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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
ガリエガンド編
18/21

紅の砂漠と傭兵の国3


子供の稚い笑い声と反比例する、冷えきった室内の温度。

実際は変わっていないのだが、体感温度は一気に数度は下がったような気がする。

ジークの目は鋭く、アタシに嘘を許さない。


「勘のいい子は好きよ」


根負けして深く息を吐き出す。

元より、奴隷を買うつもりはなく、あれは成り行きでしかなかったのだと自分の中で処理していても、当然100万ゴールドで買われたジークとしてはそんな大金を支払わせといて故郷についたらはいサヨナラ、とされるとは思っていなかっただろう。


「俺はお前の剣になると決めた。最初は奴隷であったけれど、この旅を通して、俺はお前という人間に惚れたんだ」


どこまでも武人の考え方をするジークの律儀さに笑いが零れる。

優しい男だと思った。


「……ほんと、おバカさんねぇ」


零れるのは、嬉しさも滲む複雑な感情の入り混じった声で、それを聞いてジークはその瞳に柔和な色を宿らせる。


「馬鹿で構わんさ。俺を手放そうとしている男に縋る愚かな男だと笑われたとて、俺はお前から離れる気は無い」

「殺し文句ね」


降参、と両手を上げればジークは声を上げて笑った。

ずるい男、と漏らせばお互い様だろ、と返されて頬杖をついて頷く。


「帰りたくない理由は、アタシのことだけじゃないでしょう?」

「わかるか」

「わかるわよそれくらい」

「俺は、スラムで育ったと以前言っただろう。その出自のせいで色々とな」

「どーせ貴族の坊ちゃんが大多数なんでしょ、王国騎士団ってのは」

「まぁな、やはりわかるか」

「どこの国もそんなもんよ」


汗をかいたグラスから水滴が伝い落ちる。

撥水加工された白いテーブルクロスに水の玉がころりと転がるのを指で拭うとコンコン、とドアがノックされる音がした。


「開いてるわよ」


声を返すとがちゃり、とドアが開けられて、そこから現れたのは女将だった。


「お寛ぎ中の所をお邪魔いたしますお客人様」

「いいのよ。どうしたの?」


椅子から立ち上がり要件を伺おうと近付けば、女将は頭を下げてからアタシに手紙を渡してきた。

桜色の可愛らしい封筒の宛名面には殴り書きで『果し状』と書かれていて、あまりのミスマッチに思わず顔を顰めてしまう。


「これ、誰から?」

「灰犬族の少女からでございます」

「……あー、あの騒いでた子?」

「はい」


女将に断りその場で封を破って中を見る。


『貴様がこれを読んでいるという事は、私に恐れをなして文を捨てた訳では無いということだな!その度胸は認めてやろう!

ユーリ=シザキ!私と勝負しろ!そしてジーク様を自由にしろ!解放しろ!貴様なんぞに付き従うようなお人ではないのだ!

決闘の日時は明後日の9の時。遅れるんじゃない!来ない場合は決闘放棄と見なしてジーク様を解放してもらうからな!!


フォルナー=ティルム


P.S. ジーク様にはこのことを言うなよ!あくまでもお前から解放してやると言え!』


字は少し下手くそだったが、意外にもしっかりした文章で書かれていたのは、要約すればアタシと勝負させろ、という事だった。

騎士団としてよほど腕に覚えがあるのか既に勝った気でいるフォルナーに頭を抱えたくなってしまう。

アタシはそんな弱そうに見えるのか、と。


「ユーリ様、差し出がましいことを申し上げてもよろしいでしょうか?」


手紙を握りつぶさんばかりのアタシを見て、女将はまたあの美しい笑みを浮かべて小首を傾げる。

後れ毛がそれに合わせてゆらり、と揺れて壮絶な色気を醸し出している。


「なぁに?」

「ありがとうございます。よろしければですが、武闘大会に参加されては如何ですか?そこで、灰犬族の娘に勝ち上がれたら闘いましょう、と言うのです。ユーリ様はかなり腕に覚えがあるとお見受けいたしましたが」

「買い被りよ、アタシはそんなに強くないわ」

「少なくともユーリはあのティルムよりは強いぞ」


紅茶を飲みつつさらりと口にしたジークに一瞬声を失う。

武闘大会なんて面倒くさそうだから出たくなくて断ろうとしているのに何を言うのよって言いたかったけれど、それよりも先に、女将に手を取られてきらきらしい笑顔を向けられてしまった。


