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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
ガリエガンド編
17/21

紅の砂漠と傭兵の国2




紅い砂漠のほぼ中央に位置する大きな湖のようなオアシスの側に、ハルバディア共和国は存在していた。

検問を行う門番は二人一組ずつ門の外と門の内側に配備されており、人の出入りを厳しくチェックしている。

短期間でここまで大きな国として栄えたハルバディア共和国にはまだまだ敵も多く、重要機密を持って逃げ出す間者を厳しく取り締まるための必須警備らしい。

傭兵の国には様々な種族が出入りしているらしく、ここでは種族間差別はない、とジークが言っていたためにアタシは蜃気楼の魔法を解いて人の姿形に戻った。その時フォルナーが喚いていたけれど軽く無視をする。

旅人、として身分を証明するギルドカードを提示すると快く通された。ただし、フォルナーの身分は証明していないので彼女は検問に止められていたけれど。


町の中は活気で溢れていた。

市場は場所代を払っている事と商業ギルドに登録している事で誰でも店を出すことが出来るらしく、露店が道の両脇にところ狭しと立ち並ぶ様は圧巻だった。

日干しレンガで作られた建物は砂の紅色をしており、街全体が赤く見える。

その前に色とりどりの布のテントを張った露店が並ぶ様は、まるで夕暮れに咲く花々の様に美しかった。

そちらもとても魅力的なのだが、今はまずラクダを預けられる宿を探さねば、と向かったのは露店ではなく建物の中に飲食店が立ち並ぶ飲み屋街。

昼間から飲んでいる酔っぱらいの獣人を捕まえて宿の場所を聞く。


「おっ、別嬪のあんちゃん宿探してんのけぇ?したらば【紅の水母亭】がいいぞぉ。飯も美味いし部屋も女将も綺麗!ラクダ連れてんならそこで預かってくれるしなぁ。宿賃はちぃとばかし高いけどよぉ、武闘大会を見に来たってんなら何日か続くし、宿はいい所の方がいいぞぉ」

「あらそうなの?ありがとうねおじさん。これ、少ないけどお礼よ」


気前よく宿の評判を教えてくれたので酒代として10ゴールドを渡すと喜んでまた飲み屋に消えていった。


「行くわよジーク」


犬娘にまとわりつかれているジークに声を掛ければ、ほっとしたようにラクダを引いて歩き出す後ろにまだ引っ付いて離れないフォルナーに、流石に苛立ちが募るけれど、ここは天下の往来。声を荒らげる訳にもいかずにぐっと堪える。

ラク太郎とティーズはアタシを慰めるように頭をすり寄せてきたけどラク太郎、涎垂らさないでちょうだい。


紅の水母亭へと着くと、宿の女将らしき綺麗な狐の獣人が出てきた。その格好を見てアタシは思わず目を見張る。

涼やかな大輪の朝顔が咲いた白地の着物に目が覚めるような鮮やかな青の帯、美しい桃色の鉱石のはまった朱色の紐がより編まれた帯留めが可憐さを引き立たせている。

衣紋抜きで浮き出る首筋は白く、結い上げられた髪は美しい金色。そこに差された簪は陽光を浴びてキラリと光る銀細工に帯留めと同じ素材の桃色の石が嵌め込まれていて、一目で見て高価だとわかる代物だった。


