーは立ち上がり、勝者の名前を高らかに宣言する。
フォルナーは名乗りを受けて拳を握り片腕を突き上げる。その顔は嬉しそうに輝いていて、幼い笑顔が印象的だった。
実は大分年下なのでは、と思いつつ大人げない態度を取ってしまった事をこっそりと反省する。
リングから降りて、フォルナーはまっすぐアタシの所まで走ってくる。
それだけを見ていると本当に犬だな、と思って和んだものの、アタシの前で止まってびしりと指を眼前に突き立てられた。
「見たかユーリ=シザキ!私の実力を!」
「見た見た。すごいじゃない、自分よりでっかい相手を簡単にいなしちゃうだなんて。見直したわ」
「そっ、そうだろう!?私は強いんだ!」
嫌味もなく素直に褒めれば、嬉しいのを隠そうと必死なのか、変な顔をしているものの尻尾はぶんぶんと音を立てて振られている。
「ちょっと、フォルナーちゃんあっち向いて」
「なんだ?」
指を差した先を素直に見るフォルナーの頬に残る赤く腫れた打撲痕にそっと手を当ててヒールを口の中だけで唱える。
みるみるうちに腫れが引いていく頬によし、と頷くと手を離した。
「なっ、貴様なにをっ」
「痛そうだったからね。女の子の顔に怪我があるのを見ているのはアタシが嫌だったから」
「施しは受けん!」
「ごめんなさい、アタシのエゴよ。治しちゃったからもう受け取っておいてね」
「う……そういう事なら、受け取っておく」
もごもごと呟くフォルナーの尻尾がまだ揺れているのを見て表情が緩んでしまう。
「わ、私は勝ったぞユーリ!貴様も、負けるんじゃない!」
びしっとまた指を差しながら言い逃げるフォルナーの背中が見えなくなってから、堪えていた笑いが漏れてしまう。
「妙なのに懐かれたな」
「元はと言えばアンタでしょ」
「違いないな」
笑気が移ったのか、喉の奥で小さく笑うジークを肘で小突きながら第二ブロックの試合が始まるのを待つ。
下馬評では、野盗崩れのガッソという人間の男が有力候補らしい。
試合開始とともに素早い動きで相手を翻弄して、その隙をついて急所を狙った突きで相手を沈める手練れの技を持っていた。
試合開始当初、その下馬評通りにガッソが並み居る筋骨隆々の男たちを倒していった。
このままガッソが勝ち上がりか、と思われたが、ガッソはリングに沈むこととなった。
有力候補と言われていたガッソを軽々と倒したのは、少年の域を越えたばかりであろう青年だった。
スピードを生かして戦うガッソを軽く上回るスピードで背後に回り込み、頭を打って脳震盪を起こしてタイルの上へと沈めた。
その動きの速さに、実況席も感嘆の声を上げている。
しなやかで、音をたてぬ動きは猫を彷彿とさせる。頭の上に生えた三角の耳と長い尻尾も、彼が猫の獣人だという事を示していた。
彼の名をエンレケ。赤銅色の毛並みに、美しいグリーンアイを持った精悍な青年だった。
「強いな」
ジークが唸った。腕を組んで顎に手を当てている姿は、まるで格闘漫画などによくいる解説役みたいだけど、似合い過ぎている。
旅の間に生やすことにしたらしい顎髭を摩りながら、エンレケが称賛に応える様に手を上げて、優雅に礼を取るのを見つめていた。
「闘ってみたい?」
「……まぁな」
出場する事が出来ないことが悔しいのだろう、少しだけ不機嫌そうな様子にこっそりと笑いつつ、次の試合へと目を移した。
第3ブロックの試合は、泥仕合だった。皆実力が拮抗しているのだろう、なかなか決着がつかずに乱闘が続く。
『おーっとここでコアム選手がしかける!しかしそれを予知していたかのようにマスキル選手が左に避ける!振り上げた拳は空を切り致命的な隙を作ってしまったコアム選手のがら空きの胴にマスキル選手の回し蹴りがぁっ、きまっっっっったー!!!!勝者はマスキル選手です!!』
満身創痍になりながら、勝利の雄たけびを上げるのはどうやら人間族らしき男だった。
確かに一般の冒険者としてならかなり腕の立つ部類にいるだろう。魔法を使わず、己の肉体の力のみで勝ち上がったのだから。
しかし、本戦リーグでは恐らく魔法も使うだろう。気を引き締めないと、と密かに気合を入れる。
「ユーリ、予選では魔法は使わないのか?」
いつの間にか芋と魚を揚げたつまみを買っているジークの手に持たれた器から一つ魚のフライを奪うと口の中へと放り込む。塩味のきいたそれにはさっぱりとしたレモンの様な果実酢が駆けられていて、さっぱりとした味付けのそれにビールが飲みたくなる。
「わざわざ手の内を晒す事ないでしょ、ライバルに」
芋も差し出されてジークの手ずから食べつつ、ほぼ空になってしまっているジュースのお代わりを頼むと、移動販売員の少年は喜んで給仕に来る。
チップとして1ゴールドを渡すときらきらとした笑顔で見上げてくるからついついもう一枚渡してしまった。
「アタシがいつも組み手してる相手はガリエガンド最強の男よ?そう簡単に他の奴らに遅れは取らないわよ」