「それなら是非!参加賞も出ておりますし、優勝者には、冒険者なら誰でも欲しがるような賞品が用意されてますのよ」

「あ、あらそう…」

「それに、申し訳ございません。打算がございますの」


きらきらしい笑顔とは打って変わって申し訳なさそうに眉をたれ下げたその表情は、どこか迷子の子供のようで突き放せずに恨めしげにジークを睨むものの、素知らぬ顔で紅茶のお代わりをしていた。


「この宿から出場者が出るとなれば、我らが紅の水母亭の宣伝にもなりますし」

「あーそうね、スポンサーってことか…」

「もし出場されるのであれば、我ら紅の水母亭一同協力は惜しみません!」


いつの間にか来ていた栗鼠の獣人の番頭にまで頭を下げられてしまっては、無碍に断ることなど出来ない。


「…あー、わかった、わかりました!出場するけど、一回戦で負けても恨まないでよ!」

「本当ですか!?ありがとうございます!そうと決まれば我が宿から出場と言うことで応援グッズを作らねば!」

「そろいの法被とハチマキは用意できてます!後はお客様の名前を入れるだけですぞ!」

「まぁ本当?」


きゃっきゃとはしゃぎだした二人にどっと疲れが襲ってきて椅子に座りテーブルに突っ伏すアタシの頭に、大きな手が乗せられてくしゃり、と撫でられる。


「……慰めてくれるんならジークが出ればいいじゃない」

「王国騎士団としては目立つ事は出来んのだ。というより、ハルバディアを敵視しているから

出るに出られん」

「……ちょっと待ってじゃああの子犬が出たら」

「最悪騎士の資格剥奪、だろうな」

「後味わるーい…」


突っ伏したまま子供のようにはしゃぐ二人を見て、まぁいいかと切り替えて手紙の返事を女将に託す。

口頭で伝えてくれ、と言ったは良いものの、その真意が伝わるかどうかは分からない。

決闘なんてしたくないし、もし武闘大会に出てしまえば騎士の身分を剥奪されかねない。そんな危ない橋をよく考えもせず感情に任せたまま渡ろうとする子供にジークの身柄は渡せない。

その意味を込めたアタシの伝言の真意。

一時間くらいして戻ってきた女将は、それはそれは晴れやかに笑いながら


「参加するそうです」


と言ってきた時にはアタシは天を仰ぎたくなった。



武闘大会にエントリーするために、ハルバディアの街の中央にあるコロッセオへと向かうアタシの後をつけてくる気配はもう無視をして、受付へと足を向ける。

そこには屈強な男達、それこそ様々な種族が入り混じって列を成しており、もう既に力の見せつけ合いが始まっているようだった。


「はー、すごいわね」

「あぁ。毎年行われるこの武闘大会は、チャンスだからな」

「チャンス?」

「仕官したくても出来なかった腕に覚えのあるものたちが、貴族階級の私的な軍兵として採用されたり、このままハルバディアの傭兵団に入団出来たりと賞品以外にも特典は多い」

「はーん、なるほどねぇ」


受付の列は思ったよりもさくさくと捌けていき、アタシたちの番になる。

受付に座るのはハキハキとした雰囲気が好印象を与える栗鼠の獣人の女の子だった。


「こんにちは!参加されるのはお二人ですか?」

「いや、アタシ一人で。この人は観戦だけ」

「畏まりました!では参加される方に注意事項をお伝えします!」


渡された参加申込書に名前を書き込みつつ肯けば、少女は張り切って声を上げる。


「まず、当武闘大会は己の力のみで闘う大会でございます!武器の使用は禁止です!装備はこちらでお配りしたもののみとなっております!もし他の武具を持ち込んだ場合は即失格です!

次に、当大会で負った怪我については当運営は一切責任を負いません!