「いらっしゃいませ、3名様でよろしいでしょうか?」


狐の女将は美しい顔を更に輝かせるような微笑を浮かべてアタシに声を掛けてくる。

薄化粧は施されているが元からの造りが良すぎるのがわかってしまう程に完成された美に、震えが走った。

赤い唇が微笑んだままこちらからの返答を待っている。


「いいえ、2人よ。あの女の子は連れじゃないわ」

「ちょっと!私もここに泊まらせてよ!」


キャン!と鳴いたフォルナーのあまりの図々しさに溜息しか出てこない。

どうしてアタシが仲間ですらない子の宿賃を払わなければならないのか。呆れのあまり半眼になってしまうもののすぐに気を取り直して表情を引き締める。


「身分証を確認させていただきます。こちらは暑いでしょう、どうぞ中へ」


頭を下げてからすい、と流れるような動作で踵を返して宿の中へと戻っていく女将の後に付いていく。

入口の横で控えていた馬番にラクダの手綱を預けると、ラク太郎は寂しそうに一鳴きしてから厩舎へと向かっていった。

ジークは自分の乗っていたラクダを引いて、馬番と共に厩舎へと行ってしまう。

残されたフォルナーはふん、と顔を背けつつアタシの後についてくる。なんで来るのよ。

宿の入口はこの世界では珍しい引き戸となっていた。がらがら、と音を立てて開ける扉は懐かしく、引き手の木の温もりにほ、と知らずに顔が緩んでしまう。


「こちらへどうぞ」


鈴を転がす様な女将の声が聞こえて、カウンターらしき所へと促される。

ローブを脱いで腕にかけつつ、ギルドカードをカウンターに乗せて身分を示す。


「ユーリ=シザキ様。冒険者ですね。眷属として、ジーク様のお名前も確認いたしました」


恭しくカードを返されてどうぐぶくろに仕舞いつつ、ペンを受け取りサインを記すと二人部屋の案内をされる。

アタシとジークは今までずっと同じ部屋やテントで寝泊まりしてたから別に構わないと了承のサインをして前金を払い、代わりに鍵を貰えば、横から犬娘が飛び込んできた。


「ユーリ!貴様私の部屋がないぞ!」

「だぁから、なんでアタシがアンタの部屋まで用意しなきゃなんないのよ」

「なに!?私はお前がジーク様を連れ回すから仕方なく!仕方なく付いてきたんだぞ!?私は言うなれば客だろう!客に部屋を用意しないとはどういうことだ!」

「アンタの思考回路がどういうことだよ」


女将はころころと笑いつつアタシがサインした宿泊契約書を大事そうに鍵のついた箪笥へとしまって、にこにことしている。


「だいたい、お前がジーク様をさっさとヘルメアに連れてこないから私がこうして迎えに来たというのに」

「はぁ、それで?」

「それで、だと!?お前がジーク様を誑かして某かの呪文で縛っているのは明白なんだぞ!」

「どこに証拠があんのよ」

「証拠だと!?愚問だな!ジーク様がヘルメアに帰りたくない訳がないだろう!ヘルメアにはジーク様のすべてがあるのだから!」


カチン、と来てしまったアタシは大人気なかった、ってことくらい分かっていたわ。けれど、この子はジークの何を知って、何を分かった気でいるのか心底不思議で、ジークという一人の存在をこうであると決め付けていて、腹が立って仕方がなかった。


「ふーん、あっそう」

「貴様……先程から王国騎士である私に対して失礼だぞ!」

「アタシにしてみりゃアンタが王国騎士だろうとなんだろうとアンタの方が失礼な小娘には変わりないわよ」

「言わせておけば…!!不敬罪で貴様を投獄することも簡単なんだぞ!!」

「あらそう…ところで女将さん。この子客でも何でもないのにこんな所で喚いていたら営業妨害じゃないかしら?」


にこにこと笑っている女将の機嫌が急降下していることにも気付かずに激昂しているフォルナーを指さして振り向けば、女将はにっこりと笑ってパンパン、と二度手を打った。

すると何処からともなく屈強な狐族の男達が現れて、喚いているフォルナーの両腕を掴んでヒョイ、と持ち上げた。


「こっこら!何をする!私を誰だと思って」

「お客様は神様、ですけれど。お金をいただけないお客様は神様でも何でもないんですよ、お嬢さん」


女将さんの絶対零度の微笑みを受けて、フォルナーは硬直する。

そのまま外へと連れ出されていったのを見送っていると、それとすれ違いになったジークが怪訝そうな顔でフォルナーと狐族の男を見てから、アタシに視線を戻した。


「アタシは何にもしてないわよ」

「まだ何も言ってないんだが」

「そんな目で見てるからよ」


ジークも戻ってきたし部屋に荷物を置こうと貰った鍵に書いてある部屋番号を確認すれば、三階の寒椿の間、と書かれていた。

異世界に来て、砂漠のど真ん中で日本の様な文化に触れるなど思ってもいなくて、懐かしさにまた胸がゆるく締め付けられる。


「三階までは水流エレベーターをご利用くださいませ」


栗鼠の耳がついた番頭らしき男が頭を下げて、アタシとジークの前に立ち、アタシの腕からローブを受け取り颯爽と歩き出す。

小さいその背中についていきながら、改めて紅の水母亭の中を見回す。

暖かな木の風合いに見合う紅色の絨毯が敷き詰められた床、天井は高く、シャンデリアが飾られてはいるものの嫌味ではない華奢で華麗な装飾で、滴るガラスが灯りをきらきらと反射して輝いている。