「そうか」
第4ブロックには、烈火がいた。
武器を持たずにどう戦うのか、と思ってみていたアタシは、期待を悪い意味で裏切られた。
烈火は魔法を使った。
もちろん、身体的に獣人に劣る人間族の対抗手段であることは分かっている。しかし、烈火はその魔力の強さを誇示するかのごとく、必要のない程に大量の魔力を込めて魔法を放ったのだ。
「焼き尽くせ!バーニングラウンダー!」
円状に広がる炎の壁に迫られて、ほとんどの参加者は降参の声を上げて逃げ惑うばかりだった。
こんなに強力な魔力の炎に炙られてはひとたまりもないだろう。死人を出すなというルールをなんだと思っているのかしら、あのガキんちょは。
そうして最後の一人も降参を口にしたのを見て、烈火は笑っていた。
魔力を収めると炎はたちどころに霧散して、熱の風だけが残った。
『な、なんということでしょう!少年の名はレッカ!レイアルフから魔王退治の旅に出ているという人間族の勇者です!!』
実況席も思わず静まり返っていたのを無理やり盛り上げるように、声も枯れんばかりに叫ぶあのアナウンサーには拍手を送りたい。
烈火は嬉しそうに笑いながら両手を上げて、遅れてきた喝采をその身に受けている。
「ユーリ、あれは本当にお前の世界の人間なのか」
「そうよ。まだまだお子ちゃまなのに力ばっかり手に入れちゃったせいね、あれは」
「…強大な力には、責任が伴う」
「魔法ってのはそれの典型よね。恐ろしい力よ」
烈火が控室へと戻っていくのを見送って、アタシは溜息を漏らした。
誰かあの子に、強大な力には責任が伴うという事を教えてあげなければいつか取り返しのつかない事が起きる。
「……ユーリのブロックは第8ブロックだったな」
「そーねぇ。そろそろ控室行ってくるわ」
立ち上がり、飲みかけのジュースを全て飲み干してから控室へと降りていく。
すれ違うのは、先の予選で負けてしまったのか、それでも楽し気に笑っているのを見て、これはお祭りでもある事を思い出す。
しかし、先ほどの第4ブロックの試合。
それから戻ってくる男たちの顔はみな優れなかった。
確かに、あの試合はあまりにもつまらないものだった。武闘大会、というのに武の要素が一切見受けられなかったのだ。
確かに烈火は強くなったのだろう。けれど、根本的な、心の部分は成長していないように見えて仕方がない。
「確かに強かったがよぉ…」
「負け犬の遠吠えって言われても仕方がねぇが…」
「なぁ…」
聞こえてくる言葉に全面的に頷くしかできない。
「第8ブロックに出場する選手の控室はこちらです!」
案内係のリスの獣人に言われるがままにすでに出場選手でごった返す控室に入り、開いている椅子に座り足を組み、目を伏せる。
筋肉を思い通りに動かすためのイメージ。ジークの動きを頭の中で描いて流れるような攻防を繰り返す。
魔力が血に乗って全身を流れる。指先から足の爪先まで行き渡らせる。魔力が生まれるのは心臓。そこから送り出される血液には魔力が宿る。
歓声が聞こえる。
第5ブロックの勝利者が決まったのだろう。
誰であろうとかまわない。アタシは今、目の前に予選を勝ち抜かなければならない。
思い浮かべる、勝利のイメージを。
イメージトレーニングも重要だ、といったのはジークで、この方法を教えてくれたのもジークだった。
もし予選で負けたら、彼の教えが悪い、と言われかねない。それに、応援してくれている紅の水母亭の女将と番頭にも申し訳が立たない。
「……アタシは強い」
一人だけに聞こえるように呟いて目を開く。
心は驚くほどに凪いでいる。
頭の中に、ティーズとイフリートの声が聞こえてくる。
魔法を使うならばいつでも応える、と言う2匹に小さく笑うと、心臓の上に手を当てて軽く叩いて応じる。
随分と長い間瞑想していたらしい。もう第6ブロックの勝者も決まり、今は第7ブロックを始めるところだという。
「第8ブロックの出場者はこちらに来てくださーい!」
立ち上がり、案内人の所へ集まると、彼を先導にコロッセオの中央、闘技場へと通じる道を歩かされる。
歓声が近い。
第7ブロックの勝者もあっという間に決まったようだった。
今年は粒ぞろいですね、と笑った案内人の男に、あいまいに笑い返す。
アタシもその粒の中に入らなければならない。
魔法の力を使わずに。
道の先がまばゆい光に満ちている。
あそこが闘技場の入り口なのだろう。
一歩、踏み出した瞬間の熱気と歓声を、アタシは忘れないだろう。
『それではただいまより予選最終ブロック!第8ブロックの試合を開始します!みなさん、用意はいいですか!?』
わんわんと割れて響くマイクの音に不思議な高揚感を覚える。
「いつでもいいわよ、始めなさい」
唇を舐めて、狭いリングの上にひしめき合うライバルを見据える。
そして今、戦いの火蓋はゴングの音とともに切って落とされた。