そして、もし対戦相手を殺してしまった場合はその場で即失格となりますのでご注意ください!」

「わかりやすいわね。勝敗はどうやって決めるの?」

「参ったと言わせるか、リングアウト、もしくは気を失わせたら試合終了です!」

「魔法の使用は?」

「使用OKです!ただしそれで相手が死んでしまった場合は失格となりますのでご注意ください!」

「わかったわ、ありがと」

「仕事ですから!」

「あら、仕事に熱心な子は素敵よ。参加するのにいくらかかるのかしら?」

「あう……えっと、150ゴールドです!」


何故か赤くなってしまった栗鼠の娘に首を傾げつつ参加料金を支払い参加申込書を渡すと、参加者のしおり、という冊子と参加証を渡された。

参加証は木彫りの首飾りとなっていて、紐を通して首にかける。


「こちらが参加者へ渡される装備です!」


リス娘から差し出されたのは、どう見ても革の鎧。

動物の革を鞣して作られたそれは冒険初期に手に入れるようなものだった。


「大会は明後日の9時からとなります。遅刻した選手はその場で資格なしと見なし、失格となりますのでご注意ください!」

「気を付けるわね。ありがと、栗鼠のお嬢さん」

「あっ、あ、のっ、カロン、です」

「…ありがと、カロンちゃん」


ひらり、と手を触ればカロンは顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振ってくれた。

その様子を見ていたのか、面白くなさそうな顔をしてアタシの前に立ちはだかったのは、熊の獣人の男だった。

ジークよりもでかい筋肉の鎧に覆われたその男はアタシを見下ろしながら鼻で笑って、肩を小突いてきた。


「お前新入りだな?こぉんなひょろっちい人間が武闘大会に出るなんてなぁ!」


嘲るような熊男の口調に、周りからも下品な笑いが上がる。

ジークがぴくりと動いたけれど、腕で制してアタシは熊男を見上げて、同じような鼻で笑ってやった。


「ひょろっちい人間に突っかかってマウントとって何が楽しいのかしらねぇ?」

「てっめぇ!!」


熊男が解りやすく顔を赤くして怒りを顕にするのを見てはっ、と笑ってやる。

胸倉を掴まれて持ち上げられそうになったけれど、それよりも早く熊男の腕を掴んで素早く足元に潜り込み油断してお留守な脚を払い、巨体をそのまま背負い込んで地面に投げ付けた。


「人間を舐めんじゃないわよ」


背負い投げしたせいで乱れた髪を整えつつ、何が起こったのか理解出来ていない熊男をほっといて歩き出す。

ジークは愉快そうに笑いながら、アタシが熊男を投げ飛ばした技を知りたいと言わんばかりの目をしていた。


「……内股よ。日本にある柔道って武道の技。一時期肉体改造に嵌ってていろんな武道とか格闘技とか習ってた頃にとった杵柄」

「やっぱりユーリはいい線いくんじゃないか?」

「おばか。アンタみたいな怪力の持ち主に当たったら即降参するわよ。怪我したくないし」

「輪熊族は力だけで言ったら虎牙族より上だぞ」

「アンタは別格でしょうが」


言い合う背中に熱い眼差しと、敵意に満ちた眼差しが突き刺さるのをまるっと無視してアタシ達は出店へと向かった。

夕餉は宿で堪能するとして、久しぶりに食べ歩きがしたい、と言い出したアタシに乗ってきたのはジークで、案外食いしん坊な所があるジークが沢山食べるのを見ているのも好きだが、何よりも美味しいものが食べたかった。

旅の最中はアタシがずっと料理をしていたから、たまには誰かが作ったご飯を食べたいと思うのも道理だろう。

まずは香ばしい匂いをさせながら焼き立てのサンドイーグルの肉を新鮮なレタスの様な葉野菜と鮮やかな人参のような根菜を細切りにしたものと一緒に小麦粉を水で捏ねて薄く伸ばして焼いた生地で包んだトルティーヤのような料理を二つ購入して、一つをジークに渡す。