氷魔法だろうか、室内は驚くほど涼しく保たれており、寒さは感じぬ温度調整に徹底されたものを感じてただ簡単の息が漏れる。

水流エレベーターは宿の外観に取り付けてあり、ガラス張りで景色が見えるものだった。

天井部分は美しい色ガラスが嵌められておりまるでステンドグラスのようだった。

骨組みは木枠で、ガラスと木材の融合が驚くほど自然に融合を果たしている。

こちらも魔法がかけられているのか、ガラス張りだというのに暑さは全くなく快適だった。

栗鼠の番頭について歩く客室棟の廊下は音が響かないという観点からか柔らかい毛足の短い絨毯が敷き詰められており、三階の色は濃紅だと歌うように番頭が告げるのを聞いた。


「さすが高級旅館ね」

「リョカン、とはいい響きでございますなぁ」


番頭がアタシの言葉を聞いて相好を崩す。どうやら、宿屋とは呼ぶもののホテルや旅館、という言葉には馴染みがないのだろう。


「アタシの生まれた所にはね、温泉があって、美味しい料理を出す綺麗な宿の事を旅館、っていう風習があるのよ。ここは温泉はないだろうけど、綺麗な建物に美味しい食事があるって聞いたから高級旅館って言葉にぴったりだなって思ったのよ」

「ははぁそれはそれは、女将がきっとお喜びになりますな!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねる番頭に笑いを漏らしつつ、黙りこくっているジークを振り向く。

なにか難しい事を考えているらしいこの男から話を聞くのは部屋についてからでいいわね。


寒椿の間は、その名前の通りに扉に美しい椿が雪を湛えながらも咲き誇る絵姿が彫られた部屋だった。

室内の装飾も椿の色を用いており、落ち着いた中にも椿色の艶やかさがふとした瞬間に香り、細やかな気遣いを感じられる。


「すごいわね、あの酔っ払いおじさんいい宿紹介してくれたわー」

「ユーリ」


流石に畳ではないが、磨かれた艶のある木の上に敷かれた敷物は暑くても快適に過ごせる様な素材なのだろう、サンダルを脱いで素足で触れるとひんやりとした。

水獣の毛皮、と鑑定結果が出たが、その生物を見たことがないので見当もつかない。


「ユーリ」


焦れたような声がする。

どうやら話す気になったらしいジークと向き直ると備え付けの椅子に座り、空いた方を促して座らせる。


「…フォルナーの事は、すまない」

「何でジークが謝んのよ」

「……俺が、ヘルメアに戻らぬ事で追っ手がかかる事は、予想はしていた」


喉が渇いたから備え付けの冷蔵庫らしき箱から冷えたお茶を取り出して、同じように冷やされていたグラスに注いでジークの前にも置いてやる。

紅茶に似た香りの中にオレンジのフレーバーも感じて美味しいそれを一気に飲み干すと、もう一杯グラスに注いで紅茶色の液体を見つめる。


「……ヘルメアに帰りたくないのには、理由があった」


重たい口を開いて、ジークは内心に隠した言葉をポツポツと一つずつこぼして行くのを、アタシは黙って聞いていた。

外は明るく、日差しはきついけれど、階下で子供のはしゃぐ声と大人の笑い声が聞こえてくる。

この街は、活気づいている。

そんな外と対照的な程に重たい空気の中、ジークは迷いなく真っ直ぐに、アタシを見た。


「ユーリ、ヘルメアに着いたら俺を解放するつもりだろう」


稚い子供の笑い声が無邪気に響いた。






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