熱いそれにかぶりつけば、じゅわりと肉汁が溢れてくる。ソースはトマトベースでぴりりと辛味が効いており、野菜の甘さが引き立てられる。

サクサクとした生地も相まってあっという間に一つを完食してしまう。


「これめちゃくちゃ美味しいわね!?このソース、ソースがいい味出してるわ!」

「おっ!兄ちゃんありがとよ!さっきツドスの奴を投げ飛ばしてただろ!そんな細いのによくやるなぁ」

「見てたの?恥ずかしいわ」


屋台のおじさんはカラカラと笑いつつアタシとジークにもう1本ずつおまけでトルティーヤをくれた。


「アイツは悪いやつじゃあないんだがなあ、乱暴なのが玉にキズってやつだ」

「悪いやつだったら肩小突かれた時にアタシの骨が折れてるわ」


違いねぇ!と笑った親父さんに手を振りつつトルティーヤにかぶりつき次の屋台を目指す。

味付けは粗塩オンリーだが焼き立て肉汁たっぷりなサンドリザードの肉の串焼きだとか、卵と水を小麦粉に練り込んで細く伸ばして食べやすい長さにカットした麺を、豚肉と野菜をたくさんの香辛料を使ったタレで炒めたソースの匂いのする焼きそば、砂漠に生息する猪の肉を挽いて玉ねぎと炒めて、小麦粉と水で練った生地に包んで蒸し上げた豚まん、オアシスに生息する魚の刺身、オアシスでしか育たないパイナップルを砂糖水に漬け、そのシロップをたっぷりとかけててっぺんに果実を盛り付けたかき氷。

屋台をこれでもかと楽しんだアタシ達の腹はもうぱんぱんで、臨時で設置されたであろうベンチに座って一息つく。


「食べ過ぎたわぁ…」

「あぁ、俺もだ」

「……せっかくこの世界に来て痩せたのにまた太ったらどうしましょ」

「全部筋肉にすればいい」

「その脳筋発言やめなさいよねぇ」


食後のドリンクとして爽やかなミントの喉越しが涼しいレモン水を二人で飲みつつ、行き交う人々へと視線を向ける。

活気のある街だと思う。皆、今を生きるのに必死だったレイアルフの城下町とは違う活気だった。

新興国ということもあるのだろう、皆一様に希望に輝く目をしていた。

屋台で買った食べ物は皆ティーズとイフリートの分まで購入して、どうぐぶくろにしまってある。

砂漠の風は乾いている。頬を撫でる熱さはオアシスでだいぶ冷やされていて心地好い。


「ユーリ」

「なに?」

「……旅が、終わったらどうするんだ?」


世界を見て回りたいと言ったアタシの言葉を覚えているのか、ジークは人波から目を離さないままに尋ねてくる。

旅が終わったら。

もう元の世界に戻ることは諦めている。というより、ここまで刺激的な生活をした後にあの平和ボケした日本に戻ってもきっと、アタシの心は退屈に殺されてしまう。


「どうしようかなんて、考えてないわね。まだまだ旅の終わりは見えないし」

「そうか」


あちこちで楽しげな声が聞こえてきたり、喧嘩でも起こったのだろうか、血気盛んな声が響いては笑い声が上がり、喧騒の雰囲気は頗る明るい。

いい国だと思った。

傭兵の国、というから最初は暗い雰囲気でならず者共が溢れかえっていると思っていたアタシは、いい意味で裏切られた。


「すべてが終わったら」

「うん?」

「俺はお前の旅に最後までついていくが、その後に」

「うん」

「俺はどうすればいいのだろう、と考えていた」


ジークの言葉に、目を見開く。

確かにこの旅はアタシの目的であって、ジークは自分の意思でついてきてくれている。

けれど、旅が終わったら。

ジークは王国騎士団に戻るつもりは無い、とフォルナーに言っていた。それならば、ジークは旅が終わったらどこに戻るのだろうか。

アタシみたいにどこにでも行ける異世界の旅人と違って、ジークはこの世界の柵に縛られてしまっている人。


「……そんなの」


ふ、と息が漏れる。

頭がいいのに頭の悪いジークの額に手を伸ばして指で軽くぴん、と弾く。


「アタシのとこにいればいいでしょうよ。アタシの剣なんでしょ?アンタ」


頬杖をついて、軽く首を傾げさせながら笑えば、ジークは詰めていたらしい息を吐き出して、笑った。


「そう、だったな」

「そーよ。それに旅が終わる頃にはアタシしわくちゃのジジイになってるかもしれないじゃない。介護しなさいよ」

「ははっ、そうさせてもらおう」


眉間に寄っていた難しそうな皺は解けていて、笑うジークに目を細めて再度額を軽く指で弾いた。


「戻らなくていいのね?」

「あぁ。もう俺は決めた。過去は振り返らん」

「そう。なら遠慮なくこき使うわ」


ジークの顔に迷いはなくなったようで、アタシはそっとその頭に手を乗せて、髪をぐしゃぐしゃにするように撫で回した。


「まぁ、アタシだってやるってところ見せてあげるわ。見てなさいよ」

「優勝か?」

「それは無理ね」


溶けた氷がからん、と音を立てて崩れるのを聞きながら、穏やかな午後の時間は緩やかに流れていった。







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